【平成25年3月21日(東京地判平成24年(ワ)第16391号)】

【判旨】
「本件メール本文の内容は,・・・個性的な表現を含み,十数文からなる文章であって,誰が作成しても同様の表現になるものとはいえないから,本件メールは,言語の著作物に該当すると認められる。」

【キーワード】
 電子メール,著作物性,事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道


第1 事案の概要
1 前提事実
(1)当事者
ア 原告
 宗教団体「ワールドメイト」の会員であり,同団体の親睦団体 「関東エンゼル会」の議長を務めている。
イ 被告は,最終的に不特定の者に受信されることを目的として特定電気通 信設備の記録媒体に情報を記録するためにする発信者とコンテンツプロバイダとの間の通信を媒介する,いわゆる経由プロバイダである。
(2)原告は,平成20年4月,「ご祈願&人形」という表題の電子メールを関東エンゼル会の会員らに送信した。その本文の内容は,下記対照表の「本件メールの内容」欄に記載のとおり(ただし,下線を除く。)である。

 

(3)訴外株式会社paperboy&co.(以下「訴外会社」という。) が提供するレンタルサーバーを利用したインターネット上のウェブサイト 「ワールドメイトの実態」(以下「本件サイト」という。)中の「脅しや強制はあるのか」と題するページ上に,少なくとも平成22年5月3日ころから平成23年8月11日ころまでの間,上記対照表の「本件サイトの掲載内容」(以下 「本件記事」という。)が掲載されていたが,本件記事は,遅くとも平成24年8月31日ころまでには本件ページから削除された。

(4)原告は,平成23年11月16日,東京地方裁判所に対し,訴外会社を相手方として,プロバイダ責任制限法に基づき,本件ページ上に本件記事を掲載した発信者の情報(IPアドレス及びタイムスタンプ(アクセス日時))の開示を求める仮処分命令を申し立て,東京地方裁判所は,同月29日,上記発信者情報の仮の開示を命ずる決定をした。

(5)訴外会社は,平成23年12月1日付けで,原告に対し,上記仮処分決定に従って発信者情報を開示した。

(6)上記(5)により原告に開示されたIPアドレスは,いずれも被告が管理するものである。

2 ここで取り上げる争点
 本件メールが著作物であるか否か

3 争点に関する当事者の主張
(1) 原告の主張
 「原告が作成した本件メールには,「やっと「人形ムード」になった方も多いのではないでしょうか?」,「B先生が「伊勢神業」のお取次をしてくださるまでの貴重なこの時間は,私たちに「人形形代」をもっともっと書かせて頂くための時間ではないでしょうか?」などの原告が工夫した独自の言い回しが使用されている。これらは,事実をそのまま叙述したものでも単なる事務連絡でもなく,記述者が独自の評価をした上で,その意見として表明した,記述者の個性が表れた表現であり,本件メールは,誰が作成したとしても表現内容が同じになるとはいえない。したがって,本件メールは,著作権法2条1項1号の著作物に当たる。 」
(2)被告の主張
  「本件メールの表現内容は,「事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道」(著作権法10条2項)に過ぎず,著作物に該当しない。本件メールの表現 は,平凡かつありふれたものであって,記述者の個性が発揮されているとは いえない。」

第2 判旨
  「本件メール本文の内容は,別紙対照表の「本件メールの内容」欄に記載のとおり(ただし,下線を除く。)であり,「「人形形代」を書きまくりましょう!」,「やっと「人形ムード」になった方も多いのではないでしょうか?」,「B先生が「伊勢神業」のお取次をしてくださるまでの貴重なこの時間は,私 たちに「人形形代」をもっともっと書かせて頂くための時間ではないでしょう か?」などの個性的な表現を含み,十数文からなる文章であって,誰が作成しても同様の表現になるものとはいえないから,本件メールは,言語の著作物に該当すると認められる。
被告は,本件メールの表現内容は,事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道に当たると主張するが,本件メールは,個性的な表現を含むのであって,事実の伝達にすぎない雑報及び時事の報道に当たるということはできない。被告の上記主張は,採用することができない。」

第3 若干の検討
 本件は,電子メールが著作権法上の著作物に該当するかが争われた事案です。
 
 被告は,本件メールの表現内容は,著作物には該当しない「事実の伝達に過ぎない雑報及び時事の報道」(著作権法10条2項)に過ぎないと主張しましたが,裁判所はこの主張を退けています。

 著作権法10条2項に関しては,知財高判平成20年7月17日判時2011号137頁が次のように判示しています。


「専ら『事実』(この場合における『事実』とは,特定の状況,態様ないし存否等を指すものであって,例えば『誰がいつどこでどのようなことを行った』,『ある物が存在する』,『ある物の態様がどのようなものである』ということを指す。)を,格別の評価,意見を入れることなく,そのまま叙述する場合は,記述者の『思想又は感情』を表現したことにならない・・・(著作権法10条2項)」。


 文献でも,著作権法10条2項に該当するのは,「・・・人事異動とか死亡記事のように,誰が書いてもこうなると思われる事実を忠実・簡潔に伝達するような報道記事」であると説明されています(加戸6版・128頁)。

 これらの裁判例や文献で示されている一般的な理解を前提とする限り,本件メールは単に「事実」のみを伝えるものとは言い難く,被告の主張が退けられたのはやむを得ないところです。

 なお,本件メールにておいて「思想又は感情」が表現されているとしても,それが創作的なものでなければ本件メールは著作物とは認められません。本判決はこの点には余り深く踏み込んでいませんが,「(筆者注:本件メールは)誰が作成しても同様の表現になるものとはいえない」ということを理由に,本件メールの著作物性(言語の著作物に該当すること)を肯定しています。本件メールはある程度の分量にわたるものであり,本判決も述べるとおり,誰が作成しても同じようになるものとはいえないので,著作物性を肯定したことに違和感はありません。
本判決の判断を踏まえると,「他人から受信したメールを返信する場合に受信したメールがそのままコピーされてしまうのは問題ないのか」といったような疑問も出てきますが,このような通常の利用については,送信者の(黙示の)許諾があるとみてよいでしょう。

(文責)弁護士 高瀬亜富