【平成28年3月28日判決言渡 (平成27年(ネ)第10029号) 特許権に基づく損害賠償請求権不存在確認等請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成24年(ワ)第11459号)】

【キーワード】
特許法70項,102条,105条1項~3項

【事案の概要】
 本件は,「FOMA」という名称の携帯電話通信サービス(被控訴人サービス)を提供する被控訴人(原告)が,本件特許権(特許第4696179号)を有する控訴人(被告)に対し,ランダムアクセスチャネル(RACH)へのアクセス制御に関する被控訴人サービスの通信網の作動方法又は通信システム(方法と併せて「被控訴人方法等」という。)を使用して上記サービスを提供した行為等は,本件特許権を侵害するものではないと主張して,不法行為に基づく損害賠償債務及び不当利得返還債務の不存在確認を求めた事案である。
 原判決は,控訴人の申立てに係る書類提出命令について,証拠調べの必要性を欠くとして却下した上で,本件方法等は,被控訴人方法等の技術的範囲に属しないとして,被控訴人の請求を認容したので,控訴人が控訴をしたものである。

【発明の概要】
 移動通信網で作動される多数の移動局は、遠隔通信チャネルを介して基地局に情報を伝送する。その際、種々の移動局からの通信が、通信チャネル上で衝突する危険がある。本発明の課題は、そのような衝突を避け、移動局が基地局と通信できるよう、移動局の通信チャネルへのアクセスが効率的に行えるようにすることである。

 本件の争点となった請求項9にかかる発明は,以下のとおりである。
【請求項9】
 少なくとも1つの基地局(100)を備える、移動無線網として構成された通信網の作動方法であって、
 前記基地局は、少なくとも2つの移動局(5,10,15,20)の存在する無線セルを展開し、
 前記基地局(100)は、前記少なくとも2つの移動局(5,10,15,20)に情報信号と、当該情報信号とともにアクセス権限データ(55)を送信し、
 当該情報は、どの移動局(5,10,15,20)に対して、複数の移動局により共通に使用可能通信チャネル(30)上で基地局に送信するための権限が割り当てられているかという情報を含んでいる方法において、
 前記アクセス権限データ(55)は、アクセス閾値(S)に対するアクセス閾値ビット(S3,S2,S1,S0)と、複数の移動局(5,10,15,20)のユーザクラスに対するアクセスクラス情報(Z3,Z2,Z1,Z0)を含んでおり、
 前記アクセス権限データ(55)は、共通に使用可能な通信チャネル(30)への移動局(5,10,15,20)によるアクセスを、次のように許可するよう作成されており、すなわち所属のアクセスクラスビットが第1の値を有するユーザクラスに所属する移動局が、アクセス閾値(S)に関係なく通信チャネルにアクセスすることができるように作成されており、
 所属のアクセスクラスビットが第2の値を有するユーザクラスに所属する移動局は、通信チャネルへの当該移動局のアクセス権限を検出するために、前記アクセス閾値(S)がランダム数または擬似ランダム数(R)と比較されるアクセス閾値評価を実行しなければならず、少なくとも1つの移動局(5,10,15,20)の通信チャネルへのアクセス権限が比較結果に依存して割り当てられることを特徴とする方法。

【争点】
 争点は,被控訴人方法等によるサービス提供等が本件特許権の技術的範囲に属するか否かである。
 控訴人は,主位的に,被控訴人方法等が,被控訴人の主張するとおりの構成であるとしても,本件特許の「アクセス閾値」について,控訴人の主張するとおりの解釈に従えば,その技術的範囲に属すると主張した(主位的主張)。その上で,予備的に「アクセス閾値」の解釈について被控訴人が主張する解釈をとったとしても,被控訴人方法等は,システムブロック情報(SIB)5及び7において構成されるシステム情報が,現にA(裁判所注:判決本文中において「A」との記載はないが,閲覧制限部分を含んでいるため,本要旨においては,便宜上Aと表記した。なお,SIB5及び7には,N及びAC-to-ASCマッピングに関する情報を含む。)とされているか,被控訴人のネットワーク内部がAとされることのできるように構築されていると主張して,被控訴人方法等の構成を争った。
(予備的主張)。
 控訴人は,「侵害行為について立証するため」(特許法105条1項),被控訴人の所持するBTSにおいて使用・製造された呼処理アプリケーションプログラムのソースコード及びBTSマニュアル,RNC用プログラムのソースコード及びマニュアル,局データ等のソースコード,マニュアル等の提出を求めた。

