【平成28年2月17日(平成27年(行ケ)第10134号 審決取消請求事件)】

【判旨】
 登録商標の指定商品が引用商標に係る指定商品と類似しないとして商標法4条1項11号の無効理由が存在しないとした審決に関して、登録商標の指定商品が引用商標に係る指定商品に類似するとして、同審決を取り消した。

【キーワード】
商標法4条1項11号、類似商品・役務審査基準

【事案の概要】
 被告は、下記の「デュアルスキャン」の片仮名と「Dual Scan」の欧文字とを2段に書した商標(指定商品:第9類「脂肪計付き体重計、体組成計付き体重計、体重計」)(以下、本件商標という。)を登録出願し、登録査定を受け、設定登録された。

これに対し、原告は、本件商標は、「DualScan」の欧文字を標準文字により表してなる登録商標(指定商品:第10類「体脂肪測定器、体組成計」)(以下、引用商標という。)の存在を理由とした商標法4条1項11号の無効理由があるとして、無効審判請求をしたところ、特許庁は、商標は類似するといえるが、その指定商品が引用商標に係る指定商品と類似するとはいえないから、商標法4条1項11号に該当しないとして、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をした。本件は、この審決の取消訴訟である。
 (引用商標)
「DualScan」の欧文字の標準文字

(審決)
 本件商標の登録は商標法4条1項11号に該当しない。
ア 商標の類否について
 本件商標と引用商標とは、外観において近似した印象を与える場合があり、かつ、称呼及び観念において相紛れるおそれのあるものであるから、これらを総合勘案すれば、両者は、互いに類似する商標というべきである。
イ 指定商品の類否について
 本件商標の指定商品と引用商標の指定商品とは、体内に蓄積した脂肪分や体組成を計測するという機能を共通にするものの、互いの品質や用途を異にし、その生産部門、販売部門及び需要者の範囲を異にする商品というべきである。してみれば、本件商標の指定商品と引用商標の指定商品に同一又は類似の商標が使用されたとしても、それが、同一営業主の製造又は販売に係る商品と誤認されるおそれがあるということはできない。
ウ 結語
 本件商標は、引用商標と類似するといえるが、その指定商品が引用商標に係る指定商品と類似するとはいえない。

【争点】
 争点は指定商品の類似性である。

【判旨一部抜粋】(下線は筆者による)
第5 当裁判所の判断
2 商品の類否
(2) 判断基準
 指定商品の類似性の有無については、「それらの商品が通常同一営業主により製造又は販売されている等の事情により、それらの商品に同一又は類似の商標を使用するときは同一営業主の製造又は販売にかかる商品と誤認される虞がある認められる関係にある」か否かにより判断されるべきであり(最高裁昭和36年6月27日第三小法廷判決・民集15巻6号1730頁)、「商品の品質、形状、用途が同一であるかどうかを基準とするだけではなく、さらに、その用途において密接な関連を有するかどうかとか、同一の店舗で販売されるのが通常であるかどうかというような取引の実情をも考慮すべき」である(最高裁昭和39年6月16日第三小法廷判決・民集18巻5号774頁)。そして、「商品自体が取引上互いに誤認混同を生ずるおそれがないものであっても、それらの商品に同一又は類似の商標を使用するときは、同一営業主の製造又は販売にかかる商品と誤認混同されるおそれがある場合」には、「類似の商品」に当たると解すべきである(最高裁昭和43年11月15日第二小法廷判決・民集22巻12号2559頁)。なお、上記判断は、誤認混同のおそれの判断は、商標の類似性と商品の類似性の両方が要素となり、これらの要素を総合的に考慮して行うことを示すものであるが、商品の類似性は、商標の類似性とは独立した要素であり、登録に係る商標や引用商標の具体的な構成を離れて、判断すべきである。

 特許庁は、商標登録出願の審査などに当たり、指針とすべき「商標審査基準」を定めているが、本件商標の登録出願審査時における「商標審査基準」は、商品の類否判断について、①生産部門の一致、②販売部門の一致、③原材料及び品質の一致、④用途の一致、⑤需要者の一致、⑥完成品と部品との関係該当性といった点を総合考慮することとし、この場合、原則として、「類似商品・役務基準」によるものとしている。「類似商品・役務審査基準」では、省令別表の包括的見出し又はそれを更にある程度具体的にした見出しの名称を、短冊と呼ばれる四角括弧でくくり、同一短冊に含まれる商品は、原則として、互いに類似商品であり、同一短冊に含まれない商品は、原則として、互いに非類似であるとしているものの、商品の個別的・具体的な審査結果によっては、上記推定は絶対的なものではないとして、例外を許容している。このような特許庁の定めた枠組み自体は、上記に示した最高裁判例の示す判断基準に沿うものということができるし、商標法6条3項が、同条2項の商品及び役務の区分が、類似の範囲を定めるものではないと規定していることとも、整合的である。

