【平成28年2月24日判決(平成27年(行ケ)第10130号) 審決取消請求事件】
口頭弁論終結日 平成28年2月3日

【キーワード】
特許法2条1項,29条1項柱書

【要旨】
1 本件は,原告が,発明の名称を「省エネ行動シート」とする発明について特許出願をしたところ,拒絶査定を受け,これに対して不服の審判を請求し,併せて本件補正により特許請求の範囲を補正したが(本願発明),不成立審決を受けたことから,その取消しを求めた事案である。
2 本件の争点は,発明該当性である。本件判決は,請求項に記載された特許を受けようとする発明が,そこに何らかの技術的思想が提示されているとしても,その技術的意義に照らし,全体として考察した結果,その課題解決に当たって,専ら,人の精神活動,意思決定,抽象的な概念や人為的な取決めそれ自体に向けられ,自然法則を利用したものといえない場合には,同法2条1項所定の「発明」に該当するとはいえないとした。

【特許庁における手続の経緯】

H24
12.21
原告,発明の名称を「省エネ行動シート」とする発明につき特許出願
特願2012-279543号
H26
6.3
拒絶査定
H26
9.10
原告,特許庁に対し,拒絶査定不服審判請求
不服2014-18064号
H27
5.27
特許庁,請求棄却審決
H27
7.7
原告,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起

【発明の概要】
本件の争点となった請求項3にかかる発明は,以下のとおりである。
【請求項3】
建物内の場所名と,軸方向の長さでその場所での単位時間当たりの電力消費量とを表した第三場所軸と,
時刻を目盛に入れた時間を表す第三時間軸と,
取るべき省エネ行動を第三場所軸と直交する第三時間軸によって特定される一定領域に示すための第三省エネ行動配置領域と,
からなり,
第三省エネ行動配置領域に省エネ行動により節約可能な単位時間当たりの電力量を第三場所軸方向の軸方向の長さ,省エネ行動の継続時間を第三時間軸の軸方向の長さとする第三省エネ行動識別領域を設けることで,該当する第三省エネ行動識別領域に示される省エネ行動を取ることで節約できる概略電力量(省エネ行動により節約可能な単位時間当たりの電力量と省エネ行動の継続時間との積算値である面積によって把握可能な電力量)を示すことを特徴とする省エネ行動シート。

【審決の要旨】
本願発明の「省エネ行動シート」の構成及びそれを提示(記録・表示)する手段は,専ら,人間の精神活動そのものを対象とする創作であり,自然法則を利用した技術的思想の創作とはいえず,また,本願発明の奏する作用効果も,自然法則を利用した効果とはいえず,本願発明に係る「省エネ行動シート」は,特許法2条1項にいう「発明」に該当しないものであり,そうすると,本願発明は,同法29条1項柱書に規定される「産業上利用することができる発明」に該当しないから,同項の規定により特許をすることができない,というものである。

