【平成29年9月28日(東京地裁 平成28年(ワ)第39582号)】

【判旨】
原告が、原告の販売する重量検品ピッキングカート(原告商品)の形態が原告の商品等表示として需要者の間に広く認識される状態に至っていたところ、被告が販売を開始した重量検品ピッキングカート(被告商品)の形態は原告商品の形態と類似し、これと混同を生じさせるから、被告による被告商品の販売は、不正競争防止法2条1項1号の不正競争行為に当たる旨主張して、被告に対し、被告商品の譲渡等の差止め及び被告商品の廃棄並びに損害賠償を求めた事案。裁判所は、原告商品の形態は、客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しているということはできず、不正競争防止法2条1項1号の商品等表示には当たらないとして、原告の請求を棄却した。

【キーワード】
不正競争防止法2条1項1号、商品形態の保護、商品等表示性、特別顕著性

1 事案の概要及び争点

(1)事案の概要
 本件で問題となった商品は、「重量検品ピッキングカート」と呼ばれる商品であり、例えば物流倉庫におけるピッキング作業(倉庫内に保管した多くの商品から、出荷指示のあった商品を集める作業)において、ピッキングと重量検品を同時に行うことで、作業の効率化を図ることのできる装置である。原告商品、被告商品の各形態は以下のとおりである。

原告商品
被告商品

 原告は、原告商品の形態上の特徴として、①上下段にピッキングされた商品を入れるコンテナ、段ボール、トレイ等を置く計量台が作業者の奥側から手前側に向かって下方向に約10°(10°±1°)傾斜している、②カート上段の左右端に設置された2本の把持部の先端が略半円状に上向きに湾曲している、といった点を主張していた(原告商品写真の赤線部分)。

(2)争点
 本件の争点は以下のとおりである。
   (1)  不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争の成否(争点1)
   ア 原告商品の形態が周知な商品等表示といえるか(争点1-1)
   イ 原告商品と被告商品の形態の類似性及び混同のおそれの有無(争点1-2)
   (2)  被告の故意の有無(争点2)
   (3)  損害額(争点3)
 本稿では、争点1(特に、争点1-1)について取り上げる

2 裁判所の判断

(1)不正競争防止法2条1項1号(商品等表示)について
ア 判断基準
 まず、裁判所は、不正競争防止法2条1項1号における商品等表示該当性の要件として、従来の裁判例と同じく、①特別顕著性、②周知性、の二要件を備えることが必要であると判示した。

※判決文より抜粋(下線部は筆者付与。以下同じ。)

   (1)  商品の形態と商品等表示性
 不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」とは、「人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するもの」をいうところ、商品の形態は、商標等と異なり、本来的には商品の出所を表示する目的を有するものではないが、商品の形態自体が特定の出所を表示する二次的意味を有するに至る場合がある。そして、商品の形態自体が特定の出所を表示する二次的意味を有し、不正競争防止法2条1項1号にいう「商品等表示」に該当するためには、①商品の形態が客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しており(特別顕著性)、かつ、②その形態が特定の事業者によって長期間独占的に使用され、又は極めて強力な宣伝広告や爆発的な販売実績等により、需要者においてその形態を有する商品が特定の事業者の出所を表示するものとして周知になっていること(周知性)を要すると解するのが相当である。

イ あてはめ①~計量台の傾斜
 そして、裁判所は、原告が挙げた形態上の特徴①②のうち、①の計量台の傾斜について、過去に販売された同種商品の多くに備わっている形態であること等を理由として、特別顕著性を否定した。

