【令和7年9月3日(知財高裁 令和7年(行ケ)第10016号)】
◆争点:
・原告が、米国において「Classic」コモン・ロー上の商標権を有するか
本件では、原告はその他の主張もしたが、本項では割愛する。
補足:上記その他の主張は、上記争点における原告の主張が認められることが前提の主張であったが、裁判所は、上記争点における原告の主張を認めなかったため、上記その他の主張についても、詳細な検討を示すことなく理由がないものと判断された。
【キーワード】
商標法53条の2/コモン・ロー上の商標権/
1 事案の概要
①前提:
原告
・国外企業で、スノーソックス(布製のタイヤすべり止め装置の一種で、雪道における車のグリップを向上させる。布製タイヤチェーン)を取扱う会社である。
・米国において、第12類「Anti-skid chains for vehicles ; Anti-skid textile covers for tires」を指定商品とする米国登録第3838639号商標(「
」。以下「引用商標」という。)の商標権に関する権利を所有する。
被告
・日本の車両パーツ等を取扱う会社である。
・本件商標「CLASSIC SNOW SOCKS」(指定役務:自動車並びにその部品及び附属品(布製の滑り止めタイヤチェーンを含む。)の小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供(第35類))の商標権者である。
②経緯:
・本件は、原告が、特許庁に対して、商標法53条の2に該当することを理由として、本件商標の登録を取り消すことを求めて審判の請求をしたが「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(本件審決)がされたため、原告が、本件審決の取消しを求めて提起した訴訟である。
参考:商標法53条の2
登録商標がパリ条約の同盟国、世界貿易機関の加盟国若しくは商標法条約の締約国において商標に関する権利(商標権に相当する権利に限る。)を有する者の当該権利に係る商標又はこれに類似する商標であつて当該権利に係る商品若しくは役務又はこれらに類似する商品若しくは役務を指定商品又は指定役務とするものであり、かつ、その商標登録出願が、正当な理由がないのに、その商標に関する権利を有する者の承諾を得ないでその代理人若しくは代表者又は当該商標登録出願の日前一年以内に代理人若しくは代表者であつた者によつてされたものであるときは、その商標に関する権利を有する者は、当該商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。
・本件で、原告は、自らの使用標章「Classic」について、米国においてコモン・ロー上の商標権が発生している旨の主張をしたため、原告が、米国において「Classic」コモン・ロー上の商標権を有するかが争点となった。
参考:コモン・ロー上の商標権
米国では、所定の要件を満たすように商標を採択し、使用をすれば、商標登録を得ることなく商標権が発生することとなる。このような商標登録なしに発生した商標権を、コモン・ロー上の商標権という。
2 裁判所の判断
(※下線は筆者が付した)
・・・
(1) 原告は、本件商標の出願日以前から、布製タイヤチェーンに使用商標「Classic」を誠実に悪意なく、採択・使用しているのであり、これは、商標としての機能を発揮する態様での使用であるから、米国においてコモン・ロー上の商標権が発生している旨主張する(なお、原告は、「商標に関する権利」として、引用商標を主張してはいない。)。
(2) そこで検討するに、掲記の証拠及び弁論の全趣旨によると、使用商標「Classic」の使用実績として、以下の事実が認められる。
ア 原告の英語版、スペイン語版及び日本語版のウェブサイトでは、「イッセ・スノーソックス」は原告が開発・製造する布製タイヤチェーンであり、そのうち、代表的なスノーソックス(標準モデル)を「Classic Model」、制動性・耐久性に優れた高品質モデルを「Super Model」、大型車両向けのモデルを「Truck Model」として表示して、布製タイヤチェーン(スノーソックス)が販売されている(甲5の3の1~3)。
また、原告の日本語版のウェブサイトにおける原告商品に関する「よくあるご質問」には、「クラシックとスーパーの違いは何ですか?-スーパーは高品質モデル、クラシックは標準モデルです。雪や氷の上でブレーキをかけたときの停止距離は、スーパーがクラシックより約30%ほど短く、また同条件下での耐久性は、スーパーがクラシックの2倍ほど耐久性があります。雪山や坂道の多い道路、通常でもチェーンの装着が求められる場所ではスーパーのご使用をお勧めいたします。都市部を中心に、年に数回程度の急な雪に備えたい方はクラシックをお勧めいたします。」と記載されている(乙17)。この記載は、英語版及びスペイン語版のウェブサイトにおいても同様に記載されていると推認される。
イ 原告は、米国において、「
」を2008年12月23日に商標登録出願し、2010年8月24日に米国商標登録第3838639号を取得している(引用商標)。そして、原告が2016年8月15日に提出した商標見本のウェブサイト写真には、原告の商品一覧表の上部に、原告のハウスマークである「
」が大きく表示され、その一覧表に掲載された布製タイヤチェーンの商品種別として、「Classic C-600」等と記載され、ブランド名(「Brand」)として「
」が表示されている。また、原告が2020年8月5日に提出した商標見本の写真には、商品包装の上部に「
」が表示され、商品の写真を挟んだ下部に「Classic」と表示されている。(甲5の4の1~3、甲7)
ウ 米国において、原告の商品を販売している「ECS Tuning」のSNSサイトには、原告の商品である布製タイヤチェーンについて、3種類のスタイルと2種類のサイズがあるとされ、それらが「Classic C-600」、「Super C-500」、「Super ECO C-700」の3種類とそれぞれに2種類のタイヤサイズが紹介されている(甲13の1・2)。
エ 米国の消費者組織である「コンシューマー・リポート」の公式サイトにおいて、商品包装の上部に「
」が表示され、商品の写真を挟んだ下部に「Classic」と記載された原告商品が紹介されている(甲14の1・2)。
オ 米国の小売サイトにおいて、布製タイヤチェーンの種類として「Classic」及びタイヤサイズが記載された原告商品や、商品包装の下部に「Classic」と記載された原告商品が販売されている(甲5の5の1・2、甲8)。
(3) 以上の認定事実によると、布製タイヤチェーンとの関係で出所識別標識として機能している標章は、原告のハウスマークである「
」又は原告の略称である「ISSE」であって、「Classic」の文字は、原告が販売する布製タイヤチェーンが有しているグレードや性能、装着しようとしているタイヤへの適合を判断するための用途や品質を表示する文字として機能しているものであって、出所を識別するものとして機能しているものとはいえず、商標としての機能を発揮する態様で使用しているとは認められないから、米国のコモン・ロー上の商標権が発生していると認めることはできない。そうすると、原告が主張する使用商標は法53条の2に規定する「商標に関する権利」に該当せず、原告は、同条の「商標に関する権利を有する者」に該当しないから、取消事由1に関する原告の主張は理由がない。
・・・
以上によると、原告の取消事由に係る主張には理由がなく、本件審決にこれを取り消すべき違法はないから、原告の請求を棄却することとして、主文のとおり判決する。
3 コメント
米国においては、無登録で商標権の効力が認められるコモン・ロー上の商標権の概念が存在し、日本における登録主義のみを念頭におくと、未登録で存在していた思わぬ「商標権」の存在が障害になることがある。
本件でも、最終的に原告(米国企業)の請求が棄却されはしたものの、原告が米国企業であるからこそできた主張であり、商標法53条の2の取消審判を検討する際には、日本とは異なる商標制度や、これによって未登録でも発生する商標権の存在も十分に意識する必要がある。
以上
弁護士・弁理士 高玉峻介

