【平成29年6月29日判決(東京地裁 平成28年(ワ)第36924号)】

【判旨】
個人としてソフトウェアの受託開発業を営んでいる原告が,被告は原告の著作物であるプログラムのソースコード(以下「本件プログラム」という。)を使用してプログラムを作成し,当該プログラムを搭載した機器を取引先に納入することにより,原告の著作権(翻案権,譲渡権及び貸与権)を侵害したと主張して,被告に対し,著作権法112条1項及び2項に基づく差止請求並びに民法709条及び著作権法114条2項に基づく損害賠償金の支払いを求めたのに対し,本件プログラムは表現上の創作性がなく,著作権法により保護される著作物であると認めることはできないとして,原告の請求を棄却した事例。

【キーワード】
プログラムの著作物,著作物性,創作性

1 事案の概要

 原告は,個人としてソフトウェアの受託開発業を営む者であり,被告は,精密機器及び部品の開発,設計,製造,販売等を目的とする株式会社である。
 被告は,疎外S社から半導体チップの選別機の製造を受託し,当該機器を制御するソフトウェア(以下「本件ソフトウェア」という。)の開発を原告に委託し,原告との間で請負契約を締結した。原告は,本件ソフトウェアの開発に着手後,被告の会社内に設置されたパソコンを用いて本件ソフトウェアの開発作業を進めていたが,その後に生じた本件ソフトウェアの仕様変更に関し,原告と被告との間で協議がまとまらなかったため,本件ソフトウェアが完成しないまま請負契約は終了した。
 被告は,原告との請負契約の終了後,他社に対して本件ソフトウェアの開発を委託し,本件ソフトウェアを搭載した機器をS社に納入した。当該機器に搭載された本件ソフトウェアには,原告が作成し,被告会社のパソコン内に保存されていた仕掛品のプログラム(本件プログラム)が使用されていた。

2 争点

 本件では,(1)本件プログラムの著作物性,(2)被告による著作権侵害(翻案権,譲渡権及び貸与権侵害)の成否,(3)本件プログラムの著作権の帰属,の3点が主な争点となったが,本稿では(1)について採り上げることとする。

3 当事者の主張

 原告は,本件プログラムが,開発のベースとなった被告所有のプログラムからは独立したプログラムであり,且つ下記(1)~(3)に掲げる機能ないし特徴を備えたものであることから,本件プログラムは原告の思想・感情を創作的に表現したものであって,著作物に当たると主張した。

(1)本件プログラムの機能

・カメラからの画像をリアルタイムで取得し,画像処理した結果とともに,画像を画面に表示し,ユーザーが本件機器の処理状況を確認しやすくする機能。
・取得した画像をリアルタイムで画像処理し,チップの位置を検出し,本件機器がチップをつかむことを可能とする機能。
・本件機器のシステムにおいて用いる2台のパソコンを連携させるための通信機能。
・ユーザーが必要とする処理結果を容易に得られるよう,あらかじめ作成したテンプレートファイルの内容に従って各種計算と計算処理などを行い,これをファイル出力する機能。
・被告がプラットフォームとして提供したソフトウェアから上記各機能を実現するためのインターフェース機能。

(2)本件プログラムの特徴

・1つのプログラムにおいて,トレイに並べられたチップを測定位置に移動させる「搬送系」と測定を行う「測定系」という2つの機能を備えている。
・プログラムの階層化を行い,ハードウェア固有の制御をインターフェース制御から切り離すことにより,ソースコード量が減少し,開発効率が向上している。
・ヘッダファイルのみでプログラミングを行うことにより,ファイル数が半減し,ソースコード量も削減されるなど,メンテナンス性が向上している。
・COCKPITで用いられている古い文字コードと最近のプログラム開発において用いられている文字コードの切替えを工夫し,使いやすくしている。

(3)本件プログラムの表現上の特徴

・マイクロソフトが提供するライブラリで使用している名称と区別するため,クラス,関数,変数などは,全て小文字を使用する。
・関数の中でローカル変数とクラスメンバ変数を区別するため,クラスメンバ変数の先頭には「_(アンダースコア)」を付ける。

