【平成28年8月23日(大阪地裁平成27年(ワ)第6380号) 特許権侵害差止等請求事件】

【はじめに】
本件は、特許請求の範囲の記載のうち,発明の詳細な説明における課題及び効果等を参酌し,「前記長尺裏面側シート部同士の間から,前記複数の短尺クッション材が露出している」という構成の解釈を行ったものである。

【キーワード】
クレーム解釈,クレームの解釈,特許請求の範囲の記載の解釈,特許請求の範囲の解釈

【概要】
 本件は,被告が販売する製品(「被告製品」)が特許第3409299号の特許請求の範囲の請求項1に係る発明(「本件発明」)の技術的範囲に属するのかが争点となった。本件発明と被告製品とを対比すると,本件発明は「前記長尺裏面側シート部同士の間から,前記複数の短尺クッション材が露出している」(「構成要件F」)のに対し,被告製品は「長手方向中央部周辺において,短尺クッション材が長尺裏面側シート部に覆われておらず,同シート部の間から短尺クッション材が見える構成となっており,本件発明の短尺クッション材に相当するスポンジの幅方向中央部周辺を含め,その裏面全面が粘着シール(粘着材層)で覆われて」おり,その他の点では一致している。
 そこで,被告製品において「長手方向中央部周辺において,短尺クッション材が長尺裏面側シート部に覆われておらず,同シート部の間から短尺クッション材が見える構成となっており,本件発明の短尺クッション材に相当するスポンジの幅方向中央部周辺を含め,その裏面全面が粘着シール(粘着材層で覆われている」ことは,本件発明の構成要件Fを充足するか否かが問題となった。

【判旨】
 裁判所は,以下のとおり,本件発明に係る明細書の発明の詳細な説明における課題及び効果等を詳細に検討した上で構成要件Fの意味を画定し,結果として,被告製品において「長手方向中央部周辺において,短尺クッション材が長尺裏面側シート部に覆われておらず,同シート部の間から短尺クッション材が見える構成となっており,本件発明の短尺クッション材に相当するスポンジの幅方向中央部周辺を含め,その裏面全面が粘着シール(粘着材層)で覆われている」ことは,本件発明の構成要件Fを充足しないと判断した。

