【令和7年10月20日(知財高裁 令和7年(ネ)第10043号)】
第1 事案の概要
本件は、発明の名称を「車両誘導システム」とする特許第6159845号(本件特許)につき、その特許権者である被控訴人(有限会社PXZ)が、高速道路事業者である控訴人(中日本高速道路株式会社)に対し、控訴人がサービスエリア・パーキングエリア接続型スマートインターチェンジ等に設置した各種ETC対応システム(被告各システム)が、本件特許の請求項1及び2に係る発明(本件各発明)の技術的範囲に属すると主張して、特許権侵害に基づく損害賠償(特許法102条3項)として約66億円の支払を求めた事案である。
被告各システムは、サービスエリア又はパーキングエリアに接続するスマートインターチェンジ出入口において、路側無線装置によるETC通信や係員対応ができない車両を、退避路であるレーンdに導き、一般道路側又はエリア内に戻す構成を有している。
原審東京地裁は、被告各システムの一部につき本件各発明の技術的範囲への属否を肯定し、損害額約2億6700万円の限度で被控訴人の請求を認容したのに対し、控訴審である知財高裁は、被告各システムはいずれも本件発明1の構成要件Fを充足しないとして技術的範囲への属否を否定し、原判決中控訴人敗訴部分を取り消した上、被控訴人の請求を全て棄却したものである。
第2 裁判所の判断
1 本件発明の構造と問題の所在
本件発明1は、ETC車専用出入口を有する有料道路料金所・サービスエリア・パーキングエリアにおいて、ETCによる料金徴収が可能な車両と不可能な車両を分岐させる車両誘導システムであり、とりわけ構成要件Fが、
「ETCによる料金徴収が不可能な車両を、再度前記ETC車専用出入口手前へ戻るルート又は一般車用出入口に通じる第2のレーンへ誘導する誘導手段」
を規定している点に特徴を有する。
本判決は、この構成要件Fにおける「第2のレーン」「誘導」「一般車用出入口」の解釈及びその充足性の有無を中心に、被告各システムの非侵害を認定している。
2 被告各システムの構成認定
知財高裁は、証拠及び弁論の全趣旨に基づき、被告各システムにつき、以下のように事実認定を行っている。
- 入口側システムでは、ETC通信ができず係員対応もできない車両は、発進制御機や表示器によりレーンdに導かれ、そこから一般道路へ接続される構成であるところ、一般道路上において運転者が自らの判断でETC車専用入口を探索・走行すれば、再度同入口に到達し得るにとどまる。
- 出口側システムのうち一部では、レーンdから戻された車両が進入を試みたETC車専用出口へ戻るためのルート自体が存在しない構成と認定され、他のシステムについても、レーンdからサービスエリア等に戻された後は、運転者が自らの判断でETC車専用出口を見つければ再度到達し得るにすぎないと認定されている。
- いずれの場合も、レーンdから一般道路又はサービスエリア等に接続するまでのルート上や接続地点において、当該車両を再度ETC車専用出入口手前に戻すための標識・表示等の誘導手段は存在しないとされた。
3 構成要件Fにおける「誘導」と「第2のレーン」の解釈
裁判所は、まず「誘導」の意味につき、一般的な国語辞典(広辞苑)を参照しつつ、「目的に向かっていざない導くこと」を含む概念であるとした。その上で、単にあるレーンから出た後、運転者が任意の経路を選択して結果としてETC車専用出入口手前に到達し得るという事態は、車両がシステムによって目的地へ「いざない導かれている」とは評価できないと判示している。
また、明細書【0035】【0036】等の記載を踏まえ、「再度前記ETC車専用出入口手前へ戻るルート又は一般車用出入口に通じる第2のレーン」とは、当該第2のレーンを走行すること自体によって、車両がETC車専用出入口手前又は一般車用出入口へ向けて導かれる構成を意味すると解した。すなわち、単に「通じ得る場所」に接続していれば足りるのではなく、第2のレーンとその接続関係自体が、目的地点へ向かう誘導ルートとして機能していることが必要であると解されている。