 これに対し,被告は,(ⅰ)本件プログラムは開発のベースとなった被告所有のプログラムに追加機能を書き足すものであり,被告所有のプログラムの一部を構成するのみであるから,独立した著作物とはいえないこと,(ⅱ)本件プログラムは未完成であり,表現たる表現たる指令が完成していないこと,(ⅲ)本件プログラムは,指令の表現やその組合せ等について作成者の個性が表れたものとはいえず,著作物に当たらないこと,等を主張した。

4 裁判所の判断

 最初に,裁判所は,プログラムの著作物における著作物性(創作性)の判断基準について以下のとおり判示した(下線部は筆者付与)。
 

著作権法が保護の対象とする「著作物」は,「思想又は感情を創作的に表現したもの」(同法2条1項1号)をいい,アイデアなど表現それ自体でないもの又はありふれた表現など表現上の創作性がないものは,著作権法による保護は及ばない。
プログラムは「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」(同項10号の2)である。著作権法は,プログラムの機能やアイデアを保護するものではなく,その具体的表現を保護するものであるところ,プログラムにおいては,所定のプログラム言語,規約及び解法に制約されつつ,コンピューターに対する指令をどのように表現するか,その指令の表現をどのように組み合わせ,どのような表現順序とするかなどについて作成者の個性が表れることになる。
したがって,プログラムに著作物性があるというためには,指令の表現自体,その指令の表現の組合せ,その表現順序からなるプログラムの全体に選択の幅があり,かつ,それがありふれた表現ではなく,作成者の個性,すなわち,表現上の創作性が表れていることが認められる必要がある。

 そして,原告が上記「3」「(1)」及び「(2)」で主張した本件プログラムの機能及び特徴について,下記のとおり,著作物性を認める根拠とはならないと判示した。
 

原告は,本件プログラムは,画像処理に基づく表示機能や処理機能,通信機能などの各種機能を備えていること,性質の異なる2種類の機能を同時に備えるという特徴や開発効率及びメンテナンス性の向上などの特徴があることを挙げて,本件プログラムには創作性があると主張する。
しかし,前記のとおり,著作権法はプログラムの機能そのものを保護するものではないから,本件プログラムの機能についての原告の主張は,本件プログラムが著作物性を有することの根拠となるものではない。また,本件プログラムの特徴についての主張も,それらの特徴に係るコンピューターに対する指令について,上記の選択の幅等やそれがありふれた表現でないことを主張するものではなく,本件プログラムが著作物性を有することの根拠に直ちになるものではない。なお,原告は,本件プログラムの創作性に関し,本件プログラムの構成や本件プログラムに用いられている理論に関する証拠(甲5,7,8)を提出しているが,これらも本件プログラムの構成や内容に関するアイデアを記載したものであり,コンピューターに対する指令の表現に創作性があることを立証するに足りるものではない。

 また,原告が上記「3」「(3)」で主張した本件プログラムの表現上の特徴については,下記のとおり「ありふれた表現」にすぎないとして著作物性を認めなかった。
 

また,原告は,本件プログラムには,①クラス,関数,変数などは全て小文字を使用すること,②クラスメンバ変数名の先頭には「_(アンダースコア)」を付することなど,表現上の特徴があると主張するが,これらの表記方法は,関数その他の指令単体の表現の特徴であって,その組合せに係る表現の特徴ではない上,いずれもありふれた表現ということができるから,本件プログラムに著作物性があるということはできない。

 さらに,判決は,原告の訴訟活動についても言及し,本件プログラムの著作物性について主張立証の機会が与えられていたにもかかわらず,これを行わなかった点を指摘した上で,本件プログラムの著作物性を否定し,原告の請求を棄却した。
 

本件においては,本件プログラムの著作物性の有無が争点となり,原告は,本件プログラムの著作物性につき主張立証の機会を与えられていたにもかかわらず,上記(2)のとおり主張立証するほかは,本件ソースコードを証拠(甲6)として提出し,また,本件プログラムの処理の内容を述べたのみであり,本件ソースコードの具体的な表現につき,その表現自体や表現の組合せ,表現順序からなるプログラムの全体に選択の幅があり,かつ,それがありふれた表現ではなく,作成者の個性,すなわち,表現上の創作性が表れていることを主張立証しなかった。
したがって,本件プログラムが著作権法により保護される著作物であると認めることはできず,その余を判断するまでもなく,著作権侵害についての原告の主張は採用することができない。