「(1)本件明細書には,次の記載がある。
【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明はコーナークッションに関し,より詳しくは,長さ調節の際,カットした部分が開口せず,また夏場にコーナークッションが膨張せずこれによって帯状表面材や帯状裏面材が破れるのを防止し,また折り曲げたときに帯状裏面材や粘着材に皺やたるみが生じずこれによってコーナー部への装着を容易かつ確実に行うことのできるコーナークッションに関する。
【0002】
【従来の技術】建設現場におけるコーナー部や建物のコーナー部は,人や物が衝突すると危険である。このため,同コーナー部には,衝突したときのショックを和らげるためにクッション材が取り付けられることが多い。近年,クッション効果に加え,コーナー部の存在をアピールして注意を促すことができるものとして,図5および図6に示すようなコーナークッション(11)が提案されている。このコーナークッション(11)は,耐水性シート材料からなる帯状表面材(12)および帯状裏面材(13)と,これら帯状表面材(12)および帯状裏面材(13)の間に形成された閉じられた空間内に充填されたクッション材(14)と,帯状表面材(12)の外面に形成された斜め方向縞模様(15)と,帯状裏面材(13)の外面に塗布された粘着材(16)とを有してなり,全体として帯状をなすものである。
なお,クッション材(14)には,連続気泡型スポンジが用いられている。
【0003】このコーナークッション(11)は,コーナー部に沿って折り曲げられ,粘着材(16)によってコーナー部に装着される。このコーナークッション(11)は内部にクッション材(14)を有しており,しかも表面に斜め方向縞模様(15)を有しているので,周囲の人に注意を促すとともに人や物が衝突したときのショックを和らげることができ,コーナー部用安全具として優れたものであった。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】しかしながら,前記したコーナークッション(11)には,以下のような課題が存在した。すなわち,このコーナークッション(11)は,その長手方向において区切りのない均一断面構造であったため,コーナー部の長さに応じてカットした場合,そのカット部分がぱっくりと開口し,雨天時にはその開口部分から雨水が浸入していた。また,その開口部からクッション材(14)が抜け落ちてしまうこともあった。さらに,クッション材(14)には連続気泡型スポンジが用いられていたため,コーナークッション(11)内に浸入した雨水はクッション材(14)全体に浸透し,コーナークッション(11)内を水浸しにすることがあった。こうなると,コーナークッション(11)から常に水がしたたって非常に見栄えが悪くなるとともに,人や物が衝突したときのショックを十分に吸収できなくなる恐れがあった。
【0005】また,クッション材(14)が帯状表面材(12)と帯状裏面材(13)の間に形成された閉じられた空間内に充填されているため,夏場にはその閉じられた空間内の空気が膨張してコーナークッション(11)全体が膨張し,人や物が衝突したときのショックで帯状表面材(12)や帯状裏面材(13)が破れてしまうことがあった。この場合,雨天時にはその破れた箇所から雨水が浸入し,上記したような水浸し状態となる恐れがあった。
【0006】また,このコーナークッション(11)においては,クッション材(14)が帯状表面材(12)や帯状裏面材(13)に接着されていなかったため,コーナー部の長さに応じてカットした場合,そのカットによる開口部分からクッション材(14)が抜け落ちてしまい,コーナー部への装着作業に手間取ることがあった。
【0007】また,このコーナークッション(11)においては,コーナー部に装着するために長手方向に折り曲げたとき,帯状裏面材(13)は帯状表面材(12)に対し,クッション材(14)の厚み分だけ曲率半径が小さくなってしまう。このため,帯状裏面材(13)とこれに塗布された粘着材(16)に,皺やたるみが生じていた。この場合,皺やたるみによって粘着材(16)同士がくっつき,コーナー部への装着作業に支障をきたすとともに,コーナー部へコーナークッション(11)を密着させることが困難であった。
【0008】本発明はそのような実情に鑑みてなされたもので,長さ調節の際,カットしてもそのカット部分が開口せず,また夏場にコーナークッションが膨張せずこれによって帯状表面材や帯状裏面材が破れるのを防止し,また内部に雨水が浸入してもクッション材にその雨水が浸透せず,また折り曲げたときに帯状裏面材や粘着材に皺やたるみが生じずこれによってコーナー部への装着を容易かつ確実に行うことのできるコーナークッションの提供を目的とする。
【0009】
【課題を解決するための手段】請求項1の発明は,互いに若干の間隔をおいて長手方向に列設された複数の短尺クッション材と,これら複数の短尺クッション材の表面側を被覆する長尺表面側シート部とこれら複数の短尺クッション材の裏面側の幅方向両側部をそれぞれ一定幅で被覆する長尺裏面側シート部とからなる帯状被覆部材と,前記長尺表面側シート部の外面に設けられ,明度差をもつ色彩が交互に反復してなる斜め方向縞模様と,前記長尺裏面側シート部の外面に設けられた粘着材層とを有してなり,全体として帯状をなすとともに危険箇所のコーナー部に装着されるコーナークッションであって,前記長尺裏面側シート部同士の間から,前記複数の短尺クッション材が露出していることを特徴とするコーナークッションである。
【0030】
【発明の効果】請求項1の発明は,互いに若干の間隔をおいて長手方向に列設された複数の短尺クッション材と,これら複数の短尺クッション材の表面側を被覆する長尺表面側シート部とこれら複数の短尺クッション材の裏面側の幅方向両側部をそれぞれ一定幅で被覆する長尺裏面側シート部とからなる帯状被覆部材と,前記長尺表面側シート部の外面に設けられ,明度差をもつ色彩が交互に反復してなる斜め方向縞模様と,前記長尺裏面側シート部の外面に設けられた粘着材層とを有してなり,全体として帯状をなすとともに危険箇所のコーナー部に装着されるコーナークッションであって,前記長尺裏面側シート部同士の間から,前記複数の短尺クッション材が露出していることを特徴とするコーナークッションであるから,以下の効果を奏する。すなわち,長尺裏面側シート部が短尺クッション材の裏面側の幅方向両側部をそれぞれ一定幅で被覆している構造であるから,コーナークッションの裏面側はその幅方向中央部が長手方向に開放された状態となる。このため,夏場にコーナークッション内の温度が上昇し,これに応じて内部の空気が膨張しても,膨張した空気はコーナークッション裏面側の開放部分から放出される。従って,コーナークッションは膨張せず,人や物が衝突したショックで長尺表面側シート部や長尺裏面側シート部が破れることがない。また,コーナークッション内に雨水が浸入しても,その雨水は前記開放部分からすぐに排出される。また,複数の短尺クッション材は互いに若干の間隔をおいて列設されているから,人や物が衝突したときのショックにより或る短尺クッション材がずれたり外れたりしても,その影響は隣の短尺クッション材へ及ばない。従って,コーナークッションの劣化を最小限に止めることができ,その維持管理費用を低減することができる。また,短尺クッション材は裏面側において幅方向中央部分を帯状に露出した状態となるから,この帯状露出部分をコーナー部に合わせることにより,コーナー部には長尺裏面側シート部と粘着材層が位置しない。従って,コーナー部には短尺クッション材が密着し,長尺裏面側シート部や粘着材層には皺やたるみが生じない。これにより,コーナークッションをコーナー部へ密着状態で装着することができる。

