【知的財産高等裁判所平成28年6月29日判決 平成28年(ネ)第10017号 損害賠償請求控訴事件】

【判旨】
 Xは、出願時に、特許庁からの拒絶理由通知に対して提出した意見書において、引用文献に記載された発明における「注文情報」には「商品識別情報」が含まれていないという点との相違を明らかにするために、本件発明の「注文情報」は、商品識別情報等を含んだ商品ごとの情報である旨繰り返し説明した。そうすると、Xは、ユーザが所望する商品の注文のための表示制御過程に関する具体的な構成において、Web-POSサーバ・システムが取得する情報に商品基礎情報を含めない構成については、本件発明の技術的範囲に属しないことを承認したもの、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものと評価することができる。
 そして、本件ECサイトの制御方法において、サーバが取得する情報には商品基礎情報は含まれていないから、同制御方法は、本件発明の特許出願手続において、特許請求の範囲から意識的に除外されたものということができる。
 したがって、均等の第5要件の充足は、これを認めることができない。

【キーワード】
 均等論、第5要件、東京地方裁判所平成28年1月14日判決、最高裁判所平成10年2月24日判決、ボールスプライン事件最高裁判決、特許法70条

【事案の概要】
 本件は、発明の名称を「Web-POS方式」とする特許第5097246号に係る本件特許権を有するX(原告Ada ZERO株式会社、控訴人)が、Y(被告アスクル株式会社、被控訴人)に対し、Yがインターネット上で運営する電子商取引サイト(本件ECサイト)を管理するために使用している制御方法が、本件特許の特許請求の範囲の請求項1記載の発明(本件発明)の技術的範囲に属し、本件特許権を侵害すると主張して、不法行為による損害賠償請求権に基づき、4億円及びこれに対する遅延損害金の支払を求めた事案である。
 原判決(東京地方裁判所平成28年1月14日判決)は、本件ECサイトの制御方法は、本件発明の文言侵害に当たらず、その技術的範囲に属するということはできないとして、Xの請求を棄却した。
  そこで、Xが原判決を不服として控訴し、均等侵害を主張したものである。

本件特許権の特許請求の範囲請求項1の記載は、次のとおり2500字を超える長いものである。
【請求項1】
 「汎用のコンピュータとインターネットを用い、HTTPに基づくHTMLリソースの通信が行われるWebサーバ・クライアント・システムにおいて、商品の販売時点における情報を管理するためのWeb-POSネットワーク・システムの制御方法であって、
 上記Webサーバ・システムが、取扱商品に関する基礎情報を管理する商品(PLU)マスタDBを備え、該商品(PLU)マスタDBの管理、HTTPメッセージに基づくプログラムの実行及び、HTMLリソースの生成及び供給を行うサーバ装置からなる、Web-POSサーバ・システムであり、
 上記Webクライアント装置が、タッチパネル、キーボード、マウス、電子ペンからなる入力手段を有する表示装置とWebブラウザを備えた、Web-POSクライアント装置であって、
 上記Web-POSクライアント装置から、Webブラウザを介し、上記Web-POSサーバ・システムにアクセスすることにより、該Web-POSサーバ・システムから該Web-POSクライアント装置に対し、該Web-POSクライアント装置における商品の選択や発注に係るユーザ操作を受け付けるHTMLリソースが供給されると共に、該Web-POSクライアント装置におけるユーザ操作に基づく商品の売上情報が、該Web-POSサーバ・システムによって管理されるWeb-POSネットワーク・システムにおいて、
 上記Webブラウザによる処理が、少なくとも、

