【令和7年9月4日(東京地裁 令和7年(行ケ)10024号)】
【キーワード】
商標法3条1項6号、動き商標
【事案の概要】
原告は、以下のとおり、円形状の多面体にカットされた宝石(ダイヤモンド石)の色彩が無色でクリアな輝きから、青色蛍光の輝きに変化した様子(背景色も青色に変化している。)を表した動き商標(以下「本願商標」という。)について、商標登録出願を行ったところ、特許庁より拒絶査定を受けた。
商標:(左から右へ変化する動き商標)





出願日:令和5年1月17日
指定商品・役務:第35類 宝飾品の小売の業務において行われる顧客に対する便駅の提供
原告は、当該拒絶査定に対して拒絶査定不服審判(不服2024-2424)を請求したところ、特許庁より「本件審判の請求は、成り立たない」との審決(以下「本件審決」という。)がなされたため、当該審決に対してその取消を求める本件訴訟を提起した。
【争点】
・本願商標の商標法3条1項6号該当性
【判決一部抜粋】
(下線は筆者による。)
第1~3(省略)
第4 当裁判所の判断
1 本願商標の商標法3条1項6号該当性
(1) (省略)
(2) そして、宝飾品に係る取引の実情(甲13、乙5~42)によれば、以下の事実が認められる。
ア 宝飾品業界における宝石には、「カット」と呼ばれる、宝石を原石から切り出し、宝石の輝きや魅力を引き出すためのカッティング方法による加工が通常施されており、「ラウンドカット」と称する、宝石を円形にカットする手法もある。そして、ダイヤモンドが取り込んだ光を内部で美しく反射させるために設計されたカット技術である「ブリリアントカット」の一種として、「ラウンドブリリアントカット」(ダイヤモンドの中央部分を円形にカットし、そこから放射状に57個から58個のカット面で構成されたもの)のように、円形状の多面体にカットする手法が広く採択されている(以上、乙4、5)。
イ ダイヤモンドは、その屈折率の高さから、キラキラとした美しい輝きを特徴とし、宝飾品を取り扱う分野において、美しく輝くダイヤモンドの画像や動画を用いる演出が一般的に採択、採用されている(乙6~21、23、25~42)。
ウ ダイヤモンドには、無色透明なもののほか、青・黄・紅・緑・褐・黒色など様々な色彩のものがある。中には、紫外線やX線などを当てると、様々な色と強さの蛍光を帯びる蛍光性を有するものがあり、そのような蛍光性を帯びているダイヤモンドは、全体の3割前後といわれており、そのうち90%以上は青(Blue)の色調を示す。この蛍光性の強弱は、None(無)、Faint/Slight(弱)、Medium(中)、Strong(強)、Very Strong(とても強い)の5つの項目に分類され、鑑定書にも記載される。また、蛍光性の強いダイヤモンドを選ぶ人、蛍光ダイヤモンドを好んで選ぶ人がいるなど、その蛍光性の有無、強弱は、商品の特性として顧客の商品選択の要素、関心事項となっている。
そして、蛍光性を帯びているダイヤモンドなどの宝石の特徴や魅力を紹介する際も、光を照射して宝石の色彩や輝きが変化する様子を動画を用いて示すことは、広く一般的に採択、採用されている演出手法である。また、上記の変化の様子を、画像を用いて示すことも、広く一般に採択、採用されている手法である。こうした動画や画像は、多数のウェブサイトで紹介されている(以上、甲13、乙11、15、25~42)。
(3) 以上によると、本願商標に係るダイヤモンド石の形状(円形状の多面体のカットであり、「ラウンドブリリアンカット」にも近似した、「ラウンドカット」と称されるカット手法で加工された形状)や、「輝く」ないし「クリアな輝き」という特徴、青色蛍光の色彩及び色彩が変化した様子は、蛍光性など色彩や輝きが変化する特性を持つダイヤモンドの特徴として広く知られたものであり、当該色彩の変化を示すことは、その魅力を紹介する動画、画像において広く採択、採用されている一般的な演出手法であるといえる。
そうすると、本願商標は、これをその指定役務に使用しても、その取引者、需要者をして、提供する役務に係る取扱商品の品質、特徴、特性や優位性などを表し、当該役務に関心を持たせるための宣伝広告を表示したものと理解するにとどまるものであって、自他役務の識別標識と認識し得るとは認められない。
よって、本願商標は、自他役務の識別力を欠くため、何人かの業務に係る役務であることを認識することができない商標であり、商標法3条1項6号に該当する。
2 原告の主張について
(1) 「広く一般に紹介され」の認定の誤りに関する主張について
原告は、日本語ウェブサイトの総数の多さを指摘し、ウェブサイトに掲載されたからといって「見られた」とはいえず、ダイヤモンド石の青色蛍光が「一般に慣れ親しまれた」などとはいえないと主張する。
しかし、ウェブサイトの総数と特定のサイトの閲覧回数は、直接には関連しないものである。原告の上記主張は、ウェブサイトの総数を前提に単なる抽象的な確率を指摘するにすぎず、失当である。そして、前記1(2)ウで認定したウェブサイトの多さからいって、青色蛍光性のダイヤモンドは広く一般に紹介されていると認めるのが相当である。
また、原告は、自身が行った調査結果を挙げて、インターネット上で高額のジュエリーを購入する一般消費者が少ないことや、実店舗で「宝飾品小売等役務を提供する場面でダイヤモンド石の蛍光を提示された経験」を有する女性が少ないことも指摘するが、これらの点を踏まえても、前記証拠に係るウェブサイトにおいて、ダイヤモンドやその青色蛍光の色彩が頻繁に紹介されている事実は何ら否定されない。
(2) 「瞬時であるか、徐々に変遷するか」の判断の誤りに関する主張について
原告は、自身が特許を有する宝飾箱によってしか、「徐々に変遷する」ベリーストロングの青色蛍光の輝きは実現されないなどとし、本願商標を原告以外の者に使用させる公益上の要請はないなどとも主張する。
しかし、宝石の色彩が変化する様子の動きの速度は、見せる側が人為的にコントロールすることができるものであり、これ自体によって自他役務の識別力が生じるものではない。そして、本件において、原告のみが上記色彩の変化を生じさせることができることを認めるに足りる証拠もない。
よって、自他役務の識別力を欠く本願商標を原告に独占使用させることは、公益上適当でないといえ、原告の主張はやはり採用することができない。
3 結論
以上のとおり、本件審決につき、原告主張の取消事由は認められず、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
【検討】
「動き商標」とは「商標に係る文字、図形、記号、立体的形状又は色彩が変化するものであつて、その変化の前後にわたるその文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合からなる商標(以下「変化商標」という。)のうち、時間の経過に伴って変化するもの」をいう(商標法施行規則第4条)。平成26年改正により新しいタイプの商標として導入されたものである。
本件は、「動き商標」の登録について判断された数少ない裁判例といえる。本願商標は主にダイヤモンドを意識した多面体の宝石の色彩変化の商標であるところ、裁判所は、宝石の色彩変化の動画・画像は、一般的に採択されていることを主な理由として商標法3条1項6号該当性を肯定した。また、裁判所は、本願商標の色彩変化は原告が有する特許でしか実現できないとの原告主張に対し、色彩変化の動きの速度は自他役務の識別力を生じさせるものではないことを指摘している。
当該判示は、あくまで、ダイヤモンドという色彩変化を楽しむ宝飾の取引実情を踏まえての判断であるが、動き商標における「速度」は、自他商品識別力を基礎づける要素にならないと判断される可能性がある点は留意すべきと考える。
以上
弁護士 市橋景子