5 検討
 コンピューターのプログラムについては,著作権法で保護することが世界的な傾向であるものの,プログラム自体はいかに効率的にコンピューターを動作させるかという点に本質的な価値があり,表現の創作性に重きを置く著作権法の発想に馴染まないとの批判がある。
 裁判例の傾向としては,(1)選択の幅が極めて小さいこと,解法そのものであること,ありふれた記述であることなどを理由として,プログラムの著作物性(創作性)を否定するものと,(2)膨大な量のソースコードと関数から構成されていることを根拠に司令の組み合わせには多様な選択の幅があるなどとして,プログラムの著作物性(創作性)を肯定する裁判例とに分かれている1
 著作物性を否定する裁判例としては,平成24年1月25日知財高裁判決(平21年(ネ)10024号)があり,プログラムの著作物性の判断基準等について本件と同様の基準を示した上で,1審原告がプログラムのいかなる箇所に表現上の創作性があるかを具体的に主張立証しなかったとして,1審原告の請求を棄却している。

※平21年(ネ)10024号知財高裁判決より抜粋

(3)  プログラムの著作物性の判断基準
 ところで,プログラムは,「電子計算機を機能させて一の結果を得ることができるようにこれに対する指令を組み合わせたものとして表現したもの」(著作権法2条1項10号の2)であり,所定のプログラム言語,規約及び解法に制約されつつ,コンピューターに対する指令をどのように表現するか,その指令の表現をどのように組み合わせ,どのような表現順序とするかなどについて,著作権法により保護されるべき作成者の個性が表れることになる。
 したがって,プログラムに著作物性があるというためには,指令の表現自体,その指令の表現の組合せ,その表現順序からなるプログラムの全体に選択の幅があり,かつ,それがありふれた表現ではなく,作成者の個性,すなわち,表現上の創作性が表れていることを要するといわなければならない。
(4)  本件プログラムの表現上の創作性
・・・(中略)・・・

 もっとも,1審原告は,本来,ソースコードの詳細な検討を行うまでもなく,本件プログラムは著作物性を有するなどと主張して,当初,本件プログラムのソースコードを文書として提出せず,当審の平成22年5月10日の第4回弁論準備手続期日における受命裁判官の求釈明により,本件プログラム全体のソースコードを文書として提出するか否かについて検討し,DHL車側プログラムについては,ソースコードを提出したものの,本件プログラムのいかなる箇所にプログラム制作者の個性が発揮されているのかについて具体的に主張立証しない。
したがって,DHL車側プログラムに挿入された上記命令がどのような機能を有するものか,他に選択可能な挿入箇所や他に選択可能な命令が存在したか否かについてすら,不明であるというほかなく,当該命令部分の存在が,選択の幅がある中から,プログラム制作者が選択したものであり,かつ,それがありふれた表現ではなく,プログラム制作者の個性,すなわち表現上の創作性が発揮されているものであることについて,これを認めるに足りる証拠はないというほかない。

 本件も,上記知財高裁判決と同様の判断枠組みに沿って,プログラムの著作物性の判断を行ったものと考えられる。
 実務上の指針として,プログラムの著作権侵害を主張するためには,単にソースコードが同一であることを示すのみではなく,当該ソースコードのいかなる部分に作者の個性すなわち表現上の創作性(=機能やアイディアレベルの創作性ではなく,具体的表現の創作性)が表れているかについても,具体的な主張・立証が求められる点に留意する必要がある。
 本件は,原告に代理人が付いていない本人訴訟であったが,原告の訴訟活動に対する裁判所の言及等を踏まえると,仮に代理人が付いた上で上記の点について詳細な主張立証が行われていれば,結論が変わった可能性も十分にあるのではないかと推察される。

以上
(文責)弁護士・弁理士 丸山真幸

1 高部眞規子編「著作権・商標・不競法関係訴訟の実務」商事法務