3 本件についての検討
(1) 本件商標と引用商標の指定商品
 引用商標の指定商品である「体脂肪測定器、体組成計」とは、医療行為に供する程度の品質、性能を保有することが予定されている体脂肪率、筋肉量、基礎代謝量等の体組成の測定機器を指すものというべきである。
 本件商標の指定商品である「脂肪計付き体重計、体組成計付き体重計、体重計」とは、体脂肪率、筋肉量、基礎代謝量等の体組成や体重の測定機器を指すというべきである。そして、測定の対象自体は引用商標の指定商品と重なる部分があるが、医療行為に供することが予定されていないという意味において、医療行為に供する場合よりも、品質や性能が劣るものを予定しているというべきである。
 「類似商品・役務審査基準」では、類似商品コードは、引用商標の指定用品の属する第10類「医療用機械器具」が「10D01」であり、本件商標の指定商品の属する第9類「測定機械器具」が「10C01」であって、両指定商品は、同一短冊に含まれておらず、同基準上、原則として商品として類似しないことが推定されるという取扱いがなされている。「類似商品・役務審査基準」において、商取引、経済界等の実情の推移から、類似と推定した場合でも非類似と認められること、基準上は類似とならない場合であっても類似と認められることがあると注記しているのも、例外を許容する趣旨と解され、上記見解と整合するものである。
(2) 体脂肪計、体組成計、体重計の取引状況
 本件商標の指定商品は、医療行為に供する性能を有しない体重計で、体脂肪率の測定機能やそれ以外の体組成の測定機能の付いたものと、それらの機能が付加していないものを全て含む。
 本件商標の指定商品と引用商標の指定商品との違いは、医療行為に供する性能の有無と、体重測定機能のみを有する機器を含むか否かという点にあり、測定対象自体は共通する部分があるところ、家庭用として販売されている体重計であっても、体脂肪率やそれ以外の体組成の測定機能を有する機種も多く、このような機種は体脂肪計や体組成計でもあるといえるし、医療用として販売される製品の中にも体重測定機能しかない機種も存在する。
 そして、体脂肪率の測定機能が付加した体重計につき、体脂肪計と区別するために体重体組成計と称する場合もあれば、単に体組成計や体脂肪計と称する場合もあり、その呼称はメーカーや商品により異なり、体重測定機能しかない機器を特にヘルスメーターと称することもあるが、呼称自体に特に意味はない。内臓脂肪などの体脂肪の測定機能を有した大型機器の呼称も、内臓脂肪測定装置、腹部脂肪計などと様々であるが、いずれも体脂肪率を測定する機能を有するものである。
 機器の性能や機能の有無、内容、精度は必ずしも外観だけではしゅん別できないから、需要者に対する誤認混同が生じるおそれがある商品といえるか否かを判断するためには、性能や測定対象の内容いかんにかかわらず、体脂肪率を測定する機能を有する機器である体脂肪計、それ以外の体組成の測定機能を有する機器である体組成計、体重を測定する機能を有する機器である体重計(当然、複数の属性を兼ねる場合があるが、必要がない限り、以下、明示しない。)全てを対象として、取引状況を見ていくこととする。
 本件査定時において、本件商標と引用商標の指定商品に関連する体脂肪計、体組成計、体重計等の取引の実情に関し、次のことがいえる。
ア まず、業務用として販売されている体組成計及び体重計は、医療用として使用することを想定した機能や性能を有し、医療用製品に該当するといえるところ、家庭用の体組成計及び体重計のシェアが極めて高い原告と被告は、医療用製品の製造者でもある。また、医療用の体組成計しか製造していないメーカーが存在する一方、医療用の体組成計を製造していない家電メーカーも存在し・・・。
イ 次に、メーカーによって、販売用のカタログの種類、掲載対象は異なるが、家庭用の体組成計や体重計のシェアが高い被告は、家庭用と業務用の両方を掲載したカタログを用意している。また、多数の医療機器販売メーカーのカタログにおいて、小型の体脂肪計、体組成計、体重計が掲載され、販売されているが、その中には、原告や被告の製品で、業務用のものと家庭用のものの両方が含まれているため、医療関係者は、医療用機器の購入時に家庭用機器も併せて購入対象として検討することになる。・・・
ウ さらに、医療用と家庭用の体脂肪計、体組成計、体重計において、その品質及び価格は様々であるが、医療用と同程度の品質及び価格が用意されている業務用のものは、医療現場以外の学校やフィットネスクラブ等でも使用され、学生やフィットネスクラブの会員である一般消費者が、直接接する場合がある。 ・・・
エ このように、家庭用の体重計の需要者である一般消費者は、医療用の体組成計、体重計も入手可能な状況となっていたといえる上に、医療用の体組成計、体重計は、医療現場での利用に限定されず、学校やフィットネスクラブ、企業等でも利用されるから、その需要者は、医療関係者に限定されず、学校関係者やフィットネス関係会社、企業の物品購入部門、健康管理部門の従業員も含まれる。・・・
オ よって、本件査定時においては、医療用の「体脂肪測定器、体組成計」と家庭用の「脂肪計付き体重計、体組成計付き体重計、体重計」は、誤認混同のおそれがある類似した商品に属するというべきである。