(2)「短尺クッション材が露出している」との用語の解釈について
ア 本件発明は,長手方向において区切りのない均一断面構造を持つシート材で閉じられた空間内にクッション材を充填した従来技術によるコーナークッションでは,①コーナー部の長さに応じてカットした場合,そのカット部分から雨水が浸入したり,クッション材が抜け落ちるという課題,②クッション材が閉じられた空間内に充填されているため,夏場にはその閉じられた空間内の空気が膨張して,場合によっては外装のシートが破れてしまうという課題,③クッション材が外装のシートに接着されていないことから,カットによる開口部分からクッション材が抜け落ちてしまい,コーナー部への装着作業に手間取る課題,④コーナー部に装着するために長手方向に折り曲げたとき,裏面が表面に対し,クッション材の厚み分だけ曲率半径が小さくなってしまい,裏面材とこれに塗布された粘着材に,皺やたるみが生じ,皺やたるみによって粘着材同士がくっついてコーナー部への装着作業に支障をきたすなどの課題が生じていたことから,本件発明の構成要件を採用することにより,長さ調節の際,カットしてもそのカット部分が開口せず,また夏場にコーナークッションが膨張せずこれによって帯状表面材や帯状裏面材が破れるのを防止し,また内部に雨水が浸入してもクッション材にその雨水が浸透せず,また折り曲げたときに帯状裏面材や粘着材に皺やたるみが生じずこれによってコーナー部への装着を容易かつ確実に行うことのできるコーナークッションの提供を目的とするものというのである。
  そして,その効果として,①コーナークッションの裏面側はその幅方向中央部が長手方向に開放された状態となるので,コーナークッション内部の空気が膨張しても,膨張した空気はコーナークッション裏面側の開放部分から放出され,②コーナークッション内に雨水が浸入しても,その雨水は前記開放部分からすぐに排出され,③複数の短尺クッション材は互いに若干の間隔をおいて列設されているから,人や物が衝突したときのショックによる影響は隣の短尺クッション材へ及ばず,④従って,コーナークッションの劣化を最小限に止めることができ,その維持管理費用を低減することができる。また,短尺クッション材は裏面側において幅方向中央部分を帯状に露出した状態となるから,この帯状露出部分をコーナー部に合わせることにより,コーナー部には長尺裏面側シート部と粘着材層が位置しない。従って,コーナー部には短尺クッション材が密着し,長尺裏面側シート部や粘着材層には皺やたるみが生じない。これにより,コーナークッションをコーナー部へ密着状態で装着することができるというのである。