 1)カテゴリーの変更または入力(選択)に関する表示制御過程、
 すなわち、上記Web-POSサーバ・システムから上記Web-POSクライアント装置に該Web-POSサーバ・システムの商品(PLU)マスタDBにおいて管理されている取扱商品に関する基礎情報に含まれたカテゴリーに対応するカテゴリーリストを含むHTMLリソースが供給され、該供給されたカテゴリーリストを含むHTMLリソースが上記Webブラウザにおいて処理されることで、該Web-POSクライアント装置の入力手段を有する表示装置に該カテゴリーリストが表示され、ユーザが、該入力手段により、該表示されたカテゴリーリストからカテゴリーを変更または入力(選択)するごとに、該変更または入力(選択)されたカテゴリーに対応する商品基礎情報を含むHTMLリソースを要求するHTTPメッセージが上記Web-POSサーバ・システムに送信され、該要求のHTTPメッセージに基づき、該Web-POSサーバ・システムの商品(PLU)マスタDBにおいて管理されている取扱商品に関する基礎情報から該変更または入力(選択)されたカテゴリーに対応する商品基礎情報が抽出され、該抽出された商品基礎情報を含むHTMLリソースが生成されると共に、該Web-POSクライアント装置に送信され、該送信された商品基礎情報を含むHTMLリソースが該Webブラウザにおいて処理されることで、該変更または入力(選択)されたカテゴリーに対応する商品基礎情報からなる商品リストが該入力手段を有する表示装置に表示される、
 ユーザが所望するカテゴリーの商品(PLU)リストが表示される、カテゴリーの変更または入力(選択)に関する表示制御過程、

2)商品識別情報の入力(選択)のための表示制御過程、
 すなわち、上記Web-POSクライアント装置の入力手段を有する表示装置に表示された上記カテゴリーに対応する上記商品(PLU)リストにおいて、ユーザが、該入力手段により、商品を特定するための商品識別情報を入力(選択)するごとに、該入力(選択)された商品識別情報に対応する商品基礎情報が上記Web-POSサーバ・システムに問い合わされて取得され、該取得された商品基礎情報に基づく商品の情報が該入力手段を有する表示装置に表示される、
 ユーザが所望する商品の情報が表示される、商品識別情報の入力(選択)のための表示制御過程、

3)商品注文内容の表示制御過程、すなわち、上記Web-POSクライアント装置の入力手段を有する表示装置に表示された上記商品の情報について、ユーザが、該入力手段により数量を入力(選択)すると、該数量に基づく計算が行われると共に、前記入力(選択)された商品識別情報と該商品識別情報に対応して取得された上記商品基礎情報に基づく商品の注文明細情報が該入力手段を有する表示装置に表示されると共に、ユーザが、該入力手段によりオーダ操作(オーダ・ボタンをクリック)を行うと、該商品の注文明細情報に対する該数量入力(選択)に基づく計算結果の注文情報が該Web-POSサーバ・システムにおいて取得(受信)されることになる、
ユーザが所望する商品の注文のための表示制御過程、
を含み、

 更に、上記Web-POSサーバ・システムにおいて、上記商品(PLU)マスタDBの1レコードが1商品に対応し、該レコードに上記商品識別情報に対応するフィールドが含まれることで、取扱商品に関する商品ごとの基礎情報が、該商品識別情報に対応するフィールドを含むレコードによって管理されることで、
上記Web-POSクライアント装置におけるユーザ操作に基づく商品選択時点のPLU情報が、Webブラウザを介して、上記Web-POSサーバ・システムから供給されると共に、該PLU情報に基づく商品ごとの注文情報が、Webブラウザを介して、該Web-POSサーバ・システムにおいてリアルタイムに取得される、Web-POSネットワーク・システムによるPOS管理(商品の販売時点における情報の管理)が実現され、
 更にまた、上記Web-POSサーバ・システムにおいて、上記Web-POSクライアント装置からリアルタイムで取得(受信)した上記商品の注文情報を売上管理DBに反映する売上管理DBへの登録過程を含むことで、
 上記Web-POSクライアント装置におけるユーザによる商品の注文操作が、Webブラウザを介するだけで、該商品ごとの注文情報として上記Web-POSサーバ・システムにおいて取得され、該取得された商品ごとの注文情報に基づく売上管理が実現されることを特徴とするWeb-POSネットワーク・システムの制御方法。」

 控訴審で問題となっているのは構成要件F4、G、Hであるので、構成要件F4を抜き書きする(下線は筆者による。)

