【平成28年4月8日(大阪高裁平27(ネ)3285号)
原審:平成27年10月15日(大阪地裁平26(ワ)3179号)】

【判旨】
 被告の使用する被告標章が登録商標(「中古車の110番」等の文字からなる商標)に非類似であると判断として原告の請求を棄却した原判決を変更し,被控訴人(原審被告)が控訴人(原審原告)の商標権を侵害すると判断した事例

【キーワード】
商標の類否

事案の概要

 「中古車の110番」等の文字からなる商標に係る商標権を有する原告が,その登録商標に類似する標章を被告が使用したと主張して,被告に対し損害賠償を求めた。原審では,原告の登録商標(以下「原告商標」という)は,外観とそれに伴う観念が読み仮名による称呼による印象を凌駕し,役務の出所を誤認混同するおそれがあるとは認められないから,原告商標は被告の使用する被告標章と類似するとはいえないとして,原告の請求を棄却した。本件は,原判決に不服ある原告が控訴した事案である。
 なお,本件では原告商標は2つ存在し,被告の使用標章も複数存在するが,本稿では,各々1つに絞って(以下のものに絞って)紹介する。

(原告商標)

 指定役務:37 船舶の修理又は整備,船舶の建造,航空機の修理又は整備,自転車の修理,自動車の修理又は整備,鉄道車両の修理又は整備,二輪自動車の修理又は整備,三輪自動車の修理又は整備,スノーモービルの修理又は整備,タイヤの修理

(被告標章)

(原審判決の要点)
「被告標章は原告商標に類似するか」について
1.商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された場合に,商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであり,商標の類否の判断に当たっては,同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が,その外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して,かつ,その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえた上で全体的に考察すべきものである。そして,商標の外観,観念又は称呼の類似は,その商標を使用した商品又は役務につき出所を誤認混同するおそれを推測させる一応の基準にすぎず,上記三点のうち類似する点があるとしても,他の点において著しく相違するか,又は取引の実情等によって,何ら商品又は役務の出所を誤認混同させるおそれが認められないものについては,これを類似商標と解することはできない(最高裁昭和43年2月27日判決・民集22巻2号399頁,最高裁平成9年3月11日判決・民集51巻3号1055頁参照)。
 また,複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などを除き,許されないというべきである(最高裁平成20年9月8日判決・裁判集民事228号561頁参照)。
2.原告商標について
 ア 原告商標は,①ゴシック体横書きで「中古車」,その右側に②小さなゴシック体で「の」,さらにその右側に③太ゴシック体で①よりはやや小さく「110番」とし,④「中古車」の上には小さなゴシック体で「くるま」,⑤「110番」の上には小さなゴシック体で「ヒャクトーバン」と記載してなるものである。そして,④及び⑤部分は,それぞれ①及び③部分の上に小さく添えるように平仮名及び片仮名で記載されていることからすると,①及び③部分の読み仮名として記載されていると認識されると認められる。
 イ 原告商標の外観については,上記④及び⑤は読み仮名で,文字も小さなことから,原告商標に接した需要者には,①から③部分の「中古車の110番」が特に強い支配的な印象を与えると認められる。
 ウ 原告商標の称呼は,読み仮名に従い,④②⑤の構成から,「くるまのひゃくとーばん」の称呼が生じると認められる。しかし,これは,同時に,外観上強く支配的な印象を与える「中古車の110番」の称呼としては不自然なものであることからすると,その自然的称呼である「ちゅうこしゃのひゃくとーばん」の称呼も生じると認められる。
 エ 原告商標の観念については,外観上強く支配的な印象を与える「中古車の110番」のうち,「中古車の」の部分からは,文字どおりに「中古車についての」の観念が生じると認められる。また,「110番」については,一般に「110番」が警察に緊急通報する周知の電話番号であること,そこから転じて,「○○110番」という場合,「○○についての緊急対応先」とか「○○についての相談窓口」といった意味で使用される例が多数見られること(乙8,弁論の全趣旨)からすると,同様に,「緊急対応先」とか「相談窓口」といった観念が生じると認められる。したがって,「中古車の110番」全体からは,「中古車についての緊急対応先・相談窓口」という観念が生じると認められる。
3.被告標章について
 被告標章は,白地に黒文字又は黒地に白文字のゴシック体で,「車110番」と一体に横書きしてなるものであり,「くるまひゃくとーばん」の称呼と「自動車についての緊急対応先・相談窓口」との観念が生じると認められる。
4.原告商標と被告標章の類否について
 ア 原告商標の読み仮名による称呼は「くるまのひゃくとーばん」であり,被告標章の称呼は「くるまひゃくとーばん」であるから,ほぼ同一である。しかし,その外観は,原告商標では,「中古車の110番」が強く支配的な印象を与えるのに対し,被告標章では「車110番」であり,相違する。また,観念も,原告商標では,「中古車についての緊急連絡先・相談窓口」であるのに対し,被告標章では,「自動車の緊急連絡先・相談窓口」であり,前記のとおり,「中古車」が,一度購入されたが再び売りに出された自動車と理解されることからすると,観念も異なる。そして,ほぼ同一である称呼も,原告商標で強く支配的な印象を与える「中古車の110番」についての自然でない読み仮名によって初めて生じるものであり,それにより「車の110番」を想起するわけでもないことからすると,原告商標では,「中古車の110番」との外観とそれに伴う「中古車についての緊急連絡先・相談窓口」との観念が,上記の読み仮名による「くるまのひゃくとーばん」の称呼による印象を凌駕し,役務の出所を誤認混同するおそれがあるとは認められないから,原告商標は,被告標章と類似するとはいえない。

