【東京地方裁判所平成28年11月24日判決 平成27年(ワ)第36973号 商標権侵害行為差止等請求事件】

【要旨】
 「日本遺体衛生保全協会」と「全国遺体保全協会」の外観及び称呼についてみると、類似性の程度は低いと解される。次に、観念についてみると、衛生の語の有無を異にすることに照らせば、両者はそれぞれ「日本遺体衛生保全協会」、「全国遺体保全協会」という別個の名称の団体を想起させる。さらに、取引の実情についてみても、本件の証拠上、原告と被告の名称ないし標章が類似するために両者の提供する役務の出所に誤認混同が生じていることはうかがわれない。そうすると、これらが類似すると認めることはできない。

【キーワード】
 商標の類否、商標審査基準、商標法36条1項、不正競争防止法2条1項1号

【事案の概要】
1 原告「一般社団法人日本遺体衛生保全協会」(以下「X」という。)は、日本におけるエンバーミング(遺体衛生保全)の適正な普及と実施のために自主基準を制定してこれを遵守するとともに、そのために必要な教育、研究及び活動を行うことを目的としてエンバーミングに関する事業を行う一般社団法人である。
 Xは、その事業に「一般社団法人日本遺体衛生保全協会」との名称(以下「X名称」という。)を用いている。X名称の英語名は「International Funeral Science Association in Japan」、略称は「IFSA」である。
 Xは、X商標につき以下の商標権を有している。
  商標登録番号 第5516092号
  出願日 平成24年3月14日
  登録日 平成24年8月17日
  商品及び役務の区分並びに指定商品及び指定役務
   第16類 書籍、雑誌、新聞、その他の印刷物
   第45類 遺体の消毒・殺菌・腐敗防止及び修復、その他の遺体の衛生保全、遺体の衛生保全に関する情報の提供、通夜・葬儀・法要のための施設の提供、通夜・葬儀・法要の執行に関する情報の提供

2 被告「一般社団法人全国遺体保全協会」(以下「Y」という。)は、大災害時における自治体等への遺体保全に関連する技術・人的協力及び自治体への応援の全国体制ネットワーク作り並びに遺体保全に関連する業界の健全な発展と国民生活の安心に寄与することを目的として各種の遺体保全に関する事業を行う一般社団法人である。

                Y標章1

                Y標章2

                Y標章3

3 本件は、Xが、Yに対し、Yによる「一般社団法人全国遺体保全協会」との名称(以下「Y名称」という。)及び上記1~3の各Y標章(以下、これらを「Y各標章」と総称する。)の使用がXの商標権を侵害し、不正競争防止法2条1項1号所定の不正競争に該当すると主張して、①商標法36条1項又は不正競争防止法3条1項に基づき(選択的請求。以下同じ。)、Y名称及びY各標章の使用の差止めを、②商標法36条2項又は不正競争防止法3条2項に基づき、Yの法人登記のうち名称部分の抹消登記手続、Y各標章を付したパンフレットの廃棄等を、③民法709条、商標権38条2項又は不正競争防止法4条、5条2項に基づき、損害賠償金521万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める訴訟である。
 争点は、X商標とY名称及びY各標章の類否である。

【判旨】
請求棄却

「 Xは、X商標とY名称及びY各標章が類似すると主張するので、以下、検討する。
 ア 本件商標は、別紙商標目録記載のとおり、上下2段の横書きの文字列から成り、上段は同一の大きさ及び書体の漢字で「日本遺体衛生保全協会」と、下段はこれより小さな斜体の欧文字で「International Funeral Science Association in Japan」と書したものである。

 イ 本件商標とY名称「一般社団法人全国遺体保全協会」を比較すると、欧文字及び「一般社団法人」の有無が明らかに異なっており、この点はY標章2も同様である。また、Y標章1及び3は、「一般社団法人」の文字を含む上、「Japan A Save Technology Association」との欧文字が組み合わされている点でX商標と相違する。したがって、X商標とY名称及びY各標章は、外観、称呼及び観念のいずれにおいても類似するとは認められない。
 加えて、取引の実情をみると、証拠(略)及び弁論の全趣旨によれば、Xは上記アの欧文字部分の頭文字である「IFSA」の語をその書籍、ウェブサイト、展示会のディスプレイ等に用いていること、Xを紹介する雑誌記事の冒頭に「IFSA(日本遺体衛生保全協会)」と表記されていること、Yはそのパンフレット、ウェブサイト等に英語名の略称である「JASTA」の文字と図形を組み合わせたロゴマークを使用していることが認められる。そうすると、X及びYは、それぞれ役務の提供に当たり、X商標あるいはY名称及びY各標章に加えて、「IFSA」又は「JASTA」の表示を用いており、取引者の間でX及びYがそれぞれ提供する役務は区別されているものと解することができる。
 したがって、X商標とY名称及びY各標章はいずれも類似しないと判断することが相当である。