入口側・出口側の被告システムにつき、以上の解釈を前提とすると、レーンdは、単に一般道路又はサービスエリア・パーキングエリアに接続する退避路にとどまり、そこから先は運転者の自主的判断によって様々な経路を走行し得るにすぎないため、本件構成要件Fにいう「第2のレーン」及び「誘導手段」を備えるものとはいえないとされた。
4 「一般車用出入口」の範囲
次に、「一般車用出入口」の解釈につき、裁判所は、明細書【図11】及び【0063】~【0065】のスマートインターチェンジ実施例を検討し、本件車両誘導システムが設置された施設(有料道路料金所・サービスエリア・パーキングエリア)に隣接する他のインターチェンジの一般車用出入口や、そこへの誘導手段に関する記載は存在しないことを指摘した。
その上で、ETCによる料金徴収が不可能であった車両が、スマートインターチェンジの近傍に存在する別のインターチェンジの一般車用出入口を利用する可能性は、制度上当然想定されるものの、これは運転者による自発的な経路選択の結果にすぎず、本件各発明に係る車両誘導システムによる「誘導」の結果とは評価できないとした。
したがって、構成要件Fの「一般車用出入口」には、別のインターチェンジの一般車用出入口など、システム設置施設とは別個の施設の出入口は含まれないと解した上、被告各システムにはそのような「一般車用出入口に通じる第2のレーン」は存在しないと結論付けている。
5 非侵害の結論
以上の検討を総合し、裁判所は、被告各システムはいずれも、本件発明1における構成要件Fである「ETCによる料金徴収が不可能な車両を、再度前記ETC車専用出入口手前へ戻るルート又は一般車用出入口に通じる第2のレーンへ誘導する誘導手段」を備えておらず、本件各発明の技術的範囲に属しないと判断した。
その結果、本件では、無効理由の有無(争点5)や先使用権の有無(争点6)などの抗弁について判断するまでもなく、被控訴人の損害賠償請求は理由がないとして、原判決中控訴人敗訴部分を取り消し、被控訴人の請求を全て棄却する結論に至ったのである。
第3 コメント
本判決は、車両誘導システムに関する特許権侵害訴訟において、「誘導」「第2のレーン」「一般車用出入口」といった文言の解釈を明細書及び一般的用語理解に基づき丁寧に行い、システムが実際に果たしている誘導機能の有無を厳格に吟味した上で非侵害を導いた点で、実務上参考になる判断であるといえる。
第1に、「誘導」概念について、単なる経路の接続可能性では足りず、「レーンを走行すれば当然に目的地に向かうよう導かれる」ことを要件としている点は、情報・制御系発明一般における機能的構成要件の解釈指針として参考になる。運転者の自主的判断や偶然の経路選択に依拠する構成は、特許請求の範囲が予定する「誘導」機能の実現とはいえないと整理したことにより、システム側で実現されるべき技術的手段と、人間の行動に委ねられた部分とを明確に峻別している。
第2に、「第2のレーン」及び「一般車用出入口」の範囲を、明細書の実施例や記載に即して、システムが設置された施設の内部構造を前提とするものに限定し、隣接インターチェンジの一般レーンなど外部施設まで拡張解釈することを否定した点も、クレーム解釈の基本原則を再確認するものとして参考になる。明細書に具体的手段の記載がない外部施設を安易に読み込むことは許されないとの示し方は、補正やドラフティングの段階においても注意を促すものといえる。
第3に、本件では、原審が一部侵害を肯定して損害額まで認定したにもかかわらず、高裁が構成要件Fの一解釈を手掛かりとして非侵害とした結果、無効理由や先使用権といった抗弁について判断するまでもなく請求棄却に至っている。これは、侵害判断において構成要件解釈が結果を左右し得る典型例であり、クレーム文言の設計と明細書記載の連動性の重要性を改めて示すものとして、特許ポートフォリオの構築や訴訟戦略立案の両面で参考になる事案であると評価できる。
以上から、本判決は、ETC関連・スマートインターチェンジ分野に限らず、「誘導」等の機能的記載を含むシステム系特許における技術的範囲認定に関して、参考になる判例であるといえる。
以上
弁護士 多良翔理

