【平成24年11月1日(大阪地判平成23年(ワ)第6980号)裁判所ウェブサイト】

【ポイント】
被告の製造販売するスタイラスについて,「のみ」要件(特許法101条1号)の該当性が争われた事例において,被告製品は本件発明を実施する用途があることを前提としながら,他の用途に用いることが経済的,商業的又は実用的であると認めることはできないとして,「のみ」要件の該当性を否定し,間接侵害の成立が認めなかった例
【キーワード】
間接侵害,技術的範囲の属否,「のみ」要件


【事案の概要】
  原告は,材料加工の分野において被加工物の位置を測定する位置検出器及びその接触針にかかる特許権者である。原告は,被告の製造販売するスタイラスが原告の特許発明の技術的範囲に属し,また,「生産にのみ用いる物」(特許法101条1号)に当たると主張して,被告に対し,100条1項及び2項に基づき,被告製品の製造・販売等の差止め及び廃棄を請求するとともに,特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償金として,九〇〇万円等の支払を求めた事案である。

【争点】
  被告の製造販売するスタイラスが,「のみ」要件(特許法101条1号)に該当するか。

 【結論】
 被告の製造販売するスタイラスはいずれも,原告特許発明の技術的範囲に属する装置の生産にのみ用いられる物にあたらない。したがって,本件位置検出器を製造・販売等する行為は,原告の特許権を侵害するものとみなされない(特許法101条1号)。

【判旨抜粋】
 本件判決は,「証拠(甲2~4)によれば,ハ号スタイラスは,これを備え付けても本件特許発明の技術的範囲に属することにはならない内部接点方式の位置検出器とも適合性を有することが認められるから,本件特許発明の技術的範囲に属する製品の生産に「のみ」用いる物(特許法101条1号)であるとはいえない。この点,原告は,ハ号スタイラスを内部接点方式の位置検出器に用いることは,社会通念上経済的,商業的ないしは実用的であると認められる用途に当たらないため,「その物の生産にのみ用いる」との要件を否定する理由にはならない旨主張する。確かに,内部接点方式の位置検出器では接触体は通電されないため,その接触部の磁化による測定誤差発生という課題はなく,接触部を非磁性体とした接触体を使う必要性に欠ける。しかし,ハ号スタイラスは,超硬合金であることに由来し,被加工物等との接触を繰り返すことで摩耗や変形による測定誤差が生じることを防止するという作用効果も有するのであるから,内部接点方式の位置検出器であっても,ハ号スタイラスを装着させる実用性は肯定されるというべきである。したがって,原告の主張は採用できない。」として,間接侵害の成立を否定した。

【解説】
 特許法101条1号では「その物の生産にのみ用いる物」であることを要求(「のみ」要件)する。「のみ」要件については,特許発明を実施する機能があることを前提として,他の用途が「社会通念上経済的,商業的ないし実用的な他の用途」であるかを基準として判断することが通説とされている(田村義之『知的財産法(第5版)』(2010年・有斐閣)262頁,渡辺光「第101条(侵害とみなす行為)」中山信弘・小泉直樹編『新・注解特許法(下巻)』(2011年・青林書院)1481頁等)。裁判例でもこの見解を支持するものが多かった(東京地裁昭和56年2月25日判決・無体集13巻1号139頁[一眼レフレックスカメラ],大阪地裁平成元年4月24日判決・無体集21巻1号279頁[製砂機のハンマー],東京地判平成6・7・29知裁集27巻2号346頁参照[混水精米法],東京高判平成7・5・18知裁集27巻2号332頁[同2審]など他多数)。
 他方,近時,通説的見解を緩和して,特許発明を実施する機能は全く使用しないという使用形態で,専ら他の用途のみを使用することが,経済的,商業的,実用的か否かという基準で「のみ」要件を判断する説に基づく判決が散見される(緩和説,大阪地判平成12・10・24判タ1081号241頁[製パン器],知財高判平成23・6・23判時2131号109頁[食品包み込み形成方法])。
 このような裁判例の状況の中で,本件は,「原告は,ハ号スタイラスを内部接点方式の位置検出器に用いることは,社会通念上経済的,商業的ないしは実用的であると認められる用途に当たらないため,「その物の生産にのみ用いる」との要件を否定する理由にはならない旨主張する。確かに,内部接点方式の位置検出器では接触体は通電されないため,その接触部の磁化による測定誤差発生という課題はなく,接触部を非磁性体とした接触体を使う必要性に欠ける。しかし,ハ号スタイラスは,超硬合金であることに由来し,被加工物等との接触を繰り返すことで摩耗や変形による測定誤差が生じることを防止するという作用効果も有するのであるから,内部接点方式の位置検出器であっても,ハ号スタイラスを装着させる実用性は肯定されるというべきである。」と判示する。つまり,ハ号スタイラスが特許発明の実施品である位置検出器に用いられることは前提とし,さらに他の用途である,内部接点方式の位置検出器に用いることが実用的がどうかという点を判断し,間接侵害の成立を否定した。したがって,本件は,通説的判断枠組みに従った判断をなしたと評価できる。
 本件は,上記のように裁判例に2つの流れが存在する中で,通説的判断枠組みを採用した点に意義を有するものである。「のみ」要件については,本件のように通説的見解を採用する裁判例が多いもが,緩和説を採用する事例も一部存在することから,今後の裁判例の動向に注意を払う必要があろう。

以上

 (文責)弁護士 高橋正憲

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