【平成28年3月28日判決(東京地裁 平成26年(ワ)第1690号】

【事案の概要】
 名称を「建築用パネル」(本件特許1,本件発明1)及び「壁パネルの下端部の支持構造」(本件特許2,本件発明2)とする各発明の特許権者である原告が,被告各製品は,本件各発発明の技術的範囲に属し,本件各特許権を侵害するとして,被告各製品の輸入・使用等の差止め及び被告各製品・半製品の廃棄,並びに不法行為による損害賠償(一部請求)をそれぞれ求めた事案である。

【キーワード】
文書提出命令,民事訴訟法224条3項,特許法102条2項,特許法105条1項

 本件では,被告各製品は本件発明1の技術的範囲に属するか,本件発明1についての特許は無効理由(記載要件違反)が存在するとして特許無効審判により無効にされるべきものと認められるか等が争われたが,本記事では,本件特許権1又は同2の侵害により原告が受けた損害の額に関する争点における文書提出命令に関連する箇所のみを取り上げる(下線等の強調は筆者が付した。)。

1.裁判所の判断

 6 争点6(本件特許権1又は同2の侵害により原告が受けた損害の額)について
 (1) 既に認定説示したとおり,被告が被告各製品を輸入,使用,譲渡又は譲渡の申出をする行為は,本件特許権1を侵害し,また,本件特許権2を侵害するとみなされる行為であるところ,被告は,その侵害の行為について過失があったものと推定される(特許法103条)。
 (2) 被告による本件特許権1及び同2の侵害行為により原告が受けた損害の額につき,原告は,特許法102条2項の適用を主張するところ,証拠(甲32,54ないし58)によれば,原告は,少なくとも被告各製品と競合する建築用壁パネルを販売しているものと認められるから,原告には,被告による本件特許権1及び同2の侵害行為がなかったならば利益が得られたであろう事情が認められるといえ,同条項の適用が認められるべきである(知財高裁平成24年(ネ)第10015号同25年2月1日特別部判決・判時2179号36頁)。
 (3) そこで,上記侵害行為により被告が受けた利益につき検討する。
 ア 原告は,本件特許権1の侵害による損害に関して,被告における平成23年1月1日から平成26年12月21日(本件特許権1の存続期間満了の日)までの間の被告各製品の売上高は合計8億1685万6414円(うち平成26年1月23日までの売上高は7億8021万6380円)であり,被告各製品の利益率はいずれも15パーセントを下回ることはないから,被告は,本件特許権1の侵害行為によって被告が受けた利益の額は,少なくとも合計1億2252万8463円(うち平成26年1月23日までの売上に係る利益は1億1703万2457円)であると主張する。
 また,原告は,本件特許権2の侵害による損害に関して,被告における平成23年1月1日から平成27年4月20日までの間の被告各製品の売上高は合計8億1715万2306円(うち平成26年1月23日までの売上高は7億8021万6380円)であり,被告各製品の利益率はいずれも15パーセントを下回ることはないから,被告は,本件特許権2の侵害行為によって被告が受けた利益の額は,少なくとも合計1億2257万2847円(うち平成26年1月23日までの売上に係る利益は1億1703万2457円)であると主張する。
 イ これに対し,被告は,本件の第1回弁論準備手続において陳述した被告準備書面(1)において,損害額に関する原告の主張に対して「否認ないし争う。」とし,本件の第3回弁論準備手続期日において陳述した被告準備書面(3)において,被告各製品の販売時期について,被告製品1-1について平成24年12月以降,同1-2について平成23年10月以降,同4-1について平成24年のみ,同4-2について平成23年9月以降と主張したが,被告各製品の具体的な販売数量を主張することはなく,また,被告が受けた利益の額を積極的に明らかにすることもなかった
 ウ 原告は,平成27年11月20日,被告における平成23年1月1日から平成27年4月20日までの被告各製品の売上高及び利益の額が原告の主張する額であることを証明するため,特許法105条1項に基づき,被告に対し,被告各製品の販売量,販売単価,販売原価及び販売のために直接要した販売経費の額が記載されている書面である売上伝票,請求書控え,製造原価報告書及び経費明細書(製造経費及び販売経費)(以下,併せて「対象文書」という。)の提出を求める文書提出命令申立てを行った(当庁平成27年(モ)第3723号事件)。
 当裁判所は,平成27年12月2日,被告に対し,決定の確定の日から14日以内に,対象文書を当裁判所に提出すべきことを命ずる決定(以下「本件文書提出命令」という。)をして,同日,決定書の正本が被告に送達された。本件文書提出命令は,平成27年12月9日の経過により確定したところ,被告は,上記提出期限内に,対象文書を当裁判所に提出しなかった
 エ 以上のとおり,被告は,当裁判所がした本件文書提出命令にもかかわらず,正当な理由なく,対象文書を提出しなかったものである。
 そこで,民訴法224条1項又は3項の規定により,対象文書の記載に関する原告の主張を真実と認め,又は対象文書により証明すべき事実に関する原告の主張を真実を認めることができるかについて検討する。
 対象文書は,被告の売上伝票,請求書控え,製造原価報告書及び経費明細書(製造経費及び販売経費)であって,被告の業務に際して作成される会計帳簿書類であるから,その記載に関して,原告が具体的な主張をすることは著しく困難である。また,原告が,対象文書により立証すべき事実(被告における平成23年1月1日から平成27年4月20日までの被告各製品の売上高及び利益の額が原告の主張する額であること)を他の証拠により立証することも著しく困難である。
 そうすると,民訴法224条3項の規定により,被告における平成23年1月1日から平成27年4月20日までの被告各製品の売上高及び利益の額は,原告の主張,すなわち,被告は,平成23年1月1日から平成27年4月20日までの間に,被告各製品を販売して合計8億1715万2306円を売り上げ(うち平成26年1月23日までの売上高は7億8021万6380円,同年12月21日までの売上高は8億1685万6414円),かつ,被告各製品の利益率はいずれも15パーセントを下回ることはないとの事実を真実であると認めるのが相当である。なお,被告の平成22年4月1日から平成26年3月31日までの総売上の合計が53億6258万6000円であり,うち,完成工事高が36億2028万2000円,兼業事業売上高が17億4230万4000円であること,同期間中の兼業事業売上高に占める原価率は66.27パーセントであること(以上につき,甲70ないし77),被告は,被告製品1-1及び同1-2につき平成21年12月17日に,被告製品4-1及び同4-2につき平成23年11月7日に耐火認定(建築基準法及び同法施行令に規定する基準に適合することの認定)を受けたこと(当事者間に争いがない。)などの事実関係からすれば,上記真実擬制に係る事実は,客観的真実とも十分に符合しうるというべきである。
 オ そうすると,被告は,本件特許権1の侵害により,8億1685万6414円に15パーセントを乗じて算出される1億2252万8462円(うち平成26年1月23日までの売上に係る利益は1億1703万2457円)の利益を受けたものと認められる。