【争点】
本願発明は,特許法2条1項にいう「発明」に該当するか

【判旨抜粋】(下線部は筆者が付した)
(1) 特許法2条1項所定の「発明」の意義について
 特許制度は,新しい技術である発明を公開した者に対し,その代償として一定の期間,一定の条件の下に特許権という独占的な権利を付与し,他方,第三者に対してはこの公開された発明を利用する機会を与えるものであり,特許法は,このような発明の保護及び利用を図ることにより,発明を奨励し,もって産業の発達に寄与することを目的とする(特許法1条)。また,特許の対象となる「発明」とは,「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」であり(同法2条1項),一定の技術的課題の設定,その課題を解決するための技術的手段の採用及びその技術的手段により所期の目的を達成し得るという効果の確認という段階を経て完成されるものである。
 そうすると,請求項に記載された特許を受けようとする発明が,同法2条1項に規定する「発明」といえるか否かは,前提とする技術的課題,その課題を解決するための技術的手段の構成及びその構成から導かれる効果等の技術的意義に照らし,全体として考察した結果,「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当するといえるか否かによって判断すべきものである。
 そして,「発明」は,上記のとおり,「自然法則を利用した技術的思想の創作」であるところ,単なる人の精神活動,意思決定,抽象的な概念や人為的な取決めそれ自体は,自然法則とはいえず,また,自然法則を利用するものでもないから,直ちには「自然法則を利用した」ものということはできない。
 したがって,請求項に記載された特許を受けようとする発明が,そこに何らかの技術的思想が提示されているとしても,上記のとおり,その技術的意義に照らし,全体として考察した結果,その課題解決に当たって,専ら,人の精神活動,意思決定,抽象的な概念や人為的な取決めそれ自体に向けられ,自然法則を利用したものといえない場合には,特許法2条1項所定の「発明」に該当するとはいえない。
以上の観点から,本願発明の発明該当性について,以下,検討する。
(2) 本願発明の技術的意義について
 本願発明は,前記1(2)のとおり,①省エネ行動をリストアップして箇条書にした表などを利用する者が,各省エネ行動によってどれくらいの電力量等を節約できるのかを一見して把握することが難しいことや,どの省エネ行動を優先的に行うべきかを把握することが難しいことを「前提とする技術的課題」とし,②「建物内の場所名と,軸方向の長さでその場所での単位時間当たりの電力消費量とを表した第三場所軸」,「時刻を目盛に入れた時間を表す第三時間軸」及び「省エネ行動により節約可能な単位時間当たりの電力量を第三場所軸方向の軸方向の長さ,省エネ行動の継続時間を第三時間軸の軸方向の長さとする第三省エネ行動識別領域」を設けた「省エネ行動シート」において,「該当する第三省エネ行動識別領域に示される省エネ行動を取ることで節約できる概略電力量(省エネ行動により節約可能な単位時間当たりの電力量と省エネ行動の継続時間との積算値である面積によって把握可能な電力量)を示すこと」を「課題を解決するための技術的手段の構成」として採用することにより,③利用者が,省エネ行動を取るべき時間と場所を一見して把握することが可能になり,かつ,各省エネ行動を取ることにより節約できる概略電力量等を把握することが可能になるという「技術的手段の構成から導かれる効果」を奏するものである。
 そうすると,本願発明の技術的意義は,「省エネ行動シート」という媒体に表示された,文字として認識される「第三省エネ行動識別領域に示される省エネ行動」と,面積として認識される「省エネ行動を取ることで節約できる概略電力量」を利用者である人に提示することによって,当該人が,取るべき省エネ行動と節約できる概略電力量等を把握するという,専ら人の精神活動そのものに向けられたものであるということができる。
なお,本願発明においては,上記のとおり,媒体として「省エネ行動シート」を構成として含むものであるが,本願明細書の【0065】には,「以上の省エネ行動シート作成装置により出力された省エネ行動シートのデータは,プリンタ装置に対してデータ出力して印刷された状態で取り出すことも可能であるし,ディスプレイ装置に対してデータ出力して画面上に表示させることも可能である。また,記録媒体に記録したり,通信装置を利用してネットワーク上の他の装置にデータ送信したりすることも可能である。」と記載されているように,「省エネ行動シート」という媒体自体の種類や構成を特定又は限定していないから,本願発明の技術的意義は,「省エネ行動シート」という「媒体」自体に向けられたものとはいえない。
(3) 本願発明の発明該当性について
 前記(2)のとおり,本願発明の技術的課題,その課題を解決するための技術的手段の構成及びその構成から導かれる効果等に基づいて検討した本願発明の技術的意義に照らすと,本願発明は,その本質が専ら人の精神活動そのものに向けられているものであり,自然法則,あるいは,これを利用するものとはいえないから,全体として「自然法則を利用した技術的思想の創作」には該当しないというべきである。
 以上によれば,本願発明は,特許法2条1項に規定する「発明」に該当しない。

