【令和7年10月30日(知財高裁 令和7年(行ケ)第10050号)】
【キーワード】
商標法4条1項11号、結合商標
【事案の概要】
原告は、以下の商標(以下「本願商標」という。)について、商標登録出願を行ったところ、特許庁より拒絶査定を受けた。
本願商標:
出願日:令和5年1月31日
指定商品・役務:第43類 飲食物の提供
原告は、当該拒絶査定に対して拒絶査定不服審判(不服2024-2424)を請求したが、特許庁より、本願商標は、以下の登録商標(以下「引用商標」という。)と類似する商標であって、かつ、その指定役務は引用商標の指定役務と同一又は類似する役務であり、商標法4条1項11号に該当するとして、「本件審判の請求は、成り立たない」との審決(以下「本件審決」という。)がなされた。
引用商標:
登録日:平成7年9月29日
指定商品・役務:第42類 飲食物の提供
原告は、本件審決に対してその取消を求める本件訴訟を提起した。
【争点】
・本願商標の商標法4条1項11号該当性
【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)
第1~3(省略)
第4 当裁判所の判断
1 取消事由(商標法4条1項11号に関する認定判断の誤り)について
(1) 商標法4条1項11号における商標の類否判断の基準
商標の類否は、対比される両商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された場合に、商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが、その判断に当たっては、そのような商品又は役務に使用された商標がその外観、観念、称呼等によって取引者、需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に考察すべきであり、かつ、その商品又は役務の取引の実情を明らかにしうる限り、その具体的な取引状況に基づいて判断するのが相当である(最高裁昭和43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁参照)。
また、複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて、商標の構成部分の一部を抽出し、この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは、原則として許されない。ただし、その部分が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合、それ以外の部分から出所識別標識としての称呼、観念が生じないと認められる場合、商標の外観等に照らし、商標全体としての構成上の一体性が希薄で、取引者、需要者がこれを分離して理解・把握し、当該構成部分が独立した出所識別標識としての機能を果たすと考えられる場合など、商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められない場合には、その構成部分の一部を抽出し、当該部分を他人の商標と比較して商標の類否を判断することも許されるというべきである(最高裁昭和38年12月5日第一小法廷判決・民集17巻12号1621頁、最高裁平成5年9月10日第二小法廷判決・民集47巻7号5009頁、最高裁平成20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。
そして、上記のとおり、商標の構成部分の一部を抽出して当該部分を他人の商標と比較して商標の類否を判断することが許される場合においても、分離して観察される部分の出所識別標識としての機能には自ずと強弱があるのであるから、一律に当該部分だけに着目して商標の類否を判断するのは相当でなく、当該部分の出所識別標識としての機能が弱い場合においては、他人の商標と外観、称呼及び観念の全てが一致しているときは格別、そうでないときには、他の構成部分も考慮した上で、対比される両商標が、全体として、商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かを判断するのが相当である。
(2) 本願商標及び引用商標の構成について
ア 本願商標の構成は、左側に赤色と黒色で描かれた図形(以下「本願図形部分1」という。)を配し、その右側に三段書きで、上段に、やや小さめの文字で「牛たん」、中段に、上段よりも大きな文字で「けやき」、下段に、上段の文字よりもはるかに小さな文字で「KEYAKI BEEF TONGUE」の文字を配し(以下、これらの部分を併せて「本願文字部分」という。)、その右下に朱色で「欅」の文字の印鑑風の図形(以下「本願図形部分2」という。)を配してなる結合商標である。
