【判旨】
硬質塩化ビニル系樹脂管のパラメータ特許につき、主引例との相違点(パラメータ値)が容易想到ではないと判断した審決に対して、出願前に製造販売された塩化ビニル系樹脂管が当該パラメータ値を満たしていると推認できるため、当該判断に誤りがあるとして、無効審判の不成立審決を取り消した事例
【キーワード】
パラメータ特許、進歩性、公用、再現実験、特許法29条、2部判決

【事案の概要】
本件は、
「顔料として有機系黒色顔料が添加された硬質塩化ビニル系樹脂管であって,3500kcal/m2・日以上の日射量が存在する環境下に20日間静置された後の,下記式(1)から算出される周方向応力σの最大値と最小値の差Δσが2.94MPa以下であることを特徴とする硬質塩化ビニル系樹脂管。
σ=[E/(1-R2)]・t/2・(1/r1-1/r0) (1)
E:引張弾性率 R:ポアソン比 t:肉厚 r0:切開前内半径 r1:切開後内半径」
との発明(以下「本件発明」という。)の無効審判の不成立審決に対する審決取消訴訟である。主引例(甲4)に記載された発明(シート状物の塩化ビニル系樹脂に関する発明)との主な相違点は、成形品が有する物性の特定方法であり、同引例では上記Δσの記載はなかった。特許庁は、上記相違点は容易想到でないとして本件発明の進歩性は肯定されると判断した。

【争点】
出願前に公然実施されていた塩化ビニル系樹脂管が、本件発明において規定されたパラメータ値を満たしていたといえるか。

【判旨抜粋】
1 無効審判請求人(原告)の審判での主張
「(1) 無効理由2
本件発明は,甲4(特公昭61-50100公報)記載の発明に,甲5(特開昭62-30202号公報)ないし甲6-1(大日精化工業株式会社『大日精化ニューマテリアルズカタログ』平成11年3月1日発行)記載の事項,周知の技術及び技術常識を適用することで出願時当業者が容易に想到できたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。」
2 無効審判における特許庁の認定
「【相違点3】
変形が防止されるために成形品が有する物性の特定方法に関し,本件発明では『下記式(1)から算出される周方向応力σの最大値と最小値の差Δσが2.94MPa以下』であり,式(1)が『σ=[E/(1-R2)]・t/2・(1/r1-1/r0) (1) E:引張弾性率 R:ポアソン比 t:肉厚 r0:切開前内半径r1:切開後内半径』であるのに対し,甲4発明ではシート状物の外観が白化する迄の日数である点。」
「本件発明において,『下記式(1)から算出される周方向応力σの最大値と最小値の差Δσが2.94MPa以下』であり,式(1)が 『σ=[E/(1-R2)]・t/2・(1/r1-1/r0) (1) E:引張弾性率 R:ポアソン比 t:肉厚 r0:切開前内半径 r1:切開後内半径』であることを特定したことによる技術的な意義は,日光等が照射された場合に生じる,応力緩和に基づく管の湾曲量を客観的に特定する点にあるものと認められる。
  一方,無効理由2は『本件発明は,甲4発明に,甲5ないし甲6-1記載の事項,周知の技術,及び,技術常識を適用することで出願時当業者が容易に想到できたものである』という理由に基づくものであるが,甲5,甲6-1には共に黒色顔料に関する記載しかなく,『式(1)から算出される周方向応力σの最大値と最小値の差Δσ』から硬質塩化ビニル系樹脂管における変形を判断する点が記載されていないことは明らかであり,同様に,甲1ないし甲12,参考資料1ないし参考資料45(判決注:本件における甲15~59)に記載されているとも,これらの資料を参照しても技術常識とは認められない。
  そうすると,甲4発明において,『式(1)から算出される周方向応力σの最大値と最小値の差Δσ』から硬質塩化ビニル系樹脂管における物性を特定することにより,相違点3に係る本件発明の構成とすることが,当業者にとって容易になし得たとはいえない。」
3 知財高裁の判断
「審決は,本件発明と甲4発明との間の相違点3は容易想到でないと判断した・・・。しかしながら,この判断は誤りであり,その理由は次のとおりである。なお,以下の判断の前提事実として,無効理由5,6で主張された公用物件についても触れるが,無効理由2を裏付ける補強事実として認定するものである。」
「(1) 証拠(甲9の4-1~13)によれば,平成22年1月15日~3月11日の間,公用物件1を,3500kcal/m2・日以上の日射量が存在する環境下に20日間静置された後の・・・式(1)から算出される周方向応力σの最大値と最小値の差Δσは2.94MPa以下であったことが認められる。」
※公用物件1:本件発明の出願前に、原告が第三者に対して販売した塩化ビニル系樹脂製パイプ。