    「3)商品注文内容の表示制御過程、すなわち、上記Web-POSクライアント装置の入力手段を有する表示装置に表示された上記商品の情報について、ユーザが、該入力手段により数量を入力(選択)すると、該数量に基づく計算が行われると共に、前記入力(選択)された商品識別情報と該商品識別情報に対応して取得された上記商品基礎情報に基づく商品の注文明細情報が該入力手段を有する表示装置に表示されると共に、ユーザが、該入力手段によりオーダ操作(オーダ・ボタンをクリック)を行うと、該商品の注文明細情報に対する該数量入力(選択)に基づく計算結果の注文情報が該Web-POSサーバ・システムにおいて取得(受信)されることになる、ユーザが所望する商品の注文のための表示制御過程、を含み、」

【争点】
・ 「注文情報」(構成要件F4、G及びH)の充足性
・ 均等侵害の成否(第2要件及び第5要件)

【判旨】
1 注文情報(構成要件F4、G及びH)の充足性
  本判決は、「注文情報」の充足性については、原判決の「事実及び理由」の第3の1(1)を引用するとした。

    ≪原判決の抜粋≫
     「ア 本件発明において、「注文情報」は、Web-POSクライアント装置の入力手段によりユーザがオーダ操作を行うとWeb-POSサーバ・システムが取得するもの(構成要件F4)、ユーザ操作に基づく商品選択時点のPLU情報に基づく情報としてWebブラウザを介してWeb-POSサーバ・システムがリアルタイムに取得するもの(構成要件G)、商品ごとの情報として売上管理DBに登録され、これに基づく売上管理が実現されるもの(構成要件H)とされている。そうすると、「注文情報」とは、特許請求の範囲の文言上、特定の商品がユーザによって注文されたことに関する情報をいうものということができるが、その具体的な内容については本件特許の特許請求の範囲に明示的な記載がない。
      イ 本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明の欄には、本件発明の実施形態が記載されているところ(略)、この実施形態においては、「Web-POSクライアント装置」の表示画面に「明細フォーム」(カテゴリー、メーカコード、商品番号、商品名、単価、数量、金額といった注文商品明細が表示されているもの。(略)。)が表示され、「オーダ・ボタン」のクリックに応答して、「Web-POSサーバ・システム」へ明細フォーム中のカテゴリー、メーカコード等の全フィールド値を送信し、「Web-POSサーバ・システム」においてこの明細フォームのフィールド値を受信することとなっているところ(略)、「オーダ・ボタン」のクリックにより「Web-POSサーバ・システム」が受信するのが「注文情報」であることから(構成要件F4)、上記明細フォームのフィールド値は「注文情報」に相当するので、「注文情報」には商品名、価格等の商品基礎情報が含まれている。また、本件明細書には本件発明の他の実施形態の説明も記載されているが(略)、いずれも「明細フォーム」を利用するものであり、「注文情報」に商品基礎情報を含まない構成についての記載は見当たらない。
      これら本件明細書の記載を考慮して「注文情報」の意義を解釈すると、本件発明は、「Web-POSクライアント装置」の表示画面に明細フォームその他商品基礎情報を含む情報を表示した上で、「オーダ・ボタン」のクリックに応答して、これらの情報を「Web-POSサーバ・システム」に送信するという構成を採用したものと認められる。したがって、「Web-POSクライアント装置」が送信して「Web-POSサーバ・システム」が受信する商品の注文に関する情報にカテゴリー、メーカコード、商品名、価格等の商品基礎情報が含まれていない場合には、構成要件F4、G及びHの「注文情報」に当たらないと解するのが相当である。」

