【平成28年9月28日(知財高裁平成27年(行ケ)第10260号)】

【要旨】
 本件審判における原告の主張が,確定した前件審決と同一の主引用例に基づいて本件発明の容易想到性を主張するものであり,主引用例以外の証拠についても,前件審決において副引用例とされていた甲6から18号証に加え,甲1,4及び5号証を追加したにすぎない場合について,「確定した前件審決と主引用例が同一であり,まして,多数の副引用例も共通し,証拠を一部追加したにすぎない本件審判の請求は,『同一の事実及び同一の証拠』に基づくものと解するのが,特許法167条の趣旨にかなうものというべきである」と判示した。

【キーワード】
特許法167条,同一の事実及び同一の証拠

事案の概要

 被告は,平成14年8月5日,発明の名称を「ロータリーディスクタンブラー錠及び鍵」とする特許出願をし,平成19年9月7日,設定の登録を受けた(以下「本件特許」という。)。

【前件審判】
 原告は,平成22年1月20日,本件特許の特許請求の範囲請求項1から3に係る各発明について特許無効審判を請求し,特許庁は,これを無効2010-800013号事件として審理した(以下「前件審判」という。)。被告は,平成23年10月27日,訂正審判を請求し,特許庁は,これを,訂正2011-390118号事件として審理した。特許庁は,同年12月20日,上記請求を認めるとの審決をし,同審決は,確定した。特許庁は,平成24年8月21日,前件審判につき,請求不成立の審決をした(以下「前件審決」という。)。原告は,前件審決の取消しを求める訴訟(平成24年(行ケ)第10339号)を提起した。知的財産高等裁判所は,平成25年5月23日,請求棄却の判決をし(以下「前件判決」という。),同判決は,確定した。

【本件審判】
 原告は,平成27年3月20日,本件特許の特許請求の範囲請求項2に係る発明について特許無効審判(以下「本件審判」という。)を請求した。特許庁は,上記審判請求を無効2015-800069号事件として審理し,平成27年11月25日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,同年12月3日,その謄本が原告に送達された。原告は,平成27年12月28日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
(前件審判の審決の理由の要旨)
 ・引用例(甲2)を主引用例。
 ・本件審決が認定した引用発明と同一の引用発明を認定し,本件発明と引用発明との一致点及び相違点についても,本件審決と同一の認定をした。
 ・相違点3につき,甲2,6から18号証及び前件判決の引用例15から24に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない旨の判断をした。
(本件審決の理由の要旨)
 ・引用例(甲2)を主引用例
 ・これに記載された発明及び甲1,4から11,13から18号証に記載された発明又は周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである旨を主張した。
 ・本件審判における原告の主張は,確定した前件審決と同一の主引用例に基づいて本件発明の容易想到性を主張するものである。
 ・主引用例以外の証拠については,前件審決において副引用例とされていた甲6から18号証に加え,甲第,4及び5号証を追加したものである。

争点(本件は他の争点もあるが,本稿は下記争点に絞る)

 一事不再理効(特許法167条)の「同一の事実及び同一の証拠」の範囲

判旨抜粋(下線は筆者が付した)

第1~第3 ・・・略・・・
第4 当裁判所の判断
 1,2 ・・・略・・・
 3  取消事由2(本件発明の容易想到性の判断の誤り)について
⑴  前件審決について
 ア 前記第2の1のとおり,原告は,本件発明を含む本件特許の特許請求の範囲請求項1から3に係る各発明についての特許無効審判を請求し,特許庁は,請求不成立の審決(前件審決)をした。
 前件審決は,引用例(甲2)を主引用例として,本件審決が認定した引用発明と同一の引用発明を認定し,本件発明と引用発明との一致点及び相違点についても,本件審決と同一の認定をした上,相違点3につき,甲第2,6から18号証及び前件判決記載の引用例15から24に基づいて当業者が容易に想到し得たものではない旨の判断をした(乙2)。
 イ 前記第2の1のとおり,原告は,前件審決の取消しを求める訴訟を提起したが,知的財産高等裁判所は,請求棄却の判決(前件判決)をし,同判決は,確定した。これによって,前件審決も確定した。
⑵  特許法167条について
 ア 特許法167条は,特許無効審判の審決が確定したときは,当事者及び参加人は,同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができないと規定している。同条の趣旨は,排他的独占的権利である特許権(同法68条)の有効性について複数の異なる判断が下されるという事態及び紛争の蒸し返しが生じないように特許無効審判の一回的紛争解決を図るために,当事者及び参加人に対して一事不再理効を及ぼすものと解される。
 先の特許無効審判の当事者及び参加人は,同審判手続において無効理由の存否につき攻撃防御をし,また,特許無効審判の審決の取消訴訟が提起された場合には,同訴訟手続において当該審決の取消事由の存否につき攻撃防御をする機会を与えられていたのであるから,「同一の事実及び同一の証拠」について狭義に解するのは,紛争の蒸し返し防止の観点から相当ではない。
 イ この点に関し,平成23年法律第63号による改正前の特許法167条においては,一事不再理効の及ぶ範囲が「何人も」とされており,先の審判に全く関与していない第三者による審判請求の権利まで制限するものであったことから「同一の事実及び同一の証拠」の意義を拡張的に解釈することについては,第三者との関係で問題があったということができる。しかし,上記改正によって第三者効が廃止され,一事不再理効の及ぶ範囲が先の審判の手続に関与して主張立証を尽くすことができた当事者及び参加人に限定されたのであるから,「同一の事実及び同一の証拠」の意義については,前記アのとおり,特許無効審判の一回的紛争解決を図るという趣旨をより重視して解するのが相当である。
 ウ 原告は,本件審判において,本件発明につき,引用例(甲2)を主引用例とし,これに記載された発明及び甲第1,4から11,13から18号証に記載された発明又は周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである旨を主張した。
しかし,前記⑴のとおり,確定した前件審決においても,引用例(甲2)が主引用例とされており,また,甲第6から18号証が副引用例とされていた。
したがって,本件審判における原告の前記主張は,確定した前件審決と同一の主引用例に基づいて本件発明の容易想到性を主張するものであり,主引用例以外の証拠についても,上記のとおり前件審決において副引用例とされていた甲第6から18号証に加え,甲第1,4及び5号証を追加したにすぎない。
このように,確定した前件審決と主引用例が同一であり,まして,多数の副引用例も共通し,証拠を一部追加したにすぎない本件審判の請求は,「同一の事実及び同一の証拠」に基づくものと解するのが,前記アの特許法167条の趣旨にかなうものというべきである。
 以上によれば,本件審判における原告の前記主張は,確定した前件審決と「同一の事実及び同一の証拠」に基づくものであるから,特許法167条に該当し,許されない(この点に関し,本件審決が,本件審判において前件審判時に証拠として提出されなかった甲第4,5号証が提出され,前件審判時に主張されなかった回動するタンブラー錠用の鍵において摺り鉢形の窪みを有した鍵が周知であることが主張されたことをもって,前件審判と同一の証拠に基づく審判請求とはいえない旨判断したことは,誤りである。)。したがって,上記主張を排斥した本件審決の判断が誤りであるという取消事由は,それ自体,失当というべきである。
⑶  本件発明の容易想到性について
 前記⑵ウのとおり,本件審決は,本件発明が引用例に基づいて容易に想到できる旨の原告の主張につき,特許法167条に反しない旨の判断をしており,原告は,同判断を前提として,本件審決による本件発明の容易想到性の判断には誤りがある旨主張しているものと解される。そこで,念のため,以下,取消事由2について判断を加える。
 ア 引用発明の認定
 ・・・略・・・
 イ 本件発明と引用発明との相違点について
 ・・・略・・・ 以上によれば,引用発明は,前記(イ)の構成を備えておらず,よって,本件審決による相違点の認定に誤りはない。
 ウ 相違点3に係る容易想到性について
 ・・・略・・・ 以上によれば,前記審決の判断に誤りはない。
 エ 原告の主張について
 ・・・略・・・
⑷  小括
 以上によれば,原告主張の取消事由2は,理由がない。

