【令和7年11月20日(大阪地裁 令和7年(ワ)第389号)】

 

第1 事案の概要

 被告エデュ・プラニング株式会社は教育教材等の企画・運営会社であり、原告Aは同社従業員である。
 本件で原告は、①求人票の記載を根拠とする賞与(年2回・合計基本給2か月分)の未払、②時間外・休日労働に対する未払割増賃金、③自身がエクセルVBAで作成した経理システム(「エデュ経理システム」)の著作権侵害および使用料不払、④これらに対する慰謝料・不当利得・請負報酬、⑤労基法114条の付加金の支払を求めた。
 エデュ経理システムは、見積書・請求書・発注・支払調書等の作成を自動化するVBAプログラム群からなる社内向けソフトウェアであり、原告はこれを自らの発意で業務時間外に作成したと主張した。他方、被告は、会社の業務として勤務時間中に社用PC・Slackを用いて開発されたものであり、職務著作として会社に著作権が帰属すると主張した。

 

第2 裁判所の判断

1 賞与請求(争点A)
 裁判所は、労働条件通知書・就業規則等の内容から、被告の賞与は業績等を踏まえ使用者が支給の有無・額を決定する任意的給付であり、その決定によって初めて具体的な賞与請求権が発生すると解した。
 求人票の「年2回・計2か月分(前年度実績)」との記載は、あくまで過去の実績にとどまり、将来も同額を支給する義務を約したものとはいえないとされ、年2回・合計2か月分の賞与を前提とする未払賞与請求および被告代表者の背任を根拠とする損害賠償請求はいずれも棄却された。

2 未払残業代(争点B)
 裁判所は、社内連絡ツールSlackの履歴を客観的な業務記録として用い、そこに現れた業務指示・報告等のやりとりに基づき、別紙「裁判所の認定」欄の範囲で時間外・休日労働の存在を認めた。他方、原告が主張した「毎朝15分+休憩1時間」の包括的時間外労働については、客観的裏付けに乏しいとして退けた。
 残業許可制については、許可がないことのみを理由に時間外労働を否定することはできず、実際に使用者の指揮監督下で業務が行われたかどうかで判断すべきとされ、Slack上の勤務時間外の業務や会社側の反応から、未申請部分についても一部時間外労働性が認められた。
そのうえで、賃金規程に従い賃金締切日ごとに時間を集計し、基礎賃金の変動を反映させて計算した結果、未払残業代は合計19万4527円と認定された。

3 エデュ経理システムの著作権等(争点C)
 裁判所は、著作物性の有無の判断に先立ち、職務著作該当性を検討し、次の事情を認定した。
① 経理業務効率化の一環としてシステム導入が社内で検討され、原告がVBAによる内製案を提案したことを契機に、会社として経理システムを導入する方針が決まったこと。
② 原告が業務時間中に社用PCとエクセルを用い、被告代表者らとSlackで情報をやりとりしながら当該プログラムを作成したこと。
③ 完成後も業務時間中にマニュアル作成・内容確認が行われ、社内システムとして運用されたこと。
 これらから、本件プログラムは、会社の発意に基づき従業員が職務として作成したプログラム著作物であり、著作権法15条2項および就業規則により著作権は被告に帰属すると判断された。したがって、原告を著作権者と前提する使用差止請求・使用料相当損害賠償請求・不当利得返還請求・慰謝料請求はいずれも理由がないとされた。
 さらに、原告が請負契約の成立を主張した点については、プログラムの作成は労働契約上の業務の一環であり、その対価は賃金に含まれると解されること、著作権法には職務発明対価に類する規定がないことから、別個の請負契約・報酬請求権は認められないとされた。

4 付加金(争点D)
 付加金について裁判所は、被告が残業許可制の下で申請分については残業手当を支給してきたこと、未払となったのは申請のなかった一部時間外労働分に限られること、就業規則未届等も是正勧告後に届出が行われていること等を踏まえ、悪質な賃金不払いとまではいえないと評価した。その結果、未払残業代の支払を命じるにとどめ、付加金の支払は命じないと判断した。

5 結論
 以上により、原告の請求のうち、本件労働契約に基づく未払残業代19万4527円およびこれに対する令和7年1月1日からの年3パーセントの遅延損害金の支払を求める部分のみが認容され、その余の賞与・著作権・使用料・不当利得・慰謝料・請負報酬・付加金に係る請求はいずれも棄却された。

 

第3 コメント

 本判決は、①求人票における賞与の「前年実績」記載が直ちに具体的な賞与請求権を基礎づけるものではないと明示した点、②残業許可制があってもSlack等の客観記録に基づき未申請残業を労働時間として認定しうるとした点、③エクセルVBAによる社内向けシステム開発について、会社の発意・業務時間中の作成・社用機器利用等の事情から職務著作性を肯定し会社帰属とした点、④付加金について不払の悪質性を慎重に判断した点が、労働・知財双方の観点から実務上参考になる事例であるといえる。
 特に、社内ツール開発を行う従業員と企業との関係では、基本的には職務著作として会社帰属となること、追加的な成果報酬や権利処理を行うのであれば、就業規則や個別合意で事前に明確化しておく必要があることを示すものとして位置づけられる。また、チャットツールのログが時間外労働認定の重要な証拠となりうることも、今後の労務管理や紛争対応において意識すべき点であるといえる。

 

以上
弁護士 多良翔理