【大阪地判平成24年3月29日平22(ワ)8137号[オンラインクローゼット事件]】

【要旨】
 本判決は、ソフトウェア特許の侵害訴訟において、特許権者が勝訴した事例である。

【キーワード】
ソフトウェア特許、充足論、特許発明の技術的範囲、特許請求の範囲基準の原則、明細書参酌の原則、特許法70条

1 特許発明の内容1

特許番号  第3604335号
出 願 日 平成12年9月5日
登 録 日 平成16年10月8日

1A クリーニング対象の品物の保管業務における顧客からの預かり物の内容をインターネットを介して顧客に提示する預かり物の提示方法であって,
1B 提示者が利用する第1通信装置により,顧客から預かるべき複数の品物又は顧客から預かった複数の品物の画像データを得て,該複数の品物の画像データを記憶手段に記憶する第1ステップと,
1C 顧客が直接利用するウェブブラウザ機能を備えた第2通信装置から受信するユーザ情報と前記複数の品物の画像データに対応づけて前記記憶手段に予め記憶された認証情報とに基づいて認証を行う第2ステップと,
1D 前記ユーザ情報が前記認証情報と一致する場合に,前記記憶手段に記憶された前記複数の品物の画像データの中から,前記ユーザ情報に対応するものを一覧出力形式で,品物の顧客による識別の用に供すべく,前記第2通信装置へ送信する第3ステップとを有し,
1E 該第3ステップは,品物を識別した顧客の画面上における所定のクリック操作に応じて品物の選択的な返却要求を前記第2通信装置から送信させるようになしたウェブページに,前記品物に対応する画像データを含めて送信する
1F ことを特徴とする預かり物の提示方法。

2 充足性に関する争点

① 被告方法は本件発明1ないし3の技術的範囲に属するか(争点1)
② 被告装置は本件発明4ないし6の技術的範囲に属するか(争点2)

 実質的には、本件発明1の充足性のみが問題となるため、以下では、本件発明1の充足性のみ検討する。

3 争点に関する被告の主張

ア 本件発明1との対比について
(ア)構成要件1Aについて
 構成要件1Aは,「顧客からの預かり物」をクリーニング対象の品物に限定している。
 これに対し,被告サービスは,顧客の所有するすべてのアイテムについて,自宅にあるものとアパレル専用倉庫にあるものとにかかわらず提示する方法である。
(イ)構成要件1Bについて
 構成要件1Bの「画像データ」は,専用スタジオで写真撮影されるものではなく,平面的な1枚の写真が撮影されているにすぎない。また,平成14年7月29日付け手続補正書によれば,この画像データは,高解像度の画像データではない。
 これに対し,被告サービスでは,専用スタジオにおいて,トルソー等を使用して立体的に撮影した代表的写真の他,角度を変えて模様や柄やブランド名が判別できる程度に鮮明な写真を提示するし,同一アイテムに対し,異なる角度から撮影した複数の写真を鮮明に提示する。
(ウ)構成要件1Cについて
 構成要件1Cでは,クリーニング品の一時預かりしている品物を提示するにすぎず,返却済みのクリーニング品は提示されない。
 これに対し,被告サービスでは,アイテムとして登録した全品物が画像データとして登録され,返却済みのアイテムとアパレル倉庫に保管されているアイテムのすべてが画像データの対象となる。
(エ)構成要件1Dないし1Fについて
 被告サービスの対象は「預かり物」に限定されず,構成要件1D及び1Eの「品物」や,構成要件1Fの「預かり物」とは異なる。

