【令和4年1月25日(東京地裁 令和2年(ワ)第5616号 特許権侵害損害賠償請求事件)】

【事案の概要】

 本件は,発明の名称を「携帯情報通信装置及び携帯情報通信装置を使用したパーソナルコンピュータシステム」とする特許第4555901号の特許(以下「本件特許」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」という。)の特許権者である原告が、別紙被告製品目録記載の各製品(以下,併せて「被告各製品」という。)が本件特許の特許請求の範囲の請求項1記載の発明(以下「本件発明」という。)の技術的範囲に属するものであり,被告による被告各製品の製造販売が本件特許権の侵害に当たると主張して,損害賠償等を求める事案である。

【キーワード】

 特許法第70条、特許発明の技術的範囲、明細書の記載

【争点】

本件の争点は、下記のとおりである。

(1)被告各製品の20ライン分のラインバッファは,「単一のVRAM」を充足するか(構成要件D及びHの充足性)(争点1)

(2)無効の抗弁(特許法104条の3第1項)の成否(争点2)

(3)訂正の対抗主張の可否(争点3)

(4)損害の発生の有無及びその額(争点4)

 裁判所は、争点1について、原告の主張を認めなかった。その結果、その余の争点について判断されることなく、原告の請求は棄却された。

 本稿では、争点1について取り上げる。

【本件発明(本件特許の特許請求の範囲の請求項1記載の発明)】

A ユーザーがマニュアル操作によってデータを入力し,該入力データを後記中央演算回路へ送信する入力手段と;

B 無線信号を受信してデジタル信号に変換の上,後記中央演算回路に送信するとともに,後記中央演算回路から受信したデジタル信号を無線信号に変換して送信する無線通信手段と;

C 後記中央演算回路を動作させるプログラムと後記中央演算回路で処理可能なデータファイルとを格納する記憶手段と;

D 前記入力手段から受信したデータと前記記憶手段に格納されたプログラムとに基づき,前記無線通信手段から受信したデジタル信号に必要な処理を行い,リアルタイムでデジタル表示信号を生成するか,又は,自らが処理可能なデータファイルとして前記記憶手段に一旦格納し,その後読み出した上で処理する中央演算回路と,該中央演算回路の処理結果に基づき,単一のVRAMに対してビットマップデータの書き込み/読み出しを行い,「該読み出したビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を生成し,該デジタル表示信号を後記ディスプレイ制御手段又は後記インターフェース手段に送信するグラフィックコントローラと,から構成されるデータ処理手段と;

E 画面を構成する各々の画素が駆動されることにより画像を表示するディスプレイパネルと,前記グラフィックコントローラから受信したデジタル表示信号に基づき前記ディスプレイパネルの各々の画素を駆動するディスプレイ制御手段とから構成されるディスプレイ手段と;

F 外部ディスプレイ手段を備えるか,又は,外部ディスプレイ手段を接続するかする周辺装置を接続し,該周辺装置に対して,前記グラフィックコントローラから受信したデジタル表示信号に基づき,外部表示信号を送信するインターフェース手段と;

G を備える携帯情報通信装置において,

H 前記グラフィックコントローラは,前記携帯情報通信装置が「本来解像度がディスプレイパネルの画面解像度より大きい画像データ」を処理して画像を表示する場合に,前記単一のVRAMから「前記ディスプレイパネルの画面解像度と同じ解像度を有する画像のビットマップデータ」を読み出し,「該読み出したビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を生成し,該デジタル表示信号を前記ディスプレイ制御手段に送信する機能と,前記単一のVRAMから「前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい解像度を有する画像のビットマップデータ」を読み出し,「該読み出したビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を生成し,該デジタル表示信号を前記インターフェース手段に送信する機能と,を実現し,

I 前記インターフェース手段は,前記グラフィックコントローラから受信した「ビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を,デジタルRGB,TMDS,LVDS(又はLDI)及びGVIFのうちのいずれかの伝送方式で伝送されるデジタル外部表示信号に変換して,該デジタル外部表示信号を前記周辺装置に送信する機能を有する,

