【令和7年8月21日 (東京地裁 令和6年(ワ)第70579号)】

 

【事案の概要】

 原告は、超音波洗浄や化学洗浄などの先端技術を用いた工業用設備又は部品の洗浄、メンテナンス等の高精度な洗浄サービスを業としており、別紙商標目録記載の「ジェットバブル」(以下「本件商標」という。)の商標権(以下「本件商標権」という。)を保有している。他方、被告は、工業用設備又は部品の洗浄、メンテナンス等の洗浄サービスを業としているところ、別紙標章目録1記載の「SUPER JET BUBBLE」の標章が付されたトラックを使用して高圧洗浄を行ったほか、被告のウェブページ上に同標章又は別紙標章目録2記載の「ジェットバブル」の標章を使用した。
 本件は、原告が、被告に対し、被告による上記の各行為が本件商標権を侵害すると主張して、商標法38条3項に基づく損害賠償金1560万円及び民法703条に基づく利得金の一部である440万円の合計2000万円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日である令和6年12月19日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 なお、裁判所は、当事者双方による主張立証の2往復後、紛争の実態を明らかにするため、原告に対しては、約18年にわたって本件商標の使用中止を求めなかった理由等を、被告に対しては、原告との共同事業の実態等を、各陳述書で補充するよう求め(第3回弁論準備手続調書参照)、当該各陳述書の他は主張立証がないとされたことから弁論を終結した(第1回口頭弁論調書参照)。

 

【判決文抜粋】(下線は筆者)

主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由
第1 請求
 被告は、原告に対し、2000万円及びこれに対する令和6年12月19日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。

第2 事案の概要
1 前提事実(証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実をいう〔証拠等の記載のないものは当事者間に争いがなく、証拠を摘示する場合には、特に記載のない限り、枝番を含むものとする。〕。)
⑴ 当事者等
ア 原告は、平成29年1月18日に成立した株式会社であり、超音波洗浄や化学洗浄などの先端技術を用いた工業用設備や部品の洗浄、メンテナンス等の高精度な洗浄サービスを業としている。なお、原告の代表取締役は、         Aiである(以下、代表取締役として表記する場合には「原告代表者」といい、個人として表記する場合には「Ai」という。)。(甲1、乙20)
イ 被告は、工業用設備や部品の洗浄、メンテナンス等の洗浄サービスを業とする株式会社である。(甲3)
ウ 訴外日本ジェッターズ株式会社(以下「日本ジェッターズ」という。)は、Aiが経営していた株式会社であり、令和3年12月15日、みなし解散となった。(甲8、弁論の全趣旨)
⑵ 本件商標権
ア 日本ジェッターズは、平成15年6月20日、別紙商標目録記載の本件商標の出願を行い、本件商標は、平成15年12月26日に登録された。
イ 日本ジェッターズは、原告に対し、平成29年2月16日、本件商標権を移転した。(甲2)
⑶ 被告による被告標章の使用(商標法2条3項8号)
ア 被告は、遅くとも平成19年頃から、別紙標章目録1記載の標章(以下「被告標章1」という。)が付されたトラックを使用して、高圧洗浄サービスを行っていた。また、被告は、被告標章1が付されたトラックの写真を被告のウェブページに掲載していた。(甲3、弁論の全趣旨)
イ 被告は、その頃から、被告のウェブページに、別紙標章目録2記載の標章(以下「被告標章2」という。以下、被告標章1及び2を合わせて「被告標章」ともいう。)を記載して使用した。(甲3)
⑷ 原告から被告への警告書の送付
ア 原告は、原告の関連会社(訴外環境アコロ株式会社。以下「環境アコロ」という。)と連名で、被告に対し、令和4年12月15日付け「警告書」と題する書面(以下「本件警告書」という。)を送付し、商標権侵害等を理由とする損害賠償等(15年間に得た売上げの8%の支払)を請求した。(甲6)
イ これに対し、被告は、本件警告書を受領した後、金銭の支払請求には応じなかったものの、被告標章1及び2の使用を中止した。
2 争点
 本件においては、本件商標と被告標章1及び2が類似すること被告において被告標章1が付されたトラックを本件商標の指定役務に係る業務に使用していたこと被告が同トラックの写真を被告のウェブページに掲載していたこと被告が被告標章2を被告のウェブページで本件商標の指定役務に係る業務について使用していたこと、以上については当事者間に争いがない(第1回弁論準備手続調書参照)。
⑴ 黙示の許諾の有無(争点1)
⑵ 権利濫用の成否(争点2)
⑶ 損害額(争点3)

