平成27年8月6日判決言渡
平成26年(行ケ)第10231号 審決取消請求事件
口頭弁論終結日 平成27年7月28日

【キーワード】
特許法29条2項、進歩性、相違点の認定

【事案の概要】
名称を「分散型システムにおいて複数の関連付けられたマルチメディア資産の何れかを同期させる技法」とする発明について、進歩性を否定して、拒絶査定不服審判請求を成立とした審決を、進歩性判断に誤りがあるとして取り消した事例である。

【特許庁における手続の経緯】

H12.12.15 国際出願(優先権主張1999.12.16、2000.4.11、2000.11.28)
特願2001-546145
H23.9.12 特願2001-546145の一部を分割出願
特願2011-198143
H25.2.22 手続補正(本件補正)
H25.5.23 拒絶査定
H25.8.8 拒絶査定不服審判請求
不服2013-015336
H26.6.11 請求棄却審決

【本願発明の要旨】【請求項5】
 本件補正後の請求項5記載の発明(補正発明)は,分散型ネットワークにおいて,そこに参加するデバイス中の写真アルバムが修正されると,当該ネットワークに参加する他のデバイス中の写真アルバムを自動的に同期させる装置に関するものである。

 分散型ネットワークにおいて、
 前記分散型ネットワークに参加しているいずれかのデバイスに格納されている第1の写真アルバムであって複数のデジタル写真を含む写真アルバムが修正されたことを検出する手段と、
 前記検出結果に基づいて、前記分散型ネットワークに参加している、前記デバイス以外のデバイスに格納されている他の写真アルバムであって前記第1の写真アルバムに関係付けられる他の写真アルバムを前記第1の写真アルバムに自動的に同期させる手段と,
を備える,分散された写真アルバムの集合を自動的に同期させる装置。

【審決の理由の要点】
1.特開平11-219330号公報記載の発明(引用発明)
 情報提供者A乃至Cは,交通情報,天気情報,株価情報その他のリアルタイムで変化するデータや,テキストデータ,画像データ,音声データ,コンピュータプログラムなど(ひとまとまりの情報(例えば,1のファイル)以下,コンテンツまたはオブジェクトという。)を記憶するデータベース1a乃至1cを有し,
 データベース1a乃至1cに記憶されたオブジェクト(コンテンツ)が更新されると,即ち,記憶されたオブジェクトが変更されたり,また,そこにオブジェクトが新規に登録されたり,あるいは,そこに記憶されているオブジェクトが削除されると,その更新を行うための更新オブジェクト情報が,サーバ2に送信され,
更新オブジェクト情報としては,オブジェクトが変更された場合は,例えば,その変更後のオブジェクトが,新規のオブジェクトが登録された場合は,例えば,その新規のオブジェクトが,オブジェクトが削除された場合は,例えば,そのオブジェクトの削除指令が,それぞれデータベース1a乃至1cからサーバ2に対して送信され,
 サーバ2では,その更新オブジェクト情報に基づいて,データベース3が更新され,データベース3の登録内容を更新すると,更新オブジェクト情報に,その更新オブジェクト情報によって更新されるオブジェクトを識別するための識別子(識別情報)を付加したデータ(以下,サブジェクトという)(更新データ)と,その取得のためのサーバアクセス情報を含むイベント(そのサブジェクトと同一の識別子が付加されたイベント)が生成され,
サーバ2は,更新オブジェクト情報を,通信ネットワーク6や専用線などを介してミラーサーバ7に送信し,ミラーサーバ7は,サーバ2からの更新オブジェクト情報を受信し, 
 その更新オブジェクト情報に基づいて,データベース8を更新し,
 データベース3と8との登録内容は,常時,同一になるようになされ,
 受信端末5は,通信ネットワーク6を介し前記イベントを受信し,受信したイベントに基づいてサーバ2やミラーサーバ7に,サブジェクトを要求し,その要求に対応して,サーバ2やミラーサーバ7から,通信ネットワーク6を介して送信されてくるサブジェクトを受信し,受信させたサブジェクトに含まれる識別子に対応するオブジェクトを,データベース23から検索し,そのサブジェクトに含まれる更新オブジェクト情報に基づいて更新し,
 更新オブジェクト情報としては,例えば,更新前のオブジェクトに,更新後のオブジェクトへの変更内容を反映させるためのデータ(例えば,更新前のオブジェクトを,更新後のオブジェクトに変更する実行形式のコンピュータプログラムや,更新後のオブジェクトと更新前のオブジェクトとの差分など)などを配置することも可能である分散型データベースにおける多数のデータベースへのデータ配信システム。

2.補正発明と引用発明の対比
(一致点)
分散型ネットワークにおいて,
前記分散型ネットワークに参加しているいずれかのデバイスに格納されている第1のコンテンツが修正されたことを検知する手段と,
前記検出結果に基づいて,前記分散型ネットワークに参加している,前記デバイス以外のデバイスに格納されている他のコンテンツであって前記第1のコンテンツに関係付けられる他のコンテンツを前記第1のコンテンツに自動的に同期させる手段と,
を備える,分散されたコンテンツの集合を自動的に同期させる装置。

(相違点)
補正発明では,コンテンツが「複数のデジタル写真を含む写真アルバム」であるのに対し,引用発明は,コンテンツが「テキストデータ,画像データ,音声データ,コンピュータプログラムなど(ひとまとまりの情報(例えば,1のファイル))である点。

