【知的財産高等裁判所平成28年12月14日判決 平成28年(ネ)第10060号 損害賠償請求控訴事件】

【キーワード】
実施許諾、特許保証、情報提供義務、不法行為

【事案の概要】
※本判決で引用されている一審判決が非公表であるため詳しい内容は不明である。

1 控訴人(一審被告。以下「Y」という。)は、医療法人敬晴会(以下「敬晴会」という。)の理事長である。
  被控訴人株式会社トータルライフプランニング(一審原告。以下「X」という。)は、敬晴会との間で、韓国における皮膚再生医療技術の独占的実施に関する業務委託等基本契約(以下「甲1契約」という。)を締結した者である。甲1契約は、敬晴会が、Xに対し、韓国において本件皮膚再生医療技術を独占的に展開するために必要なノウハウ及び情報等を提供するとともに、必要な知的財産権(甲2発明)の実施を許諾(再実施許諾)するというものである(第1条)。
2 もともと甲1契約の対象である甲2発明は、名古屋大学が有する特許権にかかる発明である。名古屋大学が訴外TES等に対して許諾し、敬晴会はTES等が有する再実施許諾権を譲り受け、敬晴会がXとの間で甲1契約に基づき再実施許諾(サブライセンス)を行ったものである。
  ところが名古屋大学は、甲2発明にかかる国際特許出願(PCT/JP2006/312871。なお原出願は特願2005-190374)につき、指定国としていた韓国において特許協力条約所定の期間内に国内移行手続を行わなかったことから、甲2発明は、甲1契約締結当時、既に韓国において特許登録を受けることができなくなっていた。
  しかし、敬晴会は、理事長であるYにおいて、甲1契約の締結にあたり、甲2発明が韓国において特許登録を受けることができなくなっていたという事実をXに伝えなかった。
Xは敬晴会に対して、甲1契約に基づき対価の一部である5250万円を支払ったが、その後、上記のとおり甲2発明にかかる特許権取得の可能性がないため、Xは韓国において本件皮膚再生医療技術を独占的に展開することができなくなった。
3 Xは、平成24年3月21日、敬晴会及びO.T.A.らを相手方として、大阪地方裁判所に訴えを提起し(同庁平成24年(ワ)第3061号事件)、一部認容の判決を受けたものの、これに不服があるとして控訴した。知的財産高等裁判所は、平成27年4月13日、敬晴会及びO.T.A.が、Xに対して甲2発明が韓国において特許登録され得るものかどうかに係る情報を提供する義務に違反し、Xに対する共同不法行為責任を負うとした上で、敬晴会及びO.T.A.に対し、3割の過失相殺後の3675万円の損害賠償金及びこれに対する遅延損害金の連帯支払を命じ、Xのその余の請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡し、同判決は確定した。
4 続いてXは、平成26年10月22日、敬晴会の理事長Yを被告として、大阪地方裁判所に本件訴えを提起した。
  原判決は、Yは、Xに対し、不法行為により生じた損害を賠償すべき義務を負い、Xの過失割合30%を過失相殺した後の3675万円及びこれに対する遅延損害金の限度で損害賠償金の支払を求める限度で理由があると判断して、Xの請求を上記の限度で認容し、その余の請求をいずれも棄却した。
5 なお、本判決に出てくるAなる者は、かかる甲1契約の締結と、韓国における皮膚再生医療技術の展開にあたってコーディネーターとして関与していた者である(同人が代表を務める株式会社O.T.Aは甲1契約の主体でもある。)。
6 本件訴えの争点は、再実施許諾権者(サブライセンサー)である敬晴会の理事長であるY個人において、甲1契約の締結にあたり、信義則上、Xに対し、甲2発明が韓国において特許登録され得るものであるか否かに関する情報を調査・提供する義務を負うか否か、及びこれに違反したか否かである。

【判旨】
 原判決変更(実質的にYの控訴を棄却。一審判決後の生じた遅延損害金を認めたのみ。)

