【ポイント】
被告が通信システムの標準規格に含まれる方法を実施しているとは認められず、被告方法が本件発明の技術的範囲に属さず、被告方法の使用に用いられる被告機器の販売等が本件特許権の間接侵害に該当しないとされた事例。
【キーワード】
通信規格と特許権侵害、被告方法の特定・立証
 

【事案の概要】
X:特許権者
Y:Xの有する特許権を侵害するとして提訴された者
 
XはYに対して、X特許権(方法)を侵害するとして、①Y方法の使用等の差止、②Y機器の販売等がX特許権の間接侵害(特許法101条4号)に該当するとして、Y機器の販売等の差止、③Y機器の廃棄(100条2項)、④損害賠償を請求した。
Yは、Y方法はX特許発明の技術的範囲に属することを争った。
 
【争点】
Y方法が、X特許権(方法)の技術的範囲に属するか。X特許権(方法)が所定の通信システムの標準規格(3GPP)に準拠した所定の通信方法(TFO接続、TrFO接続)である場合に、Y方法の使用にあたり、当該通信方法(TFO接続)を利用可能なY機器の使用がX特許権の技術的範囲に属するか否か。
 
【結論】
Y方法は、X特許権の技術的範囲に属しない。
Y機器の販売等が、X特許権の間接侵害(101条4号)に該当しない。
 
【判旨抜粋】
(1) 3GPP規格とTrFO接続及びTFO接続の関係について
「被告が3GPP規格に準拠した被告方法を実施していることは,当事者間に争いがない。
この点,3GPP規格には,TrFO接続及びTFO接続の実施方法について,詳細な規定が定められている(・・)。しかしながら,3GPP規格に定められたTrFO接続やTFO接続の実施方法についての規定が,同規格に準拠する場合に必ず実施しなければならない性質のものであることを認めるに足りる証拠はない
したがって,被告が3GPP規格に準拠した被告方法を実施しているとしても,そのことから直ちに被告が被告方法においてTrFO接続やTFO接続を実施していることが認められるわけではない。」
 
(2) 原告が提出する各見解書(甲17,20,27)について
「原告が提出する各見解書(甲17,20,27)は,いずれも被告がTFO接続又はTrFO接続を実施している可能性が高い旨述べているので,これらの見解書の内容について検討する。」
「そして,本件見解書1も指摘しているとおり,片道音声遅延時間の発生要因は多岐にわたるものであり,また,本件見解書2でも指摘されているように,片道音声遅延時間はある程度不確定要因を含み得るものであるから,片道音声遅延時間のデータを基に,遅延時間の個々の発生要因について具体的な分析をすることなく,TFO接続やTrFO接続を実施していることを立証すること自体困難であるというべきである。」
以上のとおり,本件見解書1及び本件見解書2は,いずれも,その内容において信用性に乏しく,被告がTFO接続やTrFO接続を実施していることを裏付ける証拠として採用することはできない。」
「したがって,同見解書についても,被告がTFO接続やTrFO接続を実施していることを裏付ける証拠として採用することはできない。」
 
(4) 被告が被告方法においてTrFO接続を実施しているかについて
「ア 証拠(乙34,38,136)によれば,被告は,被告にMSCサーバを納入している日本エリクソンとの間で,TrFO機能を使用する契約を締結しており,●(省略)●が認められる。したがって,被告が被告方法においてTrFO接続を実施することは可能である。
「ウ 被告がTrFO接続を実施していることを裏付けるものとして原告が提出する文献等は,次のとおり被告がTrFO接続を実施していることを立証するものではない。
(ア) 甲第29号証の1及び2には,同一の圧縮符号化方式をとる移動通信網でTrFO接続が採用されていることについての一般的な記述があるのみであるから,これらの証拠は,被告がTrFO接続を実施していることを裏付けるものではない
(イ) 甲第30号証は,3GPPにおけるコアネットワークの標準化状況について概説したものであり,この中で3GPP規格に新しく規定されるTrFO接続についての一般的な説明がされているだけであるから,この証拠は,被告がTrFO接続を実施していることを裏付けるものではない。」
「オ 原告の提出する甲第28号証の見解書は,被告方法においてTrFO接続が実施されている可能性が極めて高い旨述べている。しかしながら,同見解書の内容は,上記イないしエで検討した原告の各主張に沿ったものにとどまるものであり,上記イないしエの説示に照らし,その内容を採用することはできない。」
「キ 上記アないしカの検討を総合すれば,被告が被告方法においてTrFO接続を実施していると認めることはできない
(5) 以上のとおり,被告が被告方法においてTFO接続又はTrFO接続を実施していると認めることはできないから,被告方法が本件発明の技術的範囲に属するとは認められない。よって,原告が被告に対し,被告方法の使用の差止めを求める主位的請求には理由がない。」
 
【解説】
通信分野やソフトウェア関連の発明の場合、当該発明を実施するための機器はサーバ等で実行され、当該機器を入手することができない。したがって、当該発明の特定およびそのための証拠収集に困難を伴うことが多い。
本件の場合、特許発明と被告方法は同一の通信の標準規格に該当するところまでは認められたものの、被告が当該特許発明を実際に使用したところまでは立証できず、結果として特許発明の技術的範囲に属しないとして侵害が認められなかった。
当該判断において、被告方法を実施する装置(メディアゲートウェイ)と本件発明を実施することのできるとされる装置とが同一の販売元から販売され、かつ当該販売元との契約では被告は本件発明に該当するとされる機能(TrFO機能)を利用可能であったが、被告の利用した当該メディアゲートウェイで本件発明を利用できることは裏付けられていないとされた。被告主張によれば、TrFO機能を使用する契約を販売元と締結しているが、現状、通信に必要な帯域を十分確保しており、帯域を制限する必要がないから、使用していないとのことである。
また、Xは、当該特許発明を実施していることを立証すべく、各通信会社の通信端末間での音声信号の発信から着信までの遅延時間を測定した実験データを提出しているが、当該遅延時間の発生要因は多岐にわたるものであり、当該特許発明を実施している根拠とはなり得ないと判断した。
以上のとおり、本件発明に該当するとされる機能を有する装置を使用していたことは被告も認めていることから、仮に、方法のみならず同方法を実現する装置についても特許を取得していたとすれば、当該機能を実現する装置が当該装置にかかる特許発明の技術的範囲に属し、侵害が認められていた可能性もあると思われる。
なお、パテントプールの実務では、必須特許が規格で使用されているか否かという必須特許判定は、当該規格の記載が必須特許の技術的範囲に含まれるか否かのみをもって行い、規格実施者の具体的実施態様まで踏み込むことはないが、本判例は、実際に規格で使用されているか否かという点まで踏み込んで判断されており、当該パテントプールの実務と異なる側面があることに留意が必要である。

2012.2.27 (文責)弁護士・弁理士 和田祐造