4 判旨

1 争点1(被告方法は本件発明1ないし3の技術的範囲に属するか)について
⑴ 被告方法の構成
 証拠(甲5,10)及び弁論の全趣旨によれば,被告方法の構成は,別紙被告方法目録記載第2のとおりであると認められるところ,これを本件発明1の構成要件に対応させて分説すると,次のとおりである。
1a  顧客の所有する衣類,履物,かばん等のアイテムをクリーニングした後にアパレル専用倉庫で保管する保管業務における,アパレル専用倉庫で保管しているアイテムの内容を,インターネットを介して顧客に提示する保管されているアイテムの提示方法であって,
1b  提示者が利用する第1通信装置により,顧客から預かった複数のアイテムの画像データをクリーニング後に得て,該複数のアイテムの画像データを記憶手段に記憶する第1ステップと,
1c  顧客が直接利用するウェブブラウザ機能を備えた第2通信装置から受信するユーザ情報と前記複数のアイテムの画像データに対応付けて前記記憶手段に予め記憶された認証情報とに基づいて認証を行う第2ステップと,
1d  前記ユーザ情報が前記認証情報と一致する場合に,顧客画面上で「返却する」メニューの表示が求められるとき,前記ユーザ情報に対応するアパレル専用倉庫で保管しているアイテムの画像データを一覧出力形式で,アイテムの顧客による識別の用に供すべく,前記第2通信装置へ送信する第3ステップとを有し,
1e  該第3ステップは,アイテムを識別した顧客の「返却する」メニュー画面上でのクリック操作に応じてアパレル専用倉庫で保管しているアイテムの中から選択的な返却要求を前記第2通信装置から送信させるようになしたウェブページに,前記アパレル専用倉庫で保管しているアイテムに対応する画像データを含めて送信する
1f  ことを特徴とする保管されているアイテムの提示方法。
⑵ 本件発明1との対比
ア 構成要件1Aについて
 本件発明1の構成要件1Aは,「クリーニング対象の品物の保管業務における顧客からの預かり物の内容をインターネットを介して顧客に提示する預かり物の提示方法であって,」である。
 他方,被告方法は,前記(1)の構成1aのとおり,「クリーニング後のアイテムの保管業務におけるアイテムの内容をインターネットを介して顧客に提示する保管されているアイテムの提示方法」であり,この「アイテム」は,顧客の所有するすべてのアイテムのうちアパレル専用倉庫にあるものであるから,「顧客からの預かり物」である。
 したがって,被告方法は,構成要件1Aを充足する。
イ 構成要件1Bについて
 本件発明1の構成要件1Bは,「提示者が利用する第1通信装置により,顧客から預かるべき複数の品物又は顧客から預かった複数の品物の画像データを得て,該複数の品物の画像データを記憶手段に記憶する第1ステップと,」である。
 他方,被告方法は,前記(1)の構成1bのとおり,「提示者が利用する第1通信装置により,顧客から預かった複数のアイテムの画像データを得て,該複数のアイテムの画像データを記憶手段に記憶する第1ステップ」を有する。
 したがって,被告方法は,構成要件1Bを充足する。
 なお,被告は,構成要件1Bの「画像データ」は,専用スタジオで写真撮影されるものではなく,この画像データは,品物の汚れ,しみ傷,ボタン取れなどまで判別できるほどの高解像度の画像データではないと主張するが,被告の主張は,構成要件1Bの内容について,特許請求の範囲にも明細書(甲2)にも記載のない限定を加えるものであって,採用できない。
ウ 構成要件1Cについて
 本件発明1の構成要件1Cは,「顧客が直接利用するウェブブラウザ機能を備えた第2通信装置から受信するユーザ情報と前記複数の品物の画像データに対応づけて前記記憶手段に予め記憶された認証情報とに基づいて認証を行う第2ステップと,」である。
 他方,被告方法は,前記(1)の構成1cのとおり,「顧客が直接利用するウェブブラウザ機能を備えた第2通信装置から受信するユーザ情報と前記複数のアイテムの画像データに対応付けて前記記憶手段に予め記憶された認証情報とに基づいて認証を行う第2ステップ」を有する。
 したがって,被告方法は,構成要件1Cを充足する。
エ 構成要件1Dについて
 本件発明1の構成要件1Dは,「前記ユーザ情報が前記認証情報と一致する場合に,前記記憶手段に記憶された前記複数の品物の画像データの中から,前記ユーザ情報に対応するものを一覧出力形式で,品物の顧客による識別の用に供すべく,前記第2通信装置へ送信する第3ステップとを有し,」である。
 他方,被告方法は,前記(1)の構成1dのとおり,「前記ユーザ情報が前記認証情報と一致する場合に,前記ユーザ情報に対応するアパレル専用倉庫で保管しているアイテムの画像データを一覧出力形式で,アイテムの顧客による識別の用に供すべく,前記第2通信装置へ送信する第3ステップ」を有する。
 そして,被告方法では,構成1bのとおり,顧客から預かった複数のアイテムの画像データを得て,該複数のアイテムの画像データを記憶手段に記憶しているから,「アパレル専用倉庫で保管しているアイテムの画像データ」は,「前記記憶手段に記憶された前記複数の品物の画像データ」である。
 また,構成要件1Dでは,品物の画像データが送信されるのは,「前記ユーザ情報が前記認証情報と一致する場合」であればよいから,被告方法のように,それが「顧客画面上で「返却する」メニューの表示が求められるとき」であることは,構成要件1Dに包含される。
 したがって,被告方法は,構成要件1Dを充足する。
オ 構成要件1Eについて
 本件発明1の構成要件1Eは,「該第3ステップは,品物を識別した顧客の画面上における所定のクリック操作に応じて品物の選択的な返却要求を前記第2通信装置から送信させるようになしたウェブページに,前記品物に対応する画像データを含めて送信する」である。
 他方,被告方法は,前記(1)の構成1eのとおり,「該第3ステップは,アイテムを識別した顧客の「返却する」メニュー画面上でのクリック操作に応じてアパレル専用倉庫で保管しているアイテムの選択的な返却要求を前記第2通信装置から送信させるようになしたウェブページに,前記アパレル専用倉庫で保管しているアイテムに対応する画像データを含めて送信する」ものである。
 したがって,被告方法は,構成要件1Eを充足する。
カ 構成要件1Fについて
 本件発明1の構成要件1Fは,「ことを特徴とする預かり物の提示方法。」である。
 他方,被告方法は,前記(1)の構成1fのとおり,「ことを特徴とする保管されているアイテムの提示方法。」であり,前記アのとおり,この「アイテム」は「顧客からの預かり物」である。
 したがって,被告方法は,構成要件1Fを充足する。
⑶ 被告の主張について
 被告は,被告サービスが機能として一体的になったサービスであるから,そのうちの一部だけを個々の構成に分断して取り出し,これを被告方法として特定する原告主張は相当ではないと主張し,また属否についても,要するに被告サービスには被告方法に付加する要素があることを理由として本件発明1に属しないと主張する。
 しかしながら,被告の主張は,要するに,被告は被告方法を実施しているほかに,それ以外のサービスも同時並行的に行っていることを主張しているだけのことであって,被告が被告方法を実施している事実に変わりはなく,被告方法が本件発明1の技術的範囲に属するか否かの判断が,被告が同時並行的に他のサービスを行っていることによって左右されるものではないから,被告の主張は失当であって採用できない。
⑷ 小括
 以上のとおり,被告方法は,本件発明1の技術的範囲に属する。

