【平成28年3月30日判決(知財高裁 平成27年(行ケ)第10094号 審決取消請求事件)】

【事案】

 本件は、原告が、発明の名称を「ロータリ作業機のシールドカバー」とする特許出願をし、設定の登録を受けた特許(特許第5454845号、以下「本件特許」という。)について、被告が特許無効審判を請求したところ、特許庁が、本件特許の請求項1及び2について無効との審決(以下「本件審決」という。)をしたことにつき、原告が本件審決の取消しを求める審決取消訴訟を提起した事案である。裁判所は、引用発明1及び引用発明2に基づいて、当業者が容易に発明することができたものということはできないとして、特許を無効とするとした本件審決を取り消した。

【キーワード】

 特許法第29条2項、進歩性、容易の容易

 

【事案の概要】

(特許庁における手続きの経緯等)

(1)原告は、平成20年10月15日、発明の名称を「ロータリ作業機のシールドカバー」とする発明について特許出願(特願2008-266269号。以下「本件出願」という。同年3月26日にした特許出願(特願2008-81313号)の分割出願)をし、平成26年1月17日、設定の登録(特許第5454845号)を受けた(請求項の数2。甲7。以下、この特許を「本件特許」という。)。

(2)被告は、平成26年5月2日、本件特許について特許無効審判を請求し、無効2014-800071号事件として係属した。

(3)原告は、平成27年2月17日、本件特許に係る特許請求の範囲等を訂正する旨の訂正請求をした(甲8の1・2。以下「本件訂正」という。)。

(4)特許庁は、平成27年4月10日、「請求のとおり訂正を認める。特許第5454845号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。」との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同月20日、原告に送達された。

(5)原告は、平成27年5月14日、本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

 

(本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1及び2の記載、下線は筆者による)

以下、請求項1に係る発明を「本件発明1」、請求項2に係る発明を「本件発明2」という。

 【請求項1】トラクタの後部に装着され、トラクタと共に走行する作業機本体に支持される作業ロータと、その上方を覆うシールドカバー本体とその進行方向後方側に連結され、前記作業ロータの後方を覆うエプロンを有するシールドカバーを備えるロータリ作業機において、/その進行方向後方側の位置で固定され、その進行方向前方側の端部から前記後方側の位置までの区間が自由な状態であり、前記端部寄りの部分が自重で垂れ下がる、弾性を有する土除け材が、前記シールドカバー本体の前記作業ロータ側の面に2枚以上固定されるとともに、前記エプロンの前記作業ロータ側の面に1枚以上固定され、/前記土除け材は前記シールドカバー本体と前記エプロンの周方向に隣接して複数枚配置され、/前記土除け材の内、前記シールドカバー本体に固定された各土除け材の固定位置すべてが、隣接する他の土除け材と互いに重なっていることを特徴とするロータリ作業機のシールドカバー。

 【請求項2】前記土除け材の内、前記作業ロータの回転方向上流側に位置する土除け材が、前記シールドカバー本体に固定された下流側に位置する土除け材を前記作業ロータ側から覆う状態で重なっていることを特徴とする請求項1に記載のロータリ作業機のシールドカバー。

 

(本件審決の理由の要旨)

(1)本件審決の理由は、本件発明は、下記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。)及び下記イの引用例2に記載された発明(以下「引用発明2」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、本件特許は、特許法29条2項の規定に違反してされたものであり、同法123条1項2号に該当し、無効とすべきである、というものである。

ア 引用例1:実願昭63-106917号(実開平2-29202号)のマイクロフィルム(甲1)

イ 引用例2:特開平6-303802号公報(甲2)

 

(2)本件審決が認定した引用発明1は、次のとおりである。

 トラクタの後部に装着され、トラクタと共に走行するロータリ機枠2に支持されるロータリ耕耘部6と、その上方を覆う主カバー12とその進行方向後方側に連結され、ロータリ耕耘部6の後方を覆う後部カバー13を有するロータリカバー11を備えるロータリ耕耘機1において、/主カバー12のロータリ耕耘部6側の面に、弾性を有する土付着防止部材20が、その進行方向後方側の位置で複数枚固定され、/前記土付着防止部材20は、進行方向前方側の端部から前記後方側の位置までの区間が自由な状態であり、前記端部寄りの部分が自重で垂れ下がるもので、/前記土付着防止部材20は、主カバー12の周方向に隣接して複数枚配置され、/前記土付着防止部材20の内、固定位置のある進行方向後方側に隣接する土付着防止部材20が存在しない土付着防止部材20を除いて(言い換えると、進行方向において最も後方側の土付着防止部材20を除いて)、主カバー12に固定された各土付着防止部材20の固定位置すべてが、隣接する他の土付着防止部材20と互いに重なっているロータリ耕耘機1のロータリカバー11。

