【知財高裁令和7年2月27日判決(令和6年(行ケ)10089号)】

【ポイント】

 有名ブランドの名称を含む結合商標における分離観察の可否やその具体的な判断を示した事例

【キーワード】

商標法第4条1項11号

結合商標

分離観察

要部抽出

第1 事案

 本件は、原告保有の登録第6550051号商標(以下「本件商標」という) について登録異議申立てがなされたところ、特許庁がその商標登録を取り消すとの決定をしたため、原告が被告(特許庁長官)に対し、当該決定の取り消しを求めた商標登録取消決定取消請求事件である。

 当該決定の理由は、本件商標と国際登録第975800号商標(以下「引用商標」という。)は、外観、称呼及び観念のいずれの点についても、相紛れるおそれのある類似の商標であるため、本件商標は商標法4条1項11号に該当するということである。

【本件商標】              【引用商標】

    

 

(各商標は、裁判所ウェブサイトから引用)

 

第2 判旨(裁判所の判断)(*下線は筆者)

第4 当裁判所の判断

  取消事由(商標法4条1項11号該当性の判断の誤り)についての当裁判所の判断は以下のとおりである。

第4-1 商標法4条1項11号に係る商標の類否は、同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が、その外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して、その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえつつ全体的に考察すべきものである。このことは、複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものであっても、基本的に異なるものではないが、〈1〉商標の構成部分の一部が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、〈2〉それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合、〈3〉商標の外観等に照らし、商標全体としての構成上の一体性が希薄で、取引者、需要者がこれを分離して理解・把握し、その一部を略称等として認識する結果、当該構成部分が独立した出所識別標識としての機能を果たすと考えられる場合などには、商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することが許されるというべきである。

4-2 VALENTINO等の商標の著名性について

(省略)

 VALENTINO等は、現在の各種のウェブサイトにおいて、ヴァレンティノ・ガラヴァーニあるいはその創設した会社のデザイナーのデザインに係る商品として(ヴァレンティノ・ガラヴァーニ自身は、2007年にデザイナーを引退している。乙11)、紹介されている(乙5~14)。

(省略)

 そうすると、VALENTINO等の文字からなる商標は、本件商標の登録査定時において、国際的に知られたデザイナーであるヴァレンティノ・ガラヴァーニあるいはその創設した会社のデザインに係る商品を表示するものとして指定商品の需要者の間に広く認識され、周知・著名であったというべきである

4-3 本件商標について

 (1) 本件商標の全体としての構成等

 本件商標は、右側上方に切り欠きを有する縦長楕円形の輪郭内の中央に「V」の欧文字を配した本件図形と、その右側に「GIANNI VALENTINO」の本件欧文字を横書きした構成からなる。

 そして、本件図形と本件欧文字とは、重なり合うことなく、スペースを空けて左右に配されており、図形と文字という構成要素を異にしていることから、両者は視覚的に分離して看取されるものである。また、本件欧文字は、間にスペースを有していることから、「GIANNI」の文字と「VALENTINO」の文字とからなると容易に看取される。

  そうすると、本件商標は、〈1〉本件図形、〈2〉「GIANNI」の文字部分、〈3〉「VALENTINO」の文字部分からなる結合商標と理解されるものである。そして、本件商標は、本件欧文字に相応して「ジャンニヴァレンティノ」の称呼が生じるが、本件欧文字全体として親しまれた既成の語を形成するものではなく、本件商標又は本件欧文字を不可分一体のものとして把握しなければならない事情も見いだせない

  (2) 分離観察・要部抽出の可否

  本件商標が上記(1)のとおりの結合商標と理解されることを前提に、その分離観察の可否を検討するに、本件欧文字中の「VALENTINO」の部分は上述のとおり、本件商標の登録査定時において、国際的に知られたデザイナーであるヴァレンティノ・ガラヴァーニあるいはその創設した会社のデザイナーのデザインに係る商品を表示するものとして指定商品の需要者の間に広く認識され、周知・著名であったVALENTINO等のうち、「VALENTINO」の欧文字からなる商標と同じ構成文字からなるものであるから取引者、需要者に対し商品・役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものということができる

  そうすると、本件商標は、本件欧文字中の「VALENTINO」の欧文字を要部として抽出し、他人の商標と比較して商標の類否を判断することが許される

  本件商標からは、本件欧文字部分の全体に相応した「ジャンニヴァレンティノ」の称呼のほか、本件商標の要部に相応した「ヴァレンティノ」の称呼も生じ、「ヴァレンティノ・ガラヴァーニあるいはその創設した会社のデザインに係る商品に使用されるブランド」の観念が生じる

(省略)

