【平成28年(行ケ)第10181号(知財高裁H29・1・24)】

【判旨】
 原告が、本件商標につき商標登録無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟であり、当該訴訟の請求が棄却されたものである。

【キーワード】
商標の類否判断,オルガノサイエンス,オルガノ,商標法4条1項11号(商標の類否),第1判決の拘束力

【手続の概要】
 以下、本件の商標の混同のおそれ、類否判断に関する部分のみを引用する。

 被告は,平成26年3月27日,特許庁に対し,本件商標が商標法4条1項11号及び同15号に該当するとして,商標登録無効審判請求をした(甲163の審判請求書。無効2014-890019号)。
  特許庁は,平成26年10月31日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(第1審決)をした(甲163の審決)ところ,被告は,第1審決について,知的財産高等裁判所に対し,審決取消請求訴訟を提起し(甲165の訴状。当庁平成26年(行ケ)第10268号),知的財産高等裁判所は,平成27年8月6日,第1審決は商標法4条1項11号該当性の判断を誤ったとして,同審決を取り消すとの判決をし(甲168。第1判決),同判決は,同年12月3日,上告棄却決定及び上告不受理決定により確定した。
 特許庁は,上記商標登録無効審判事件について更に審理の上,平成28年7月20日,「登録第5325691号の登録を無効とする。」との審決(本件審決)をし,その謄本は,同月28日,原告に送達された。

 1 本件商標

2 引用商標

【争点】
争点は,商標法4条1項11号該当性(商標の類否:無効理由1),商標法4条1項15号該当性(混同のおそれ:無効理由2),である。
以下,無効理由1に関連して,第1判決の拘束力に係る範囲で説明する。

【判旨抜粋】
1 取消事由1(無効理由1についての判断の誤り)について
(1) 原告は,第1判決において判断された本件商標の商標法4条1項11号違反について,第1判決の認定判断が誤りであり,第1判決に沿ってなされた本件審決も誤っているから,取り消されるべきであると主張するので,この点について判断する。
(2) 第1審決及び第1判決の認定判断の要点は,以下のとおりであると認めら
れる(甲163の審決,甲168)。
ア 第1審決
(ア) 「オルガノ」(使用商標)の著名性について
使用商標が,被告の薬品事業を表示するものとして,周知著名になっているものとまではいえない。
(イ) 商標法4条1項11号該当性
本件商標は,全体をもって,一体不可分の一種の造語として認識し把握されるとみるのが自然であり,「オルガノサイエンス」の一連の称呼のみを生じ,既成の観念を有しない。
本件商標と引用商標を対比すると,称呼,外観及び観念のいずれの点からみても相紛れるおそれのない非類似の商標である。
(ウ) 商標法4条1項15号該当性
本件商標をその指定商品等について使用した場合,需要者が,被告又は被告と経済的,組織的に何らかの関係を有する者の業務に係る商品等であるかのように,その出所混同を生じるおそれはない。
(エ) まとめ
本件商標の登録は,商標法4条1項11号及び同15号に違反してされたものではないから,同法46条1項1号により無効とすることはできない。
イ 第1判決(当該判決における「原告」は,本訴に合わせて「被告」と表記する。)
(ア) 引用商標及び使用商標の周知著名性について
(中略)
以上より,引用商標及び使用商標は,本件商標登録出願時には,被告及び被告の事業ないし商品,役務を示すものとして相当程度周知となっており,被告の事業は水処理関連事業であるが,これには薬品事業が伴うものと認識されていたものと認められる。
(イ) 取消事由1(商標法4条1項11号該当性についての判断の誤り)について
a 上記(ア)のとおり,引用商標「オルガノ」は,本件商標登録出願当時,相当程度周知であったものと認められる。
b 本件商標「オルガノサイエンス」は,「オルガノ」と「サイエンス」の結合商標と認められるところ,その全体は,9字9音とやや冗長であること,後半の「サイエンス」が科学を意味する言葉として一般に広く知られていること,前半の「オルガノ」は,「有機の」を意味する「organo」の読みを表記したものと解されるものの,本件商標登録出願時の広辞苑に掲載されていないなど,「サイエンス」に比べれば一般にその意味合いが十分浸透しているものとは考えられないことが認められ,さらに,上述のような引用商標の周知性からすれば,本件商標のうち「オルガノ」部分は,その指定商品等の取引者,需要者に対し,商品等の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められ,他方,「サイエンス」は,一般に知られている「科学」を意味し,指定商品である化合物,薬剤類との関係で,出所識別標識としての称呼,観念が生じにくいと認められる(最高裁平成20年9月8日第2小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照。)。したがって,本件商標については,前半の「オルガノ」部分がその要部と解すべきである。
c 本件商標の要部「オルガノ」と,引用商標とは,外観において類似し,称呼を共通にし,一般には十分浸透しているとはいえないものの,いずれも「有機の」という観念を有しているものと認められる。したがって,両者は,類似していると認められる。
d 本件商標の指定商品と,引用商標の指定商品とは,いずれも「化学剤」を含んでいる点で共通している。
(ウ) したがって,被告の主張する取消事由1は理由があるから,その余の点を判断するまでもなく,被告の請求には理由がある。
(3) 商標登録無効審判についての審決の取消訴訟において審決取消しの判決が確定した場合には,審判官は,商標法63条2項において準用する特許法181条2項の規定に従い,当該審判事件について更に審理を行い,審決をすることとなるが,審決取消訴訟は行政事件訴訟法の適用を受けるから,再度の審理ないし審決には,同法33条1項の規定により,同取消判決の拘束力が及ぶ。そして,この拘束力は,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであるから,審判官は取消判決の上記認定判断に抵触する認定判断をすることは許されない。したがって,再度の審判手続において,審判官は,当事者が取消判決の拘束力の及ぶ判決理由中の認定判断につきこれを誤りであるとして従前と同様の主張を繰り返すこと,あるいは,同主張を裏付けるための新たな立証をすることを許すべきでなく,審判官が取消判決の拘束力に従ってした審決は,その限りにおいて適法であり,再度の審決取消訴訟においてこれを違法とすることができないのは当然である。すなわち,再度の審決取消訴訟においては,当該取消判決の拘束力に従ってされた再度の審決の認定判断に対し,関係当事者がこれを違法として主張立証を行うことは許されない(最高裁平成4年4月28日第3小法廷判決,民集46巻4号245頁参照)。
(4) 本件において,上記(2)イの第1判決の認定判断に照らせば,第1判決の拘束力は,第1審決を取り消す旨の結論(主文)が導き出されるのに必要な商標法4条1項11号該当性についての認定判断,すなわち,①引用商標は,本件商標登録出願時には被告及び被告の事業ないし商品・役務を示すものとして相当程度周知となっており,被告の事業は水処理関連事業であるが,これには薬品事業が伴うものと認識されており,②本件商標は,「オルガノ」と「サイエンス」の結合商標と認められ,「オルガノ」部分は上記引用商標の周知性等からすれば,その指定商品及び指定役務の取引者,需要者に対し,商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与え,「サイエンス」の部分は指定商品である化合物,薬剤類との関係で出所識別標識としての称呼,観念が生じにくいと認められることからして,「オルガノ」部分を要部と解すべきであり,③本件商標と引用商標とは,類似していると認められ,④本件商標の指定商品と引用商標の指定商品とは,いずれも,「化学剤」を含んでいる点で共通する,との認定判断について生ずるものというべきである。したがって,再度の審判手続において,審判官は,第1判決が上記のとおり認定判断した点につき,第1判決とは別異の認定判断をすることは,取消判決の拘束力により許されないのであるから,審決が取消判決の拘束力に従ってされた限りにおいては,再度の審決取消訴訟においてこれを違法とすることはできない。
そして,本件審決は,上記第2,3のとおり,第1判決と同様の理由により,本件商標と引用商標とが類似し,本件商標の指定商品と引用商標の指定商品とは,いずれも,「化学剤」を含んでいる点で共通するから,本件商標は,商標法4条1項11号に違反して登録されたとしたものであり,この認定判断は,上記第1判決の拘束力に従ったものであることが明らかである。そうすると,再度の審決取消訴訟である本件訴訟において,これを違法とすることはできず,原告が,審決の当該認定判断が誤りであると主張立証することは許されない。本件訴訟において原告の主張する取消事由を検討すると,本件商標の商標法4条1項11号該当性を争う部分については,第1判決の拘束力が及ぶ事項につき,これを蒸し返すものにほかならず,そもそも審決の取消事由とはなり得ないものと認められるから,失当である。
よって,取消事由1には,理由がない。