3.判断
 ネットワーク上の記憶装置に,複数のデジタル写真を含むアルバムを記憶しておくことは,原出願の優先権主張の日(本件優先日)前周知の技術である。これには,例えば,特開平11-149412号公報(甲2,甲2文献)の記載,国際公開第99/56463号(甲3,甲3文献。その日本語特許出願として,特表2002-515658号公報,甲4)の記載等が参照される。
 引用発明の「コンテンツ」は,「テキストデータ,画像データ,音声データ,コンピュータプログラムなど(ひとまとまりの情報(例えば,1のファイル))」等であるから,当該コンテンツとしては画像データのコンテンツを含んでいる。
 上記引用文献に接した当業者であれば,画像データコンテンツとして上記周知技術であるデジタル写真アルバムを容易に想到し得るものであり,引用発明は,受信端末5に送信されたコンテンツを記憶して利用するものであるから,コンテンツとしてデジタル写真アルバムが有用であることは明らかである。
 したがって,引用発明において,(画像の)「コンテンツ」を「複数のデジタル写真を含む写真アルバム」とすることにより,相違点の構成とすることは当業者が容易になし得ることである。
 そうすると,補正発明は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
【争点】
 補正発明と引用発明との相違点は,当該装置が,補正発明の場合は「分散型ネットワークにおいて,写真アルバムの集合を自動的に同期させる装置」であるのに対し,引用発明の場合は「分散型ネットワークにおいて,不特定多数のデータベースへデータを同期させる装置」である点を,認定
すべきであるか

【判旨抜粋】
(1)補正発明における「第1の写真アルバム」が格納されている「デバイス」とは,請求項の記載上では「分散型ネットワークに参加しているいずれかのデバイス」であればよいから,特定のデバイスに限定されるものではない。また,「同期させる手段」によって「同期」される「他の写真アルバムであって前記第1の写真アルバムに関係付けられる他の写真アルバム」が格納されている「前記デバイス以外のデバイス」も,請求項の記載上では「分散型ネットワークに参加している」デバイスであればよいから,特定のデバイスに限定されるものではない。
 そうすると,ある場合には修正された「第1の写真アルバム」が格納されている「デバイス」が,別の場合には「同期させる手段」によって当該修正に「同期」される写真アルバムが格納されている「デバイス」となることが想定されており,その逆の状況も想定されるから,分散型ネットワークに参加しているデバイスはいずれも,「第1の写真アルバム」が格納されているデバイスとなり得るし,また,「同期させる手段」によって「同期」される写真アルバムが格納されているデバイスとなり得ることとなる。したがって,補正発明の装置においては,分散型ネットワークに参加しているある特定の「デバイス」とそれ以外の「デバイス」と間において,「写真アルバム」変更の検出による関連する他方の「写真アルバム」の自動的な同期が,双方向に行われるものと認められる。
(2) 引用発明は,第2,3(2)ア記載のとおりに認定されるところ,サーバ2及びミラーサーバ7は,更新オブジェクト情報やイベントをその都度受信端末へ提供するが,仮に,受信端末側においてオブジェクトが変更されたとしても,更新オブジェクト情報やイベントが,データベース・サーバないし他の受信端末へ提供されることは想定されていない。すなわち,オブジェクトの変更等の検出による更新オブジェクト情報の提供は,一方向にのみ行われるものと認められる。
(3)そうすると,引用発明は,補正発明における「分散された写真アルバムの集合を自動的に同期させる」との構成,すなわち,ある特定の「デバイス」とそれ以外の「デバイス」と間において,「写真アルバム」変更の検出による関連する他方の「写真アルバム」の自動的な同期を双方向に行う構成に相当する構成を含むものではない。この意味で,補正発明と引用発明との相違点は,補正発明の場合は,「分散型ネットワークにおいて,写真アルバムの集合を自動的に同期させる装置」であるのに対し,引用発明の場合は,「分散型ネットワークにおいて,多数のデータベースへデータを同期させる装置」であると認定すべきである。
(4) 被告は,取消事由2は取消事由1を前提とした主張であるところ,取消事由1は失当であるから,取消事由2も失当である旨主張する。
しかしながら,前記のとおり,審決が,引用発明を「多数のデータベースへのデータ配信システム」と認定した点に誤りはないものの,取消事由2における原告の主張は,引用発明が「分散型ネットワークにおいて,不特定多数のデータベースへデータを同期させる」装置と認定すべきことを前提として,審決がこれを誤認した結果,補正発明と引用発明との相違点の認定も誤ったというものである。したがって,必ずしも取消事由1を前提とするものではなく,被告の主張は理由がない。

【解説】
1.本判決の要点
 本判決は,引用発明は,ある特定のデバイスとそれ以外のデバイスとの間において,写真アルバム変更の検出による関連する他方の写真アルバムの自動的な同期を双方向に行う構成に相当する構成を含まないから,相違点を,補正発明の場合は,「分散型ネットワークにおいて,写真アルバムの集合を自動的に同期させる装置」であるのに対し,引用発明の場合は,「分散型ネットワークにおいて,多数のデータベースへデータを同期させる装置」であると認定すべきであり,審決の認定には誤りがあるとして,これを取り消した。

2.考察
 上位概念的なものが開示されているような場合に、審判官は広く捉えて一致点認定をする傾向にあるが、裁判官は技術的な意義をみてその違いを意識した相違点認定をする傾向にあるという典型的な事例である。
 逆に、技術的な意義がないような些末な相違点については裁判官は取り上げてくれない場合が多いが、技術的な意義を強調した相違点の主張は有効な手段である。容易想到性の議論の前に、まずは一致点・相違点の認定の誤りを主張することは重要であるという裁判例をご紹介させていただいた。

2015.11.2 弁護士 幸谷 泰造