    続いて本判決は(2)において、控訴審でXが追加主張した事項に関する検討を加えている。
    「ウ 本件意見書(12頁)における説明
      (ア) Xは、本件意見書(12頁14~16行目)の「注文情報が前述の識別情報に基づき生成される」との記載は、注文情報が商品識別情報を含むと読み替えることはできないから、Xは、本件発明の「注文情報」について、商品識別情報等を含んだ商品ごとの情報であると説明したとはいえないと主張する。
      (イ) まず、Xは、本件発明は、引用文献1(特開平9-330360号。乙11)に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとの拒絶理由通知(甲18、乙19)に対して、本件意見書(乙20)を提出したものである。そして、Xは、本件意見書(9~15頁)において、「(4-2)本願発明と引用文献1(特開平9-330360号公報)との対比について」との表題のもと、本件発明と引用文献1に記載された発明とを比較し、14頁20行目に結論部分として「以上のように、引用文献1には、本願発明の下記構成を有していないことが明らかであります。」と説明している。
      そして、Xは、本件発明と引用文献1に記載された発明とを比較すれば、「販売管理における相違」(本件意見書11頁(d))がある旨説明し、「引用文献1で採用されている購入者ごとの注文情報は、顧客管理や会員管理には必要かも知れませんが、売上管理や在庫管理、仕上管理をスムーズに行うことは困難であり、やはり、前述した識別情報(PLU情報)を含む商品ごとの注文情報が必要となります」(本件意見書11頁32~35行目)として、販売管理のためには、注文情報に商品識別情報が含まれることが必要であるが、引用文献1に記載された発明における注文情報には商品識別情報が含まれていないことから、販売管理をスムーズに行うことが困難である旨指摘している。
      その上で、Xは、「本願発明の明細書には、注文情報が前述の識別情報に基づき生成されること」「などについて、その詳細が記載されています」(本件意見書12頁14~16行目)と説明している。
      このように、Xは、引用文献1に記載された発明における注文情報には商品識別情報が含まれていないという点との相違を明らかにするために、本件発明では「注文情報が前述の識別情報に基づき生成される」と説明しているのであるから、Xは、本件発明における「注文情報」には商品識別情報が含まれている旨説明したことは明らかである。
      (ウ) よって、Xは、本件意見書において、本件発明の「注文情報」について、商品識別情報等を含んだ商品ごとの情報であると説明したと認められるから、Xの前記(ア)の主張は、採用することができない。

     エ 本件意見書(13頁)における説明
      (ア) Xは、本件意見書(13頁34~35行目)における「本願発明では、既に受信した注文情報に、該更新以前に入力(選択)された商品の識別情報と該入力(選択)された識別情報に対応する商品基礎情報が含まれている」等との記載は、POS(販売時点情報管理)の実現のための一般論を述べ、またその実施例の一つを指摘したものであるから、Xは、本件発明の「注文情報」について、商品識別情報とこれに対応する商品基礎情報が含まれていると説明したとはいえないと主張する。
      (イ) しかし、本件意見書の上記記載は、「本願発明」に「商品基礎情報が含まれている」と、本件発明に限定した記載であって、何らの留保もされていないのであるから、一般論を述べたものや、実施例の一つを指摘したものといえないことは明らかである。また、前記ウ(イ)で判示したとおり、引用文献1に記載された発明に、本件発明の構成が含まれていないことを指摘するために、本件意見書の上記記載がされているのであるから、同記載は、本件発明の構成の特徴を説明したものというべきである。
      (ウ) よって、Xは、本件意見書において、本件発明の「注文情報」について、商品識別情報とこれに対応する商品基礎情報が含まれていると説明したと認められるから、Xの上記(ア)の主張は、採用することができない。

    (3) 本件ECサイトの制御方法について
     以上によれば、構成要件F4、G及びHの「注文情報」には、商品に関するカテゴリー、メーカコード、商品名、価格等の商品基礎情報が含まれるものと解される
     そして、前記のとおり、本件ECサイトの制御方法において、顧客のコンピュータから管理運営システム内にあるサーバに対して送信されるリクエスト情報は、注文された商品に係る商品基礎情報を含むものではない。
     したがって、本件ECサイトの制御方法は、少なくとも構成要件F4、G及びHを充足しない。」と判示した。