争点

 争点は,被告の使用標章が原告商標に類似するか。

判旨抜粋

(「原告商標1」との記載をすべて「原告商標」とした。下線は筆者が付した。)
第3  当裁判所の判断
1,2 略
3  争点(2)(被告標章は原告商標に類似するか)について
(1)  商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された場合に,商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであり,商標の類否の判断に当たっては,同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が,その外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して,かつ,その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえた上で全体的に考察すべきものである。そして,商標の外観,観念又は称呼の類似は,その商標を使用した商品又は役務につき出所を誤認混同するおそれを推測させる一応の基準にすぎず,上記三点のうち類似する点があるとしても,他の点において著しく相違するか,又は取引の実情等によって,何ら商品又は役務の出所を誤認混同させるおそれが認められないものについては,これを類似商標と解することはできない(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁,最高裁平成6年(オ)第1102号同9年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号1055頁参照) 。
 また,複数の構成部分を組み合わせた結合商標と解されるものについて,商標の構成部分の一部を抽出し,この部分だけを他人の商標と比較して商標そのものの類否を判断することは,その部分が取引者,需要者に対し商品又は役務の出所識別標識として強く支配的な印象を与えるものと認められる場合や,それ以外の部分から出所識別標識としての称呼,観念が生じないと認められる場合などを除き,許されないというべきである(最高裁平成19年(行ヒ)第223号同20年9月8日第二小法廷判決・裁判集民事第228号561頁参照)。
 本件における原告商標と被告標章の類否の判断についても,上記の観点から検討すべきである。
(2)  原告商標について
 ア 原告商標は,原判決別紙商標目録記載1のとおりであり,①ゴシック体横書きで「中古車」,その右側に②小さなゴシック体で「の」,さらにその右側に③太ゴシック体で①よりはやや小さく「110番」とし,④「中古車」の上には小さなゴシック体で「くるま」,⑤「110番」の上には小さなゴシック体で「ヒャクトーバン」と記載してなるものである。
 イ 原告商標の外観について
上記アの④及び⑤部分は,それぞれ①及び③部分の上に小さく添えるように平仮名及び片仮名で記載されていることからすると,①及び③部分の振り仮名として認識されると認められる。そうすると,上記④及び⑤は振り仮名で,文字も小さいことから,原告商標に接した需要者には,①ないし③の「中古車の110番」が特に強く支配的な印象を与えると認められる。
 ウ 原告商標の称呼は,振り仮名に従い,④②⑤の構成から,一次的には「くるまのひゃくとーばん」の称呼が生じると認められる。しかし,「中古車」は,「ちゅうこしゃ」と読むのが通常であり,これを「くるま」と読むのは一般的ではないこと,原告商標のうち「中古車の110番」の部分は外観上強く支配的な印象を与えることからすると,二次的には「ちゅうこしゃのひゃくとーばん」の称呼も生じると認められる。
