【令和7年10月29日(東京地裁 令和7年(ワ)第70139号)】

第1 事案の概要

原告はリバーロキサバンOD錠(後発医薬品)を開発するジェネリックメーカーであり、被告はリバーロキサバン製剤「イグザレルト」シリーズを製造販売する先発メーカーである。
リバーロキサバンの物質特許(本件特許)については、普通錠・OD錠・細粒分包等を対象とする多数の存続期間延長登録がなされており、そのうち普通錠(本件用途1:深部静脈血栓塞栓症の治療・再発抑制)に関する延長登録3・4の存続期間は令和7年12月11日までである。

原告は、リバーロキサバンOD錠10mg・15mg「JG」について、本件用途1及び非弁膜症性心房細動患者における虚血性脳卒中等の発症抑制(本件用途2)を効能・効果とする製造販売承認申請を行い、先に本件用途2について承認を得た上で、本件用途1の追加承認申請を行っていた。

被告は、日刊薬業において、自社の特許・延長登録の存在と、侵害行為には厳正に対処する方針を示す謹告(本件謹告)を令和2年以降計6回掲載したほか、厚労省・PMDAによる後発医薬品承認審査の過程で、本件特許権の権利範囲等に関する自らの見解を回答する行為(本件回答)を行った。

原告は、本件謹告及び本件回答が、原告製品の製造販売が延長登録後の本件特許権を侵害するとの虚偽の事実を示すものであって、不正競争防止法2条1項21号の「営業上の信用を害する虚偽の事実」の流布・告知に当たると主張し、同法3条1項に基づく差止め及び同法14条に基づく信用回復措置を求めた。

 

第2 裁判所の判断

1 本件謹告(争点1)について

裁判所は、本件謹告の内容が、被告がリバーロキサバン関連の複数の特許権・延長登録を保有していること、それらを侵害する行為があれば法的措置を講じる方針であること、リバーロキサバン製品を計画する企業に対し注意を促すことを一般的に述べるにとどまり、原告製品や特定の剤型・用途等に言及していないことを重視した。

読者が製薬業界の関係者であること、本件特許が延長登録により存続期間を延ばされていること等の事情に照らし、先発メーカーが業界紙でこの種の謹告を行うことは、後発品による特許侵害を防止するための自然な情報提供・注意喚起であると評価した。

その上で、通常の読者の注意と読み方を基準とすると、本件謹告は、リバーロキサバン後発品の構成によっては本件特許権を侵害し得るという抽象的な前提の下で、被告が権利行使の方針を示したものと理解されるにすぎず、特定の後発品(原告製品)との関係で具体的な特許侵害の有無についての見解を示すものとは解されないとした。

したがって、本件謹告は、特定の競争者である原告の「営業上の信用」を害するものとはいえず、不正競争防止法2条1項21号所定の「虚偽の事実」の流布には当たらないと判断した。

2 本件回答(争点2)について

裁判所は、まず、不競法2条1項21号にいう「営業上の信用」を、取引社会における事業者の経済的価値に対する社会的評価であり、取引の相手方がその事業者と取引するか否かの意思決定に影響を与えるものと解すべきであると整理した。

その上で、医薬品の製造販売承認は薬機法に基づく行政処分であり、自由な取引市場における取引とは性質を異にすること、厚労省・PMDAによる先発特許との抵触確認は行政処分に先立つ情報収集にすぎないこと、先発メーカーから提供される特許情報は公開されない運用とされていること等を踏まえ、この過程で先発メーカーが示す見解は、後発メーカーの経済的価値に関する社会的評価を形成するものではないと判示した。

また、厚労省は、先発メーカーからの情報のみならず諸般の事情を総合考慮して自らの権限と責任において承認の可否を判断することからすれば、本件回答は、行政機関内部における非公開の法的見解の提供にとどまり、市場に伝播して取引社会における原告の評価を低下させるものとはいえないとした。

以上から、裁判所は、被告が先発メーカーとして厚労省の照会に応じ本件回答を行った行為は、原告の営業上の信用を害するとは評価できず、不競法2条1項21号所定の不正競争に該当しないと結論付けた。

3 結論

本件謹告・本件回答のいずれも不競法2条1項21号に該当しない以上、その他の争点(虚偽性、営業上の利益侵害のおそれ、故意・過失、正当行為性)について判断するまでもなく、原告の差止・信用回復措置の各請求はいずれも棄却すべきものとされた。

 

第3 コメント

本判決は、先発医薬品メーカーによる業界紙謹告及びパテントリンケージに基づく行政機関への回答という、医薬品分野に特徴的な行為類型について、不正競争防止法2条1項21号の適用範囲を比較的限定的に捉えた点で、実務上参考になる。

第一に、業界紙謹告について、裁判所は、文言だけでなく、媒体・読者層・特許延長の存在等の文脈を踏まえた意味内容の解釈を行い、一般的な権利行使方針の表明にとどまる限り、特定の競争者の信用毀損に当たらないと整理した。この枠組みによれば、謹告を不競法上問題とするには、特定の企業・製品を合理的に想起させる具体性と、その取引評価を低下させる方向性が必要であると理解できる。

第二に、厚労省への回答について、裁判所は、「営業上の信用」を市場における社会的評価に限定し、行政機関内部で非公開に利用される情報提供は原則としてこれに当たらないとした。これは、先発メーカーによる特許情報の提供に対する過度の萎縮を避けつつ、後発メーカーには特許法上の手段(無効・非侵害の主張)による紛争解決を求める方向性を示すものといえる。

もっとも、行政機関への情報提供であっても、将来的に市場へ伝播し得る態様や内容を伴う場合には、「営業上の信用」への影響が問題となり得る余地は残るが、本件のような医薬品特許情報の提供・照会回答の典型的な枠組みにおいては、不競法2条1項21号による規制は限定的に解されるべきであることを示した点で、本判決は先発・後発双方にとって今後の行動指針として位置付けられるといえる。

以上

弁護士 多良翔理