 

(3)本件発明1と引用発明1との対比

 本件審決が認定した本件発明1と引用発明1との相違点は次のとおりである。

(相違点)

 本件発明1では、「その進行方向後方側の位置で固定され、その進行方向前方側の端部から前記後方側の位置までの区間が自由な状態であり、前記端部寄りの部分が自重で垂れ下がる、弾性を有する土除け材が、」「前記エプロンの前記作業ロータ側の面に1枚以上固定され」、シールドカバー本体とエプロンに固定された土除け材はシールドカバー本体とエプロンの周方向に隣接して配置され、シールドカバー本体に固定された進行方向において最も後方側の土除け材の固定位置が、隣接するエプロンに固定された土除け材と互いに重なっているのに対し、引用発明1では、エプロン側に土除け材がなく、そのような構成を有していない点。

 

(4)本件審決が認定した引用発明2は、次のとおりである。

 リヤカバー13のロータリー11側の面に、弾性を有する弾性部材23が、その進行方向後方側の位置で固定されるとともに、固定部を除いて前方側が自由な状態であり、その弾性部材23が、メインカバー12の補強板18に対する低摩擦係数の部材14の固定位置において、その低摩擦係数の部材14と互いに重なっているロータリカバー。

 

(5)本件審決は、本件発明1と引用発明1との相違点に関して、引用発明2の弾性部材23(土除け材)は、進行方向前方側の端部寄りの部分が自重で垂れ下がるものといえる。また、仮にそうでないとしても、エプロンに固定された土除け材を、その端部寄りの部分が自重で垂れ下がるような材質のものとすることは、当業者が適宜になし得る程度のことに過ぎない、と判断した。

 

【争点】

 本件の争点(原告の主張する本件審決の取消事由)は、相違点(本件発明1と引用発明1との相違点)の容易想到性である。

 本稿では、裁判所が「容易の容易」について言及した点を特に取り上げる。

 

【判決一部抜粋】(下線は筆者による。)

第1~第3 ・・(省略)・・

第4 当裁判所の判断

1 本件発明について

・・(省略)・・

2 引用発明1について

・・(省略)・・

3 本件発明1の容易想到性について

(1)引用発明2について

・・(中略)・・

エ 本件審決は、引用発明2の弾性部材23はゴム等であることから、弾性部材23の前端部23aが前方に延設されたものにおいては、その延設された(前方)端部寄りの部分は、自重で垂れ下がるものと解されると判断した。

・・(中略)・・

弾性部材23の材質がゴム等の弾力に富んだものであるとしても(【0012】)、その前方側の端部寄りの部分が自重で垂れ下がるか否かは、少なくとも弾性部材23の固定部(座24)から自由端(前端部23a)までの長さ並びにその部分の厚さ、質量(密度)及び弾性係数に依存することが明らかである。引用例2にはこれらについて何の記載もないから、弾性部材23の材質がゴム等の弾力に富んだものであるからといって、前方に延設した前端部23aが自重で垂れ下がるものと断定することはできない。

・・(中略)・・

本件審決が、引用発明2について、弾性部材23の前端部23aが前方に延設されたものにおいては、その延設された(前方)端部寄りの部分は、自重で垂れ下がると判断したことは、誤りである。

 

(2)相違点の容易想到性について

ア したがって、仮に、引用発明1に引用発明2を適用したとしても、・・(中略)・・引用発明1の後部カバー13に引用発明2の弾性部材23として設けられた土付着防止部材20は、その進行方向前方側の端部寄りの部分が自重で垂れ下がるものではないから、本件発明1には至らない。

イ 本件審決は、仮に引用発明2の弾性部材23の前端部23aが前方に延設された(前方)端部寄りの部分が自重で垂れ下がるものでないとしても、エプロンに固定された土除け材を、その端部寄りの部分が自重で垂れ下がるような材質のものとすることは、当業者が適宜になし得る程度のことにすぎないと判断した。

