【平成28年1月27日 (平成27年(ネ)第10022号 損害賠償等請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成25年(ワ)第22541号)】

【キーワード】
著作権法2条1項2号、12条

【事案の概要】
 本件は,控訴人が,本件書籍は編集著作物であり,控訴人がその編集著作者であるところ,被控訴人による本件書籍の複製及び販売は,控訴人の有する編集著作物に係る著作権(複製権,譲渡権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害する行為である旨主張して,被控訴人に対し,①著作権法112条1項に基づき,本件書籍の複製及び販売の差止め,②同条2項に基づき,本件書籍の廃棄及びその版下データの消去,③著作権及び著作者人格権侵害の不法行為による損害賠償請求権に基づき,損害金238万円(印税相当額の損害38万円及び慰謝料200万円の合計額)及び遅延損害金の支払,④同法115条に基づき,編集著作者としての名誉及び声望の回復措置として謝罪広告等の掲載を求めた事案である。
 原判決は,控訴人が本件書籍の編集著作者であるとは認められないとして,控訴人の請求をいずれも棄却したため,控訴人が,原判決を不服として控訴したものである。

【前提事実】
(1) 当事者等
 ア 控訴人は,故甲Ⅰ(筆名「甲Ⅰ」。以下「故甲Ⅰ」という。)の長女である甲Ⅱの子である。
 イ 被控訴人は,平成24年5月8日に設立された書籍雑誌の企画,編集,出版等を目的とする株式会社である。被控訴人は,同年10月1日,会社分割により有限会社幻戯書房の権利義務を承継した(甲30,乙1。以下,分割の前後を問わず「被控訴人」という。)。
(2) 故甲Ⅰの著作物
 故甲Ⅰは,私小説作家であり,別紙目次記載の「ツエペリン飛行船と默想」から「大山・升田三番勝負第二局千日手再指し直し局観戦記」までの作品合計125編を著述した。
 故甲Ⅰは,昭和55年8月28日に死亡し,その長女である甲Ⅱ及び二女である甲Ⅲが,次の相続を経て,故甲Ⅰの著作物に係る著作権を取得した。
(3) 本件書籍の内容
 ア 本件書籍は,その題号を「ツェッペリン飛行船と黙想」とし,目次,故甲Ⅰの作品合計125編,控訴人が著述した「解題」,甲Ⅰ略年譜,甲Ⅰ著作目録及び初出一覧から構成されている。
本件書籍の奥付には,「著者 甲Ⅰ」と記載されているが,編者に関する記載はない(甲49)。
 イ 故甲Ⅰの作品125編は,別紙目次に記載のとおり,ⅠないしⅥの項目に分類され,配列されている。ⅠないしⅥの分類項目は,「Ⅰ 創作(詩・小説)」,
「Ⅱ 随筆」,「Ⅲ 評論・感想」,「Ⅳ アンケート」,「Ⅴ 自作関連」,「Ⅵ観戦記」であり,各項目内における作品の配列は,冒頭の「ツエペリン飛行船と默想」を除き,初出あるいは執筆の時期(推定を含む。)により年代順に配列するという方針に沿って,配列されている(甲1,49,51,乙20。なお,本件書籍には,「ほぼ年代順にまとめましたが,必ずしも厳密ではありません。」と記載されている。)。
(4) 本件書籍の発行等
 ア 被控訴人は,平成24年12月9日,本件書籍を発行した。本件書籍の発行部数は2000部であり,その定価は3800円である。
 イ 被控訴人は,平成25年3月19日,甲Ⅱ及び甲Ⅲに対し,本件書籍の印税として,各30万4000円(3800円×2000部×印税率8%×1/2)を支払った。また,被控訴人は,同日,控訴人に対し,本件書籍の「解題」の原稿料として,4万7500円を支払った(乙11~13)。

