【平成27年(ワ)第9891号事件(東京地裁H28・12・16)】

【判旨】
 不織布及び不織布製造方法に関する特許を揺する原告が被告製品を製造販売している被告らに対して差止等を請求したが,当該請求が,認められなかった事件。

【キーワード】
不織布及び不織布製造方法,圧縮メラミン系樹脂発泡体,「柔軟な」の文言解釈

【事案の概要】
 発明の名称を「不織布及び不織布製造方法」とする特許権(第3674907号)の権利者である原告が,被告A(以下「被告A」という。)の商品である圧縮メラミン系樹脂発泡体(以下「被告A商品」という。)を用いて被告株式会社広栄社(以下「被告広栄社」という。)が別紙被告製品目録記載の各製品(以下,同目録記載の各製品をその冒頭の数字に従って,それぞれ「被告製品1」ないし「被告製品4」といい,これらを総称して「被告各製品」という。)を製造・販売し,被告株式会社日本歯科工業社(以下「被告日本歯科」といい,被告A,被告広栄社及び被告日本歯科を併せて「被告ら」という。)も被告各製品の一部を販売しているところ,被告A商品及び被告各製品の製造方法並びに被告各製品が,上記特許権に係る発明の技術範囲に属すると主張して,被告らに対し,特許法100条1項・2項に基づき,被告各製品の生産・販売等の禁止,上記特許権に係る発明である別紙方法目録記載の方法の使用の差止及び被告各製品の廃棄を求め,あわせて,民法709条及び特許法102条2項に基づき,連帯して,損害賠償金6545万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(被告広栄社については平成27年5月1日,被告Aについては同年4月30日,被告日本歯科については同月29日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 以下,裁判所が判断した争点に係る部分のみを説明する。

【問題となった特許権】
1 問題となった特許権
原告は,以下の特許権(請求項の数10。以下「本件特許権」又は「本件特許」といい,特許請求の範囲請求項1,5及び10にかかる各発明をそれぞれ「本件発明1」,「本件発明2」及び「本件発明3」といい,これらを併せて「本件各発明」という。)を有している。

   発明の名称:不織布及び不織布製造方法
   登録番号:特許第3674907号
   出願日:平成12年5月1日
   出願公開日:平成13年11月6日
   登録日:平成17年5月13日

(2) 本件各発明の構成要件
本件各発明を構成要件に分説すると,次のとおりである。

ア 本件発明1(請求項1)
A1 メラミン系樹脂発泡体の単体を圧縮した状態で加熱する単一の工程によって,
B1 加熱前の前記メラミン系樹脂発泡体よりも柔軟なシート状物に該メラミン系樹脂発泡体を賦形し,
C1 折り畳み可能な変形能を与えた
D1 ことを特徴とするメラミン系樹脂発泡体の清掃用不織布

イ 本件発明2(請求項5)
A2 メラミン系樹脂発泡体の単体を圧縮した状態で加熱する単一の工程で,
B2 加熱前の前記メラミン系樹脂発泡体よりも柔軟なシート状物に該メラミン系樹脂発泡体を賦形し,
C2 折り畳み可能な変形能を前記メラミン系樹脂発泡体に与える
D2 ことを特徴とする清掃用不織布の製造方法

【被告製品】
 被告製品1は,以下のとおり。

1 製品名 歯のピーリングスポンジ
JANコード 4972379040511
製造・販売会社 被告株式会社広栄社

 (被告広栄社HPより http://www.cleardent.co.jp/item/item01.html)

 このほかに,被告製品2は「製品名 ステインクリーナー(付け替え式スペア30個入り)」,被告製品3は,「 製品名 ステインクリーナー キュ★キュ」,被告製品4は,「製品名 ステインクリーナー キュ★キュ 院内指導用」というように,歯を磨くためのスポンジのようなものである。

