【令和7年4月24日(知財高裁 令和5年(行ケ)第10078号)】
1 事案の概要
⑴ 手続の経緯
原告は、検査・計測機器及び装置の企画・開発・製造・販売等を目的とする株式会社であり、Cはその代表取締役である。被告は、音光、電磁波等の波動制御に関するソフトウェア及びハードウェアの研究開発等を目的とする株式会社であり、A及びDはその代表取締役、Bは取締役(技術担当役員)である。
被告は、発明の名称を「オーディオコントローラ、超音波スピーカ、オーディオシステム、及びプログラム」とする発明について、平成29年10月3日、特許出願をし、平成30年4月27日、特許権の設定登録を受けた(特許第6329679号、以下「本件特許」という。)。本件特許の特許公報には、発明者として、A及びDの2名が記載されている。
原告は、令和4年1月20日、本件特許につき、①本件発明の真の発明者はCらであり、被告は本件特許に係る発明について特許を受ける権利を有しないから、被告の出願は冒認出願にあたる、②原告は前記発明者らから特許を受ける権利を承継しているから、被告の出願は共同出願違反(特許法第38条)にあたるとの無効理由を主張して、無効審判を請求した。これに対し、特許庁が、令和5年6月13日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をしたことから、原告は、同年7月21日、本件審決の取消しを求めて訴えを提起した。
⑵ 本件特許
本件特許の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(以下「本件発明」という。)は、以下のとおりである。
【請求項1】
少なくとも1つの超音波スピーカであって、且つ、複数の超音波トランスデューサを備える超音波スピーカ、及び、音源と接続可能なオーディオコントローラであって、
前記音源からオーディオ信号を入力する手段を備え、
前記オーディオ信号に基づいて、各超音波トランスデューサを個別に制御するための制御信号を生成し、且つ、少なくとも1つの焦点位置で集束する位相差を有する超音波を各超音波トランスデューサが放射するように、前記制御信号を、各超音波トランスデューサに出力する制御手段を備える、
オーディオコントローラ。
2 判決
本判決は、以下のように述べて、Cら原告関係者が本件発明の発明者であるとする原告の主張を否定し、本件審決を維持した。
「2 本件発明の特徴的部分について
⑴ 発明者とは、当該発明における技術的思想の創作、とりわけ従前の技術的課題の解決手段に係る発明の特徴的部分の完成に現実に関与した者、すなわち当該発明の特徴的部分を当業者が実施することができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成する創作活動に関与した者を指すものと解される。
⑵ …本特許請求の範囲のうち、オーディオコントローラが『オーディオ信号に基づいて、各超音波トランスデューサを個別に制御するための制御信号を生成し、且つ、少なくとも1つの焦点位置で集束する位相差を有する超音波を各超音波トランスデューサが放射するように、前記制御信号を、各超音波トランスデューサに出力する制御手段を備える』という部分は、本件発明の課題を解決する発明の特徴的部分であると認められる。」
「3 本件発明の発明者について
⑴ 本件発明の発明者について
原告は、①本件発明の特徴的部分…を当業者が実施することができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成する創作活動に関与したのは、本件試作機を開発したCらであり、… ②仮に本件発明の特徴的部分が前記2⑵のとおりであるとしても、本件実験機は焦点位置で一般的なオーディオ音源の可聴音を発生させるものではなく、一定程度の具体的な解決手段についての着想を行ったのは本件試作機を開発したCらである等として、Cらが本件発明の発明者(少なくとも共同発明者)であると主張する。」
「⑷ 本件発明の発明者について
ア …A及びBが開発した本件実験機は、少なくとも『オーディオ信号に基づいて、』とある部分以外の本件発明の特徴的部分を備えるものであり…、さらに、1023Hz以下の範囲(1Hz刻み)で変調された矩形波の可聴音(初期のテレビゲームの電子音のような音)という制約はあるものの、任意の焦点位置において可聴音を発生させることができるものであったと認められる…。
イ これに対し、原告は、1023Hz以下の範囲(1Hz刻み)で変調された矩形波の可聴音を発生させるだけでは、一般的なオーディオ音源の周波数帯の可聴音を発生させるものとはいえず、オーディオ環境の制約を取り除くという本件発明の課題を解決できない旨主張する。
