【令和7年7月17日(東京地裁 令和6年(ワ)第70003号 商標権侵害差止等請求事件)】

 

第1       事案の概要

 原告は、「2ch」という名称の電子掲示板を運営していた者である。原告は、登録商標第5843569号(標準文字「2ch」、指定役務として第38類・第42類)を有していた。 被告である ロキテクノロジーインコーポレイテッド(以下「被告ロキ社」)は、インターネット上の電子掲示板「5ちゃんねる」を運営していた。被告ロキ社は、ユーザーが「2ch.net」(被告標章)をアドレスバーに入力した際、「5ch.net」に自動転送される設定(本件転送設定)を、令和5年10月1日から令和6年12月29日まで行っていた。原告は、本件入力行為(転送機能の設定画面で「2ch.net」という文字列を入力する行為)を、原告の商標権を侵害する使用行為であると主張し、被告らに対し、民法709条、719条2項を根拠として、損害賠償3億6000万円および令和5年10月1日以降月500万円の支払を求める訴訟を提起した。

 

第2       裁判所の判断

1.争点(被告ロキ社による使用行為の有無)についての判断
 裁判所は、原告主張の「本件入力行為」が、商標法2条3項8号にいう「役務に関する広告を内容とする情報に標章を付する行為」には該当しないと判断した。
 その理由として、転送機能の設定画面は、インターネット上の一般ユーザーの目に触れるものではなく、管理者のみがアクセス可能な環境であった点を挙げている。
 また、仮に被告の本件入力行為を「ドメイン名として使用した」としても、商標法2条3項8号のいう「使用」には「広告を内容とする情報に標章を付する行為」が想定されており、本件のようにドメイン名入力のみではこの要件を満たさないとされた。
 よって、原告の主張は採用できず、被告ロキ社の商標権侵害行為は認められなかった。

2.結論
 原告の請求は、その他の論点を判断するまでもなく、いずれも理由がないとして訴えを棄却した。

 

第3       若干のコメント

 本判決は、ドメイン名転送設定という特殊なインターネット行為を、商標法上の「使用」行為に当たるか否かという観点から検討したものと言える。
 特に、商標法2条3項8号が想定する「役務に関する広告を内容とする情報に標章を付する行為」という概念がインターネット領域でどのように適用されるかという点について、一定の明確化を行った。本件では、管理者用設定画面という一般ユーザーが閲覧できない環境での文字列入力行為が「広告を内容とする情報に標章を付する行為」とは認められず、したがって商標権侵害とならないという判断が示された。この点は、インターネット上のドメイン名使用・転送設定など技術的行為が、どこまで商標法の「使用」に含まれるかを考える上で実務的に重要である。
 さらに、「使用」の要件として、単なる文字列入力やドメイン名としての使用が直ちに「広告を内容とする情報に標章を付する行為」に該当しないという結論を出した点で、広告・宣伝行為との関連性を重視している。
 実務上は、インターネット関連サービス運営者が、ドメイン名運用や転送設定を行う際に、これが商標法上の「使用」に該当し得るかを事前に検討すべきであるということである。特に、ユーザーに表示される広告的情報に標章を付する行為として外部に発信されるか否かが、侵害の判断において重要なポイントとなると考えられる。
 なお、本判例の特殊性(掲示板運営、ドメイン名転送設定、ユーザー閲覧対象外の設定画面)を考えると、他の一般的な広告・宣伝行為とは区別して理解する必要がある。

 

以上
弁護士 多良翔理