   (2)  原告商品の形態の特別顕著性について
   ア 原告の主張について
 (ア) 原告は、原告商品の形態における本件特徴①及び②が、特異な形態として、原告の商品であることを示す商品等表示性を獲得している旨主張するところ、そこにおける本件特徴①及び②は、具体的には、次のとおりである。
 「①上下段にピッキングされた商品を入れるコンテナ、段ボール、トレイ等を置く計量台が作業者の奥側から手前側に向かって下方向に約10°(10°±1°)傾斜し、
 ②カート上段の左右端に設置された2本の把持部の先端が略半円状に上向きに湾曲している。」
 (イ) しかし、商品の形態が出所表示機能を有する前提となる顕著な特徴とは、需要者が取引の場面において商品の形態を見た場合に、その特徴の有無を認識区別することができるものでなければならないことは当然であるところ、原告の主張する本件特徴①のうち、計量台の傾斜角度については、それが10°±1°(すなわち、9°から11°まで)の範囲内に含まれるか否かを需要者が取引の場面において厳密に認識区別することができるとは到底認められず、需要者が認識区別できるのは、せいぜい計量台が緩やかに前傾していること程度に止まるというべきである。したがって、原告の上記主張は、その点において既に採用できないものであるが、以下では、原告の主張する本件特徴①が「上下段にピッキングされた商品を入れるコンテナ、段ボール、トレイ等を置く計量台が作業者の奥側から手前側に向かって下方向に緩やかに前傾し、」(以下「本件特徴①’」という。)という趣旨を含むと善解した場合について、更に検討を進めることとする。
   イ 本件特徴①’の特別顕著性について
 (ア) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
  a 次の重量検品ピッキングカートは、いずれも、奥側から手前側に向かって下方向に緩やかに傾斜した計量台という構成を備えている。
 株式会社イシダが、遅くとも平成18年(2006年)には製造販売している「さいまるカート」(乙4、5)(別紙他商品目録記載1参照)(なお、原告は、同商品が平成18年頃の短期間に販売され、現在は市場に存在しない旨主張するが、同事実を認めるに足りる証拠はない。)
 株式会社IHIエスキューブが、遅くとも平成20年(2008年)には販売している「計量検品ピッキングカート(4ハカリ)」(乙6)(別紙他商品目録記載2参照)
 株式会社岡村製作所が、遅くとも平成21年(2009年)には製造販売している「ピッキングカートシステム」(乙7、8)(別紙他商品目録記載3参照)
 株式会社寺岡精工が、遅くとも平成21年(2009年)には製造販売している「AIピッキングカート」(乙9、10)
 株式会社椿本チエインが、遅くとも平成22年(2010年)には製造販売している「つばきクイックカート」(乙11)
  b また、次のピッキングカートは、いずれも、奥側から手前側に向かって下方向に緩やかに傾斜した台を備えている。
 被告が、平成11年(1999年)、ホクショー株式会社に対して納入したピッキングカート(乙13ないし乙15)
 被告が、遅くとも平成13年(2001年)には製造販売し、宣伝広告を行っているピッキングカートシステム「PPWシリーズ」(乙16)
 株式会社アルゴシステムが、遅くとも平成23年(2011年)には製造販売している「ピッキングカート」(乙18・2頁左下の写真)(別紙他商品目録記載4参照)
  c その他、ショッピングカート等において、被収容物を収容するためのかご等を載置する部分を奥側から手前側に向かって下方向に緩やかに傾斜させる構造は、次のように、従来から最近に至るまで多数存在している。
 平成7年(1995年)3月7日付け出願に係る意匠登録第1066217号公報(乙19)
 平成10年(1998年)11月13日付け出願に係る意匠登録第1072135号公報(乙20)
 平成15年(2003年)2月28日付け出願に係る意匠登録第1197416号公報(乙21)
 平成29年3月時点におけるインターネットによるショッピングカート等の検索結果(乙22の1ないし9・11)
 (イ) 以上のとおり、被告商品の販売が開始された平成27年2月時点までに、奥側から手前側に向かって下方向に緩やかに傾斜した計量台という構成を備えている重量検品ピッキングカートや、奥側から手前側に向かって下方向に緩やかに傾斜した台を備えているピッキングカートが相当数存在し、その他にも、ショッピングカート等において、被収容物を収容するためのかご等を載置する部分を奥側から手前側に向かって下方向に緩やかに傾斜させる構造も従来から多数存在したものである。これらの事実によれば、重量検品ピッキングカートにおいて、「上下段にピッキングされた商品を入れるコンテナ、段ボール、トレイ等を置く計量台が作業者の奥側から手前側に向かって下方向に緩やかに前傾し、」という構成(本件特徴①’)は、ごくありふれた構成というべきであり、それが、客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴であるとは到底認められない。