 なお,控訴人は,業界では,「中古車」を「くるま」と省略して呼ぶ取引の実情があると主張する。しかし,原告商標と被告標章との類否判断の前提となる原告商標の指定役務のうち「自動車の修理又は整備」の役務に関する取引の場面において,「中古車」と表記された場合に「くるま」と称呼するのが一般的であると認めるに足りる証拠はない。
 エ 原告商標の観念については,外観上強く支配的な印象を与える「中古車の110番」のうち,「中古車の」の部分からは,文字どおりに「中古車についての」の観念が生じると認められる。また,「110番」については,一般に「110番」が警察に緊急通報する周知の電話番号であること,そこから転じて,「○○110番」という場合,「○○についての緊急対応先」とか「○○についての相談窓口」といった意味で使用される例が多数見られること(乙8,弁論の全趣旨)からすると,同様に,「緊急対応先」とか「相談窓口」といった観念が生じると認められる。したがって,「中古車の110番」全体からは,「中古車についての緊急対応先・相談窓口」という観念が生じると認められる。
 なお,原告商標からは,振り仮名に従い「くるまのひゃくとーばん」の称呼が生じることは前記のとおりである。しかし,これは,飽くまで「中古車の110番」の振り仮名として認識されるものであることからすると,原告商標に接した需要者が,このような振り仮名の部分のみに着目して,「自動車についての緊急対応先・相談窓口」といった,自動車一般に関する観念を想起するとは認められない。
(3)  略
(4)  被告標章について
 被告標章は,いずれも,白地に黒文字又は黒地に白文字のゴシック体で,「車110番」と一体に横書きしてなるものであり,「くるまひゃくとーばん」の称呼と「自動車についての緊急対応先・相談窓口」との観念が生じると認められる。
(5)  原告商標と被告標章の類否について
 ア 原告商標と被告標章の類否
 外観は,原告商標のうち強く支配的な印象を与える部分の1つである「110番」と被告標章の「110番」がほぼ同じであるが,原告商標の「中古車」と被告標章の「車」の部分は相違している。称呼については,原告商標の一次的な称呼である「くるまのひゃくとーばん」と被告標章の称呼である「くるまひゃくとーばん」はほぼ同じである。観念は,原告商標では「中古車についての緊急連絡先・相談窓口」であるのに対し,被告標章では「自動車の緊急連絡先・相談窓口」であり,相違している。
 商標の類否は,前記のとおり,同一又は類似する役務について使用されていることを前提に判断すべきところ,原告商標と被告標章の類似性判断の前提となる原告商標の指定役務のうち「自動車の修理又は整備」の役務に関してみると,その対象となるのは,一度使用に供された自動車である「中古車」であることが多く,被告標章が使用された同役務に関する業務も「中古車」を対象としているものと推認されることからすると,「中古車」と「中古車」及びその対義語である「新車」を包含する上位概念である「車」「自動車」との区別がさほど重視されるとは考えられない(一般の商取引において「中古車」と「新車」の区別が重視されるのは販売・買取りの場面であることが多い。)。したがって,原告商標から生じる観念と被告標章から生じる観念の相違は著しいということはできない。
 そうすると,原告商標の一次的な称呼と被告標章の称呼はほぼ同じであり,観念は著しく相違しているとはいえないし,被控訴人らによる被告標章の使用が何ら役務の出所を誤認混同させるおそれが認められないものであるといえる取引の実情等は認められないから,原告商標と被告標章の外観の相違を考慮しても,原告商標と被告標章は類似しているというべきである。

