【平成28年2月26日(東京地裁平成26年(ワ)第11616号】

【判旨】
 原告各商標権を有する原告が、被告各標章を用いている被告に対して、差止め等の請求を行ったところ、当該標章は、原告各商標権に係る標章に類似していないと判断した。

【キーワード】
 商標の類否判断、皇朝、商標法38条3項

【事案の概要】
 本件は,下記1及び2の各商標権(以下「原告商標権1」,「原告商標権2」といい,併せて「原告各商標権」と,その商標をそれぞれ「原告商標1」,「原告商標2」といい,併せて「原告各商標」という。)を有する原告が,平成25年6月から,下記1及び2の標章(以下「被告標章1」,「被告標章2」という。)並びに「皇朝」の文字を書して成る標章(以下,被告標章1及び2と併せ,「被告各標章」という。)を使用して被告頭書所在地で「パラダイスダイナシティ」との名称の中華料理店(以下「被告店舗」という。)を経営する被告に対し,被告各標章は,原告各商標と類似し,その指定役務である飲食物の提供につき標章を使用するものであるとして,(1)被告各標章の使用の差止め,(2)被告各標章を付した看板等の廃棄,(3)被告店舗のホームページからの被告各標章の削除,(4)商標法(以下「法」という。)38条3項及び民法709条に基づき,・・・損害金の支払を求めた事案である。

【争点】
 被告各標章が、原告各標章に類似しているか。
(他の争点に関しては、省略する。)

【原告各商標】 

【被告各標章】


 

【判旨抜粋】
1 争点1(1)(被告標章1及び2は,原告各商標と類似するか)について
 (1) 被告標章1及び2と原告各商標の指定役務並びに商標と標章の類否
 商標と標章の類否は,対比される標章が同一又は類似の商品・役務に使用された場合に,商品・役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであるが,それには,そのような商品・役務に使用された標章がその外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して全体的に考察すべく,しかもその商品・役務の取引の実情を明らかにし得る限り,その具体的な取引状況に基づいて判断すべきものである。そして,商標と標章の外観,観念又は称呼の類似は,その商標を使用した商品・役務につき出所の誤認混同のおそれを推測させる一応の基準にすぎず,したがって,これら3点のうち類似する点があるとしても,他の点において著しく相違することその他取引の実情等によって,何ら商品・役務の出所の誤認混同をきたすおそれの認め難いものについては,これを類似の標章と解することはできないというべきである(・・・最高裁平成6年(オ)第1102号同9年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号1055頁参照)。
 この点に関し,複数の構成部分を組み合わせた結合商標については,商標の各構成部分がそれを分離して観察することが取引上不自然であると思われるほど不可分的に結合しているものと認められる場合において,その構成部分の一部を抽出し,この部分のみを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,原則として許されない。他方,商標の構成部分の一部が取引者,需要者に対して商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などには,商標の構成部分の一部のみを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することも,許されるものということができる(・・・最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事228号561頁参照)。
 そこで,以上の見地から,原告各商標と被告各標章との類否について検討する。
(2) 原告各商標の外観,称呼及び観念について
ア 外観
 原告各商標の外観は,別紙商標権目録記載1及び2(作成者注:上掲の原告商標)のとおりであるところ,原告商標1の外観は標準文字で「皇朝」とするもの,原告商標2は,黒字で2段に分けて「中国料理世界チャンピオン」及び「皇朝」とそれぞれ書してなるものである。
イ 称呼
 原告商標1の称呼は「コーチョー」であると認められる。
 一方,原告商標2の称呼については,構成する文字全体から「チュウゴクリョウリセカイチャンピオンコーチョー」の称呼が生じるほか,「皇朝」の文字部分から「コーチョー」の称呼も生じ得るものと認められる。
(中略)
ウ 観念
 「皇朝」は,「皇国の朝廷。我が国の朝廷。」,「我が国」ないし「本朝」を意味する語として辞書に掲載されている。〔甲8(広辞苑第4版),9(日本国語大辞典 第2版 第5巻)〕
 また,「皇朝」を一部含む語として,「皇朝十二銭」が,奈良時代から平安時代にかけて我が国で鋳造された十二種の銭貨であることについても辞書に掲載されている。〔甲8〕
 そうすると,原告商標1からは,「皇国の朝廷」又は「我が国の朝廷」との観念が,また,原告商標2については,「中国料理の世界チャンピオンとしての我が国の朝廷」という程度の観念が生じるものと認められる。
(中略)
 (3) 被告各標章の外観,称呼及び観念
ア 外観
 被告標章1の外観は,別紙被告標章目録記載1(作成者注:上掲の被告各標章)のとおりであるところ,鳳凰様の鳥と龍を薄茶色に円形で描き,その図形の上に上書きする態様で,下部左側に「乐天」との行書体の横書きの文字,下部中央に湯気の立つ茶色の小籠包様の図形,下部右側に「皇朝」との行書体の横書きの文字をそれぞれ表記等し,その下に1行で「PARADISE DYNASTY」と,小さな文字で1行に「LEGEND OF XIAO LONG BAO」とそれぞれ横書きした欧文字を上下2段に表記し,さらに「PARADISE DYNASTY」及び「LEGEND OF XIAO LONG BAO」の文字の右側に「楽天」と読むこともできる文字を縦書きした茶色の落款様の図形を配している。
 被告標章2の外観は,別紙被告標章目録記載2のとおりであり,被告標章1から鳳凰様の鳥と龍を薄茶色に円形で描いた文字背後の図形を除いたものである。
イ 称呼
 被告標章1及び2の文字部分のうち,「乐」の文字は,崩し字の専門辞典並びに書道及び漢字の楷書等の専門辞典には,「楽」の字の崩し字であるとして掲載されていることが認められる(乙11~13)。また,被告標章1の右下の落款様の部分は「楽天」と読むことが可能である。
 そうすると,被告標章1からは「ラクテンコーチョー」の称呼が生じ得るものと解される。
 しかし,この「乐」の字が「楽」の字の崩し字であることについて,中華料理を提供する飲食店を利用する需要者に一般に知られているものと認めるべき証拠はなく,かえって,被告店舗について「『東天皇朝』と書いて,『パラダイス ダイナシティ』と読ませる」などと誤って紹介されている例が証拠として提出されている(甲14)ところからすると,上記需要者において,「乐」の字が「楽」であると理解するのは一般的には困難であると認められるから,被告標章1の文字部分のうち,理解容易な部分である「皇朝」の部分から「コーチョー」の称呼も生じ得るものと解される。
 そして,被告標章1及び2からは他に,その欧文字部分である「PARADISE DYNASTY」及び「LEGEND OF XIAO LONG BAO」の部分から,それぞれ「パラダイス ダイナシティ」及び「レジェンド オブ シャオ ロン ボー」という称呼が生じ得るものと認められる。
 そうすると,被告標章1からは,「ラクテンコーチョー」及び「コーチョー」のほか,「パラダイス ダイナシティ」及び「レジェンド オブ シャオ ロン ボー」という称呼が生じ得るものと解される。
(中略)
ウ 観念
 前記イで述べた理由から,被告標章1及び2の「乐天皇朝」の漢字部分及び「PARADISE DYNASTY」の欧文字部分から,「楽園の王朝」あるいは「天国のような我が国の朝廷」という程度の観念が生じ得るものと認められる。
(4) 原告各商標と被告標章1及び2の類否
 前記(2)及び(3)の事実によれば,被告標章2においては,原告各商標から生じ得る称呼である「コーチョー」と,同一の称呼「コーチョー」が生じ得る場合があるものの,その他に「ラクテンコーチョー」,「パラダイスダイナシティ」及び「レジェンド オブ シャオ ロン ボー」との称呼も生じ得るから,称呼においても区別し得るほか,外観においては異なる大きさの文字から成る欧文字及び漢字並びに文字と異なる色彩の図形(落款を含む)との結合商標である被告標章2は,同一の大きさの漢字から成る単一色彩の文字商標であり,被告標章2とは文字数も異なる原告各商標とは明確に区別でき,観念においても特に特定の王朝を示すものではない「楽園の王朝」あるいは「天国のような我が国の朝廷」(被告標章1及び2)と「わが国の朝廷」(原告各商標)とは区別し得ることから,被告標章2は,原告各商標と類似しないというべきである。
 被告標章1は,被告標章2に背後の図形を加えた結合商標であり,外観においてより明確に原告各商標とは区別し得るから,原告各商標と類似しないというべきである。

