【令和元年9月11日判決(知的財産高等裁判所 平成30年(ネ)第10006号)】
【事案の概要】
本件は,発明の名称を「システム作動方法」とする特許(特許第3350773号。請求項の数3。以下「本件特許A」といい,本件特許Aに係る特許権を「本件特許権A」という。)等の特許権を有していた控訴人が,被控訴人が業としてゲームソフトを製造等したことは,本件特許Aの特許請求の範囲の請求項1及び2に係る発明についての本件特許権Aの間接侵害(特許法101条4号)に該当する,又は,侵害行為を惹起したことにつき不法行為が成立する等主張して,被控訴人に対し,本件特許権A等侵害の不法行為又は一般不法行為に基づく損害賠償を請求した事案である。
【キーワード】
公然実施発明,公知発明,カタログ,技術思想,動機付け,阻害要因
【本件発明A1】(本件訂正A後の本件特許Aの特許請求の範囲の請求項1に係る発明)
A ゲームプログラムおよび/またはデータを記憶するとともに所定のゲーム装置の作動中に入れ換え可能な記憶媒体(ただし,セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除く。)を上記ゲーム装置に装填してゲームシステムを作動させる方法であって,
B 上記記憶媒体は,少なくとも,
B-1 所定のゲームプログラムおよび/またはデータと,所定のキーとを包含する第1の記憶媒体と,
B-2 所定の標準ゲームプログラムおよび/またはデータに加えて所定の拡張ゲームプログラムおよび/またはデータを包含する第2の記憶媒体とが準備されており,
C 上記拡張ゲームプログラムおよび/またはデータは,上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータに加えて,ゲームキャラクタの増加および/またはゲームキャラクタのもつ機能の豊富化および/または場面の拡張および/または音響の豊富化を達成するためのゲームプログラムおよび/またはデータであり,
D 上記第2の記憶媒体が上記ゲーム装置に装填されるとき,
D-1 上記ゲーム装置が上記所定のキーを読み込んでいる場合には,上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータと上記拡張ゲームプログラムおよび/またはデータの双方によってゲーム装置を作動させ,
D-2 上記所定のキーを読み込んでいない場合には,上記標準ゲームプログラムおよび/またはデータのみによってゲーム装置を作動させることを特徴とする,
E ゲームシステム作動方法。
【争点】
争点は,構成要件充足性,均等侵害の成否,間接侵害の成否,本件発明A1に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきものかなどがあるが,本稿においては,本件ゲームシステムA1により公然知られた発明又は公然実施をされた発明に基づく本件発明A1の進歩性の欠如の有無についてのみ紹介する。
1.裁判所の判断(以下,下線部等の強調は筆者による。)
⑸ 争点1-2-1(本件ゲームシステムA1により公然知られた発明又は公然実施をされた発明に基づく本件発明A1及びA2の進歩性の欠如の有無)について
ア 本件ゲームシステムA1により公然知られた発明又は公然実施をされた発明
(ア) 証拠(乙A2~6,8~10,13,14(枝番号を含む。))及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
本件特許出願A(平成6年12月9日)前に発売されていたファミリーコンピュータ(昭和58年発売。乙A5の3),ファミリーコンピュータディスクシステム(昭和61年2月21日発売。乙A6の2),ゲームソフト「魔洞戦紀」(昭和61年12月19日発売。乙A3の2),ゲームソフト「勇士の紋章」(昭和62年5月29日発売。乙A3の4)及びテレビを用いて実現されるゲームシステムを作動させる方法は,本件特許出願Aの前に,公然知られていた(以下「本件公知発明1」という。)。
本件公知発明1の構成は,次のとおりである。
a ファミリーコンピュータとディスクシステムとテレビとから構成され,ディスクを用いてゲームを行うファミコンゲームシステムにおいて,セーブデータなどを記憶可能で,ゲームプログラム及び/又はデータを記憶するファミコンゲームシステムの動作中に入れ換え可能なディスクをディスクシステムに挿入して,ファミコンゲームシステムを作動させる方法であって,