「(2) また,証拠(甲10の3-1)によれば,公用物件2は相違点である・・・Δσの値を満たすものであると推認することができる。
  この点,被告は,原告らにおける公用物件2の再現実験の条件(甲39)は,本件出願日前に存在した公用物件2の製造条件を示すものではないと主張する。
  しかし,本件出願前から使用されていた押出機を使用していることや,従来技術と考えられる水による冷却を行っていること(甲109)などからすると,再現実験は概ね本件出願日前に存在した公用物件2の製造条件を守って行われたと認めるのが相当である。そうすると,本件出願時において・・・Δσの値を満たす硬質塩化ビニル樹脂管(黒色の顔料としてカーボンブラックが使用されたもの)は存在していたと認めるのが相当である。
  加えて,公用物件2の再現実験が本件出願前の製造条件等を完全に再現したものではないとしても,証拠(甲10の3-1)によれば,少なくともカーボンブラックを黒色顔料として添加した硬質塩化ビニル樹脂管で本件発明の構成Bを満たすものが本件出願時に存在したことは推認することができる。」
※公用物件2:本件発明の出願前の原告のカタログに掲載されていたグレード「VP50」の塩化ビニル系樹脂製パイプ

「本件発明における構成Bは『3500kcal/m2・日以上の日射量が存在する環境下に20日間静置された後の,下記式(1)から算出される周方向応力σの最大値と最小値の差Δσは2.94MPa以下』であるが,上記認定事実からすれば,本件出願日当時そのような構成が公用となっていた上,被告の主張によれば,『2.94MPa以下』という数値限定は許容できる湾曲度をσの値で特定しただけのことであり,そこに格別の意義があることの説明がない以上,その構成をもって新規性及び進歩性を判断するのは相当ではない。」
「上記・・・で認定した事実関係を踏まえると,相違点3に係る構成Bを容易想到でないとした審決の判断は,その前提となる事実の誤認に基づくものであって,是認することができない。」

【解説】
  化学の組成物等を特定のパラメータで規定するいわゆるパラメータ特許の有効性については、同特許の構成要件のうち当該パラメータ以外のすべて構成(以下この構成として「組成物」を一例に議論する。)が公知文献に記載されている場合に、この組成物が特定のパラメータを満たすか否かが実務上問題となる。これは、公知文献記載の組成物が当該パラメータを満たす可能性が高いと考えられても、パラメータ値を確認するための再現実験の信憑性(証明力)が問題となり、立証が一般に難しいからである。こうした点から、パラメータ特許は一般的には“つぶしにくい(無効としにくい)”部類の特許に位置づけられる傾向にある。
  上記立証の難しさは、一般的に下記①~④に細分化されると考えられる。すなわち、①公知文献に記載された組成物を、同文献記載の製造方法に沿って製造(再現実験)を試みても、同文献に当該組成物の詳細な製造方法が記載されていないために、再現実験自体が正確でないと認定される場合、②出願前に販売等していた公用物件については、紛争が生じ立証が必要になった時点において当該公用物件がすでに存在せず立証が不可能となる場合、③存在していても劣化等していて出願前(販売当時)のものとは性質が変わっており、パラメータ値の立証が困難になる場合、④公用物件が存在しないため、その再現製造を試みても、上記①と同様にその製造条件が正確に再現されていないと認定される場合、の4つである。
  本判決はこの点について、(ア)出願前に製造販売されていた公用物件1について出願後に測定されたパラメータ値が本件発明で規定されている範囲に含まれるとの事実を認定した(上記②又は③の立証の困難性の問題)。また、(イ)出願前にカタログに掲載されていた塩化ビニル系樹脂製パイプにつき、出願後に行った再現実験が正確な再現実験であると認定している(上記④の立証の困難性の問題)。特に、後者の再現実験については、「再現実験は概ね本件出願日前に存在した公用物件2の製造条件を守って行われたと認めるのが相当」として、現実的に事実認定をしている点は興味深い。
  もっとも、本判決において、上記(ア)、(イ)の事実認定の法的位置づけをどのように考えるべきかは容易ではない。なぜなら、原告(無効審判請求人)は、無効理由2では上記(ア)、(イ)の事実を主張していなかったからである。この点については、審決取消訴訟における審理範囲について判示したメリヤス編機事件(最大判S51・3・10)を意識したためか、本判決では、上記2つの認定を「補強事実」と扱ってはいる。しかし、2つの補強事実の認定に誤りがある点が、無効理由2について特許庁が行った認定のどの部分の誤りをいうのか判示からは不明である。本判決では、上記2つの補強事実の認定の誤りが、最終的には「その前提となる事実の誤認」であるとしているため、無効理由2での「技術常識」の認定の誤りを意味するのではないかと考えられる。このように考えると、上記(ア)、(イ)との2つの点につき事実認定を行ったのも、本件発明で規定するパラメータ値が当業者に一般的によく知られていることを示すため、ひいては、「技術常識」であることを認定するためではないかと考えられる。
  本判決は、パラメータ特許におけるパラメータ値の立証という実務上興味深い問題を正面から扱っており、実務上参考になると考える。

2012.1.9(文責)弁護士 栁下彰彦