【判旨抜粋】
(1)証拠調べの必要性について
 書類提出命令の必要性に関する判断は,民訴法181条1項に基づくものであるところ,特許訴訟における「侵害行為を立証するため」の書類提出命令については,目的物が相手方の支配下にあり,これを入手する途がない場合や,方法発明において物に当該方法についての痕跡が残らない場合など,その必要性が高い場面が少なくない一方,この種の訴訟は,競業する当事者間で争いとなることも多く,また,立証すべき主題が営業秘密に直結するものが多いため,当該情報にアクセスすること自体を目的とする濫用的な申立てや,確たる証拠に基づかない探索的な申立てに対し,応訴を強いられる相手方の不利益も大きい。そこで,濫用的・探索的申立てを防止する観点から,通常,書類提出命令を求める権利者の側に,侵害行為に対する合理的疑いが一応認められることの疎明を求めるべきものであるところ,書類提出命令自体が,侵害行為について主張立証責任を負う者がその立証のために必要な証拠収集手段として用いられるものであることからすれば,書類提出命令の発令に関しては,当該訴訟の要証事実である侵害行為自体の疎明を求めるものではなく,濫用的・探索的申立ての疑いが払拭される程度に,侵害行為の存在について合理的な疑いを生じたことが疎明されれば足りるものと解され,その疎明の程度は,当該文書を取り調べる必要性の有無・程度,当該事項の立証の難易の程度,代替証拠の有無,他の立証の状況等の様々な事情を勘案し,当該事案ごとに判断されるべきであると解される。
 これを本件について見るに,…実験結果は,被控訴人の主張するとおりの結果(Aを現に送信していない。)であったが,本件特許の「アクセス閾値」の意義からすれば,予備的主張において控訴人が立証すべき主題は,被控訴人方法等において,Aを現に送信できるシステム上の構成を備えていることである。そうすると,上記のような実験結果が既に提出されているとしても,それは,実験の際に捕捉した当該SIB5又はSIB7の信号の状況を示すにすぎず,被控訴人方法等が,仮に,限定された場合にAとする構成を備えていた場合に,これを適時に捉えた結果を検出させることが容易であるとはいえない。また,上記の立証すべき主題は,被控訴人方法等においてどのように設定することができる構成を備えているかという問題であることから,その証拠は被控訴人側に偏在している。さらに,上記の実験結果は,被控訴人主張の事実に沿うものではあるものの,被控訴人による反対事実の立証が十分に効を奏しているとして,証拠調べの必要性を否定することはできない。
 そして,被控訴人サービスは,3GPP規格に準拠しているところ,3GPP規格はRACHの過負荷を制御する仕組みを定めており,これにすべて準拠すれば,本件各構成要件を満たすこととなり,●(省略)●場合に,本件各構成要件を満たさないという関係にある。以上に加え,控訴人によるこれまでの主張立証の状況も考慮すると,侵害行為に対する合理的疑いが一応認められるといえ,証拠調べの必要性は否定できない。
(2)正当理由について
 被控訴人は,本件各文書は,いずれも被控訴人の営業秘密に当たり,提出を拒む正当理由があると主張するところ,正当理由の有無は,開示することにより文書の所持者が受けるべき不利益(秘密としての保護の程度)と,文書が提出されないことにより書類提出命令の申立人が受ける不利益(証拠としての必要性)とを比較衡量して判断されるべきものである。この比較衡量においては,当該文書によって,申立人の特許発明と異なる構成を相手方が用いていることが明らかとなる場合には,保護されるべき営業秘密の程度は相対的に高くなる一方,申立人の特許発明の技術的範囲に属する構成を相手方が用いていることが明らかになる場合には,営業秘密の保護の程度は,相対的に低くなると考えられることから,侵害行為を立証し得る証拠としての有用性の程度が考慮されるべきである。また,秘密としての保護の程度の判断には,営業秘密の内容,性質,開示により予想される不利益の程度に加えて,秘密保持命令(特許法105条の4以下)の発令の有無及び発令の対象範囲並びに秘密保持契約等の締結の有無,合意当事者の範囲,その実効性等を考慮に入れるべきものである。そこで,裁判所としては,以下のとおり,インカメラ審理を採用し,正当事由の有無を検討した。
 具体的には,本件各文書のうち,正当理由の判断における秘密保護の必要性と証拠としての必要性との比較衡量についての裁判所における判断の難易度及び営業秘密性の程度,相手方の負担の程度や開示自体の難易等を勘案し,インカメラ審理の必要があると判断した一部の書類(具体的には,本件文書①,②(BTS及びRNCのマニュアル類)及び,④のうちAC-to-ASCマッピング及びNの値についての設定条件について記載した技術仕様書等の技術条件が記載された書類)について,特許法105条2項に基づく書類提示の決定を行い,被控訴人の訴訟代理人及び従業員の立会いの下,その提示を受けた。その結果,当該内容について被控訴人の営業秘密に該当することは確認できたが,一方,被控訴人方法等におけるアクセス制御に係る部分の開示により,侵害行為を立証すべき証拠としての有用性を基礎付ける記載は見当たらないことから,当事者間に秘密保持契約が締結されていることを考慮しても,秘密としての保護の程度が証拠としての必要性を上回るものであると判断した。なお,開示を受けた文書のうち,一部について,被控訴人が既に準備書面で主張済みの情報であり,新たに開示する秘密情報を含まない形での提出が可能であると考えられたことから,裁判所において被控訴人に任意の提出を促し,後に提出された。