第3 争点に関する当事者の主張
(中略)

第4 当裁判所の判断
1 争点1(黙示の許諾の有無)について
⑴ 認定事実
 前提事実、後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
ア Aiは、炭酸水を利用した洗浄装置を開発し、それを搭載した配管洗浄車であるジェットバブル車を製作し、日本ジェッターズにおいてジェットバブル工法を用いた洗浄作業を行っていたところ、被告代表者は、平成16年9月頃、Aiから、日本ジェッターズのジェットバブル車を販売するので一緒に事業をやらないかと誘われたことから、被告は、ジェットバブル車を購入することにした。(乙22)
イ 日本ジェッターズは、平成16年11月25日、被告標章1が付された本件トラック1を訴外リース会社に売却し、その後、被告は、同社から本件トラック1のリースを受けてこれを使用するようになったほか、被告のウェブページに被告標章2を使用するようになった。(甲5〔5頁〕、乙1及び2、乙22、弁論の全趣旨)
 また、被告は、その後、日本ジェッターズから、被告標章1が付された本件トラック2を購入し、これを使用するようになった。(甲4、乙3及び22、弁論の全趣旨)
ウ 被告代表者は、この頃、Aiから、Aiが営業活動をして被告に工事案件を紹介し、Aiが被告に対してジェットバブル車の使用方法の技術指導を行うことを提案され、これを了解した。また、被告代表者は、Aiから、本件トラック1及び2に記載された被告標章1等はジェットバブル洗浄工事の営業活動に必要であるためそのままにしてほしいと言われ、被告のウェブページにジェットバブル工法を実施している旨を掲載してもよいと言われた。(乙22)
エ また、被告は、Aiの了解の上、日本ジェッターズが作成したジェットバブル工法のパンフレットの問い合わせ先に被告の連絡先を掲載して、同パンフレットを使用していた。(乙21及び22)
 被告はこの頃から、被告のウェブページに本件トラック1及び2の写真を掲載して「ジェットバブル洗浄車」などと記載した上、これらの車両を使用した洗浄方法として、「ジェットバブルシステム」又は「ジェットバブル工法」などと紹介する記載をしていた。(甲5及び8、乙22)
オ Aiは、平成22年9月9日、ジェットバブル工法に関する洗浄方法及び洗浄装置について特許を出願したが、平成24年3月26日、出願人名義を被告に変更する旨の届出をし、平成25年12月20日、発明者をAi、特許権者を被告、発明の名称を「配管の洗浄方法及びその洗浄装置」として、特許が登録された。(乙4から6まで及び乙22。特許第5435366号。以下「本件特許」という。)
カ 被告は、Aiが営業により獲得した工事案件の紹介を受け、また、Aiからジェットバブル車の使用方法の技術指導を受けるなどしながら、洗浄工事を実施するようになった。(乙8から19まで及び22)
 また、被告は、令和元年7月2日及び令和3年3月9日、環境アコロから依頼を受け、本件トラック1又は2を用いて作業を行ったところ、これらの作業の依頼担当者及び現場担当者は、Aiであった。(乙12、14、20及び22、弁論の全趣旨)
キ 被告代表者は、令和4年5月初め頃、Aiに会い、被告が施工した環境アコロの工事代金の支払を求めたところ、原告代表者から、本件トラック1及び2における被告標章1の使用並びに被告のウェブページの掲載内容が         本件商標権を侵害している旨を口頭で言われた。また、被告は、環境アコロに対し、令和4年11月30日付けで工事代金の請求書を送付したところ、原告及び環境アコロから、同年12月15日付けで本件警告書が届いた。(乙7、22)
ク 被告は、遅くとも令和4年12月末日までに、本件トラック1及び2に記載された被告標章1を削除し、被告ウェブページでの被告標章1及び2の使用を止めた。(乙22、弁論の全趣旨)
⑵ 黙示の許諾の有無に対する判断