【争点】
 争点は、①本件書籍が編集著作物か否かと、②控訴人が本件書籍の編集著作者であるか否か、である。

【判旨抜粋】
(1)本件書籍が編集著作物か否かについて
 ア 著作物として保護される編集著作物は,編集物であって,その素材の選択又は配列によって創作性を有するものである(著作権法12条1項)。
 イ 本件書籍は,…その題号を「ツェッペリン飛行船と黙想」とし,目次,故甲Ⅰの作品125編,「解題」,甲Ⅰ略年譜,甲Ⅰ著作目録及び初出一覧から構成される。そして,本件書籍は,故甲Ⅰの作品合計125編を,別紙目次に記載のとおり,「Ⅰ 創作(詩・小説)」,「Ⅱ 随筆」,「Ⅲ 評論・感想」,「Ⅳ アンケート」,「Ⅴ 自作関連」,「Ⅵ 観戦記」の6項目に分類配列したものであり,各項目内における作品の配列は,「ツエペリン飛行船と默想」を除き,初出あるいは執筆の時期(推定を含む。)により年代順に配列するという方針に沿ったものである。
 …本件書籍は,故甲Ⅰの未発表,全集未収録作品から構成され,「一般の読者を対象とし,故甲Ⅰの新たな面に光を当て,全集収録作品等の読み直しを促すような,資料的でありながら読み物として読むこともできる単行本とする」という編集方針の下,収録作品が選択され,各作品の内容に応じて6項目に分類され,配列されたものであると認められる。
 ところで,本件書籍を構成する故甲Ⅰの作品125編の選択は,…未発表,全集未収録作品であることという観点でされたものであって,…収集された作品(原稿)は,判読不能なもの,未完成のもの,一部しかなく完全でないもの,全集と重複するものや対談等の記事を除き,本件書籍を構成する作品として本件書籍に収録されている。上記作品の収録及び除外基準は,ありふれたものであって,本件書籍は,素材の選択に編者の個性が表れているとまでいうことはできない…。
 これに対し,「Ⅰ 創作(詩・小説)」,「Ⅱ 随筆」,「Ⅲ 評論・感想」,「Ⅳ アンケート」,「Ⅴ 自作関連」,「Ⅵ 観戦記」の分類項目を設け,特に,上記Ⅳ,Ⅴ,Ⅵの分類項目を独立させたこと,さらに選択された作品をこれらの分類項目に従って配列した点には,編者の個性が表れているということができる。なお,個々の分類項目の中で年代順に配列したことは,ありふれたもので,編者の個性が表れているとまでいうことはできない。
 ウ したがって,本件書籍は,作品を6つの分類項目を設けそれに従って配列したという素材の配列において創作性を有する編集著作物に該当するというべきである。
(2) 控訴人は本件書籍の編集著作者であるか否かについて
 ア 本件書籍は,前記(1)のとおり,素材の配列において創作性を有する編集著作物に該当するものであると認められるが,控訴人は,同人がその編集著作者である旨主張する。そこで,以下,本件書籍における素材の配列について,創作性を有する行為を行った者が,控訴人であるか否かについて判断する。
 イ …①本件書籍は,被控訴人(担当者は,その従業員であった甲Ⅳ)の企画に基づいて発行されたものであること,②甲Ⅳは,当初,故甲Ⅰの日記を中心に据え,未発表,全集未収録の作品によって構成される書籍の刊行を企図したものの,日記の収録については,著作権承継者からの同意が得られなかったため,同意が得られた未発表,全集未収録作品によって構成される書籍の刊行を目指すことになったこと,③甲Ⅳは,作品の収集を,著作権承継者の子である控訴人に依頼していたところ,控訴人から,編集の方向性を示すように求められ,「一般の読者に向けて,故甲Ⅰの新たな面に光を当て,読み直しを促すような,資料的でありながら読み物としても読むことができる単行本としたい」という方針を示したこと,④甲Ⅳは,控訴人から故甲Ⅰの作品の収集が終了した旨の連絡を受け,提供を受けた作品を「Ⅰ(創作的)」,「Ⅱ(評論的)」,「Ⅲ(随筆的)」,「アンケート」,「【保留中】」に分類し,分類した項目内は,未発表のものを先に,既発表で全集未収録のものを後にして,それぞれ年代順に並べた構成案を作成し,平成24年9月28日にこれを控訴人に示したこと,⑤控訴人は,甲Ⅳに対し,構成案について,分類項目の立て方,その配列,項目内における作品の配列の修正等について順次希望や意見を述べたが,甲Ⅳは,控訴人から希望や意見が述べられると,個々の作品を読み直すなどした上で,取り入れるべきであると判断したものについては取り入れ,異なる見解のものについては取り入れないという対応をしたこと,⑥甲Ⅳは,同年10月12日頃,自作関連の作品を独立させて,最後の分類項目とし,「Ⅰ 創作」,「Ⅱ 随筆」,「Ⅲ 評論・感想」,「Ⅳ アンケート」,「Ⅴ 観戦記」,「Ⅵ 自作関連」と分類する構成案を立案したこと,⑦この構成案については,控訴人から,「自作関連」を独立させた場合の配置に関し,冒頭に詩を,最後に観戦記を配置し,その間に他の作品を配列するという構成は崩したくないなどの希望が述べられたが,被控訴人は,初校ゲラの段階においても,「Ⅰ(創作的)」,「Ⅱ(随筆)」,「Ⅲ(評論・感想)」,「Ⅳ(アンケート)」,「Ⅴ(将棋観戦記)」,「●(自作について)」と分類し,「自作関連」を最後に配置する方針であったこと,⑧しかし,その後も,控訴人が,「自作関連」は「観戦記」の前に配置してもらいたいとの希望を繰り返し述べたため,被控訴人は,著作権承継者の子であり,その代理人的な立場にあった控訴人の意向を無視することはできないと考え,「Ⅰ 創作(詩・小説)」,「Ⅱ 随筆」,「Ⅲ 評論・感想」のほか,「Ⅳ アンケート」,「Ⅴ 自作関連」,「Ⅵ 観戦記」の分類項目,配列としたこと,以上の事実が認められる。以上の事実に照らせば,「Ⅰ 創作(詩・小説)」,「Ⅱ 随筆」,「Ⅲ 評論・感想」,「Ⅳアンケート」,「Ⅴ 自作関連」,「Ⅵ 観戦記」の分類項目を設け,特に,上記Ⅳ,Ⅴ,Ⅵの分類項目を独立させ,選択された作品をこれらの分類項目に従って配列することを決定したのは,被控訴人であると認められる。