J ことにより,前記外部ディスプレイ手段に,「前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい解像度を有する画像」を表示できるようにした,

K ことを特徴とする携帯情報通信装置。

【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)

・・(省略)・・

第2 事案の概要

・・(省略)・・

2 前提事実(当事者間に争いがない事実並びに後掲の証拠(以下,書証番号は特記しない限り枝番を含む。)及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

・・(省略)・・

(5) 被告各製品の構成

・・(省略)・・

 また,構成dについては,上記の構成に加え,次の構成を有する(弁論の全趣旨)。

「CPUが無線通信手段から受信した信号(圧縮した通信信号)をデコードして画像データを展開し,拡大/縮小(補間/間引き)を適宜行って内蔵用表示データ及び外部用表示データを生成し,生成した表示データをCPUに接続されたSDRAMに書き込み/読み出しを行い,その内蔵用表示データ及び外部用表示データを液晶コントローラに送信する。

 液晶コントローラには6個の2Mビット(256kバイト)DRAMが内蔵されているが,これは外部表示用のラインバッファ(20ライン分)であり,画像全体を書き込み/読み出しするためのものではない。」

・・(省略)・・

第4 当裁判所の判断

1 本件明細書の記載等

 本件発明に係る特許請求の範囲の記載は,前記第2の2の前提事実の(3)のとおりであるところ,本件明細書(甲2)には,次のような記載がある。

・・(省略)・・

(6)  【発明を実施するための最良の形態】

【0115】

(略)グラフィックコントローラ1_10Bは,該描画命令に基づき,あらかじめ十分な大きさ(以下では,QUXGA Wide(Quad Ultra XGA Wide)サイズ(水平画素数×垂直画素数=38415 0×2400画素)として説明する)の論理解像度を有するように設定された仮想画面におけるビットマップデータを生成し,必要に応じてVRAM(Video RAM)1_10Cへの書き込み/読み出しを行いつつ,該ビットマップデータをLCDドライバ15Bに送信する。なお、VRAM1_10C は、[特許請求の範囲]でいうところのビットマップメモリ1にあたる。(以下略)

【0117】

特に,携帯電話機1が,インターネットに接続したウェブサイトにアクセスし,該ウェブサイトを構成するウェブページを閲覧している場合には,中央演算回路1_10A1は,フラッシュメモリ14Aに格納されたブラウザプログラムに従って,通信用アンテナ111A,RF送受信部111B,ベースバンドプロセッサ11及びバス19を経由して,ウェブページを構成するマークアップ文書ファイル及びそのリンクファイルを取得し,ウェブページのレイアウト形式に応じて以下のように描画命令を生成・送信する。すなわち,ウェブページがリキッドレイアウト,又はLCDパネル15Aの画面水平解像度(240画素)よりも狭い固定幅レイアウトを採用していれば,LCDパネル15Aの画面水平解像度と同じ水平画素数を有するページ画像の描画命令を,ウェブページがLCDパネル15Aの画面水平解像度よりも広い固定幅レイアウトを採用していれば,該固定幅と同じ水平画素数を有するページ画像の描画命令を,それぞれ生成し,該描画命令をグラフィックコントローラ1_10Bに送信する。グラフィックコントローラ1_10Bは,該描画命令に基づき仮想画面におけるビットマップデータを生成しVRAM1_10Cに書き込むとともに,LCDパネル15Aに表示され,LCDパネル15Aの画面解像度と同じ解像度を有する画像を記述するビットマップデータをVRAM1_10Cから切り出してLCDドライバ15Bに送信する。(以下略)

【0127】

 グラフィックコントローラ1_10Bは,中央演算回路1_10A1から受信した描画命令に基づき,あらかじめ設定された仮想画面上においてビットマップデータを生成し,VRAM1_10Cに書き込む。さらに,グラフィックコントローラ1_10Bは,中央演算回路1_10A1から20 入手した外部ディスプレイ装置5の画面解像度データに基づき,外部ディスプレイ装置5の画面解像度と同じ解像度を有し,外部ディスプレイ装置5の画面に表示される画像を記述するビットマップデータをVRAM1_10Cから切り出す。その上で,中央演算回路1_10A1から受信した送信命令に基づき,該ビットマップデータをTMDSトランスミッタ13Aに送信し,TMDSトランスミッタ13Aは,該ビットマップデータを,外部接続端子部A_13Dを経由して接続ユニット3のインターフェース部B_33にTMDS伝送方式で送信する。