(ア) しかし、引用発明2の弾性部材23の前端部23aが前方に延設された(前方)端部寄りの部分を自重で垂れ下がるものとすることを想到した上で、これを引用発明1に適用することによって、引用発明1の後部カバー13に引用発明2の弾性部材23として設けられた土付着防止部材20の進行方向前方側の端部寄りの部分を自重で垂れ下がるものとするというのは、引用発明1を基準にして、更に引用発明2から容易に想到し得た技術を適用することが容易か否かを問題にすることになる。

 このように、引用発明1に基づいて、2つの段階を経て相違点に係る本件発明1の構成に想到することは、格別な努力が必要であり、当業者にとって容易であるということはできない。

・・(中略)・・

 すなわち、引用例2の【0004】、【0006】の記載に照らすと、リヤカバーに固着された土付着防止部材(弾性部材)を自重で垂れ下がるように構成すると、リヤカバーの枢着部分では、メインカバーに取り付けた低摩擦係数の部材と、リヤカバーに取り付けた弾性部材との接合部に間隙が生じるため、ここに土がたまりやすくなるという引用発明2の課題を解決できない。したがって、引用発明2の弾性部材23について端部寄りの部分が自重で垂れ下がるような材質のものに変更することは、引用発明2の目的に反する。特に、引用発明2で、リヤカバー13を下降させた状態において、既に前方側の端部寄りの部分が自重で垂れ下がるような弾性部材23を用いた場合、リヤカバー13を上方へ回動させると、弾性部材23の垂れ下がり位置はリヤカバー下降時よりさらに下方になるため、リヤカバーの枢着部分では、メインカバーに取り付けた低摩擦係数の部材と、リヤカバーに取り付けた弾性部材との接合部にさらに間隙が生じ、ここに土がたまりやすくなってしまい、飛散した土の侵入防止という引用発明2の上記作用効果を奏することができない。そのため、上記作用効果を奏するためには、リヤカバー13を下降させた状態において、既に前方側の端部寄りの部分が自重で垂れ下がるような弾性部材23を用いることはできない。

 そうすると、引用発明2において、弾性部材23の前方側の端部寄りの部分を自重で垂れ下がるようにすることには、そもそも阻害要因があると認められる。弾性部材23の前端部23aを更に前方に延設して低摩擦係数の部材14と重ね合わせた状態にした場合も、同様の理が妥当することから、前端部23aを前方に延設した弾性部材23の前方側の端部寄りの部分が自重で垂れ下がるようにすることは、当業者が適宜になし得る程度のものということはできない。

 

【検討】

 本件は、裁判所が、本件発明1の容易想到性の判断において、「引用発明1に基づいて、2つの段階を経て相違点に係る本件発明1の構成に想到することは、格別な努力が必要であり、当業者にとって容易であるということはできない。」と判断し、いわゆる「容易の容易」にあたる場合に容易想到性を否定した点に特徴がある。

 裁判所は、「引用発明2の弾性部材23の前端部23aが前方に延設された(前方)端部寄りの部分を自重で垂れ下がるものとすることを想到した上で、これを引用発明1に適用することによって、引用発明1の後部カバー13に引用発明2の弾性部材23として設けられた土付着防止部材20の進行方向前方側の端部寄りの部分を自重で垂れ下がるものとするというのは、引用発明1を基準にして、更に引用発明2から容易に想到し得た技術を適用することが容易か否かを問題にすることになる。」と判断した。これは、引用発明2を「自重で垂れ下がるもの」に変更した上で、変更後の引用発明2を引用発明1に適用することは、いわゆる「容易の容易」の問題にあたる、と判断したものと考えられる。その結論として、裁判所は、「引用発明1に基づいて、2つの段階を経て相違点に係る本件発明1の構成に想到することは、格別な努力が必要であり、当業者にとって容易であるということはできない。」として、容易想到性を否定した。

 もっとも、裁判所は、引用発明2を「自重で垂れ下がるもの」に変更することについて、そもそも阻害要因があると判断している。すなわち、引用発明2を「自重で垂れ下がるもの」に変更することは、引用発明2から容易に想到し得たものとはいえないため、その点で容易想到性が否定されるのであって、本件は、実際には「容易の容易」の場面ではなかったことになる。このように、「容易の容易」について検討する場合には、その前提として、「容易」の各段階について、阻害要因や動機付けの有無などから容易想到性が否定されないかを検討することが重要といえる。

 本件は、発明の容易想到性を否定する立場(特許権者の立場)から参考になる判決であり、また、「容易の容易」の考え方を理解する上でも参考になる判決である。

以上

弁護士・弁理士 溝田尚