【解説】
 本件は、商標登録無効審判請求1 を不成立とした審決に対する取消訴訟である。
 商標法4条1項11号(及び15号) 2が問題となった事案である。
 本件では,まず,第1審決に対して,審決取消訴訟が提起され,当該訴訟に係る判決において,第1審決が取り消された(第1判決)。当該判決は確定し,その後,特許庁は,本件審決を行った。本件審決の審決取消訴訟が,本件判決である。
 本件において,原告は,商標法4条1項11号の判断に取り消されるべき違法があると主張している。これに対して,裁判所は,上記のように,第1判決の拘束力の範囲について,判断した。
 裁判所が述べるように,判決の拘束力は,「この拘束力は,判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものである」。本件では,具体的には,「第1審決を取り消す旨の結論(主文)が導き出されるのに必要な商標法4条1項11号該当性についての認定判断」がこれに該当する。
 本件は,審決と審決取消訴訟の拘束力の範囲について示した事案であり,実務上参考になると思われる。

以上

(文責)弁護士 宅間 仁志

1 (商標登録の無効の審判)
第四十六条  商標登録が次の各号のいずれかに該当するときは、その商標登録を無効にすることについて審判を請求することができる。この場合において、商標登録に係る指定商品又は指定役務が二以上のものについては、指定商品又は指定役務ごとに請求することができる。
一  その商標登録が第三条、第四条第一項、第七条の二第一項、第八条第一項、第二項若しくは第五項、第五十一条第二項(第五十二条の二第二項において準用する場合を含む。)、第五十三条第二項又は第七十七条第三項において準用する特許法第二十五条 の規定に違反してされたとき。
(下線は、筆者が付した。)
2(商標登録を受けることができない商標)
第四条  次に掲げる商標については、前条の規定にかかわらず、商標登録を受けることができない。
十一   当該商標登録出願の日前の商標登録出願に係る他人の登録商標又はこれに類似する商標であつて、その商標登録に係る指定商品若しくは指定役務(第六条第一項(第六十八条第一項において準用する場合を含む。)の規定により指定した商品又は役務をいう。以下同じ。)又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの十五  他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標(第十号から前号までに掲げるものを除く。)