解説

 原審では,原告商標と被告標章が非類似であると判断し,本件(控訴審)では,原告商標と被告標章が類似であると判断した。原審と本件(控訴審)では,類否判断の判断枠組み,外観,称呼,観念に関する対比結果までは同じであったが,その対比結果の評価(類否判断に与える影響の評価)で判断が分かれた。外観,称呼,観念に関する対比結果を,類否判断の評価にどう結び付けるかと言う点で,原審及び本件(控訴審)の判断の仕方の違いは,実務上参考になるので,以下で紹介した。
(1)判断枠組みについて
 本件(控訴審)では,商標の類否判断の枠組みとして,「商標の類否は,対比される両商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された場合に,商品又は役務の出所につき誤認混同を生ずるおそれがあるか否かによって決すべきであり,商標の類否の判断に当たっては,同一又は類似の商品又は役務に使用された商標が,その外観,観念,称呼等によって取引者,需要者に与える印象,記憶,連想等を総合して,かつ,その商品又は役務に係る取引の実情を踏まえた上で全体的に考察すべきものである。そして,商標の外観,観念又は称呼の類似は,その商標を使用した商品又は役務につき出所を誤認混同するおそれを推測させる一応の基準にすぎず,上記三点のうち類似する点があるとしても,他の点において著しく相違するか,又は取引の実情等によって,何ら商品又は役務の出所を誤認混同させるおそれが認められないものについては,これを類似商標と解することはできない(最高裁昭和39年(行ツ)第110号同43年2月27日第三小法廷判決・民集22巻2号399頁,最高裁平成6年(オ)第1102号同9年3月11日第三小法廷判決・民集51巻3号1055頁参照)。」との枠組みを用いた。
 この点は,原審でも同じであり,裁判実務上,最もオーソドックスな判断枠組みを用いたといえる。
(2)対比
 本件(控訴審)では,原告商標と被告標章の外観,称呼,観念に関する対比について「外観は,原告商標のうち強く支配的な印象を与える部分の1つである「110番」と被告標章の「110番」がほぼ同じであるが,原告商標の「中古車」と被告標章の「車」の部分は相違している。称呼については,原告商標の一次的な称呼である「くるまのひゃくとーばん」と被告標章の称呼である「くるまひゃくとーばん」はほぼ同じである。観念は,原告商標では「中古車についての緊急連絡先・相談窓口」であるのに対し,被告標章では「自動車の緊急連絡先・相談窓口」であり,相違している。」とした。
 この点,原審でも,これらの対比について「原告商標の読み仮名による称呼は「くるまのひゃくとーばん」であり,被告標章の称呼は「くるまひゃくとーばん」であるから,ほぼ同一である。しかし,その外観は,原告商標では,「中古車の110番」が強く支配的な印象を与えるのに対し,被告標章では「車110番」であり,相違する。また,観念も,原告商標では,「中古車についての緊急連絡先・相談窓口」であるのに対し,被告標章では,「自動車の緊急連絡先・相談窓口」であり,前記のとおり,「中古車」が,一度購入されたが再び売りに出された自動車と理解されることからすると,観念も異なる。」とし,本件(控訴審)とほぼ同じ対比結果となっている。
(3)対比結果が類否判断に与える影響
 原審では,原告商標の「中古車」と言う部分と被告標章の「車」と言う部分の違いについて,「ほぼ同一である称呼も,原告商標で強く支配的な印象を与える「中古車の110番」についての自然でない読み仮名によって初めて生じるものであり,それにより「車の110番」を想起するわけでもないことからすると,原告商標では,「中古車の110番」との外観とそれに伴う「中古車についての緊急連絡先・相談窓口」との観念が,上記の読み仮名による「くるまのひゃくとーばん」の称呼による印象を凌駕し,役務の出所を誤認混同するおそれがあるとは認められない」として,被告標章が原告商標に非類似であるとした。
 これに対し,本件(控訴審)では,本件原告商標の指定役務を考慮し(・・・・・・・・・・・・・・・),すなわち「原告商標と被告標章の類似性判断の前提となる原告商標の指定役務のうち「自動車の修理又は整備」の役務に関してみると,その対象となるのは,一度使用に供された自動車である「中古車」であることが多く,被告標章が使用された同役務に関する業務も「中古車」を対象としているものと推認されることからすると,「中古車」と「中古車」及びその対義語である「新車」を包含する上位概念である「車」「自動車」との区別がさほど重視されるとは考えられない(一般の商取引において「中古車」と「新車」の区別が重視されるのは販売・買取りの場面であることが多い。)」と言う点を踏まえると,「原告商標から生じる観念と被告標章から生じる観念の相違は著しいということはできない」とし,被告標章が原告商標に類似するとした。
(4)まとめ
 上記判断枠組みによれば,商標の類否判断の場面では「対比される両商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された場合」が前提となるので,原告商標の指定役務が何か,被告が使用している役務(業務)が何かということが議論の前提になる。この意味で,本件(控訴審)のように,原告商標の指定役務及び被告が使用している役務(「自動車の修理又は整備」の役務)について,「自動車の修理又は整備」の役務が「中古車」を対象とすることが多く,「中古車」と対義語である「新車」を包含する上位概念である「車」,「自動車」との区別がさほど重視されない,とする部分の論述には説得力を感じる。
 本件(控訴審)の判断は,上記判断枠組み通りといえば,それまでではあるが,外観,称呼,観念に関する対比結果を「対比される両商標が同一又は類似の商品又は役務に使用された場合」に引きつけた論証を行っている点で説得力があり,参考になると思う。

以上
(文責)弁護士 髙野芳徳