 前記前提事実、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、被告は、平成16年11月頃以降、日本ジェッターズを経営していたAiの了解及び協力の下で、被告標章1が付された本件トラック1及び2の使用を開始するとともに、被告のウェブページへの本件トラック1及び2の写真の掲載及び被告標章2の記載を開始して、本件トラック1及び2を用いた洗浄工事を実施していたこと、そのような協力関係の下で、Aiが発明者であるジェットバブル工法に関する本件特許につき、被告が特許権者となったこと、日本ジェッターズが平成29年2月16日に原告に対し本件商標権を移転した後も、上記と同様の状況が続き、被告はAiが経営する環境アコロから依頼を受け令和元年 7月2日及び令和3年3月9日に本件トラック1又は2を用いて作業を行ったこと、被告代表者が令和4年5月頃にAiに対し環境アコロに関する代金の支払いを求めたところ、原告代表者から初めて本件商標権の侵害を主張されるようになったこと、被告が同年11月に環境アコロに対し書面で代金の支払いを求めたところ、原告及び環境アコロから被告に対し同年12月15日付で本件警告書が送付され、被告は、同年12月末までには被告標章1及び2の使用を止めたこと、以上の事実が認められる。
 上記認定事実によれば、日本ジェッターズ及び同社からその後に本件商標権を譲り受けた原告は、被告が被告標章1及び2の使用を始めるようになった平成16年11月頃から、令和4年12月15日の本件警告書の送付までの約18年もの間被告が被告標章1及び2を使用していることを認識しながらその中止を求めなかったことが認められる。
 これらの事情の下においては、原告は、被告に対し、少なくとも令和4年12月15日に本件警告書を送付するまでは、被告標章1及び2の使用を黙示に許諾していたものと認めるのが相当である。そして、被告は、本件警告書を受領した後、間もなく被告商標1及び2の使用を自ら止めているのであるから、本件商標権侵害があったものと認めることはできない
⑶ 原告の主張に対する判断
ア 原告は、Aiが被告に共同事業の話を持ち掛けたことはない上、被告の従業員に対し、被告標章1及び2を使用するのは違法なので直ちに止めるように被告代表者へ伝えるように度々述べていたなどと主張する。
 しかしながら、原告が、被告の従業員に対し、被告標章1及び2の使用を直ちに止めるように被告代表者へ伝えるように述べていたことを認めるに足りる的確な証拠はない。
 のみならず、前記認定事実によれば、そもそもジェットバブル工法は、被告が発明したものではなくAiが発明したものであり、被告は、Aiからその工法の技術説明等を受けながら、本件トラック1及び2を使用したジェットバブル工法を実施していたものといえるから、原告は、被告の従業員ではなく被告代表者に対し、被告標章1及び2の使用の中止を直接伝えることができたはずである。それにもかかわらず、原告代表者であるAiは、被告代表者に対し、約18年間もの長期にわたり何ら本件商標権の侵害を直接指摘しなかったのであるから、原告の主張は、上記判断を左右するものとはいえない。
 したがって、原告の主張は、採用することができない。
イ 原告は、被告による本件商標の無断使用を一貫して容認しておらず、本件警告書の送付という明示の措置を講じたことからも明らかである旨主張する。しかしながら、令和4年12月15日付で本件警告書を送付しているとしても、それまで約18年もの間その中止を求めなかった事情は、前記において認定したとおりであり、上記事情を踏まえると、原告の主張は、上記判断を左右するものとはいえない。かえって、本件警告書には、本件商標の無断使用等を理由として被告への支払を保留する趣旨の記載があることからすれば、原告が本件警告書を送付した契機は、被告による本件商標の無断使用を認識したことによるものではなく被告が環境アコロの代表者であるAiに対し工事代金の請求書を送ったことによるものとみるのが事実経過によれば自然である。そうすると、これに沿う被告代表者の陳述は、信用性が高いものと認めるのが相当であって、これと異なる原告代表者の陳述は、信用性が低いというべきである。
 したがって、原告の主張は、採用することができない。
ウ その他に、原告が縷々主張するところは、本件警告書送付に至るまでの前記認定に係る事情を踏まえると、前記判断を左右するものとはいえず、いずれも採用の限りではない。
2 小括
 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