【考察】
1 特許法105条
  特許法105条1項は、「裁判所は、特許権又は専用実施権の侵害に係る訴訟においては、当事者の申立てにより、当事者に対し、当該侵害行為について立証するため、又は当該侵害の行為による損害の計算をするため必要な書類の提出を命ずることができる。ただし、その書類の所持者においてその提出を拒むことについて正当な理由があるときは、この限りでない。」と定めている。本件で問題となったのは、「侵害行為を立証するため・・・必要な書類」に当たるか否かと、「正当な理由」の有無である。
2 知財高裁の判断
  知財高裁は、「必要な書類」か否かの判断基準について、「書類提出命令の発令に関しては,当該訴訟の要証事実である侵害行為自体の疎明を求めるものではなく,濫用的・探索的申立ての疑いが払拭される程度に,侵害行為の存在について合理的な疑いを生じたことが疎明されれば足りるものと解され,その疎明の程度は,当該文書を取り調べる必要性の有無・程度,当該事項の立証の難易の程度,代替証拠の有無,他の立証の状況等の様々な事情を勘案し,当該事案ごとに判断されるべきであると解される。」としている。
  また、「正当な理由」の有無の判断については、「正当理由の有無は,開示することにより文書の所持者が受けるべき不利益(秘密としての保護の程度)と,文書が提出されないことにより書類提出命令の申立人が受ける不利益(証拠としての必要性)とを比較衡量して判断されるべきものである。」としている。
3 考察
  特許訴訟においては、イ号製品が特許発明の各構成要件を充足することが要件事実となる。例えば構成要件中にソフトウェアの内部処理が規定されている場合については、その内部処理が行われているか否かを原告において立証する必要があるが、製品を解析してもオブジェクトコードしか手に入らない場合が多く、内部においてどのような処理が行われているかを知ることができない場合も多い。この場合、ソースコードを入手できれば立証は容易であるが、ソースコードは大半の場合非公開で、相手方の手元にしかない場合も多い。
  また、製造方法の発明における製造方法などは、相手方の製造工場に立ち入ってみなければわからない場合がほとんどであるが、相手方の製造工場に立ち入ることはほぼ不可能である。
  以上のような場合に、特許法105条の書類提出命令の申立により書類の提出をさせることができれば、侵害立証に大いに役立つ。しかしながら一方で、そのような書類は営業秘密が含まれている場合が多く、濫用的に利用されたのでは書類提出側の不利益は大きい。そこで知財高裁は上記の規範を立てたが、民訴法における文書提出命令を踏襲したような規範となっている。ここで注目すべきは、要証事実である侵害行為自体の疎明は必要ないということである。侵害行為を立証するために書類提出命令を申し立てるのであるから、侵害行為自体の疎明を求めるのはおかしな話である。よって、知財高裁の規範は妥当である。訴訟においては、知財高裁の挙げた考慮要素である当該文書の必要性、立証の難易度、代替証拠がないこと等を主張していくことになる。これらの考慮要素は、侵害行為自体の疎明ではないから、当該文書が手元になくても十分な主張が可能である。
  次に、「正当な理由」の有無の規範であるが、こちらも民訴法における文書提出命令の規範を踏襲したものとなっており、比較衡量による判断としている。開示する側としては、間違いなく営業秘密が含まれていると主張することになるであろうから、比較衡量の際はほぼインカメラ手続による審理が採用されることになるだろう。
  先に述べたとおり、特許訴訟においては、証拠の偏在化の問題が大きく、権利行使を断念する場合も多い。よって、今後は特許法105条をもっと活用すべきであると考える。加えて、民訴法の証拠保全手続なども積極的に活用していくべきだろう。もちろん、濫用的な申立を防ぐ必要はあるが、本件のように、インカメラ手続によれば営業秘密が漏れる心配はないのであるから、今後は積極的に活用がなされるような運用が望まれる。本件は、書類提出命令の申立の際に主張すべき考慮要素を知財高裁が示した事例として参考になるため、紹介した。
  

(文責)2016.10.3 弁護士 幸谷泰造