【解説】
 本件は、商標権に係る損害賠償請求である。本件の原告は、自らの商標権に係る標章に、被告が使用している標章が類似しているとして、差止1等及び損害賠償請求2を行ったものである。
 裁判所は、原告各標章と被告各標章を、従来の判例の考え方に従って、外観、称呼及び観念を認定した上で、類似していないと判断した。
 裁判所は、丁寧な事実認定を行っており、事例判断ではあるが、実務的に参考になるため、ここに取り上げる。
 なお、付言するに、被告は、皇朝の文字を被告店舗のメニュー表示の一部に用いていたが、これらに対しては、「『皇朝』の部分そのものには顧客吸引力が認められず,『皇朝小籠包』との記載が被告店舗内で使用されている限り,当該標章の使用が被告店舗における売上げに全く寄与していないことは明らかであり,その使用によって原告に損害が発生しているものとは認められない」と損害発生がないと判断している。


 1商標法第三十六条  商標権者又は専用使用権者は、自己の商標権又は専用使用権を侵害する者又は侵害するおそれがある者に対し、その侵害の停止又は予防を請求することができる。
  2  商標権者又は専用使用権者は、前項の規定による請求をするに際し、侵害の行為を組成した物の廃棄、侵害の行為に供した設備の除却その他の侵害の予防に必要な行為を請求することができる。
 2商標法38条3項  商標権者又は専用使用権者は、故意又は過失により自己の商標権又は専用使用権を侵害した者に対し、その登録商標の使用に対し受けるべき金銭の額に相当する額の金銭を、自己が受けた損害の額としてその賠償を請求することができる。
 これは、特許法等でいうところのライセンス料相当額に該当するものである。

(文責)弁護士 宅間 仁志