 ウ これに対し、Xは、X商標の要部は「日本遺体衛生保全協会」、Y名称及びY各標章の要部は「全国遺体保全協会」であり、これらを比較すれば両者は類似する旨主張する。そこで、念のため、「日本遺体衛生保全協会」と「全国遺体保全協会」の類否につき検討する。まず、外観及び称呼についてみると、前者は日本、遺体、衛生、保全及び協会という5個の、後者は全国、遺体、保全及び協会という4個の、いずれも平易な2字熟語を結合したものであり、遺体、保全及び協会という3語がその順序で用いられている点で共通するが、共通部分は「日本遺体衛生保全協会」の10字中の6字、17音中の10音にとどまる。また、これらに接した者の注意を引きやすい冒頭の語が異なる上、後者は前者の中央にある衛生の2字(4音)を欠いている。そうすると、外観及び称呼の類似性の程度は低いと解される。次に、観念についてみると、上記外観及び称呼上の相違点である日本と全国の語は観念の面ではある程度共通するといい得るものの、衛生の語の有無を異にすることに照らせば、両者はそれぞれ「日本遺体衛生保全協会」、「全国遺体保全協会」という別個の名称の団体を想起させるものであって、観念上相紛れることはないと考えられる。さらに、取引の実情についてみても、本件の証拠上、XとYの名称ないし標章が類似するために両者の提供する役務の出所に誤認混同が生じていることはうかがわれない。
 そうすると、Xの主張する要部について比較しても、これらが類似すると認めることはできない。」

【解説】
1 本判決では、商標の類否が争点となっている。上記判旨の「ウ」においては、「念のため」として、仮に要部を「日本遺体衛生保全協会」と「全国遺体保全協会」とする場合における類否につき検討している。
 ここで、商標審査基準第3・十によれば、商標の類否の判断は、商標が使用される商品又は役務の主たる需要者層(例えば、専門家、老人、子供、婦人等の違い)その他商品又は役務の取引の実情を考慮し、需要者の通常有する注意力を基準として判断しなければならないとされている(第3・十・2)。本件商標の下段の欧文字やY標章の欧文字はフルネームで記載されており、遺体の(衛生)保全という役務の需要者は日本国内の一般市民であるから、欧文字の識別力は高くない(「IFSA」「JASTA」といった覚えやすい頭文字であれば需要者の目を引く可能性があるが、英文ではその可能性が低い。)。
 他方、一般に、標章中の小さく表示された部分は大きく表示された部分よりも識別力が低い(商標審査基準第3・十・7(1)参照。)。
 したがって、本件商標の下段の欧文字や、Y標章における欧文字は、遺体の(衛生)保全という役務の取引において、識別力をほぼ有しないように思われる。
 次に「一般社団法人」なる部分の識別力については、商標審査基準によれば、商号商標については、商号の一部分として通常使用される「株式会社」「商会」「CO.」「K.K.」「Ltd.」「組合」「協同組合」等の文字が商標の要部である文字の語尾又は語頭のいずれかにあるかを問わず、原則として、これらの文字を除外して商標の類否を判断するものとする(第3・十・6(7))。
 したがって、本件商標及びY標章の要部は、「日本遺体衛生保全協会」と「全国遺体保全協会」であり、本判決がこれらの類否の検討を行っているのは意味があるといえる。

2 商標審査基準第3・十6(1)によれば、形容詞的文字(役務の提供の場所等を表示する文字)を有する結合商標は、原則として、それが付加結合されていない商標と類似するとされる。例えば、「日本遺体衛生保全協会」と「遺体衛生保全協会」とは類似し、また、「全国遺体保全協会」と「遺体保全協会」とは類似する。これに対し、例えば「日本遺体衛生保全協会」と「全国遺体衛生保全協会」の関係を同様に解してよいかは難しい。ただし、本判決が述べるとおり「日本」と「全国」の語は観念の面ではある程度共通しているところ、需要者が一般市民であって、商標の類否判断が離隔観察(時処を異にして商標に接した需要者・取引者が出所混同をきたすか否かによって判断する)によって行われることからすれば、「日本」と「全国」は識別力を有しない(少なくともかなり識別力が低い)とする認定も可能も考えられる。
 以上からすれば、本件商標とY標章の類否判断は、最終的には「衛生」の語をどのように評価するかによって、ほぼ決定づけられるように思われる。

3 商標審査基準第3・十6(1)によれば、形容詞的文字(役務の質等を表示する文字)を有する結合商標は、原則として、それが付加結合されていない商標と類似する。審査基準には「スーパーライオン」と「ライオン」が類似する例として挙げられており、これは前者が後者の特別品であると認識されるからである(平尾正樹『商標法<第2次改訂版>』学用書房(2015年)79頁)。同様のことが「遺体衛生保全」と「遺体保全」の間にもいえるように思われる。「遺体衛生保全」は「遺体保全」の一態様に含まれるように思われる。つまり、いずれも同じ「遺体保全」であるが、衛生的な観点から保全するという意味での特別なサービスであると需要者から認識される可能性がある。

4 以上の通り、商標審査基準に従えば「日本遺体衛生保全協会」と「全国遺体保全協会」とが類似するという結論もあり得たと思われる。
 もっとも、商標の類否の判断は、商標の有する外観、称呼及び観念のそれぞれの判断要素を総合的に考察しなければならない(審査基準第3・十・1)。本件商標において「衛生」の語は中央に位置するため、見る者に一定の印象を与えるものである。本判決が類似性を否定したのはそのような印象をも総合的に考慮したからかもしれない。

以上

(文責)弁護士 山口 建章