【考察】
1 編集著作物の著作物性
  著作権法12条1項は、編集著作物について、「編集著作物(データベースに該当するものを除く。以下同じ。)でその素材の選択又は配列によって創作性を有するものは、著作物として保護する。」と定めている。編集著作物であるか否かは、①「素材」の選択であるか否か、②素材の選択又は配列かのいずれかに創作性があるか否か、である。本件で問題となったのは②である。すなわち、本件書籍の素材の選択又は配列かのいずれかに創作性があるか否かが問題となった。
2 著作者性
  著作権法2条1項2号は、著作者を「著作物を創作する者をいう。」と規定している。すなわち、著作者とは、創作行為をした者であり、単に創作の依頼やアイデアの提供をした者は著作者ではない。本件では、控訴人が本件書籍の編集著作者であるか否かが問題となった。
  編集著作者であるか否かが問題となった判例としては、智惠子抄事件(最判平5.3.30)や、SMAP大研究事件(東京地判平10.10.29)が挙げられる。智惠子抄事件では、智惠子抄の著作者が高村光太郎か出版社かで争われたが、出版社は企画を提案したにすぎず、素材の選択又は配列を創作的に行なったのは高村光太郎であるとしている。一方、SMAP大研究事件では、SMAPは文書表現の作成に創作的に関与したとはいえず、単に文書作成のための素材を提供したにとどまるとして、出版社が著作者になるとしている。
3 知財高裁の判断
  知財高裁は、本件書籍の作品の収録及び除外基準はありふれたものにすぎず、素材の選択に創作性は認められないとした。一方、「Ⅰ 創作(詩・小説)」,「Ⅱ 随筆」,「Ⅲ 評論・感想」,「Ⅳ アンケート」,「Ⅴ 自作関連」,「Ⅵ 観戦記」の分類項目を設け,特に,上記Ⅳ,Ⅴ,Ⅵの分類項目を独立させたこと,さらに選択された作品をこれらの分類項目に従って配列した点には,編者の個性が表れているということができるとして、素材の配列には創作性が認められるとした。
  次に、控訴人と被控訴人のどちらが本件書籍の著作者であるか否かについては、被控訴人が実質的に編集行為を行ったとして、被控訴人を編集著作者であると認定した。
4 考察
  編集著作物に著作物性が認められるためには、素材の選択又は配列のいずれかに創作性が認められればよい。本件では、素材の選択自体には創作性は認められないとしたが、未発表、全集未収録作品であることという観点から素材を選択することはたしかによくあることである。よって、素材の選択自体には創作性は認められないとした知財高裁の判断は妥当だろう。素材の選択自体に創作性が認められるというためには、個々の作品の内容に立ち入って選択基準を設ける程度でなければ厳しいだろう。
  一方、本件書籍の分類項目の「Ⅳ アンケート」、「Ⅴ 自作関連」、「Ⅵ 観戦記」については、ありふれたものではなく独自の分類項目であり、素材の配列に著作物性を認めた知財高裁の判断は妥当である。
  次に、編集著作者が誰であるかについては、上記のとおり、過去において争いになった事例がいくつかある。智惠子抄事件では素材の提供者である高村光太郎が編集著作者であるとされた一方、SMAP大研究事件では素材の提供者であるSMAPは編集著作者と認められなかった。2つの事件の結論を分けたのは、編集に実質的に関与していたかどうかである。よって、編集著作者であることを認定するには、詳細な事実認定が必要となるため、いざ訴訟となった場合には、実質的な関与の有無を示す事実を網羅的に挙げて論じる必要がある。本件では、本件書籍を企画することになった経緯、素材の選択の提案を行った者、編集方針の提案を行った者、素材の配列の提案を行った者等の事情が考慮要素とされている。これらの事実からすれば、実質的に関与したのは出版社である被控訴人であり、控訴人は単に創作の依頼やアイデアの提供をした者にすぎないといえるから、知財高裁の判断は妥当である。
  本件は、編集著作者であるか否かの考慮要素を挙げる際に参考になるものであり、ご紹介する次第である。

(文責)2016.10.3 弁護士 幸谷泰造