【解説】
1.本件商標の指定商品「脂肪計付き体重計、体組成計付き体重計、体重計」は第9類「測定機械器具」で類似商品コードが「10C01」であり、引用商標の指定商品「体脂肪測定器、体組成計」は第10類「医療用機械器具」で類似商品コードが「10D01」であり、「類似商品・役務審査基準」によるならば、両者の商品は「非類似」とされるべき事案であった。
 しかしながら、裁判所は、指定商品の類否判断の枠組みとして上記最高裁の枠組みに則り(これ自体は指定商品の類否判断する上での基本の枠組みである)、「取引の実情」を考慮した上で、第10類の医療用の「体脂肪測定器、体組成計」と第9類の家庭用の「脂肪計付き体重計、体組成計付き体重計、体重計」は、誤認混同のおそれがある類似した商品に属するとして、本件商標の指定商品と引用商標の指定商品が類似すると判断した。
 本件は、指定商品・役務の類似性に関して「類似商品・役務審査基準」と異なる判断がなされる場合があることを示した裁判例であり、常に、そのような判断があり得ることを留意する必要がある。
2.ところで「類似商品・役務審査基準」は、特許庁が「商標法第4条第1項第11号の規定に基づき、商標登録出願の指定商品又は指定役務が他人の商標登録の指定商品又は指定役務と類似関係にあるか否かを審査するにあたり、審査官の統一的基準として用いている」(同庁ホームページ)ものである。このため、実務上は、商標登録出願前の商標調査(指定商品の類似性調査)の際に「類似商品・役務審査基準」で類似とされる範囲で同一又は類似の先登録商標が見つかった場合、通常は出願を控えるという対応を取ることになろう。少なくとも審査段階では「類似商品・役務審査基準」と異なる判断がなされるとは考えにくいので、そうなると、その出願は最初から「審判」で争うことを前提とする出願となってしまうし、審判段階であっても「類似商品・役務審査基準」と異なる判断がなされることは少ないと考えられるため、事実上、出願時点から裁判所(審決取消訴訟)のステージまで争うことを前提とする出願となってしまうからである。
 この点、「類似商品・役務審査基準」には、「なお、商標法における役務の類否の判定は、根本的にはサービス取引の実情、経済界の現状に即応すべきものであることから、本基準に、取引の実情より遊離した点が生じた場合は、広く内外の意見を聴取し、これを逐次改定することによって取引の実情を反映したより妥当なものとすべきであると考える。」との記載があり、上記最高裁の判断枠組み(上記「取引の実情」)に沿った記載がある。しかし、「類似商品・役務審査基準」は、上記のとおり出願自体を控えさせる効果(ある意味での抑止的効果)を有する。本件は無効審判を契機とした事案なので、審判請求時点から裁判所(審決取消訴訟)のステージで争うことを想定できたが、通常の出願ではそういうわけにはいかない。「類似商品・役務審査基準」の変更は、裁判所で異なる判断がなされたことが契機となるよりは、特許庁による丁寧なメンテナンスの中で適時に改定されるという方が望ましいと思われる。
3.なお、本件の原告・被告間には、本件原告が意匠権者として提起した意匠権侵害訴訟が存在していた(平成27年2月26日(平成24年(ワ)第33752号 意匠権侵害差止等請求事件))が、本件判決の直前(平成28年1月14日)に知財高裁(清水節裁判長(本件の裁判長と同じ))で和解が成立している(日本経済新聞電子版のホームページ http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG14H87_U6A110C1000000/)。
 一方で、原告が取り扱う商品の中には、いわゆる医療用内臓脂肪測定装置(2011年8月発売)として、商品名「DUALSCAN(デュアルスキャン)」が存在する(本件原告のホームページhttp://www.healthcare.omron.co.jp/corp/news/2011/0517.html)。
 仮に、本件商標登録が残る(指定商品が非類似という判断になる)と、本件被告からの商標権に基づくカウンター訴訟が予想されるところであるが(そのような判断が前提であると上記原告商品との関係でも指定商品が非類似とされる可能性は高いが)、少なくとも、本件商標登録が無効とされたことで、原告・被告間の争いは終局する方向に向かいやすくなった(すなわち、上記意匠権侵害訴訟の和解という方向性に沿ったものになった)のではないかと思われる。

以上

(文責)弁護士 高野芳徳