【ポイント】
ソフトウェアに関する方法特許「医療用可視画像の生成方法」につき、被告方法は、仮に構成要件を充足する使用方法があるとしても、当該使用方法は極めて例外的なものであり、被告のごく少数回の使用回数に当該極めて例外的な態様で実施されることに立証がないから、直接侵害が成立しない。
【キーワード】
ソフトウェア特許、侵害
 

【事案の概要】
X:特許第4122463号(医療用可視画像の生成方法に係る特許。以下、「本件特許権」という。)にかかる専用実施権者
Yら:Y製品を製造または製造販売した
 
XはYらに対して、Y製品を用いた本件特許に係る方法(被告方法)の使用につき、①直接侵害が成立するとして差止めを求めるとともに、②Y製品の製造販売等につき間接侵害(特許法101条5号)が成立するとしてY製品の製造販売等の差止めおよび廃棄を求め(101条5号、100条1項・2項)、さらに③損害賠償を請求した。
 
本件特許発明は以下のとおりである。
「1-A 複数種の生体組織が含まれた被観察領域を放射線医療診断システムにより断層撮影して得られた,3次元空間上の各空間座標点に対応した画像データ値の分布に基づき,該画像データ値の値域を複数の小区間に分割し,該小区間毎に,該各小区間内の前記画像データ値に基づき,対応する前記空間座標点毎の色度および不透明度を設定し,この設定された前記空間座標点毎の前記色度および前記不透明度に基づき,前記被観察領域が2次元平面上に投影されてなる可視画像を生成する医療用可視画像の生成方法において,
1-B 前記2次元平面上の各平面座標点と視点とを結ぶ各視線上に位置する全ての前記空間座標点毎の前記色度および前記不透明度を該視線毎に互いに積算し,該積算値を該各視線上の前記平面座標点に反映させると共に,
1-C 前記小区間内に補間区間を設定し,該小区間において設定される前記色度および前記不透明度を,該補間区間において前記画像データ値の大きさに応じて連続的に変化させることを特徴とする医療用可視画像の生成方法。」
 
【争点】
被告方法が、本件特許発明の技術的範囲に属するか否か。特に、構成要件1-B、1-Cを充足するか。
 
【結論】
被告方法は、構成要件1-B、1-Cを充足せず、本件特許発明の技術的範囲に属しない。
 
【判旨抜粋】
(1)文言侵害
ア 構成要件1-Bについて
「告方法においては,数式1の積算処理に関し,数式2による閾値の設定がされており,数式1の積算処理は,数式2で設定された閾値に達した時点で打ち切られるものと認められるところ,被告方法においては,上記計算打ち切り処理により,視線上のボクセルデータ中に,積算処理の対象とされないものが存在することが認められる。
そうすると,被告方法は,「全ての」空間座標点毎の前記色度および前記不透明度を該視線毎に互いに積算するものに当たらないこととなる。
(ウ)したがって,その余の点について検討するまでもなく,被告方法は,構成要件1-Bを文言充足しない。
 
イ 構成要件1-Cについて
「・・以下の理由により,被告方法は,構成要件1-Cのうちの,前記色度および不透明度を「該補間区間において」「連続的に変化させる」とする部分を充足しない。
・・・しかし,被告製品のマニュアル(乙3の添付資料)9頁に,「色境界線で区切られた隣接する色の補間率を設定します。数値は0.00~1.00の範囲で設定でき,数値が“1.00”に近づくにつれて境界線付近が補間され,滑らかな色表現になります。」と記載されていることや,別紙「被告製品説明書(被告)」において,「色混合率を1.00に設定した場合」として表示されている図(同説明書の【図11】)において,緑と赤が混合している領域等については,色境界領域の全体において色が混合しているように見えることからすれば,色混合率を1.00に設定した場合,少なくとも両端部分以外の色境界領域においては,その全域において色混合が生じる一方,色混合率を1.00に満たない数字に設定した場合には,色境界領域内に,色混合が生じない領域が残るものと推認することができる。そうすると,色混合率を1.00に満たない数字に設定した場合で,かつ,制御点モードを選択した場合には,オパシティラインの制御点が色境界線上に設定されるものである以上,色混合が生じている区間とオパシティ値が徐々に変化している(オパシティラインが斜線状となっている)区間は一致せず,色又はオパシティ値のいずれか一方のみが変化する区間が生ずるものと認められ,被告方法は,「前記小区間内に補間区間を設定し,」前記色度および前記不透明度を,「該補間区間において」「連続的に変化させる」ものに当たらず,構成要件1-Cを文言充足しない。
・・・
オ したがって,被告方法は,構成要件1-Cを文言充足しない。」
 
(2)均等侵害
「しかし,原告は,構成要件1-Cの文言解釈に関し,色度及び不透明度の変化する区間が一致しない場合でも「補間区間を設定し,…前記色度および前記不透明度を,該補間区間において…連続的に変化させる」に当たると解した上で,本件発明1が鮮明度により補間区間を設定し,補間区間内で色度と不透明度を連続的に変化させる構成であるのに対し,被告方法は,まず,不透明度を設定し,補間率と色度を一体化させたもの(色混合率)をこれに加えることによって,色度と不透明度を連続的に変化させるものである点で相違するものとして,この相違する点に関する均等侵害の成立を主張するものである。しかし,前記のとおり,当裁判所の判断が構成要件1-Cの解釈において,補間区間は色度及び不透明度において共通の区間であるとするものであるのに対し,原告の主張は,補間区間は色度及び不透明度に共通のものでなくてもよいとするものであって,前提となる構成要件1-Cの解釈において異なっており,原告の構成要件1-Cに関する均等論の主張は,構成要件1-Cに関する原告の主張を前提とするものであって,当裁判所の見解に立った場合には,構成要件1-Cに関し,原告の主張する均等論の適用により被告方法が本件発明1の技術的範囲に属する余地はないものというべきである。」
 