b 上記ディスクは,RWM(読み書き可能メモリ)であって,
b-1 魔洞戦紀のゲームプログラム及び/又はデータと,魔洞戦紀にセーブされたキャラクタのレベルが21であることを示す情報とを包含する魔洞戦紀DDⅠと,
b-2 標準ゲーム機能部分を実行する標準ゲームプログラム及び/又はデータに加えて,魔洞戦紀DDⅠから転送されたキャラクタの魔洞戦紀におけるレベルが16以上であるときには,そのキャラクタの勇士の紋章におけるレベルが最初から2となり,神殿で祈ると「ゆうけんしのしそん じゅんくよ。がんばるのだぞ。」とのメッセージが表示され,アイテム「くさのつゆ」及び「しろきのこ」が1つ増えるという動作機能を実行する拡張ゲームプログラム及び/又はデータを包含する勇士の紋章DDⅡとが準備されており,
c 拡張ゲームプログラム及び/又はデータは,標準ゲームプログラム及び/又はデータに対して,キャラクタのレベルの増加,又はキャラクタのためのアイテムの増加を達成するように形成されたものであり,
d 勇士の紋章DDⅡがディスクシステムに挿入されるとき,
d-1 ファミリーコンピュータが,魔洞戦紀DDⅠから,キャラクタのレベルが21,すなわち16以上であることを示す情報を読み込んでいる場合には,標準ゲーム機能部分を実行する標準ゲームプログラム及び/又はデータと拡張ゲーム機能部分を実行する拡張ゲームプログラム及び/又はデータの双方によってファミリーコンピュータを作動させ,
d-2 ファミリーコンピュータが,魔洞戦紀DDⅠから,キャラクタのレベルが16以上であることを示す情報を読み込んでいない場合には,標準ゲーム機能部分を実行する標準ゲームプログラム及び/又はデータのみによってファミリーコンピュータを作動
させる,
e ファミコンゲームシステム作動方法。
(中略)
イ 本件発明A1と本件公知発明1の対比
本件発明A1と本件公知発明1とを対比すると,以下の相違点が存在することが認められる。
(相違点1-1)
一の記憶媒体,二の記憶媒体が,本件発明A1は,「記憶媒体(ただし,セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除く。)」であるのに対し,本件公知発明1は「セーブデータなどを記憶可能なディスク」である点。
(相違点1-2)
本件発明A1の「第1の記憶媒体」は,セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除くから,「所定のキー」はセーブデータを含まないのに対し,本件公知発明1では,魔洞戦紀DDIに包含される「所定のキー」が,魔洞戦紀DDIに記憶されたセーブデータであって,魔洞戦紀DDIにセーブされたキャラクタのレベルが21であることを示す情報である点。
(中略)
ウ 相違点の容易想到性について
(ア) 本件公知発明1の技術思想
本件公知発明1の内容に加え,前記アに掲記の各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,①ディープダンジョン(DD)シリーズの後作「勇士の紋章」は,前作「魔洞戦紀」の続編であって,両者は,魔洞戦紀において,魔王が勇剣士に倒され平和を取り戻したものの,勇士の紋章において,魔王が復活し,勇剣士が再び冒険するという一連のストーリーを有するゲームであること,②「魔洞戦紀」の勇剣士のキャラクタを,「勇士の紋章」に転送することにより,「魔洞戦紀」の「勇剣士」を,「勇士の紋章」の「勇士」として復活させることができること,③「魔洞戦紀」において,キャラクタのレベルが16以上であれば,レベル1からではなく,レベル2のキャラクタとして「勇士の紋章」でプレイできること,④このような場合に,「魔洞戦紀」から転送されたレベル16以上のキャラクタは,「勇士の紋章」においては「勇剣士の子孫」として復活すること,⑤「魔洞戦紀」のキャラクタリストは,「魔洞戦紀」において,特定のキャラクタでゲームをプレイしている途中で中断し,その後,中断した場面からゲームを再開してプレイするために,ディスクにセーブされたものと解されることが認められる。