2 均等侵害
 本判決では、ボールスプライン事件最高裁判決の5要件を引用した後、第2要件及び第5要件について次のとおり判示した。

 (2) 均等の第2要件(作用効果の同一性)について
  ア 特許請求の範囲に記載された構成中の本件ECサイトの制御方法と異なる部分
  前記のとおり、本件発明と本件ECサイトの制御方法は、少なくとも、ユーザが所望する商品の注文のための表示制御過程に関する具体的な構成において、本件発明においては、オーダ操作(オーダ・ボタンをクリック)が行われた際に、Web-POSクライアント装置からWeb-POSサーバ・システムに送信される情報の中に商品基礎情報が含まれているのに対し、本件ECサイトの制御方法においては、顧客が「お買い上げ」ボタンをクリックした際に、顧客のコンピュータから管理運営システム内にあるサーバに対して送信されるリクエスト情報には、Cookie情報等が含まれるが、注文された商品に係る商品基礎情報は含まれていない点において、相違する。
  そこで、本件ECサイトの制御方法、すなわちオーダ操作が行われた際に、Web-POSクライアント装置からWeb-POSサーバ・システムに送信される情報に、注文された商品に係る商品基礎情報を含めずに、Cookie情報等を含めることにより、本件発明の目的を達成することができ、同一の作用効果を奏するか否かについて検討する。

  イ 本件発明の目的及び作用効果
  (ア) 本件明細書の発明の詳細な説明欄には、おおむね次の記載がある。
  a 発明が解決しようとする課題
  本発明の課題は、専用のPOS通信機能/POS専用線を必要とせず、取扱商品の自由な変更が可能なPOSシステムを実現することにある。
  また、本発明は、上記従来の専用回線を用いた専用端末型POSシステムの欠点を排除し、汎用のパソコン及びインターネットを用いて端末でのPOS処理を殆どなくし、端末側の入力情報に基づきサーバ側ですべてのPOS処理を受け持つことにより、非常に安価で簡便なPOSシステムを構築するものである。(【0014】)
  b 発明の効果
  注文時点における商品のPLU情報(商品ごとの価格などが含まれた基礎情報)がリアルタイムに管理(商品の供給元から受信して商品DBに反映)されると共に、該PLU情報に基づく注文情報がリアルタイムに取得されることに関する先行技術(公知例)はない。(【0021】)
  クライアント装置において、Webサーバ装置から供給された「商品カテゴリーに対応するPLUリストを表示する部分」の商品カテゴリー情報が変更されると、Webサーバ装置は、クライアント装置に対し、「該カテゴリー内の商品名が表示される、商品情報に対応したPLUリストを表示する部分」として商品情報を供給し、更に、クライアント装置において、該「商品情報に対応したPLUリストを表示する部分」の商品情報に対しその識別情報を入力すると、Webサーバ装置は、「商品基礎情報と前記入力した商品識別情報とに基づいて出力される入力結果の注文商品明細を表示する部分の表示過程」として上記入力結果の商品販売明細や商品発注明細フォームを供給し、これに対し、クライアントが発注(オーダ)を行うと、当該商品発注情報がWebサーバ装置において取得され、販売時点における情報の管理が行われる。(【0022】)
  (イ) 前記(ア)によれば、本件発明は、専用のPOS通信機能やPOS専用線を使用せずに、汎用のパソコン及びインターネットを用いることにより、安価で簡便なPOSシステムを構築することを目的とするものである。そして、本件発明の作用効果は、クライアントが発注を行った際、Webサーバ装置において商品発注情報を取得することによって、注文時点における商品ごとの価格などが含まれた基礎情報をリアルタイムに管理できることである。

  ウ 本件ECサイトの制御方法による目的達成の有無
  (ア) ・・・本件ECサイトの制御方法においては、Cookie情報だけでは、リクエスト時点における商品ごとの価格等が含まれた基礎情報を管理できないことから、・・・管理運営システム内にあるサーバ内の処理、特にサーバのデータベース内にある従前の情報と最新の商品情報(価格等)との照合を経ることにより、注文を確定させているものである。
  (イ) ところで、商品の基礎情報である価格等は変わる場合があるところ、・・・Cookieを用いたWeb技術は・・・Webサーバ側において、HTTPリクエストの送信元を識別等するというものにとどまる(甲25)。よって、Web-POSサーバ・システムは、Cookie情報を受信しても、顧客が注文した商品の価格等を把握することはできない。
  そして、前記(ア)のとおり、本件ECサイトの管理運営システム内のサーバは、顧客が注文した商品の価格等を把握するために、顧客のコンピュータからリクエスト情報とともに受信したCookie情報をもとに、顧客のコンピュータに表示された「レジ」画面情報の原本に当たる情報を同サーバから呼び出すという制御方法を追加で採用することにより、顧客が注文した商品の価格等を把握するに至っているものである。
  (ウ) したがって、ユーザが所望する商品の注文のための表示制御過程に関する構成において、Web-POSサーバ・システムがCookie情報等は取得するものの、注文された商品に係る商品基礎情報を取得しないという本件ECサイトにおける構成を採用した場合には、本件発明のように、Web-POSサーバ・システムは、注文時点における商品ごとの価格などが含まれた基礎情報をリアルタイムに管理することができないというべきである。