2 争点1(被告各製品の20ライン分のラインバッファは,「単一のVRAM」を充足するか(構成要件D及びHの充足性))について

(1) 「単一のVRAM」の意義

ア 本件特許の特許請求の範囲における構成要件Dにおいては,「グラフィックコントローラ」が,「該中央演算回路の処理結果に基づき,単一のVRAMに対してビットマップデータの書き込み/読み出しを行い,「該読み出したビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を生成」すると規定されている。

 また,構成要件Hにおいては,「グラフィックコントローラ」が,「前記単一のVRAMから「前記ディスプレイパネルの画面解像度と同じ解像度を有する画像のビットマップデータ」を読み出し,「該読み出したビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を生成」すること及び「前記単一のVRAMから「前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい解像度を有する画像のビットマップデータ」を読み出し,「該読み出したビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を生成」することが規定されている(なお,構成要件Hにおける「前記単一のVRAM」との文言から,構成要件Dと構成要件Hの「単一のVRAM」は同一の意義を持つものと解される。)。

 さらに,構成要件F,H,Jによると,「ディスプレイパネルの画面解像度より大きい解像度を有する画像のビットマップデータ」は,「外部ディスプレイ手段」に表示するためのものであるといる。

 これらの記載によれば,構成要件D及びHの「単一のVRAM」は,「グラフィックコントローラ」により,「ビットマップデータの書き込み/読み出し」がされるものであって,外部ディスプレイ手段に表示するための「ディスプレイパネルの画面解像度より大きい解像度を有する画像のビットマップデータ」の書き込み/読み出しがされるものであり,前記「ディスプレイパネルの画面解像度より大きい解像度を有する画像のビットマップデータ」の全体を記憶することが可能なものと解するのが相当である。

 そして,前記1に認定した本件明細書の記載(特に段落【0115】,【0117】,【0127】)も,その記載内容に照らせば,構成要件D及びHの「単一のVRAM」が,「ディスプレイパネルの画面解像度より大きい解像度を有する画像のビットマップデータ」の全体を記憶することが可能なものであるとの上記クレーム解釈に整合しており,同解釈を裏付けるものと評価することができる。

イ 原告は,構成要件Hは,ビットマップデータの読み出しの具体的な方法について何らの特定もしておらず,ディスプレイパネルの画面解像度と同じ解像度を有する画像のビットマップデータを一挙に読み出すことを規定したものとは解されない旨を主張する。しかし,特許請求の範囲の記載,明細書の記載を検討すると,上記アに説示したとおり,「単一のVRAM」は,「ディスプレイパネルの画面解像度より大きい解像度を有する画像のビットマップデータ」の全体を記憶することが可能なものと認めるのが相当である。原告の上記主張は採用することができない。

(2) 「単一のVRAM」の充足性

 以上のクレーム解釈を前提に,被告各製品が,構成要件D,Hの「単一のVRAM」を充足するかについて検討する。前記前提事実のとおり,被告各製品は,データ処理手段としてのCPU(中央演算回路)及び液晶コントローラ(グラフィックコントローラ)を備えるものであるところ,このCPU(中央演算回路)は,無線通信手段から受信した信号(圧縮した通信信号)をデコードして画像データを展開し,拡大/縮小(補間/間引き)を適宜行って内蔵用表示データ及び外部用表示データを生成し,生成した表示データを同CPU(中央演算回路)に接続されたSDRAMに書き込み/読み出しを行い,その内蔵用表示データ及び外部用表示データを液晶コントローラ(グラフィックコントローラ)に送信する構成

を有している。しかして,この液晶コントローラ(グラフィックコントローラ)には,6個の2Mビット(256kバイト)DRAMが内蔵されているところ,これは,外部表示用のラインバッファ(20ライン分)であり,画像全体を書き込み/読み出しするためのものではないというのである(被告各製品の構成d)。