(3)構成要件1-Cを充足する場合がある点についての直接侵害の成否
「以上のとおり,被告方法は本件発明1及び2の技術的範囲に属するものと認められないから,その余の点について検討するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないことに帰着する。
もっとも,被告製品において,色混合の生ずる区間とオパシティ値が徐々に変化する区間が一致する場合には,構成要件1-Cを文言充足するものと解されるところ,被告製品において,色混合率を設定した場合における色混合の生ずる領域やオパシティラインの設定方法には種々のものがあり得ること,構成要件1-Bに係る相違点については均等侵害の主張があることを考慮し,なお念のため,本件発明1に関する直接侵害及び間接侵害の成否について検討する。
・・(1)・・・被告製品は医療用疑似三次元画像の生成のために用いられるものであるところ,被告らは,・・業として,被告製品を医療機関等に生産,譲渡等し,またはその譲渡等の申し出(譲渡等のための展示を含む。)を行っているものであり,被告製品を医療用疑似三次元画像の生成のために用いているものではないから,被告らが被告方法を実施しているものとは認められない。
(2)ア なお,この点につき,原告は,被告らが被告製品の開発段階において被告方法を実施したことがあるものと考えられることや,被告製品のパンフレット(甲3)に,被告製品を使用して実際に生成した医療用可視画像が表示されていること,被告らが,被告製品を使用して生成したサンプル画像を用いてプレゼンテーションを行っていることなどを挙げて,被告らが被告方法を実施しているものと主張する。
イ この点,被告製品において,制御点モードを選択した場合に構成要件1-Cを充足する使用方法がされるものとは認め難く,また,その他のモードを選択した場合にも,構成要件1-Cを充足するような使用方法を直ちに見出し難いことは前記3(2)エのとおりであるから,被告製品の通常の使用方法は本件発明1の技術的範囲に属しないものであり,仮に本件発明1の技術的範囲に属するような使用方法があり得るとしても,当該使用方法は極めて例外的なものであるとみることができる。
また,原告が,被告らによる直接使用の機会として主張するものは上記アのとおりであるところ,被告らの直接使用の機会は,あり得るとしてもごく少数回にとどまるものと解される。
ウ そうすると,被告らによる当該少数回の使用の際に,本件発明1の技術的範囲に属するような極めて例外的な使用態様が実施されるということにつき,立証があるとはいうことができない。
また,原告は,被告らによる被告製品の製造販売等がユーザーを道具として利用した間接正犯又は共犯的行為であるとも主張しているが,前記のとおり,本件発明1の技術的範囲に属するような使用態様が極めて例外的なものと解される以上,被告らによる被告製品の製造販売等を直接侵害と同視することが相当であるとも認めることができない。
(3)したがって,仮に,被告製品において,本件発明1を充足するような使用態様があり得るとしても,被告らに本件発明1の直接侵害が成立する余地はない。」
 
【検討】
構成要件1-Bについては、被告方法が「全ての」空間座標点毎の色度および不透明度を互いに積算するものでないことを理由に非充足とした。
また、構成要件1-Cについては、被告方法は、色又はオパシティ値のいずれか一方のみが変化する区間が生じ,「前記小区間内に補間区間を設定し,」前記色度および前記不透明度を,「該補間区間において」「連続的に変化させる」ものに当たらず,非充足とした。
ソフトウェア特許の場合、同じような処理を実現するソフトウェアでも、その処理手順を簡単に変えることができ、「全ての」、「色度および不透明度」などの限定的な記載をすることで、容易に文言侵害を回避可能である。本件では、色度および不透明度を積算することが技術思想であるとすれば、その少なくとも一部につき積算するものも技術思想に含まれるか、また、色度・不透明度の双方を構成要件に含めなければならないか、択一的な記載(「または」等)にしても技術思想として成立しないか、クレーム作成の際に検討が必要である。
 
また、構成要件を文言充足する場合があったとしても、それが当然に予定される使用方法でなく、また使用の機会もごく少数回であれば、使用が立証されていないとして、侵害を否定した。ソフトウェアの場合、多機能であることが通常であり、そのうちの一部の機能が単に技術的範囲に属するものであることのみでは、侵害の要件である「実施」行為を立証できない場合があり、少なくとも、当該使用方法が確実に使用されるものであることを立証すべきであると思われる。
 
なお、本件では、被告は被告製品を医療機関等に生産,譲渡等し,またはその譲渡等の申し出を行い,被告製品を医療用疑似三次元画像の生成のために用いているものではないから,被告らが被告方法を実施していておらず、開発時やプレゼンの際の使用は、ごく少数回にとどまるし、立証がないとして、事実上「実施」に該当するものでないと判断されている。方法の発明に基づく権利行使において、方法を実現するソフトウェア(プログラム・記録媒体)の生産、譲渡等の行為(使用を除く)を侵害の対象とするには、直接侵害構成は困難であり、間接侵害を考慮する必要がある。本件では、間接侵害の成立につき、被告製品が「技術的特徴手段」でないとして101条5号の「課題の解決に不可欠なもの」に該当しないことを根拠に間接侵害を否定している。仮に「技術的特徴手段」であったとしても、さらに、類似の事案につき判示した一太郎控訴審判決(ソフトウェアは「その物自体を利用して特許発明に係る方法を実施することが可能である物」でないとして同号の間接侵害を否定した。)を克服する必要があることから、本件と同様の事案で間接侵害が認められるには、さらに物・プログラムの発明としてクレームしておくことも肝要である。

2012.1.23 (文責)弁護士・弁理士 和田祐造