【東京地裁平成28年3月30日判決 平成27年(ワ)第12414号 特許権侵害差止請求事件】

【キーワード】
存続期間、延長登録、オキサリプラティヌム、オキサリプラチン、延長後の効力、68条の2

第1 はじめに
 本件は、特許権の侵害訴訟第一審である。争点は種々あるが、特に注目すべきは特許権の存続期間延長登録後の効力範囲についてである。本件特許の出願日は、平成7年8月7日であり、延長登録前の存続期間は口頭弁論終結前に満了した。したがって、被告製品が、延長登録後の本件特許権の侵害品として差止めの対象となるかが争われた。被告製品には、濃グリセリンが含まれているところ、本件特許の延長登録の理由となった処分の対象となった医薬品には濃グリセリンが含まれていない。本判決は、特許権の存続期間延長登録後の効力範囲について判断し、被告製品は非侵害とした。
 なお、本件の控訴審は知財高裁大合議に付された。

第2 事案
 本件特許の特許請求の範囲の請求項1、本件特許の延長登録の理由となった処分(薬機法14条の承認)を受けた医薬品、被告製品は以下のとおりである。

第3 争点
 延長後の特許権の効力は、延長登録の理由となった薬機法の処分にかかる医薬品と有効成分、用法用量、効能効果が同じで、唯一、濃グリセリンを含む点で異なる被告製品に及ぶか。