 しかして,このような,被告各製品の液晶コントローラ(グラフィックコントローラ)が内蔵するDRAMは,少なくとも外部表示用にはラインバッファ(外部表示手段に表示するための画像全体を書き込み/読み出しするためのものではない)として用いられるものであるから外部表示手段に表示するための「ディスプレイパネルの画面解像度より大きい解像度を有する画像のビットマップデータ」の全体を記憶するものではないことは明らかであるというほかない。

 そうすると,被告各製品における上記DRAM(20ライン分のラインバッファ)は,「単一のVRAM」との文言を充足するものとは認められず,被告各製品が,構成要件D及びHを充足するものとは認められない。

【検討】

 争点1の前提として、被告各製品のDRAMは、外部表示用のラインバッファ(20ライン分)であり,画像全体を書き込み/読み出しするためのものではない、という点に争いはない。そのため、構成要件D及びHの「単一のVRAM」が、「画像全体を書き込み/読み出し」するものに限定されるのか、それとも、被告各製品のようなラインバッファも含まれるのか、という点が争点1のポイントとなる。

 原告は、『構成要件Hは、「ビットマップデータの読み出し」の具体的な方法について、何らの特定も行っていない』と主張しており、「単一のVRAM」には、被告各製品のラインバッファも含まれると主張している。

 確かに、原告が主張するように、構成要件D及びHには、「画像全体を書き込み/読み出し」する、というような記載はない。しかし、構成要件Dの『単一のVRAMに対してビットマップデータの書き込み/読み出しを行い,「該読み出したビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を生成し』という記載や、構成要件Hの『前記単一のVRAMから「前記ディスプレイパネルの画面解像度と同じ解像度を有する画像のビットマップデータ」を読み出し,「該読み出したビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を生成し』、『前記単一のVRAMから「前記ディスプレイパネルの画面解像度より大きい解像度を有する画像のビットマップデータ」を読み出し,「該読み出したビットマップデータを伝達するデジタル表示信号」を生成し』という記載などから、単一のVRAMは、画像全体を書き込み/読み出しするものとして解釈されると考えられる。また、明細書にも、「LCDパネル15Aの画面解像度と同じ解像度を有する画像を記述するビットマップデータをVRAM1_10Cから切り出してLCDドライバ15Bに送信する。」(段落【0117】)、「外部ディスプレイ装置5の画面に表示される画像を記述するビットマップデータをVRAM1_10Cから切り出す。」(段落【0127】)などの記載があり、これらの記載は、このクレームの解釈と整合すると考えられる。一方で、段落【0117】や段落【0127】には、ラインバッファに言及しているような記載はないと考えられる。
 したがって、「単一のVRAM」の意義について、本判決が、『前記「ディスプレイパネルの画面解像度より大きい解像度を有する画像のビットマップデータ」の全体を記憶することが可能なものと解するのが相当である。』と解釈したのは妥当であると考える。本判決は、「単一のVRAM」の意義について、まずは特許請求の範囲の記載から解釈し、次に、明細書の記載を参酌し、明細書の記載内容がクレーム解釈に整合しているかを検討しており、特許発明の技術的範囲の認定手法を理解する上で、参考になる判決である。

 なお、原告は、本件訴訟の前に、本件特許権に基づいて、被告の別の製品を対象に、損害賠償請求等の訴訟を提起している(東京地判令和3年1月15日(平成30年(ワ)第36690号))(以下「別件訴訟」という。)。別件訴訟においても、本件訴訟と同様に、「被告各製品の20ライン分のラインバッファは,「単一のVRAM」を充足するか(構成要件D及びHの充足性)」という点が争点とされた。しかし、別件訴訟では、「単一のVRAM」について、ハードウェアとしてのVRAMが一つであることを意味するのか、それとも、一つの仮想画面のビットマップデータで書き込むメモリ領域が単一であることを意味するのか(被告の主張)、という本件訴訟とは別の内容について争われた結果、被告の主張は認められなかった。

以上

弁護士・弁理士 溝田尚