「2 争点⑴(不法行為の成否)について

⑴ 敬晴会の不法行為責任について
ア 敬晴会の義務について
  以下によれば、敬晴会は、甲1契約の締結に当たり、信義則上、Xに対し、甲2発明が韓国において特許登録され得るものであるか否かに関する情報を調査・提供する義務(以下「本件情報提供義務」という。)を負うものと解される。
(ア) 前記1のとおり、甲1契約は、敬晴会が、Xに対し、韓国において本件皮膚再生医療技術を独占的に展開するために必要なノウハウ及び情報等を提供するとともに、必要な知的財産権の実施を許諾(再実施許諾)するというものであるから(第1条)、実施許諾されるべき必要な知的財産権は、韓国において本件皮膚再生医療技術を独占的に実施するために必要なものを指すと解される。
  そして、甲1契約において、第1条を受けた第2条に甲2発明が挙げられているのであるから、甲2発明が上記の実施許諾されるべき必要な知的財産に含まれることは、明らかである。さらに、甲2発明は、甲1契約において具体的に挙げられた唯一の発明である上、本件皮膚再生医療技術に用いられる皮膚組織改善材等に係るものであって、その内容(甲7の8参照)に照らしても、本件皮膚再生医療技術の実施に当たり、当然に必要となるものと認められる。
  そうすると、甲1契約の趣旨及び甲2発明の内容に照らし、韓国において、本件ノウハウのみならず、甲2発明に係る技術を独占的に実施することができることは、甲1契約の当然の前提であると解される。
(イ) そして、韓国における甲2発明に係る技術の独占的な実施は、同国において甲2発明に係る特許権を取得することによって、可能となるものである。また、甲1契約の第2条には、「本基本契約において、『本件特許権等』とは、下記の特許権及び甲(判決注・敬晴会)が今後所有権ないし実施権を取得する皮膚再生医療に関する特許権のすべてを指す。」と記載された上で、甲2発明の出願番号が挙げられており、同記載内容から、甲2発明は、韓国において特許登録がされ得るものと理解することができる。さらに、そもそも韓国において甲2発明に係る特許権を取得し得ないことが明らかなのであれば、甲1契約によって同国における甲2発明の実施の許諾を得る必要はない。
  以上によれば、甲1契約は、甲2発明につき、韓国において特許取得のための手続が採られ、特許登録がされる可能性のあるものであり、特許登録がされた場合には、Xにおいてその独占的実施許諾を受けられることを前提としていたものと認められる。
  そうすると、甲2発明が、韓国において特許登録され得るものかどうかに係る情報(例えば、韓国における審査の進捗状況など)は、甲1契約の独占的実施の対象となる権利に関するものであり、契約の重要な部分に当たるものであって、Xが甲1契約を締結するか否かを判断するに当たって必要とする情報であったものということができる。

(ウ) 一方、敬晴会は、甲1契約上、本件皮膚再生医療技術に関し、甲2発明を含む名古屋大学が有する特許権に係る発明について、Xに対し、再実施許諾をする立場にある。そうすると、甲2発明が韓国において特許登録され得るものであるか否かは、甲1契約の対象となる独占的実施権に関する重要な情報であるから、再実施許諾をする者としては、契約の相手方であるXに対し、信義則上、上記重要な情報を調査・提供する義務を負うものというべきである。
イ 敬晴会の本件情報提供義務違反について
  前記1の認定事実によれば・・・甲2発明は、甲1契約締結当時、既に韓国において特許登録を受けることができなくなっていた。
  しかし、敬晴会は、これを代表する理事長であるYにおいて、甲1契約の締結に当たり、上記のとおり甲2発明が韓国において特許登録を受けることができなくなっていたという事実をXに伝えなかったのであり、過失により、本件情報提供義務を怠ったものと認められる。
  そして、前記1の認定事実及びX代表者の供述(乙5)によれば、Xは、①名古屋大学が、同大学において開発した甲2発明を含む本件皮膚再生医療技術につき、韓国内において独占的な権利を有し、あるいは、そのような権利を取得するための手続を採り得る立場にあること及び②敬晴会が、本件皮膚再生医療技術に係る再実施許諾権を有しており、Xに対して再実施許諾をすることを前提として、甲1契約を締結したのであり、上記のとおり、甲2発明は、韓国において特許登録を受けることができなくなっていた事実を知っていれば、甲1契約を締結しなかったものと認められる。
  以上によれば、敬晴会が過失により本件情報提供義務を怠り、上記事実をXに伝えなかった結果、Xは、甲1契約を締結するに至ったものであるから、敬晴会は、本件情報提供義務違反により、Xに生じた損害を賠償する義務を負う。