しかし、本件発明は、特許請求の範囲の記載や本件明細書の記載をみても、発生させる可聴音の音域や音質を特定するものではない。『オーディオ信号に基づいて、』との部分から、一般的なオーディオ音源の周波数帯に対応することができることを要すると解するとしても、…可聴音の音波形に変調させた超音波の自己復調現象を利用したパラメトリックスピーカーは周知の技術であり、製品としても実用化されていたと認められるから、超音波を一般的なオーディオ音源の可聴音の音波形に変調すること自体は、当業者であれば実施することができるものであったと認められる…。
さらに、一般的なパラメトリックスピーカーと異なり、焦点位置で集束する超音波から可聴音を発生させるという点を考慮するとしても、そのために必要な技術事項として原告が主張するのは、可聴音の波形が焦点位置で集束するような位相差で放射し、焦点位置で可聴音の波形を揃えること…である。そして、この構成がなくとも可聴音を発生させることは可能であり、当該構成自体は本件発明の特徴的部分に当たらない…。
したがって、本件実験機で発生することができる可聴音が1023Hz以下の範囲(1Hz 刻み)で変調された矩形波の可聴音であったという点を考慮しても、本件発明の特徴的部分は当業者が実施することができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されており、本件発明は完成していたと認められる。」
「オ 以上によれば、Cらは、本件発明の特徴的部分を当業者が実施することができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成した者ということはできず、本件発明の発明者(共同発明者)ではないと認められる。
他方、本件発明に係る特許公報…には、Aらが発明者として記載されているところ、前記認定及び弁論の全趣旨によれば、本件発明の発明者はAらであると認めることができ、これを覆すに足りる証拠はない。」
3 解説
特許法において、特許を受ける権利を有しない者がした特許出願は拒絶理由(特許法第49条第7号)又は無効理由(特許法第123条第1項第6号)を有するものとされ、また、特許を受ける権利が共有に係るときは、各共有者は、他の共有者と共同でなければ、特許出願をすることができないとされ(同法第38条)、これに違反する特許出願も、拒絶理由(同法第49条第2号)又は無効理由(同法第123条第1項第2号)を有するものとされている。そして、特許を受ける権利は、発明者に原始的に帰属するのが原則であることから、発明がなされる過程で関与した者のうち、誰が特許法上の発明者に該当するのかが、特許の有効・無効を巡ってしばしば問題となる。
一般に、発明者に該当するためには、発明の構成のうち特徴的部分の創出に現実に加担した者であることを要し、例えば、単に補助や助言をしたにすぎない者、資金を提供したにすぎない者、命令を下したにすぎないもの等は発明者に該当しないとされるが、そもそも発明の構成のうちどの部分が特徴的部分に該当するのか、また、そのような特徴的部分の創出に現実に加担したのは誰かについて、特定に困難を伴い、争いとなる場合も少なくない。
本件も、このような発明者の特定に関して、原告・被告間で争いとなったケースである。すなわち、本件では、被告の関係者であるAらが実験機を製作した後、当該実験機をベースとして原告の関係者であるCらが試作機を製作したという経緯を経ていたことから、①本件発明の特徴的部分が特許請求の範囲に含まれる構成のうちどの部分であるかという点、及び②当該特徴的部分が、被告の関係者であるAらが製作した実験機の段階で完成していたのか、原告の関係者であるCらが製作した試作機の段階で初めて完成したのかという点が争いになった。
本判決は、①に関して、本件発明の特徴的部分は、「オーディオ信号に基づいて、各超音波トランスデューサを個別に制御するための制御信号を生成し、且つ、少なくとも1つの焦点位置で集束する位相差を有する超音波を各超音波トランスデューサが放射するように、前記制御信号を、各超音波トランスデューサに出力する制御手段を備える」という構成であるとした上で、②に関して、このような本件発明の特徴的部分である構成が、被告の関係者であるAらが製作した実験機の段階で既に完成していたとして、その後に試作機を製作したCらが発明者であるとする原告の主張を否定したものである。
本判決は、特に新しい規範を示した判決ではないものの、発明の特徴的部分がどの時点で完成したといえるかについて具体的な判断がなされており、発明者性を判断するにあたって参考となる事案であると考えたことから、紹介させていただいた。
以上
弁護士・弁理士 井上 修一