第4 判旨
 ・・・したがって、特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力は、原則として、政令処分を受けることによって禁止が解除されることとなった特許発明の実施行為、すなわち、当該政令処分を受けることが必要であったために実施することができなかった「(当該用途に使用される)物」についての実施行為にのみ及び、特許発明のその余の実施行為には及ばないと解するのが相当である。
 もっとも、特許権者が研究開発に要した費用を回収することができるようにするとともに、研究開発のためのインセンティブを高めるという目的で、特許期間の延長を認めることとした特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨に鑑みると、侵害訴訟における対象物件が政令処分の対象となった「(当該用途に使用される)物」の範囲をわずかでも外れれば、存続期間が延長された特許権の効力がもはや及ばないと解するべきではなく、当該政令処分の対象となった「(当該用途に使用される)物」と相違する点がある対象物件であっても、当該対象物件についての製造販売等の準備が開始された時点(当該対象物件の製造販売等に政令処分が必要な場合は、当該政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点と解される。)において、存続期間が延長された特許権に係る特許発明の種類や対象に照らして、その相違が周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではないと認められるなど、当該対象物件が当該政令処分の対象となった「(当該用途に使用される)物」の均等物ないし実質的に同一と評価される物(以下「実質同一物」ということがある。)についての実施行為にまで及ぶと解するのが合理的であり、特許権の本来の存続期間の満了を待って特許発明を実施しようとしていた第三者は、そのことを予期すべきであるといえる。なお、上記のように解すると、政令処分を受けることによって禁止が解除される特許発明の実施の範囲よりも、存続期間が延長された特許権の効力が及ぶ特許発明の実施の範囲が広いことになるが、上述した意味での均等物や実質同一物についての実施行為の範囲にとどまる限り、第三者の利益が不当に害されることはないというべきである。
・・・
 医薬品医療機器等法の規定に基づく医薬品の製造販売承認を受けることによって可能となる(禁止が解除される)のは、その審査事項である医薬品の「名称、成分、分量、用法、用量、効能、効果、副作用その他の品質、有効性及び安全性に関する事項」(医薬品医療機器等法14条2項3号柱書き)の全てについて承認ごとに特定される医薬品の製造販売であると解されるとしても、前記ア、イのとおりの特許権の存続期間の延長登録の制度目的からすると、上記審査事項の全てではなく、存続期間が延長された特許権に係る特許発明の種類や対象に照らして、医薬品としての実質的同一性に直接関わる審査事項(医薬品の成分の発明の場合は、「成分、分量、用法、用量、効能、効果」である〔平成27年最判参照〕。)の範囲で、当該政令処分を受けることが必要であったために実施することができなかった「当該用途に使用される物」(「物」及び「用途」)を特定することが相当というべきである。
 そして、上記審査事項のうち、「名称」は、医薬品としての実質的同一性を左右するものではなく、また、「副作用その他の品質、有効性及び安全性」は、医薬品としての実質的な同一性があれば、これらの事項もまた同一となる性質のものであって、いずれも「物」及び「用途」を特定するための独立の事項とする必要性はないのに対し、「成分、分量」は、「物」それ自体としての客観的同一性を左右するものであるところ、「用途」に該当し得る性質のものではないから、「物」を特定するための事項とみるべきであり、他方、「用法、用量、効能、効果」は、「物」それ自体としての客観的同一性を左右するものとはいえないが、「用途」に該当し得る性質のものであるから、「用途」を特定するための事項とみるべきである。
 したがって、医薬品の成分を対象とする特許発明の場合、特許法68条の2によって存続期間が延長された特許権は、「物」に係るものとして、「成分(有効成分に限らない。)及び分量」によって特定され、かつ、「用途」に係るものとして、「効能、効果」及び「用法、用量」によって特定された当該特許発明の実施の範囲で、効力が及ぶものと解するのが相当である。ただし、延長登録制度の立法趣旨に照らして、「当該用途に使用される物」の均等物や「当該用途に使用される物」の実質同一物が含まれることは、前示のとおりである。
・・・
 (2) 被告各製品は本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」といえるかについて
 前記前提事実、上記(1)エの認定事実、及び弁論の全趣旨によれば、本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」の「成分」は、いずれも「オキサリプラチン」と「注射用水」のみ(ただし、保存中にオキサリプラチンが自然分解し、シュウ酸を含有するに至ることがある。)であるのに対し、被告各製品の「成分」は、いずれも「オキサリプラチン」と「水」以外に、添加物として「濃グリセリン」を含むものであり、その使用目的は、「安定剤」であることが認められる(被告製品3における添加物(濃グリセリン)」の使用目的は、被告製品1及び同2と同じであると推認される。)。
 そうすると、本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」と被告各製品とは、その「成分」において異なるものというほかはない。したがって、「分量、用法、用量、効能、効果」について検討するまでもなく、被告各製品は、本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」とはいえない。
 これに対し、原告は、被告各製品がいずれもオキサリプラチンを唯一の有効成分としているから、本件各処分の対象となった物に当たる旨主張するが、政令処分が医薬品医療機器等法所定の医薬品に係る承認である場合、当該政令処分を受けることが必要であったために実施することができなかった「当該用途に使用される物」を特定するための事項としての「物」に係る「成分」が有効成分に限られないことは、前示のとおりであって、原告の上記主張は、採用することができない。
(3) 被告各製品は本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」の均等物ないし実質同一物に該当するといえるかについて
  ア 考え方
 上記(2)のとおり、被告各製品が本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」とはいえないとしても、前記(1)イで説示したところによれば、被告各製品と本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」との相違が、被告各製品について政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点において、本件発明の種類や対象に照らして、周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等であって、新たな効果を奏するものではない場合には、その「当該用途に使用される物」の均等物、あるいはその「当該用途に使用される物」の実質同一物と認めるのが相当である。
 医薬品医療機器等法所定の医薬品に係る特許発明において、「当該用途に使用される物」との均等物、あるいは「当該用途に使用される物」の実質同一物かどうかを判断するに当たっては、例えば、次のように考えることができる。当該特許発明が新規化合物に関する発明や特定の化合物を特定の医薬用途に用いることに関する発明など、医薬品の有効成分(薬効を発揮する成分)のみを特徴的部分とする発明である場合には、延長登録の理由となった処分の対象となった「物」及び「用途」との関係で、有効成分以外の成分のみが異なるだけで、生物学的同等性が認められる物については、当該成分の相違は、当該特許発明との関係で、周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等に当たり、新たな効果を奏しないことが多いから、「当該用途に使用される物」の均等物や実質同一物に当たるとみるべきときが少なくないと考えられる。他方、当該特許発明が製剤に関する発明であって、医薬品の成分全体を特徴的部分とする発明である場合には、延長登録の理由となった処分の対象となった「物」及び「用途」との関係で、有効成分以外の成分が異なっていれば、生物学的同等性が認められる物であっても、当該成分の相違は、当該特許発明との関係で、単なる周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等に当たるといえず、新たな効果を奏することがあるから、「当該用途に使用される物」の均等物や実質同一物に当たらないとみるべきときが一定程度存在するものと考えられる。
・・・
 ウ 検討
 上記のとおり、本件発明は、「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」に関する発明であり、医薬品の成分全体を特徴的部分とする発明であって、原告は、その実施として、「オキサリプラチン」と「注射用水」のみを含み、それ以外の成分を含まないとするエルプラット点滴静注液(製剤)について本件各処分を受けたものである。これに対し・・被告各製品は、「オキサリプラチン」と「水」又は「注射用水」のほか、有効成分以外の成分として、「オキサリプラチン」と等量の「濃グリセリン」を含有するもので、・・・
これを、本件発明との関係でみると、被告各製品について政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点において、オキサリプラチン水溶液にオキサリプラチンと等量の濃グリセリンを加えることが、単なる周知技術・慣用技術の付加等に当たると認めるに足りる証拠はなく、・・・
 そうすると、被告各製品は、「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」に関する発明であって、医薬品の成分全体を特徴的部分とする本件発明との関係では、本件各処分の対象となった物とは有効成分以外の成分が異なる物であり、当該成分の相違は、被告各製品について政令処分を受けるのに必要な試験が開始された時点において、本件発明との関係では、単なる周知技術・慣用技術の付加等に当たるとはいえず、新たな効果を奏するものというべきである。
 したがって、「分量、用法、用量、効能、効果」について検討するまでもなく、被告各製品は、本件各処分の対象となった「当該用途に使用される物」の均等物ないし実質同一物に該当するということはできない。