⑵ Yの不法行為責任についてYは、理事長として敬晴会を代表し、その業務を総理するものであり(平成27年法律第74号による改正前の医療法46条の4第1項)、この権限に基づき、甲1契約の一方当事者である敬晴会を代表して甲1契約を締結したものである。しかも、前記1の認定事実及びYの供述(証拠略)によれば、①敬晴会は、平成20年4月10日、TESとの間で、同社が名古屋大学から甲2発明とノウハウについての実施許諾等を受ける契約上の地位を承継する旨の乙2契約を締結し、その後、Yは、甲2発明を含む本件皮膚再生医療技術を韓国において事業化することを考え、Aの仲介の下、イル・クックと交渉を進めていたこと、②Yは、歯科大学の先輩であったX代表者に対し、上記事業化の話をしたところ、X代表者から、強い関心をもって、韓国における本件皮膚再生医療技術の独占的実施の可否を尋ねられ、類似品を完全に止めることはできない旨を説明したこと、③X代表者が、それでも可能であれば韓国において事業を展開したい旨の希望を述べたので、Yは、平成20年4月15日、AにX代表者を紹介したこと、④Yは、甲1契約の内容に関し、技術提供を求められたのに対して、その対価は支払ってほしい旨を申し入れたことなど、Yは、甲1契約の締結に至る経緯において主体的に行動していたことが認められる。
  以上によれば、Yは、敬晴会と同様に、本件情報提供義務を負い、前記⑴のとおり、同義務違反という不法行為によってXに生じた損害を賠償する義務を負うものと解すべきである(引用判例省略)。」

【解説】
 本判決は、代表者である理事長個人に対して情報提供義務違反による不法行為責任を認めた点に特徴がある。
Xは別件訴訟において、法人である敬晴会とO.T.Aに対して委託料の返還を求めたが、Aが900万円を弁済したほか、敬晴会は支払に応じていない。そのため、理事長であるY個人に対して訴訟を提起したものと思われる。
 本判決では、サブライセンサーは、特許権の取得可能性がそもそもないことが分かった場合には、ライセンス契約の締結前に、その情報をサブライセンシーに伝える義務があるとした点が注目される。また、理事長の関与の程度によるが、本件のような関与があった場合には個人責任も追及されることもある点を示した点に特徴がある。実務上、法人にライセンスの権原があることを表明保証させることはあるが、代表者個人に表明保証させることは少ないため本判決は参考となる。
 一般に、特許に無効事由が存在してもライセンシーが契約締結の錯誤無効を当然に主張できるわけではないと考えられている。特許においては、何らかの無効理由が存在する一般的な可能性があるため、契約締結の時点では将来無効とされる抽象的な可能性があったとしても実施許諾を受けるのが通常であり、また、特許権が無効とされるまでは事実上特許権の排他権の恩恵を受けることが多いからである。また、特許保証の条項がなければライセンシーは債務不履行解除の主張もできない。出願中の特許に関してライセンス(仮実施権の許諾)を行う場合もおおむね同様と解される。
 これに対し、本件のように、特許権がそもそも取得できる可能性が全くない場合は、無効事由が存在する場合や出願中の特許に関するライセンスとは全く次元が異なるということになろう。サブライセンサーとしては、特許権者とライセンス契約を締結する際には、特許権者に、対象となる国のライセンス権原があることを保証させておくことが実務上は重要である。
 なお甲1契約は、平成24年11月8日、別件訴訟の審理の過程で債務不履行解除されており、そのためか、訴訟で錯誤無効は主張されていない。

以上

(文責)弁護士 山口建章