5 検討

⑴ ソフトウェア特許の侵害訴訟において、請求が認容された事例は、これまでに3件存在するが2、本件はそのうちの1件である。また、特許権侵害訴訟において、地裁における原告の勝訴率が22%であるのに対し、ソフトウェア特許における原告の勝訴率は1.9%であり、原告にとって勝訴し難いとのデータが存在する3。このような中で本件は、ソフトウェア特許の侵害訴訟において、原告が勝訴した貴重な事例であるといえる。

⑵ 一方、本件において、被告方法は、本件特許発明の構成要件に対し、付加的な要素を追加した態様であり、被告自身もそのことは特に争っていなかったようであることから、本件特許発明の技術的範囲に含まれる結果となるのは当然であるといえる。
 ソフトウェア特許の侵害訴訟においては、明細書に記載された実施例と、被告方法において差異がある場合に、クレーム解釈において、明細書に記載された実施例に限定した解釈がなされ、非充足であると判断されることが多いが、本件は、明細書に記載された実施例と、被告方法がほぼ同一の事案であり、クレーム解釈において、特に争いは、生じなかった。
 そのため、本件は、ソフトウェア特許の侵害訴訟において、原告が勝訴した貴重な事例であるといえるが、被告方法が、本件特許の実施例とほぼ同じ事案であることから、ソフトウェア特許の侵害訴訟におけるクレーム解釈に関し、特に先例性があるという判決とは位置付けられない。

以上
(文責)弁護士・弁理士 杉尾雄一


1 請求項1を分節。
2 李思思「侵害訴訟にみるソフトウェア特許‐特許庁と裁判所の『連携プレイ』と裁判所の『単独プレイ』による保護範囲の限定の状況」知的財産法政策学研究51号160-161頁(2018年)。
3 前掲李。