【平成28年1月21日(大阪地判平成26(ワ)5210)】

【判旨】
 発明の名称を「パック用シート」とする特許権を有する原告が,被告の製造,譲渡したフェイスマスクが当該発明の技術的範囲に属すると主張して,被告に対して特許権侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求を行ったところ,裁判所は,原告の請求を一部認容し,被告に損害賠償金の支払いを命じた。

【キーワード】
特許法102条3項,民法709条

【事案の概要】
 本件は,発明の名称を「パック用シート」とする特許権を有する原告が,被告の製造,譲渡したフェイスマスクが当該発明の技術的範囲に属すると主張して,被告に対し,特許権侵害の不法行為による損害賠償請求として,当該特許の実施料相当額3900万円と弁護士費用相当額400万円を合計した4300万円及びその遅延損害金の支払いを求めた事案である。

<原告特許権>
(請求項1)
美容用具として,不織布の引っ張り方向とする縦方向に鼻筋の方向を揃えて打ち抜いたフェイスマスク型パック用シートに,
鼻翼の付け根から鼻尖を経て,もう片方の鼻翼付け根部分に,さらに眼の付け根に至り,もう片側の眼の付け根までを結ぶ線に囲まれるほぼ台形の領域に,
縦方向もしくはやや斜め方向に「ハ」字状に走るミシン目状の切り込み線を複数列配した
ことを特徴とするパック用シート。

上記図は,第4352416号公報の図3より抜粋した。

<被告の実施行為>

 被告は,訴外Z(パック用シート製造業者)から納入を受けたパック用シートについて,これを袋容器に美容液を充填して封をして被告製品(フェイスマスク)を製造し,これを他の美容商品を購入した顧客に対して特典として無償譲渡した。

上記各写真は,http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/679/085679_hanrei.pdfより抜粋。

【争点】
 本件では,被告製品に含まれるパック用シートが本件特許発明の構成と均等であるとして,本件特許発明の技術的範囲に属するとし,一方で,本件特許に無効理由は存在しないとして,被告による被告製品の製造,販売につき原告特許権の侵害(均等侵害)を認めた(これらに関する争点も多岐にわたるが,ここでは紹介を省略する。)。
 その上で,実施料相当額の損害賠償額の算定(102条3項)にあたり,
 ・被告製品が無償譲渡されている場合,当該被告製品の販売価格は「ゼロ」として評価されるのか,或いは,有償譲渡した場合と同様に評価されるのか,
 ・上記で有償譲渡と同様に評価されるとした場合でも,本件特許発明はパック用シートの発明なので,パック用シートが被告製品(フェイスマスク)の一部であることの考慮を何らかの形で行うのか(すなわち「特許発明が侵害品の一部である場合」の考慮を行うのか)否か,
 ・上記で侵害品の一部であることの考慮を行うとした場合でも,被告製品(フェイスマスク)のうちのパック用シート自体の価値を独立して考慮した上でパック用シートの価値に実施料率を掛けるのか,被告製品(フェイスマスク)のうちのパック用シート自体の価値を独立しては考慮せずに被告製品(フェイスマスク)全体の中で本件特許発明の位置づけを総合評価した上で被告製品(フェイスマスク)全体の価値に実施料率を掛けるのか。