第5 検討
 延長後の特許権の効力範囲の確定についての規範は、アバスチン知財高裁大合議判決(知財高判平成26年5月30日・判時2232号3頁)の傍論と同様である。すなわち、医薬品の成分を対象とする特許発明の場合、特許法68条の2によって存続期間が延長された特許権は、「物」に係るものとして、「成分(有効成分に限らない。)及び分量」によって特定され、かつ、「用途」に係るものとして、「効能、効果」及び「用法、用量」によって特定された当該特許発明の実施の範囲で、効力が及ぶものと解するのが相当である。ただし、延長登録制度の立法趣旨に照らして、「当該用途に使用される物」の均等物や「当該用途に使用される物」の実質同一物が含まれる。
 この規範に従うと、延長後の特許権の効力は、延長登録の理由となった処分にかかる医薬品と成分(有効成分に限らない)及び分量、効能・効果、用法・用量が同じであるものについて及ぶということになり(これらのうち、一つでも異なれば、延長後の特許権の効力は及ばない)、特許権の効力は狭い範囲となる。延長後の特許権の効力を狭い範囲に限定してしまうと、延長登録を受けても簡単に特許権が回避されてしまうので、延長登録の意味がなくなる。そこで、延長登録の理由となった処分にかかる医薬品の均等物や実質同一物にまで効力が及ぶとしている。

 本件判決で特徴的なのは、延長の理由となった薬機法の承認を受けた医薬品の均等物(実質的同一物)かどうかの考え方(規範ではない。)を提唱したところにあると思われる。それは、以下のようなものである。
 ①特許発明が、新規化合物又は化合物の新規用途の発明の場合
 =有効成分以外の成分のみが異なるだけで、生物学的同等性が認められる物については、当該成分の相違は、当該特許発明との関係で、周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等に当たり、新たな効果を奏しないことが多いから、「当該用途に使用される物」の均等物や実質同一物に当たるとみるべきときが少なくない。
 
 ②特許発明が、製剤の発明の場合
=有効成分以外の成分が異なっていれば、生物学的同等性が認められる物であっても、当該成分の相違は、当該特許発明との関係で、単なる周知技術・慣用技術の付加、削除、転換等に当たるといえず、新たな効果を奏することがあるから、「当該用途に使用される物」の均等物や実質同一物に当たらないとみるべきときが一定程度存在する。

以上

(文責)弁護士 篠田 淳郎