イ 引用商標の構成は、上部に白と黒で描かれた樹木と思しき図形(以下「引用図形部分」という。)、中間部に大きく「KEYAKI」の文字、同文字に付された下線の下側に、小さな文字で「JAPANESE」「CUISINE」との各文字、その下に大きく「けやきの漢字」(異体字)(以下、これらの文字部分を併せて「引用文字部分」という。)を配してなる結合商標である。
(3) 分離観察の可否について
ア 上記のとおりの本願商標及び引用商標の構成に鑑みれば、本願商標と引用商標の類否を判断するに当たり、本願商標については、まず本願文字部分のうち、「けやき」の文字部分、「KEYAKI BEEF TONGUE」の「KEYAKI」との文字部分、本件図形部分2の「欅」の文字部分につき、他の構成部分から抽出し、引用商標と比較して商標の類否を判断することが許されるかが問題となるので、この点につき検討する。
本願商標のうち、本願文字部分及び本件図形部分2と、本願図形部分1は、視覚上、右側と左側に分けられ、重なることなく配置されていることに加え、右側の本願文字部分及び本願図形部分2は文字ないしはこれに準ずるもの、左側の本願図形部分1は図形であるから、商標全体としての構成上の一体性は希薄で、取引者、需要者は両者を分離して理解・把握すると認められる。
また、本願文字部分及び本願図形部分2のうち、本願文字部分の上段「牛たん」部分及び中段「けやき」部分の文字は、下段「KEYAKI BEEF TONGUE」部分の文字及び本願図形部分2の「欅」の文字部分に比して、顕著に大きく、明瞭に識別することができるように表示されている。これに対し、「KEYAKI BEEF TONGUE」部分の文字及び本願図形部分2の「欅」の文字部分は、取引者、需要者が注意深く観察しなければ読み取ることが困難である。そうすると、本願文字部分のうち上段「牛たん」部分及び中段「けやき」部分は、下段「KEYAKI BEEF TONGUE」部分及び本願図形部分2から独立して見る者の注意をひくように構成されているということができ、両者の構成上の一体性は希薄で、取引者、需要者は、これを分離して理解・把握すると認められる。
さらに、「牛たん」の文字部分と「けやき」の文字部分は、二段に配され、「けやき」は、「牛たん」に比して大きめの文字で表記されているため、両者の構成上の一体性は希薄で、取引者、需要者は、「けやき」の文字部分を分離して理解・把握するといえる。
そして、「けやき」の文字部分は、ニレの落葉高木であるケヤキ(以下「本件樹木」という。)の名称として知られるものあり(甲7)、本願商標の指定役務である「飲食物の提供」との関係において、出所識別標識としての機能を一定程度有しているから、同構成部分が独立した出所識別標識としての機能を果たすと考えられ、これを本願商標の要部として、当該部分を引用商標と比較して商標の類否を判断することも許される。一方、「KEYAKI BEEF TONGUE」の文字部分及び本件図形部分2の「欅」の文字部分は、上記のとおり、取引者、需要者が、注意深く観察しなければ読み取ることが困難であるから、独立した出所識別標識としての機能を果たすとはいえず、本願商標の要部にはなり得ない。
イ 引用商標については、そのうち、「KEYAKI」との文字部分及び「けやきの漢字」部分につき、他の構成部分から抽出し、本願商標と比較して商標の類否を判断することが許されるかが問題となるので、この点につき検討する。
引用商標のうち、引用文字部分と、引用図形部分とは、視覚上、上下に重なることなく配置されていることに加え、上側の引用図形部分は図形、下側の引用文字部分は文字であるから、商標全体としての構成上の一体性が希薄で、取引者、需要者は両者を分離して理解・把握すると認められる。
また、引用文字部分のうち、「KEYAKI」の文字部分及び「けやきの漢字」部分は、「JAPANESE」「CUISINE」の文字部分に比して、顕著に大きく、明瞭に識別することができるように表示されている。これに対し、「JAPANESE」「CUISINE」の文字は、取引者、需要者が注意深く観察しなければ読み取ることが困難である。そうすると、引用文字部分のうち「KEYAKI」の文字部分及び「けやきの漢字」部分は、「JAPANESE」「CUISINE」の文字部分から独立して見る者の注意をひくように構成されているということができ、両者の構成上の一体性は希薄で、取引者、需要者はこれを分離して理解・把握すると認められる。
加えて、「KEYAKI」の文字部分及び「けやきの漢字」部分は、前記アで述べたとおり、本件樹木の名称として知られるものであり、引用商標の指定役務である「飲食物の提供」との関係において、出所識別標識としての機能を一定程度有しているから、同構成部分が独立した出所識別標識としての機能を果たすと考えられ、これを引用商標の要部として、当該部分を本願商標と比較して商標の類否を判断することも許される。
(4) 本願商標と引用商標の類否