【判旨抜粋(●は判決文自体が伏字になっている。下線は筆者が付した。)】
第4 当裁判所の判断
 1~2は省略
 3 争点3(原告の損害額)について
  (1) 被告製品の譲渡に関する実施料相当額
   ア 特許法102条3項の「特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額」とは,本件特許発明を実施許諾する場合の客観的に相当な実施料の額をいうと解される。本件では,被告は,シート製造業者から納入を受けたパック用シートについて,袋容器に美容液を充填して封をし,被告製品を製造した上で,他の美容商品を購入した顧客に対して特典として無償で譲渡している(乙14)が,そのような場合であっても,市場利益を得るために被告製品に織り込まれたパック用シートの価値を利用し,その価値を顧客に提供したことに変わりはないから,譲渡分についての実施料相当額は,販売(有償譲渡)した場合と同様に算定するのが相当である。
   イ 被告製品を市場で販売することを想定する場合,本件特許発明の実施許諾の際には,実際に販売された分については,実施品の総売上額に実施料率を乗じることによって実施料を算出する方式を採用するものと考えられ,被告製品を市場で販売した場合の価格を基準に実施料相当額を算定するのが相当である。この点について被告は,パック用シート自体に知的財産権がある場合,シートの供給者が権利処理をした上で,化粧品会社に供給するのが通常であることから,シート自体の価格を基礎にライセンス料が算定されるのが業界の常識であると主張するが,それは,シートの供給者が実施許諾を受ける場合のことであり,本件では,被告製品を譲渡する被告に対する実施料相当額を算定すべきであるから,被告の主張は採用できない。
 そして,原告が受けるべき実施料相当額を算定するに当たって基礎とすべき被告製品1枚当たりの販売価格としては,同種商品の市場販売価格(甲24ないし27)を考慮すれば,その平均的な価格として1000円とするのが相当である。
   ウ 証拠(乙12,14,16)によれば,被告には,平成25年9月以降,パック用シートが●●●●●●●●納入され,そのうち●●●●●●●●が,同年10月から平成26年3月までの間,被告製品として出荷されたことが認められ,出荷された被告製品は顧客に譲渡されたと考えられる。
 そうすると,被告製品のうち実際に譲渡された●●●●●●●●については,想定市場販売価格である1枚1000円を基礎として実施料相当額を算定するのが相当である。
   エ 証拠(甲29,乙13)によれば,「ロイヤルティ料率アンケート調査結果」において,「頭部に着用するもの」等を対象とする「個人用品または家庭用品」に係る特許権の「ロイヤルティ料率相場」は,「2~3%未満」が30.8%,「3~4%未満」が30.8%,「4~5%未満」が23.1%となっている。これらの数値が実施料率の通常の業界相場であると考えられるが,本件特有の事情としては,以下の点がある。
 まず,原告は,自らパック用シートの製造販売を行う者ではなく,被告の競合他社に本件特許発明を実施許諾しているといった事情もうかがわれないから,原告が,被告に対して,本件特許発明を実施許諾しなかったであろうとは考え難い。むしろ,証拠(甲6)によれば,原告と被告は,平成22年6月24日,平成23年4月18日までの秘密保持契約を締結し,被告が本件特許等を実施することを希望する場合,原告と被告はその協議をする旨が定められており,原告は,被告に対する本件特許発明の実施許諾について,積極的な姿勢を示していたといえる。なお,原告は,被告は同秘密保持契約によって原告から開示された様々な技術を使用していると主張するが,それを認めるに足りる証拠はない。
 また,被告製品は,本件特許発明の対象であるパック用シートに,美容液を含浸させたものであるところ,被告の広報雑誌(甲3)では,全4頁の被告製品の広告の中で,美容液の成分・効果とシートの素材・形状にそれぞれ1頁を当て,両者を被告製品の特徴として同等に宣伝,広告しており,このような宣伝態様は,被告製品配布用台紙(甲4)でも同様であることから,両者は,顧客の誘引に,同等に寄与していると考えられる。この点について,原告は,被告製品の美容液には特段のセールスポイントはないと主張するが,被告の上記広告の内容に照らして採用できない。
 さらに,被告製品の顧客吸引力については,被告が化粧品業界における著名企業であり,特典の元になる美容商品自体も顧客を誘引する要素になっていると考えられる上,被告製品のシートには,本件特許発明の切り込み線による効果だけではなく,鼻と口の間の縦の切り取り線の部分を切り離して引き寄せ,フェイスマスクをより立体的にして,より小鼻を覆いやすくしているという独自の工夫がされている。
 これらの事情を総合すると,本件において,被告製品を市場で販売する場合を想定した場合の実施料率は,2%と認めるのが相当である。
 なお,本件での被告製品は無償で譲渡されているが,原告が,被告に対する本件特許発明の実施許諾について,積極的な姿勢を示していたといえることは上記のとおりであるけれども,原告と被告が無償譲渡の点を考慮して実施料を特に減額するような特別な関係にあったと認めるに足りる証拠はないから,無償譲渡である点は実施料率に影響を及ぼすものではない。
   オ したがって,本件特許発明の実施である被告製品の譲渡に対し原告が受けるべき金銭の額に相当する額は,●●●●●●●●●●(=1000円×●●●●●●●●×2%)であると認められる。
  (2) ,(3)
 省略
  (4) 合計額
 以上のとおり,被告による被告製品の製造,譲渡と相当因果関係がある原告の損害額は,合計1484万6422円となる。民法所定の年5分の割合による遅延損害金の起算日は,不法行為後であり,被告製品の譲渡が終了した後の日である平成26年4月1日とするのが相当である。

