【知財高判平成28年12月6日・平成27年(行ケ)第10150号】

【キーワード】
官能試験、アンケート、サポート要件、食品

1 事案の概要

 本件は、特許第4324761号に対する特許無効審判の不成立審決の取消訴訟である。原告が主張した取消事由は、進歩性欠如、サポート要件、実施可能要件及び明確性要件に関する判断の誤りと多岐にわたるが、本稿の目的に鑑みてサポート要件についてのみ触れることとする。

2 特許請求の範囲の記載

 無効審判において訂正請求がなされており、訂正後の本件特許の特許請求の範囲の請求項1は、以下のとおりである。以下、訂正後の請求項1記載の発明を「本件発明」という。
「【請求項1】
下記の処方を有することを特徴とする炭酸飲料:
(1)果物又は野菜の搾汁を10~80重量%の割合で含む、
(2)炭酸ガスを2ガスボリュームより多く含む、
(3)可溶性固形分含量が屈折糖度計示度で4~8度である、
(4)全甘味量が砂糖甘味換算で8~14重量%である
(5)スクラロースを含む高甘味度甘味料を含む
(6)スクラロースを含む高甘味度甘味料によって付与される甘味の全量が、全甘味量100重量%あたり、砂糖甘味換算で25重量%以上を占める、
(7)全ての高甘味度甘味料によって付与される甘味の全量100重量%のうち、スクラロースによって付与される甘味量が、砂糖甘味換算量で50重量%以上である。」

3 本件発明の解決すべき課題

 本件発明の解決すべき課題について、裁判所は、本件明細書の記載から、「本件発明は、果汁等の植物成分と炭酸ガスの両者を含有する飲料であって、植物成分の豊かな味わいと炭酸ガスの爽やかな刺激感(爽快感)をバランス良く備えた植物成分含有炭酸飲料を提供することを課題とするものである。」、と認定した。

4 本件明細書の実施例の概要

  ⑴ 実施例1、比較例1~3

【表1】

 上記表1に記載の処方からなる調合液に炭酸ガスを3容量%となるように封入し、グレープ炭酸飲料を調製した。このグレープ炭酸飲料をパネラー5名に飲んでもらい、口当たり、爽快感、及びフルーツの風味感について評価してもらった。各項目の評価は、パネラー5名に下記の表に記載した基準に従って5段階評価を行ってもらい、5名の平均値から求めた(表は筆者が作成)。結果は表1に記載のとおり。
<評価基準>

非常に良い
やや良い
普通
やや悪い
非常に悪い

 ⑵ 実施例2
  炭酸ガス容量が2.5容量%の果汁入り炭酸飲料(処方は省略。植物成分の含有量が31重量%、可溶性固形分含量が4.5度、全甘味料が9.8重量%、スクラロース及びアセルファムカリウムによって付与される簡易の総量が53.1重量%)を調製し、実施例1と同様にパネラーに評価してもらった。その結果、口当たり:4.8、爽快感:4.6、フルーツの風味感:4.4であり、「みずみずしいフルーツ風味と炭酸の刺激感がマッチしている」、「人参の臭みが感じられない」といった意見が得られた。

 ⑶ 実施例3
  炭酸ガス容量が2.2容量%のティーソーダ飲料(処方は省略。植物成分の含有量が45重量%、可溶性固形分含量が4.6度、全甘味料が9、0重量%、スクラロースによって付与される甘味の全量が53.3重量%)を調製し、実施例1と同様にパネラーに評価してもらった。その結果、口当たり:4.7、爽快感:4.2、フルーツの風味感:4.3であり、この飲料は、口当たりもよく、紅茶風味やりんご果汁由来のフルーツの呈味感が良好で、炭酸ガス由来の爽快感もあり、呈味感と爽快感のマッチした良好な飲料となった。

 ⑷ 実施例4
  炭酸ガス容量が2.6容量%のアップル炭酸アルコール飲料(処方は省略。植物成分の含有量が33重量%、可溶性固形分含量が6.0度、全甘味料が8.3重量%、スクラロースによって付与される甘味の全量が48.2重量%)を調製し、実施例1と同様にパネラーに評価してもらった。その結果、口当たり:4.6、爽快感:4.8、フルーツの風味感:4.7であり、「果汁感と炭酸感、アルコール感の刺激が非常によくマッチしている」「口当たりが非常にまろやかになり、かつ、アルコール感が和らぐので飲みやすい」と言った意見が得られた。

5 サポート要件についての審決の理由の要旨

 審決は、発明の詳細な説明における実施例1~4では、本件発明の数値範囲を満たす果汁入り炭酸飲料が「口当たり」、「爽快感」及び「フルーツの風味感」において優れていることが十分に確認されている一方、比較例1~3では、本件発明1の数値範囲を満たさない果汁入り炭酸飲料が「口当たり」、「爽快感」及び「フルーツの風味感」において劣ることが確認されていることからすると、本件発明が甲1発明とは数値のみが相違する数値限定発明であるにもかかわらず、その数値の技術的意義が実験データにより示されていないとはいえない。したがって、本件訂正明細書の記載内容及び出願時の技術常識を考慮しても、実施例の内容を本件発明において規定された数値及び/又は材料の全範囲に拡張ないし一般化できるものではないとはいえない、と判断し、本件特許がサポート要件を満たすとした。

6 サポート要件についての本判決の判示内容

 裁判所は、上記「第1 はじめに」に示した偏光フィルム事件が提示したサポート要件の判断規範を示し、上記のように本件発明の課題を認定したうえで、植物成分、炭酸ガス、可溶性固形分、甘味料、高甘味度甘味料によって付与される甘味の全量、スクラロースのそれぞれについて、好ましい含有量などの発明の詳細な説明に記載された一般的な説明を引用し、実施例について以下のように判示した。
「その上で、本件訂正明細書の実施例(・・・)において、植物成分、炭酸ガス及び可溶性固形分の含量、甘味量、高甘味度甘味料によって付与される甘味の全量、並びにスクラロースによって付与される甘味の割合が上記の数値範囲を満たす実施例1、実施例2及び実施例4の果汁入り炭酸飲料が、可溶性固形分含量、高甘味度甘味料によって付与される甘味の全量、及びスクラロースによって付与される甘味の割合が上記数値範囲を満たさない比較例1(可溶性固形分含量9.0度、高甘味度甘味料の割合0%)、植物成分含量が上記数値範囲を満たさない比較例2(植物成分含量5重量%)及び炭酸ガス含量が上記数値範囲を満たさない比較例3(ガス容量1.5ガスボリューム)と比べて、「口当たり」、「爽快感」及び「フルーツの風味感」の何れか又は全ての点において優れていることが示されており、その内容は、本件訂正明細書の具体的な記載(前記ア~カ)とも矛盾しない。」

7 検討

 本判決は、本件特許がサポート要件を満たすと判断した。
 本件特許の実施例は、炭酸飲料を調製し、それをパネラーによる官能試験に供するというものであった。調製された炭酸飲料を評価したパネラーは5名であり、評価は口当たり、爽快感及びフルーツの風味感についてそれぞれ5段階評価であった。そして、5名のパネラーの評価の平均値が試験結果とされ、各パネラーごとの評価値は記載されていない。
 このように、本件特許の実施例における官能試験では、パネラーの数は少なく、各パネラーの個人差を是正するような処理は特に行われていないが、判決中では特に問題視されることはなかった。

以上
(文責)弁護士 篠田 淳郎