上記認定事実によれば,本件公知発明1は,前作と後作との間でストーリーに連続性を持たせた上,後作のゲームにおいても,前作のゲームのキャラクタでプレイしたり,前作のゲームのプレイ実績により,後作のゲームのプレイを有利にしたりすることによって,前作のゲームをプレイしたユーザに対して,続編である後作のゲームもプレイしたいという欲求を喚起し,これにより後作のゲームの購入を促すという技術思想を有するものと認められる。
(イ) 相違点1-1について
前記(ア)のとおり,本件公知発明1は,キャラクタでプレイするゲームにおいて,セーブされたキャラクタを前作のゲームから後作のゲームに転送するものであり,前作のゲームにおいて,プレイ途中でセーブして,なおかつ,キャラクタのレベルが16以上である場合に,後作のゲームにおいて,ゲームのプレイが有利になるという特典が与えられるものである。
そうすると,本件公知発明1は,少なくとも,前作において,ゲームをプレイ途中でセーブするとともに,ゲームをある程度達成した,すなわち,前作のゲームにおいて,キャラクタのレベルが16以上となるまでプレイしたという実績があることが,後作においてプレイを有利にするための必須の条件であり,「キャラクタ」,「プレイ実績」を示す情報を前作の記憶媒体にセーブできることが本件公知発明1の前提であって,「キャラクタ」,「プレイ実績」の情報をセーブできない記憶媒体を採用すると,前作のゲームにおける「キャラクタ」,「プレイ実績」の情報が記憶媒体に記憶されないこととなり,「前作のゲームのキャラクタで,後作のゲームをプレイする」,「前作のキャラクタのレベルが16以上であると,後作において拡張ゲームプログラムを動作させる」という本件公知発明1を実現することができなくなることは明らかである。
したがって,仮に,被控訴人の主張するとおり,ゲームプログラム及び/又はデータを記憶する媒体としてCD-ROMを用いることが本件特許Aの出願前において周知技術であり,また,同一タイトルのゲームをCD-ROMやROMカセットに移植することが一般的に行われている事項であったとしても,本件公知発明1において,記憶媒体を,ゲームのキャラクタやプレイ実績をセーブできない「記憶媒体(ただし,セーブデータを記憶可能な記憶媒体を除く。)」に変更する動機付けはなく,そのような記憶媒体を採用することには,阻害要因がある。
以上のとおりであるから,本件公知発明1において,相違点1-1に係る本件発明A1の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たものであるとは認められない。
(中略)
(オ) 小括
以上のとおり,本件公知発明1において,相違点1-1及び1-2に係る本件発明A1の構成とすることには,動機付けがなく,むしろ阻害要因があるため,当業者が容易に想到し得たこととは認められない。
したがって,本件発明A1は,当業者が本件公知発明1に基づき容易に発明をすることができたものであるとは認められない。
2.検討
本判決は,公知発明(本件公知発明1)を認定し,当該公知発明に基づく本件発明A1の進歩性欠如の有無を判断した。
本判決は,本件発明A1と本件公知発明1との相違点の容易想到性を判断するにあたり,本件公知発明1の技術思想を認定している。本件発明と対比する発明(主引用発明)の技術思想が認定可能な場合,これを認定できない場合と比較して,主引用発明において,相違点に係る本件発明の構成とすることの動機付けや阻害要因の説明がしやすくなると考えられる。
ところで,例えば,製品そのものから認定される公然実施発明や公知発明の場合,特許文献の記載から認定される発明と比較して,技術思想を認定することが難しいように思われる。製品そのものには,技術思想は記載されていないし,また,当該製品の説明書等にも技術思想が記載されているとは限らない一方,特許文献には,背景技術,課題等の記載がされていることが多いからである。
本判決は,本件公知発明1の技術思想を認定しているが,本件公知発明1のゲームソフトの特徴からすれば,技術思想は一義的にわかるといえるため,本判決の認定は妥当なものだと考える。前述のとおり,製品そのものから認定される公然実施発明や公知発明の場合,相対的に技術思想を認定することが困難であると考えられ,認定が可能なのは,本件のように,技術思想が一義的にわかる場合など限られるように思われる。
本判決は,公知発明について,その技術思想を認定した事例として,参考になるため,紹介した。
以上
弁護士・弁理士 梶井 啓順