ア(ア) まず、本願商標の「けやき」との文字部分の出所識別標識としての機能について検討する。本願商標の「けやき」との文字部分は、前記(3)アで述べたとおり、出所識別標識としての機能を一定程度有しているといえる。一方、証拠(甲10~12)によれば、全国の飲食店が掲載されている飲食店検索サイトにおいて、キーワード「けやき」で検索した場合には2648件、キーワード「ケヤキ」で検索した場合には289件の飲食店が該当すると認められ、全国において、本件樹木の名称を指す店名(「欅」「けや木」「KEYAKI」等)を付した飲食店は相当数存在することが認められる。そうすると、本件樹木の名称は、飲食店の店名に比較的よく使用されるものとして、取引者、需要者に知られているものと推認されるから、指定役務である「飲食物の提供」との関係において、「けやき」の文字部分の出所識別標識としての機能は弱いものと言わざるを得ない。
そして、本願商標の「けやき」の文字は、線同士が交差する部分の一部に空白を設けた特徴のあるデザインのひらがな3文字で構成されるのに対し、引用商標の要部である「KEYAKI」の文字部分及び「けやきの漢字」部分は、欧文字6文字及び筆書き風の漢字1文字で構成されており、両者は構成する文字数、文字の種類及びデザインが異なるから、外観において明らかに相違する。
したがって、本願商標と引用商標の類否を判断するに当たっては、本願商標の「けやき」の文字部分以外の構成部分も考慮した上で、本願商標と引用商標が、全体として、商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かを検討する必要がある。
(イ) (省略)
イ 本願商標の「けやき」の文字部分と、引用商標の「KEYAKI」の文字部分及び「けやきの漢字」部分の外観が相違することは、上記ア(ア)で述べたとおりである。
次に、本願商標の「けやき」の文字部分からは、「ケヤキ」の称呼を生じるのに対し、引用商標の「KEYAKI」の文字部分及び「けやきの漢字」部分からも、「ケヤキ」の称呼を生じ、称呼においては、いずれも同一である。ただし、本願商標の他の構成部分である「牛たん」の文字部分も勘案すれば、本願商標からは、「ケヤキ」のほか、「ギュウタンケヤキ」との称呼も生じ、この称呼については、「ギュウタン」との音の有無によって引用商標とは語感が異なるから、称呼において相違するといえる。
さらに、本願商標の「けやき」の文字部分並びに引用商標の「KEYAKI」の文字部分及び「けやきの漢字」部分からは、いずれも本件樹木の観念を生じる。ただし、本願商標の他の構成部分である「牛たん」との文字部分も勘案すれば、本件樹木のほか、「牛たんを提供するけやきという名称の飲食店」との観念も生じ、この観念については、引用商標と相違する。
ウ 以上を踏まえて、本件商標と引用商標の類否について検討するに、本願商標と引用商標は、外観において異なることに加え、本願商標から生じる2つの称呼及び観念のうち一方は、引用商標と異なる。これらを総合すると、取引者、需要者の認識において、時と所を異にして離隔的に観察した場合、本願商標と引用商標とは互いに紛れるおそれのある類似の商標であるとは認められない
(5) 小括
以上によれば、本願商標は、引用商標と類似する商標ではなく、商標法4条1項11号に該当しないから、本件審決には取消事由がある。
【検討】
本件は、商標法4条1項11号の類否判断を行うにあたり、結合商標から抽出した構成部分の識別力が弱いことを理由として、その称呼及び観念の認定を他の構成要素を踏まえて行っている事案である。
結合商標における商標法4条1項11号の類否判断では、原則として商標全体で当該判断を行うべきである。しかし、その構成要素の一部が取引者、需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与える場合などは当該部分を抽出しての類否判断が許される。
本願商標は結合商標であるところ、その構成から「けやき」の文字と他の構成部分の一体性が希薄であることは直感的に感じるところだろう。そして、「けやき」の文字が大きく記載されており、指定役務との関係で識別力を一定程度有するため、本願商標から「けやき」の文字部分を抽出して類否判断を行うことは許されると認定された。同様に、引用商標についても、結合商標であるところ、「KEYAKI」の文字部分及び「けやきの漢字」部分が指定役務との関係で識別力を一定程度有するため、本願商標から当該部分を抽出して類否判断を行うことは許されると認定された。
そうすると、本願商標と引用商標の類否判断は、本願商標の「けやき」の文字と、引用商標の「KEYAKI」の文字部分及び「けやきの漢字」部分とで行われるため、これら各部分をそれのみで比較すると、称呼・観念は同一となりそうである。
しかしながら、本件では、本願商標の「けやき」の文字の出所識別標識としての機能が弱いことから、他の構成要素を踏まえて称呼・観念を認定し、両者は類似しないと判断された。
出所識別標識としての機能が弱い構成要素を組み合わせた結合商標については、その一部を抽出して類否判断を行うとしても、その称呼・観念は全体から認定される可能性があることを留意する必要がある。
以上
弁護士 市橋景子

