平成24年10月4日判決(大阪地裁平成22年(ワ)10064号)
【ポイント】被告の製造販売するトンネル用内型枠について,原告の特許権を侵害しているとして提起された特許権侵害訴訟において,被告は,原告の特許発明は新規性欠如を理由とする無効理由を有すると主張した。
被告が無効資料といて提出したのは,情報公開請求の対象文書であったところ,裁判所は,情報公開請求の対象文書は,「公然知られた」(特許法29条1項1号),「頒布された刊行物」(29条1項3号)にあたらないと判示した。
【キーワード】「公然知られた」,「頒布された刊行物」,新規性,公知,公用,情報公開請求


【事案の概要】
 原告は,トンネル架設工事資材等を販売等する株式会社であり,トンネルの壁面にコンクリートを打設するトンネル用内側枠についての特許権者である。原告は,被告の製造販売するトンネル用内側枠等が原告特許権を侵害すると主張して,被告に対し,100条1項及び2項に基づき,被告製品の製造・販売等の差止め及び廃棄を請求するとともに,特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償金として,2200万円等の支払を求めた事案である。

【争点】
 被告が無効資料といて提出した,情報公開請求の対象文書たる工事図面は,「公然知られた」(特許法29条1項1号),「頒布された刊行物」(29条1項3号)にあたるか。

【結論】
 被告が無効資料といて提出した,情報公開請求の対象文書たる工事図面は,「公然知られた」(特許法29条1項1号),「頒布された刊行物」(29条1項3号)にあたらない。

【判旨抜粋】
 本判決は,
 「ア 乙4図面の公開による出願前公知の有無(法29条1項1号)
 被告は,乙4図面に原告特許発明1の発明が全て開示されており,情報公開法により公開されている結果,乙4図面に記載された発明は,原告特許1出願前に公然に知られた発明であると主張する。
 乙4図面は,平成15年12月に作成された,祝園貯蔵庫工事に際して作成されたセントルの完成図面(概略構造図)であり,被告が,情報公開請求により入手,提出したものであって,第三者にも入手可能であったことが認められる(乙4の1・2)。
 しかし,法29条1項1号による「公然知られた」とは,秘密保持義務のない第三者に実際に知られたことをいうと解されるところ,乙4図面が,原告特許1の出願日(平成17年9月27日)前に情報公開請求により第三者に対して開示されたことを認めるに足りる証拠はなく(甲33の1・2によると,開示された事実はなかったことが認められる。),他に,乙4図面が上記出願日前に公然知られたことを窺わせる事実の主張,立証もない。
 しかも,乙4図面は上述したとおり概略構造図であり,開閉窓より内側の収納位置から,開閉窓より先端部が突出する使用位置まで移動可能に設けられた足場形成部材が存在するかどうかまでを読み取ることは困難である。
 したがって,乙4図面が情報公開の対象文書となっていたことのみを理由に,法29条1項1号の適用があるとはいえない。
イ 乙4図面の刊行物該当性(法29条1項3号)
 また,被告は,乙4図面をもって,情報公開請求により公開されるべき文書であるから,情報公開法による情報公開請求が可能となった時点から,法29条1項3号の刊行物に該当すると主張する。
 しかし、法29条1項3号の「刊行物」とは,「公衆に対し,頒布により公開することを目的として複製された文書・図書等の情報伝達媒体」をいうところ,乙4図面は,頒布により公開することを目的として複製されたものとはいえない(請求があれば,その都度複製して交付することをもって,頒布ということはできない。)。 
 したがって,乙4図面を「頒布された刊行物」であるということはできず,法29条1項3号の適用があるとはいえない。」と判示し,被告が無効資料といて提出した,情報公開請求の対象文書たる工事図面は,「公然知られた」(特許法29条1項1号),「頒布された刊行物」(29条1項3号)にあたらないとした。

【解説】
 公知な発明は新規性が欠くとして拒絶されるところ(特許法29条1項各号,49条),発明の内容が文書に記載されていたからといって,ただちに新規性喪失となるわけではなく,1号の公知事実に該当することになったり,3号の刊行物記載に該当することになることで公知な発明として新規性喪失事由とされる。
 判例をみると,最二小判昭和55年7月4日民集34巻4号570頁は「頒布された刊行物とは,公衆に対し頒布により公開することを目的として複製された文書、図面その他これに類する情報伝達媒体であって,頒布されたものを指す」としている。
 最一小判昭和61年7月17日民集40巻5号961頁は,原本そのものではなくその複製物であるマイクロフィルムがオーストラリアの特許庁本庁および5か所の支所に備えつけられていた事例において,当該「マイクロフィルムは,それ自体公衆に交付されるものではないが,」「情報を広く公衆に伝達することを目的として複製された明細書原本の複製物であって,この点明細書の内容を印刷した複製物と何ら変わることがなく,」「一般公衆による閲覧,複写の可能な状態におかれるものであって,頒布するものということができる」と判示した。
 行政に提出された文書に関しては,そこに発明の内容が記載されていたとしても,それだけでは新規性喪失事由となるものではない(旧実用新案法3条1号に関し,大判昭和17・5・18民集21巻10号560頁)。しかし,文書を受けた官庁において,不特定多数人が閲覧可能な状態で文書が保管される場合には,公知のものとなる。東京高判昭和34・8・18行集10巻8号1552頁[街路屋根の排水装置]は,考案を実施した設計書が添付された道路占用許可のための出願書類一切が,東京都知事によって建設局道路部管理課に存置され,閲覧を希望する者には特に資格を詮議することなく閲覧せしめていたという事案において,設計書は,特に黙秘の義務を有せず,また期待しえない一般第三者が閲覧することができる状態にあったものであると論じて,旧実用新案法3条1号の公知性を肯定した。
 このような裁判例の中,本件は,情報公開請求の対象となる文書が争われており,かかる文書は,「行政文書」であり,「何人も」「開示を請求することができる」(情報公開法3条)ものであるから,従来の裁判例の傾向からすると(前掲[街路屋根の排水装置]),公知性が否定されるべき事案であると言えよう。
 本件は,情報公開法の情報公開請求の対象文書の公知性が争われた初めての事例であり,事例判断ながら,新規性を喪失していないと判断した点に意義を有するであろう。

以上
(文責)弁護士 高橋正憲