【争点】裁判所の判断した争点は,被告製品が構成要件B1及びB2の「柔軟な」を充足するかという点である。

【判旨抜粋】
 (1) 「柔軟な」の意義について
 ア 「柔軟な」という用語の意味について検討するに,JIS工業用語大辞典第4版(甲27)によれば,「容易に手で折りたたまれ,ねじ(捻)られかつ湾曲させられること」をいうものとされている。そして,前記1(2)のとおり,本件各発明は,メラミン系樹脂発泡体からなる掃除具における「折り畳み可能な変形能や,清掃対象面の形態に応じて変形可能な掃除具の柔軟性等」が乏しいという課題を解決することを目的とするものであることから,本件各発明における圧縮・加熱の工程を経たメラミン系樹脂発泡体が「より柔軟」になったということは,圧縮・加熱前よりも,容易に折り畳みが可能で,清掃対象面の形態に応じて変形することができるようになったことを意味すると考えられる。
 したがって,本件各発明における「柔軟な」とは,容易に折り畳んだり変形させたりできることを意味するものと認めることが相当である。
 (中略)
  (2) 被告各製品について
 ア 被告各製品に用いられているメラミン系樹脂発泡体が,被告製造方法における圧縮・加熱の工程を経て,「より柔軟」になったといえるか検討する。
 イ 被告各製品の原料として用いているメラミン系樹脂発泡体であるバソテクトWを用いた実験の結果として,原告からは甲32報告書及び甲45報告書が,被告らからは乙11報告書及び乙34報告書が,それぞれ提出されているので,以下,上記各報告書について検討する。
 (中略)
 ウ 上記イ(イ)ないし(エ)記載の各試験結果によれば,圧縮前と圧縮後のメラミン系樹脂発泡体が10mmたわむために要した荷重の差は,それぞれの試験結果によって大きく異なるところ,圧縮の程度の差を考慮したとしても,これらの差を合理的に理解することはおよそ困難であるといわざるを得ない。そして,甲45報告書,乙11報告書及び乙34報告書は,いずれも化学物質評価研究機構が作成したものであって,いずれかが信用性が明らかに劣ると評価することはできない。
 そうすると,原告は甲45報告書を根拠として圧縮後の方が曲がりやすいと主張しているものの,甲45試験の結果が,乙11試験及び乙34試験の結果よりも信用性が高いと認めるべき事情は何らうかがえないのであるから,甲45報告書をもって,被告各製品及び被告製造方法において,圧縮後のメラミン系樹脂発泡体の方が圧縮前よりも,より容易に10mmたわんだと認めることはできない。
 (中略)
 以上からすると,被告各製品及び被告製造方法において,メラミン系樹脂発泡体が,圧縮・加熱後に,「加熱前のメラミン系樹脂発泡体よりも柔軟な」ものとなっていると認めるに足りる証拠がないというほかない。

【解説】
 本件は,歯の表面を磨く為の器具に用いるスポンジ部分(メラニン系樹脂発泡体の清掃用不織布)に関する特許権を,被告製品が侵害しているかという点が問題となった事案である。
 本件には,上述した「柔軟な」の文言解釈の他にも構成要件A1及びA2の「単一の工程」,構成要件B1及びB2の「賦形」等の多数の争点が存在したが,裁判所は,上記「柔軟な」に係る争点について判断したものである。
 裁判所は,「柔軟な」の文言解釈について,本件明細書に定義がないことから,辞書等に係る技術常識から,柔軟なとは「容易に手で折りたたまれ,ねじ(捻)られかつ湾曲させられること」との解釈を導き,その上で,本件明細書の記載から,本件各発明における「柔軟な」とは,「容易に折り畳んだり変形させたりできること」を意味すると判断した。
 原告は,当該裁判所の判断に対して,「『柔軟性を向上する』という文言の意味には,①柔軟性の有無に関するものと②柔軟性の程度に関するものがあり,本件各発明において『より柔軟な』という場合には,①柔軟性の有無に関するもの,すなわち,材料を破壊し難くして柔軟性維持の限界を高めることを意味する」と主張したが,裁判所は,本件明細書中に「『材料を破壊し難くして柔軟性維持の限界を高めること』の意味で用いられていることをうかがわせる記載はない」と判断して,当該主張を認めなかった。
 その上で,裁判所は,被告各製品に用いられている「メラミン系樹脂発泡体であるバソテクトW」に係る原告及び被告らの実験結果から,当該パソテクトWが「加熱前のメラミン系樹脂発泡体よりも柔軟な」を充足しないと判断したものである。
 上記のように,請求項の文言の解釈が多数争点になっていること,「柔軟な」に係る文言解釈が争いになり,原告の主張が認められなかったこと等から明らかなように,請求項に記載する文言は,解釈上の疑義が生じないように,極めて慎重に検討する必要がある。
 以上のように,本件は,明細書作成等において参考になると思われるので,ここに紹介する。

以上

(文責)弁護士 宅間 仁志