第5 結論
 よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

 

【解説】

 本件は、商標権侵害に基づく損害賠償を求めた事案であるが、本件商標と被告標章の類似性、被告において被告商標を指定役務に係る業務について使用していたことについては当事者間に争いがなく、原告から被告に対する黙示の許諾の有無が争点となった。
 裁判所は、本件商標の前権利者の日本ジェッターズを経営していたAiの了解及び協力の下で、被告が平成16年11月頃以降、被告標章を使用開始したこと,Aiが発明者であるジェットバブル工法に関する本件特許について、被告が特許権者となったこと、日本ジェッターズが本件商標権を原告に移転した後も同様の状況が続いたことなどから、日本ジェッターズ及び同社から本件特許権を譲り受けた原告は、被告が被告標章の使用を始めた平成16年11月頃から、令和4年12月の本件警告書の送付までの約18年もの間、被告が被告標章を使用していることを認識しながらその中止を求めなかったことを認め、原告は、被告に対して、少なくとも令和4年12月に本件警告書を送付するまでは、被告標章の使用を黙示に許諾していた、と認定した。そして、被告は、本件警告書を受領した後、間もなく被告標章の使用を自ら止めているのであるから、本件商標侵害があったと認められない、と判断した。
 前提事実及び認定事実で示された事実関係の下で、日本ジェッターズ、Ai及び原告と、被告との間の協力関係の存在を踏まえると、日本ジェッターズ及び原告が、被告に被告標章の使用止めさせる機会は数多く存在したと思われるにもかかわらず、約18年の間、原告が、被告が被告標章を使用していることを認識しながらその中止を求めなかったことは、黙示の許諾の存在を認めるには十分であると考えらえれる。したがって、原告の黙示の許諾を認めた裁判所の判断は妥当であると考える。
 本件の争点は、原告(権利者)と被告との間に協力関係が認められる状況での、商標権の使用についての黙示の許諾の有無であるが、一般には、権利者が、特に協力関係にない第三者(以下「侵害者」という。)に関して、侵害者が権利者の登録商標を無断使用していることに気付くという場合が多い。このような場合でも、権利者が、侵害者の行為を知りながら、侵害者に対して何の警告も行わずに放置している状態が継続すれば、本件のように原告と被告との間に協力関係が存在する場合よりも可能性が低いが、権利者から新会社に対する黙示の使用許諾が存在すると認められてしまうおそれがある。黙示の使用許諾の場合は、特定の侵害者に対してのみ使用を認めることになるが、さらに多くの不特定の第三者の使用が認められた場合、権利者が保有する登録商標が普通名称化したと判断されるおそれもある。登録商標が普通名称化すると、登録商標に係る商標権は、実質的には誰に対しても行使できないことになってしまう。このような状況となることを避けるために、権利者は、自己の登録商標について第三者の無断使用を認識した時点で、速やかに警告等の対応を行うことが肝要である。
 本件は事例判決であり、原告と被告との間に協力関係があったという点で必ずしも一般的な事例というわけではないが、黙示の使用許諾が認定された場合の具体的状況が示されている、という観点から紹介させていただいた。

 

以上
弁護士 石橋茂