【令和7年11月6日(大阪地裁 令和6年(ワ)第9061号)】

第1 事案の概要

本件は、被告会社に雇用され、かつ当時代表権のない取締役であった原告が、在職中に出願された六件の特許(出願A〜F)につき、自らが発明者または共同発明者に該当すると主張して、特許法35条に基づく相当の対価の支払を求めるとともに、発明者としての氏名表示がされなかったことによる名誉権侵害の損害賠償を請求した事案である。
六件の発明はいずれも自動車用前照灯、LED照明等に関する技術であり、原告は、これらの発明について発案、具体化、図面作成、試作、量産化準備に至るまでの技術的貢献を行ったと主張した。他方、被告会社には、当時も現在も職務発明に関する社内規定が存在しておらず、また発明に至る技術的寄与の評価、相当利益の額、名誉権侵害の成否が争点となった。

 

第2 裁判所の判断

裁判所は、原告が発明の具体化や量産化の段階において図面作成や試作を行い、銅とアルミを組み合わせた熱伝導棒の素材選択を含む発明Aのアイデアの形成に関与したこと、さらには発明BおよびCについてもヒートパイプ構造やLEDの搭載方法の検討等を原告が主体的に行ったことを認定した。原告が技術的知見を有し、設計・試作・量産化に至る工程を主導していた点は、事実として肯定されたといえる。

しかし裁判所は、これらの認定にもかかわらず、原告の請求をいずれも棄却した。その理由として裁判所は、当時被告会社には職務発明規程が存在しておらず、発明の帰属や対価の支払方法についての明確な定めがなかった以上、特許法35条4項にいう「相当の利益」を原告が請求できる法的根拠が認められないと判断した。また、仮に原告が発明者であったとしても、そのことのみをもって直ちに氏名表示を欠いた行為が名誉権侵害を構成するとはいえないとして、不法行為成立も否定した。かくして、本件における対価請求権および名誉権侵害に基づく損害賠償請求はいずれも認められなかった。

 

第3 コメント

本判決は、企業において職務発明の社内規程が整備されていない場合、従業員等が実質的に高度な技術的貢献をなし、発明者として評価され得る状況にあっても、対価請求権が当然に認められるわけではないという点で、実務上参考になる判断である。すなわち、発明者該当性が肯定される可能性があるとしても、それが職務発明であると位置づけられるためには、企業側における制度化・合意の存在が不可欠であり、これを欠く場合には特許法35条に基づく請求は成立しないという枠組みを再確認したといえる。

さらに、氏名表示の欠如についても、発明者性の認定と名誉権侵害の成否とは区別されるべきであり、形式的に発明者の欄に記載がないだけで損害賠償を認めることには慎重であるべきとの姿勢が示されている。本判決は、職務発明制度を巡る紛争において、企業が事前に職務発明規程を整備する必要性を改めて浮き彫りにするものであり、今後の制度設計を考える上で参考になる事例であると評価できる。

弁護士 多良翔理