イ ところで「露出」とは,「あらわに,むき出しになること」(広辞苑第6版)を意味するが,上記認定した本件発明の課題及び効果に照らせば,本件発明におけるその技術的意義は,コーナークッション内を通気性,透湿性が制限された状態から解放してその弊害を除去するというだけでなく,製品を長手方向に折り曲げても,クッション裏面の幅方向中央部周辺に裏面シート部と粘着材層がないことで,裏面シートと粘着材に皺やたるみが生じず,粘着材同士がくっつかず,その結果,製品をコーナー部に密着させやすくするという点にもあるものと解される。
  そうすると,構成要件Fの「前記長尺裏面側シート部同士の間から,前記複数の短尺クッション材が露出している」とは,コーナークッション裏面において,複数の短尺クッション材の幅方向中央部周辺が長尺裏面側シートに覆われておらず,長尺裏面側シートの間から見える構成となっていることを指すのみならず,長尺裏面側シートに覆われていない幅方向中央部周辺の短尺クッション材が粘着材にも覆われていないことを指すと解するのが相当である。
  これに対し被告製品は,長手方向中央部周辺において,短尺クッション材が長尺裏面側シート部に覆われておらず,同シート部の間から短尺クッション材が見える構成となっており,本件発明の短尺クッション材に相当するスポンジの幅方向中央部周辺を含め,その裏面全面が粘着シール(粘着材層)で覆われているというものであるから,上記技術的意義を有する「短尺クッション材が露出している」という要件を充たすということはできない。
したがって,被告製品の構成は,構成要件Fを充足しないというべきである。

ウ なお原告は,被告製品の裏面は粘着シールで覆われているが,粘着シールの透湿度はクッション材そのものよりも高く,粘着シールが貼られていない製品よりも貼られている製品の方が水分,空気をよく通すとし,それを裏付ける実験結果として一般財団法人化学物資評価研究機構作成に係る試験報告書(甲6)を提出するところ,この実験結果そのものは,技術常識に照らし受け入れられないが,これをそのまま受け入れたとしても,それでは本件発明の四つの課題のうち上記ア①,②の二つが解決され,その効果がもたらされるだけである。被告製品は,コーナークッションの裏面幅方向中央部付近に粘着シールが存在することにより,長手方向への折り曲げ時にその部分の粘着シールに皺やたるみが生じる結果,本件発明が解決しようとした四つのうち最後の一つの課題(上記ア④)が解決されず,またそれに対応する効果も奏しないことになるのであるから,これでは被告製品が構成要件Fを充足すると認めることはできず,前記非充足の判断は左右されないというべきである。」

【コメント】
 本件は,構成要件Fの意味の解釈にあたり,実施例を参酌し,発明の技術的思想を踏まえた解釈をしているといえる。本件では,いわば,実施例限定解釈に似たような解釈手法が採られたともいえるが,従来のいわゆる実施例限定解釈とは,特許法104条の3の特許無効の抗弁が規定される前になされた議論であって,現在では,その実益がなくなっているとされている。このため,本件は,いわゆる実施例限定解釈ではないのであろうが,実施例を参酌した解釈がなされているから,実施例を詳細に書けば書くほど特許権の権利範囲が,実施例限定解釈にも似た解釈によって狭まってしまうのかという疑問が生じる。
 しかし,このような実施例限定解釈にも似た解釈は,特許無効の抗弁におけるサポート要件違反の主張の存在があることに鑑みて,正当化する余地があると思われる。なぜなら,特許権の技術的範囲の画定,すなわち,特許請求の範囲の解釈は,あくまで特許請求の範囲の記載に基づくものであって,実施例は,参酌されるにとどまるものであるのが原則である。そして,もし,特許請求の範囲の記載の解釈が独り歩きし,実施例はおろか,明細書のサポートが全くないものまでもが特許請求の範囲の記載に含まれるとしたら,それは,いわゆるサポート要件違反によって無効になるべきものであろう。このような場合にあっては,特許請求の範囲の記載の解釈を一旦あえて広いものにし,その後,特許無効の抗弁におけるサポート要件違反を考慮する場合に,このような広い特許請求の範囲の記載の解釈は無効であるとするよりは,実施例限定解釈にも似た解釈によって,特許請求の範囲の記載の解釈を妥当なものとする方が手間が省け,かつ,妥当な解釈ができるといえる。
 したがって,実施例を詳細に書けば書くほど特許権の権利範囲が狭くなるということはなく,かえって,サポート要件違反等の考慮において,より有利になるものと思われるので,実施例を意図的にあいまいに記載するといった心配は不要であると思われる。

以上
(文責)弁護士 関 裕治朗