【解説】
1.無償譲渡品についての実施料相当額について
 裁判所は,特許法102条3項の「特許発明の実施に対し受けるべき金銭の額」とは,本件特許発明を実施許諾する場合の客観的に相当な実施料の額をいうとしたうえで,被告製品が他の美容商品を購入した顧客に対して特典として無償譲渡されているとしても,譲渡分の実施料相当額については,有償譲渡した場合と同様に算定するのが相当であるとし,当該有償譲渡した場合の価格として同種商品の市場販売価格を用いた。
 この点,特許法102条3項の実施料相当額については,実施行為を「販売行為」と捉えた場合には,被告製品の「販売価格×実施料率」を用いるのが通常である。本件では,被告製品が無償譲渡され,被告製品の譲渡価格がいわば「ゼロ」なので,実施料相当額も「ゼロ」ということで良いのか,ということになる。
 さすがに,本件では,被告製品は「他の美容商品」の特典として譲渡され,被告製品は当該「他の美容商品」の売上に貢献し,いわば当該「他の美容商品」の売価の(少なくとも)一部を(実質的には)構成していると見ることができるので,被告製品の譲渡価格を「ゼロ」であると評価することはできないと思われる。裁判例や学説としても,無償譲渡の場合に売価が「ゼロ」だからといって,直ちに算定の根拠に「販売価格=ゼロ」を用いる見解は無いと思われる(例えば,中山編・新注解特許法下1696頁など。譲渡価格の算定に「販売価格」を用いるか,「定価」を用いるか等で見解が分かれる。)。よって,裁判所が「有償譲渡した場合と同様に算定する」とした点は妥当であると考える。
 また,裁判所は,特許法102条3項の実施料相当額を「客観的に相当な実施料の額」としたうえで,「有償譲渡した場合」の価格として「同種商品の市場販売価格」を用いたが,本件では,被告製品が市場で販売されたことが無く,「売価」も「定価」も存在しないという事情があったことを踏まえると,客観的な指標として「同種商品の市場販売価格」を用いたのも妥当であったと思われる。
2.被告の譲渡行為に対する実施料相当額について
 裁判所は,本件特許発明はパック用シートの発明であるが,被告製品を市場で販売した場合の価格(すなわち,フェイスマスクの価格)を算定単価の基礎として実施料相当額を算定した。
 このような全体製品(被告製品=フェイスマスク)の価格を算定単価に用いる場合,実務では「特許発明が侵害品の一部である場合の『寄与率』はいくらか」という議論になる。法文に無い「寄与率」と言う言葉を使うかどうか別として,裁判例でも何らかの形で「特許発明が侵害品の一部であること」を考慮するのが多いと思われ,学説でも当該事情を,それ単独で独立した要素として考慮すべきなのか(独立考慮説),実施料率等を決める中で総合的に考慮すべきなのか(総合考慮説)と言う点で違いはあるものの,何らかの形で考慮することを妥当とするものが多いと思われる(中山編・新注解特許法下1721頁。)。
 なお,「特許発明が侵害品の一部であること」を考慮する場合に当該考慮において参酌する事情としては,単に,製造原価の割合,販売価格の割合だけでなく,それ以外にも商品の価値/需要者の購買動機への寄与等を考慮するものとされる(中山編・新注解特許法下1725頁。)。
 本件では,全体製品(被告製品=フェイスマスク)の価格を算定単価に用いた上で,「特許発明が侵害品の一部であること」を考慮しているが,それを「独立した要素」として扱わず,実施料率を決定するための考慮の中で(判決文の「第4,3,(1),エ」の「本件特有の事情」として),パック用シートと美容液(フェイスマスクのうちのパック用シートを除いた部分)の宣伝広告の割合等を考慮した。このため,本件の裁判所は,「特許発明が侵害品の一部であること」を上記総合考慮説に近い考え方で採用したものと思われる。
 結果的に,裁判所は被告製品についての実施料率を「2%」とした。裁判所が算定の根拠に用いた「ロイヤルティ料率相場」が,「2~3%未満」が30.8%,「3~4%未満」が30.8%,「4~5%未満」が23.1%であったことからすれば,比較的「低め」の料率を採用したと言える。
 この点,「特許発明が侵害品の一部であること」について,独立した要素として扱うべきとの考え方(上記「独立考慮説」の立場)からは,実施料額の算定の客観的合理性を担保し,算定の予測可能性及び検証可能性を可及的に確保するべきという点が主張される(中山編・新注解特許法下1722頁。)。筆者個人としても,「実施料率」という用語(ワード)は,「ロイヤルティ料率相場」というものが現に存在するように,少なからず客観的な性質(業界マーケット的な性質)を有する用語として存在していると言えるので,そのような「実施料率」という客観的な性質を有する用語に事案の個別的な事情を入れ込むよりも,「実施料率」としてはいわば客観的なまま用い,別個に「侵害品の一部である」ことの評価を独立して行った方が望ましいと思う(この判決の「実施料率=2%」も,常に「侵害品の一部である」という事情とともに存在すればよいが,「侵害品の一部であった」という事情が万一にも捨象されてしまうと「2%」の持つ意味が本来からずれてしまうことになる。)。今般,実施料率に関し,「最低保障額としての通常の実施料相当額の認定の基礎として活用できるようにするため,通常の実施料のデータベース等の作成について,その可否も含めて具体的に検討を進める」(知的財産推進計画2016のp.55)というような方針も出ている。「実施料率」という用語の客観性はなるべく保つようにした方が良いと思う。
 なお,本件では,「侵害品の一部であった」という点を独立して考慮するに当たり「条文上の根拠がない」という批判は当らない。本件は,本件特許発明がパック用シート(被告製品に対する一部の発明)で,被告製品がフェイスマスク(全部)なので(本件特許発明がフェイスマスク(全部)で,その一部にしか実質的に特許発明が寄与していないという事案とは異なるので),本件特許発明自体にパック用シートの価値を独立して考慮しうる事情が存在していたと言えるからである。

以上

(文責)弁護士 高野芳徳