※参考:同種商品

ウ あてはめ②~把持部の湾曲
 また、裁判所は、②の把持部の湾曲についても、同種商品の多くに備わっている形態であるとして、①と同様に特別顕著性を否定した。

   ウ 本件特徴②の特別顕著性について
 (ア) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
  a 次の重量検品ピッキングカートはいずれも、先端を略半円状ないしそれに近い形状に上向きに湾曲させた2本の(独立した)把持部を備えている。
 被告が、遅くとも平成13年(2001年)には製造販売し、宣伝広告を行っているピッキングカートシステム「APWシリーズ」(乙16)(別紙他商品目録記載5参照)
 株式会社イシダが、遅くとも平成18年(2006年)には製造販売している「さいまるカート」(乙4、5)(別紙他商品目録記載1参照)
 株式会社IHIエスキューブが、遅くとも平成20年(2008年)には販売している「計量検品ピッキングカート(4ハカリ)」(乙6)(別紙他商品目録記載2参照)
 株式会社椿本チエインが、遅くとも平成22年(2010年)には製造販売している「つばきクイックカート」(乙11)
 日本ファイリング株式会社が、遅くとも平成27年(2015年)には製造販売している「AMCスリムカート」(乙12)
  b また、次のピッキングカートは、いずれも、先端を略半円状ないしそれに近い形状に上向きに湾曲させた2本の(独立した)把持部を備えている。
 トヨタL&F(株式会社豊田自動織機の社内カンパニー)が、遅くとも平成22年(2010年)には製造販売しているピッキングカート(乙24・7枚目右上の写真)
 株式会社タクテックが、遅くとも平成21年(2009年)には製造販売している「ピッキングカート システム」(乙17)、及び遅くとも平成24年(2012年)には製造販売しているピッキングカート(乙25)
 株式会社近江屋が、遅くとも平成26年(2014年)には製造販売している「イレクター製ピッキングカート」(乙26)
  c その他、ベビーカーにおいても、把持部の先端が上向きの略半円状ないしそれに近い形状となっているものは、次のように、多数存在する。
 平成29年3月時点におけるインターネットによるベビーカーの検索結果(乙27の1ないし18)
 (イ) 以上のとおり、被告商品の販売が開始された平成27年2月時点までに、先端を略半円状ないしそれに近い形状に上向きに湾曲させた2本の(独立した)把持部という構成を備えている重量検品ピッキングカートやピッキングカートが相当数存在し、その他にも、ベビーカーにおいて、把持部の先端が上向きの略半円状ないしそれに近い形状となっている構成も多数存在するものである。これらの事実によれば、重量検品ピッキングカートにおいて、「カート上段の左右端に設置された2本の把持部の先端が略半円状に上向きに湾曲している」という構成(本件特徴②)も、ごくありふれた構成というべきであり、それが、客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴であるとは到底認められない。

エ 結論
 そして、裁判所は、ありふれた形態を併せただけでは顕著な特徴とはいえないことに加え、①②の両方の特徴(細かい角度の点を除く)を備えた同種商品も、被告商品の販売開始時までに複数販売されていたこと等を理由として、原告商品の形態には特別顕著性がないと結論付けた。

   エ 特別顕著性についての小括
 上記イ及びウのとおり、本件特徴①’及び②は、いずれもありふれた形態というべきであり、客観的に他の同種商品と異なる顕著な特徴とはいえない。なお、ありふれた形態を併せただけでは、顕著な特徴とはいえないし、そもそも、上記イ及びウのとおり、本件特徴①’及び②の両方を備える他の同種製品も、被告製品の販売開始時までに存在している(株式会社イシダの「さいまるカート」(乙4及び乙5)、株式会社IHIエスキューブの「計量検品ピッキングカート(4ハカリ)」(乙6)、株式会社椿本チエインの「つばきクイックカート」(乙11))。
 したがって、原告の主張を善解してもなお、原告商品の形態は、客観的に他の同種商品とは異なる顕著な特徴を有しているということはできず、不正競争防止法2条1項1号の商品等表示には当たらない。

 (なお、上記認定のとおり、本件特徴①’及び②は、原告により独占的に使用されてきたとは認められないし、また、原告の製造販売する重量検品ピッキングカートに係るカタログ(甲1~4)及び広告記事等(甲5の1ないし12、6、17~50)においても、本件特徴①’及び②が商品の特徴として強調されているとは認められないから、これらの事情によれば、本件特徴①’及び②が原告の商品等表示として周知になっているとも認められない。)

3 むすび

 本件は、原告商品と被告商品とで形態上の共通点はあったものの、被告商品の販売開始以前から、同様の形態を備えた商品が多数販売されていた点において、原告側にとってかなり厳しい事案であったと思われる。判断手法としては、従来の裁判例の枠組み(①特別顕著性、②周知性)に従って保護要件を判断したものであり、不正競争防止法2条1項1号における商品形態保護の考え方を示す先例として、実務上参考になると思われる。

以上

弁護士・弁理士 丸山真幸