  エ 小括
  よって、本件ECサイトの制御方法、すなわち、オーダ操作が行われた際に、Web-POSクライアント装置からWeb-POSサーバ・システムに送信される情報に、注文された商品に係る商品基礎情報を含めずに、Cookie情報等を含めるという方法では、本件発明と同一の作用効果を奏することができず、本件発明の目的を達成することはできない。
  したがって、均等の第2要件の充足は、これを認めることができない。

 (3) 均等の第5要件(特段の事情)について
  ア 第5要件について
  均等の第5要件は、対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないことである。すなわち、特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど、特許権者の側において一旦特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて、特許権者が後にこれと反する主張をすることは、禁反言の法理に照らし許されないから、このような特段の事情がある場合には、均等が否定されることとなる。

  イ 特段の事情の有無
  前記1(2)ウのとおり、Xは、本件発明は、引用文献1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるから特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとの拒絶理由通知に対して、本件意見書を提出したものである。
  そして、前記1(2)ウ及びエのとおり、Xは、本件意見書において、引用文献1に記載された発明における注文情報には商品識別情報が含まれていないという点との相違を明らかにするために、本件発明の「注文情報」は、商品識別情報等を含んだ商品ごとの情報である旨繰り返し説明したものである。
  そうすると、Xは、ユーザが所望する商品の注文のための表示制御過程に関する具体的な構成において、Web-POSサーバ・システムが取得する情報に、商品基礎情報を含めない構成については、本件発明の技術的範囲に属しないことを承認したもの、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものと評価することができる。
  そして、本件ECサイトの制御方法において、管理運営システムにあるサーバが取得する情報には商品基礎情報は含まれていないから、同制御方法は、本件発明の特許出願手続において、特許請求の範囲から意識的に除外されたものということができる。
   したがって、均等の第5要件の充足は、これを認めることができない。」
  
【解説】
 いわゆる均等論については、最高裁判所が平成10年2月24日に「ボールスプライン事件」最高裁判決を出して均等侵害の要件を示しており、侵害訴訟においてしばしば主張されている。本判決では、均等の第5要件(意識的除外等)に該当するとして均等侵害の成立を否定している。
 均等の第5要件は、ボールスプライン事件最高裁判決によれば「対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとき」である。この要件を満たす必要があることの理由は「特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど、特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて、特許権者が後にこれと反する主張をすることは、禁反言の法理に照らし許されないから」であるとされている。これは、出願人が、出願段階で狭い範囲であると釈明して権利を取得し、侵害訴訟になってから広い範囲の主張を認めることは妥当ではないからである(中山信弘「特許法 第三版」463頁)。権利を付与する機関(特許庁)と権利範囲を判断する機関(裁判所)が分離していることから、権利者が両者で相矛盾する主張をすることがありうるのである。
 本判決においては、Yが出願の過程で、拒絶理由通知に対して意見書を作成した際に、本件発明の「注文情報」は、商品識別情報等を含んだ商品ごとの情報である旨繰り返し説明しており、Web-POSサーバ・システムが取得する情報に商品基礎情報を含めない構成、すなわち本件ECサイトの制御方法については、本件発明の技術的範囲に属しないことを承認し、又は外形的にそのように解されるような行動をとったものである。よって、第5要件を充足せず、均等侵害の成立が否定されている。

以上

(文責)弁護士 山口建章