【解説】
1 特許法2条1項所定の「発明」の意義
  本件は,本願発明が,特許法2条1項所定の「発明」に該当するか否かが争われた事案である。特許法2条1項は,「この法律で『発明』とは、自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう。」と規定しており,特許法の「発明」に該当するためには,「自然法則を利用」していることが要件となる。「自然法則を利用」したといえるかについて知財高裁が判断した同様の事例として,対訳辞書事件(知財高裁平成20年8月26日判決(平成20年(行ケ)第10001号))がある。この判決では,「ある課題解決を目的とした技術的思想の創作が,いかに,具体的であり有益かつ有用なものであったとしても,その課題解決に当たって,自然法則を利用とした手段が何ら含まれていない場合には,そのような技術的思想の創作は,特許法2条1項所定の『発明』に該当しない」,「他方,どのような課題解決を目的とした技術的思想の創作であっても,人の精神活動,意思決定又は行動態様と無関係ではなく,また,人の精神活動等に有益・有用であったり,これを助けたり,これに置き換える手段を提供したりすることが通例であるといえるから,人の精神活動等が含まれているからといって,そのことのみを理由として,自然法則を利用した課題解決手段ではないとして,特許法2条1項所定の『発明』でないということはできない」として,「発明該当性」についての通説的考え方を確認している。この判決では,発明の名称を「音素索引多要素行列構造の英語と多言語の対訳辞書」とする発明について,「本願発明では,人間(本願発明に係る辞書の利用を想定した対象者を含む。)に自然に具えられた能力のうち,音声に対する認識能力,その中でも子音に対する識別能力が高いことに着目し,子音に対する高い識別能力という性質を利用して,正確な綴りを知らなくても英単語の意味を見いだせるという一定の効果を反復継続して実現する方法を提供するものであるから,自然法則の利用されている技術的思想の創作が課題解決の主要な手段として示されており,特許法2条1項所定の『発明』に該当するものと認められる」として,発明該当性を認めている。
2 知財高裁の判断
  本件では,知財高裁は,「請求項に記載された特許を受けようとする発明が,そこに何らかの技術的思想が提示されているとしても,上記のとおり,その技術的意義に照らし,全体として考察した結果,その課題解決に当たって,専ら,人の精神活動,意思決定,抽象的な概念や人為的な取決めそれ自体に向けられ,自然法則を利用したものといえない場合には,特許法2条1項所定の「発明」に該当するとはいえない。」として,「自然法則を利用」したといえるか否かについて,「全体として考察」すると判示している。そして,本願における「省エネ行動シート」は,その本質が専ら人の精神活動そのものに向けられているものであるとして,発明該当性を否定した。
3 考察
  近年,情報通信技術の発達により,コンピュータソフトウェア関連発明の出願が増えているが,それに伴い,特許法2条1項所定の「発明」に該当するかが問題となることが多くなってきている。一見,コンピュータを利用しているようにみえても,単に人の精神活動を記述したにすぎないようなものは,「発明」に該当しない。過去にビジネスモデル特許が流行した時代があったが,その時代によく問題となったのがこの発明該当性であった。すなわち,単にビジネスの仕組みを記述したにすぎない発明は,精神活動に向けられたものにすぎないため,「発明」には該当しない。
  本件では,そういったビジネスモデル特許ではなく,概略電力量(省エネ行動により節約可能な単位時間当たりの電力量と省エネ行動の継続時間との積算値である面積によって把握可能な電力量)を示すシートが発明に該当するかが争われた。こういった紙媒体に技術的なことを記載したことを発明とする出願は,ビジネスモデル特許とともに,発明該当性が問題となる典型事例である。
  本件において知財高裁は,過去の裁判例と同様の規範を立てて判断を行っているが,前掲の「対訳辞書事件」が発明該当性を認めたのに対し,本件の「省エネ行動シート」については,発明該当性を認めなかった。いずれも紙媒体の記載を発明とするものであるが,なぜ判断が分かれたのか。判断が分かれた理由として,「対訳辞書」については,正確な綴りを知らなくても英単語の意味を見いだせるという一定の効果を反復継続して実現する方法を提供するものであるのに対し,「省エネ行動シート」については,「省エネ行動シート」という媒体に表示された,文字として認識される「第三省エネ行動識別領域に示される省エネ行動」と,面積として認識される「省エネ行動を取ることで節約できる概略電力量」を利用者である人に提示することによって,当該人が,取るべき省エネ行動と節約できる概略電力量等を把握するという,専ら人の精神活動そのものに向けられたものであるとしている。一見すると,いずれも紙媒体への記載にすぎず,人の精神活動に向けられたものであるから,発明該当性が認められないようにも見える。「対訳辞書」においては,子音に対する高い識別能力という性質を利用して,正確な綴りを知らなくても英単語の意味を見いだせるという一定の効果を反復継続して実現する方法を提供するものである」としていることから,判断が分かれた理由は,一定の効果が反復継続して得られるか否かであると考えられる。そうすると,本件における「省エネ行動シート」については,単に省エネ行動を取ることで節約できる概略電力量を提示しているにすぎず,反復可能性が認められるものではないから,「発明」に該当しないとした知財高裁の判断は,過去の裁判例とも整合する。
  本件のような,技術的な点を記載した媒体については,発明該当性が問題となる典型事例であり,過去に示された規範によって,今回は発明該当性を否定したことにより,発明該当性についての分水嶺が明確になった点において参考になる裁判例である。

(文責)2016.3.7 弁護士 幸谷泰造