解説

 本件は,一事不再理効(特許法167条)の「同一の事実及び同一の証拠」の範囲について審理判断した事案である。本件では,本件審判における原告の主張は,確定した前件審決と「同一の事実及び同一の証拠」に基づくものであるから,特許法167条に該当し,許されないとした。(なお,本件は,取消事由の実質的な内容についても判断を加えた上で,審決の判断に誤りはないとした。)
 特許法167条については平成23年に改正が行われている。施行期日は,以下のとおりである(下線部は筆者が記載した)。
(改正前)
「何人も,特許無効審判又は延長登録無効審判の確定審決の登録があつたときは,同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない。」
(改正後:現行)
「特許無効審判又は延長登録無効審判の審決が確定したときは,当事者及び参加人は,同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができない。」
(施行期日)
「新特許法第百六十七条の規定は,この法律の施行の日(平成24年4月1日)以後に確定審決の登録があった審判と同一の事実及び同一の証拠に基づく審判について適用し,この法律の施行の日前に確定審決の登録があった審判と同一の事実及び同一の証拠に基づく審判については,なお従前の例による。」

 特許法167条の「同一の事実及び同一の証拠」の意義については,改正前の特許法167条が適用されたケースであるが,前件審判との関係で主引例が異なるケースを判断した事案で,「特許発明と対比する対象である主引用例に記載された主引用発明が異なる場合も,主引用発明が同一で,これに組み合わせる公知技術あるいは周知技術が異なる場合も,いずれも異なる無効理由となるというべきであり,これらは,特許法167条にいう「同一の事実及び同一の証拠」に基づく審判請求ということはできない。」と判示したものがある(知財高裁平成26年(行ケ)第10235号:前件審判は平成23年1月31日に確定)。平成23年改正前の「何人も」であると,一事不再理の主観的な範囲が第三者に及ぶため,「同一の事実及び同一の証拠」を狭く解釈し,少しでも証拠が異なれば「同一の事実及び同一の証拠」に当たらないとして「新たな審判請求を許容する方向」で解釈したものと考えられる(弘文堂,中山信弘著「特許法(第2版)」,p.272と同旨)。一方で,平成23年改正後は,一事不再理の主観的な範囲が「当事者及び参加人」に限定されたため,「同一の事実及び同一の証拠」を殊更に狭く解釈する理由はないと言える(上記中山信弘著「特許法(第2版)」,p.272と同旨)。よって,本件の「特許無効審判の一回的紛争解決を図るという趣旨をより重視して解するのが相当である」との判示も,これと同様の考え方によるものといえる。
 そして,本件では,確定した前件審決と主引用例が同一であり,本件発明と引用発明との一致点及び相違点についても前件審決と同一であり,多数の副引用例も共通し,周知例を示すための証拠を一部追加したという事情の下,本件審判の請求は「同一の事実及び同一の証拠」に基づくものと解するとした。
 今後,同一当事者間で主引用例を共通とする審判を再度請求する場合,再度の審判請求で周知技術を補強した程度では,一事不再理効(特許法167条)で封じられるおそれがあることを留意しておきたい。

以上
(文責)弁護士・弁理士 髙野芳徳