4-4 引用商標について

  (1) 引用商標の全体としての構成等

  引用商標は、〈1〉上段に引用図形、〈2〉中段に「VALENTINO」の欧文字を大きく横書きし、〈3〉下段に「GARAVANI」の欧文字を小さく横書きした構成からなる。

  これらの各構成部分の全体を不可分一体のものとして把握しなければならない事情も見いだせず、引用商標は、上記各構成部分からなる結合商標と理解すべきものである。

  (2) 分離観察・要部抽出の可否

  引用商標は、その構成文字に相応して「ヴァレンティノガラヴァーニ」の称呼が生じるが、引用商標の欧文字の構成中、中段に配された「VALENTINO」の欧文字は、全体の中央に位置する上、下段の「GARAVANI」の欧文字の約2倍の大きさであって、商標全体の構成中、最も目を引く構成部分になっている上、上記のとおりVALENTINO等の文字からなる商標が、本件商標の登録査定時において、ヴァレンティノ・ガラヴァーニあるいはその創設した会社のデザインに係る商品を表示するものとして指定商品の需要者の間で周知・著名であったことから、取引者・需要者に対し商品・役務の出所識別標識として支配的な印象を与えるものと認められる

  そうすると、引用商標の構成文字中の「VALENTINO」の欧文字を要部として抽出し、他人の商標と比較して商標の類否を判断することが許される

  引用商標からは、構成文字の全体に相応した「ヴァレンティノガラヴァーニ」の称呼のほか、引用商標の要部に相応した「ヴァレンティノ」の称呼も生じ、「ヴァレンティノ・ガラヴァーニあるいはその創設した会社のデザインに係る商品に使用されるブランド」の観念が生じる

(省略)

4-5 本件商標と引用商標の類似性について

  本件商標の要部である「VALENTINO」の欧文字は、引用商標の要部である「VALENTINO」の欧文字とつづりを同じくするものであり、本件商標と引用商標は外観上相紛らわしい

  また、本件商標と引用商標の要部からは、いずれも「ヴァレンティノ」の称呼が生じ、称呼において共通する

  そして、本件商標と引用商標の要部からは、いずれも「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ又はその創設した会社のデザインに係る商品に使用されるブランド」の観念を生じ、観念において共通する

  したがって、本件商標と引用商標は、外観、称呼及び観念のいずれの点についても、相紛れるおそれのある類似の商標である

  以上と異なる趣旨をいう原告の主張は、本件商標及び引用商標から「VALENTINO」の欧文字を要部として抽出することができないという誤った前提に立つものであるから、採用できない。

 

第3 検討

本件は、有名ブランドの名称を含む結合商標における分離観察の可否やその具体的な判断を示した事例である。

 本判決は、結合商標における分離観察の可否に関する規範を示した。具体的には、原則的には全体的に観察すべきであるとしつつ、例外的に、「〈1〉商標の構成部分の一部が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や、〈2〉それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合、〈3〉商標の外観等に照らし、商標全体としての構成上の一体性が希薄で、取引者、需要者がこれを分離して理解・把握し、その一部を略称等として認識する結果、当該構成部分が独立した出所識別標識としての機能を果たすと考えられる場合などには、商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することが許されるというべき」という規範を示した。

 この点について、最高裁平成20年9月8日判決(平成19年(行ヒ第223号)は、結合商標における分離観察の可否について、上記「〈1〉」「〈2〉」の類型は示したものの、上記「〈3〉」の類型は示していなかった。同最高裁は、分離観察しうる例をして上記「〈1〉」「〈2〉」の類型を挙げたにすぎないので、上記「〈3〉」の類型を否定するものではないと考えられているが、本判決が上記「〈3〉」の規範は示したことは注目に値する。なお、後述するように、本件において、上記「〈1〉」の類型の該当性が問題となった。

 本判決は、ともに結合商標である本件商標及び引用商標について、それぞれ分離観察・要部抽出の可否を検討し、本件商標及び引用商標ともに、分離観察・要部抽出ができると判断した。その主要な理由は、本件商標及び引用商標に含まれる「VALENTINO」の商標が有名ブランドの名称であることから著名であることである。このことから、本判決は、本件商標及び引用商標ともに要部は「VALENTINO」であるとした。

 そして、本件商標及び引用商標は、要部において外観上が紛らわしく、ともに「ヴァレンティノ」の称呼が生じ、ともに「ヴァレンティノ・ガラヴァーニ又はその創設した会社のデザインに係る商品に使用されるブランド」の観念が生じるということで、本件商標はは商標法4条1項11号に該当すると結論付けた。

 このように、本判決は、結合商標における分離観察の可否やその具体的な判断を示しており、実務上参考になる。

以上

弁護士 山崎臨在