【平成24年3月22日判決(平成23年(ネ)第10002号)】

【ポイント】
特許侵害訴訟において,原告特許の「…切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の(中略)側周表面に、(中略)切り込み部又は溝部を設け…」なる文言の解釈が争われた事例

【キーワード】
特許法70条第1項第2項,特許発明の技術的範囲,文言解釈,句読点の位置,クレームの否定的表現

事案の概要

 原告である越後製菓㈱は、切り餅の側面に切り込みを入れる技術の特許(特許第4636616号)を保有していたところ、側面だけでなく上下面にも切り込みを入れる佐藤食品工業㈱の「サトウの切り餅」が原告特許を侵害するとして提訴した。

 争点となったのは、原告の特許権の「…切餅の載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の(中略)側周表面に、(中略)切り込み部又は溝部を設け…」という文言である。この文言には、「底面や上面に切り込みが入っている切り餅」を含むのか否かが明確でないために、この解釈が争われた。
 原告は、当該文言は、切り餅の上面や底面には切り込みを設けても設けなくてもよく、側面に切り込みが入っていることを意味するとして、「佐藤の切り餅」は原告特許を侵害すると主張し、これに対し、被告は、当該文言は上面にも切り込みが入っている場合を除くと解釈されるから、「サトウの切り餅」には、上面にも切り込みが入っているため侵害ではないと主張した。
 東京地裁は、原告の言い分を認めず、客観的に表現を解釈すれば、「載置底面又は平坦上面ではなく」というのは、「載置底面又は平坦上面には切り込みがないと考えるのが自然である」と判断した。
 本件は、これを不服とした原告が知財高裁に控訴した事案である。

知財高裁の判断

 知財高裁は、中間判決において、①「特許請求の範囲の記載」全体の構文も含めた、通常の文言の解釈、②本件明細書の発明の詳細な説明の記載、及び③出願経過等を総合勘案し、「『載置底面又は平坦上面ではなく』との記載は,『側周表面』であることを確にするための記載であり,載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部…を設けることを除外するための記載ではない」と判断した。
 そして、上記①~③のうち、①「特許請求の範囲の記載」全体の構文を含めた、通常の文言の解釈については、「上記特許請求の範囲の記載によれば,『載置底面又は平坦上面ではなく』との記載部分の直後に,『この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に』との記載部分が,読点が付されることなく続いているのであって,そのような構文に照らすならば,『載置底面又は平坦上面ではなく』との記載部分は,その直後の『この小片餅体の上側表面部の立直側面である』との記載部分とともに,『側周表面』を修飾しているものと理解するのが自然である。」と述べ、原告の解釈を支持した。

検討

 本件では、特許請求の範囲の記載に「~ではなく」という否定的な文言が入っていたために、その解釈を巡って地裁と高裁の判断が分かれた。
 本件で特許請求の範囲で記載された「~ではない」という文言は、権利を限定的にする要素であることから、従来技術との相違点を明確にする必要があるような特段の事情がある場合を除いて、特許請求の範囲の文言として採用するのは好ましくない。また、本件でも問題となったように、発明の内容は、「読点(、)」の位置によって異なるものとして捉えられるリスクも考慮する必要がある。
 特許出願書類は、原則として、出願時から追加・補充できないので、特許侵害訴訟時に、特許明細書の不備に気づいても、時すでに遅しである。本件は、特許出願時から、特許侵害訴訟を念頭において、出願時の書面の文言を慎重に精査して作成すべきという示唆を与えてくれる。
 企業活動としても、重要な特許出願案件については、侵害訴訟にも長けた専門家への相談をすることが重要であろう。

以上
(文責)弁護士・弁理士 高橋正憲