2.検討

 特許権侵害訴訟の損害論に進んだ場合で,特許法102条2項に基づく請求をする場合,被告において,侵害品の売上げ(単価,譲渡数量)及び売上から控除すべき経費等を証明する資料を(自ら又は裁判所に促されて)任意に提出することが多いように思われる。
 本件は,文書提出命令がなされたにもかかわらず,被告は対象文書(売上伝票,請求書控え,製造原価報告書及び経費明細書)を提出しなかった。
 文書提出命令に従わない場合等の効果は民事訴訟法224条に定められているところ,場合によっては,相手方(原告)の事実に関する主張が真実と認められる。
 文書提出命令の申立人は,自ら文書を所持しているわけではないので,必ずしも文書の記載内容を具体的に主張することができるとは限らず,そのような主張ができない場合には,文書の記載のみを真実擬制の対象とする見解によれば,当事者の文書提出義務違反の制裁は意味を失うことになる。そうすると,当事者である文書所持者は,提出命令に従わず,また文書の使用を妨げた方が有利な判決を得られることになってしまう。それは文書提出命令制度の実効性を著しく阻害し,真実の発見を困難にし,当事者間の公平にも反する。そこで,現行法は,民事訴訟法224条3項において,当事者の文書提出義務違反の効果を強化し,証明すべき事実に関する相手方の主張も真実と認めることのできる対象に加えたものである(秋山幹夫外(2019年)コンメンタール民事訴訟法Ⅳ 日本評論社,517頁)。
 ところで,文書提出命令に従わず,相手方の事実に関する主張が真実だと認められたとしても,対象文書を提出した場合よりも被告にとっては有利になることはあり得るように思える。つまり,対象文書を提出した場合に認定されると想定される利益(損害額)が真実擬制によって認められる利益(損害額)よりも高い場合には,被告にとっては対象文書を提出することへのインセンティブが働かないと考えられる。したがって,民事訴訟法224条3項において,当事者の文書提出義務違反の効果を強化したとしても,一定の限度はあるように思われる。
 なお,本判決は,真実擬制を認めた後,なお書きではあるものの,証拠に基づき認定される「事実関係からすれば,上記真実擬制に係る事実は,客観的真実とも十分に符合しうるというべきである。」と判示している。
 民事訴訟法224条3項は,同条1項・2項の場合と同様,裁判所は「真実と認めることができる」だけであり,常に真実であると認めなければならないわけではない。例えば,他の証拠や弁論の全趣旨から当該事実が真実でないことが明らかな場合や,当該事実が当該文書によって証明できないことが明らかであるような場合には,当該事実を真実と認める必要はないと解される(前掲秋山幹夫外518~519頁)。
 また,文書の記載内容が主張できなくても他の証拠によって要証事実を証明できるのであれば,やはりその証拠により立証すべきであると考えられ,そのような場合にまで要証事実についての申立人の主張を真実と認めることは,申立人に過度の利益を与え,所持者に過度の制裁を科す結果となる(前掲秋山幹夫外517頁)。
 以上からすれば,「事実関係からすれば,上記真実擬制に係る事実は,客観的真実とも十分に符合しうるというべきである。」との判示は,他の証拠によって要証事実を証明できることまで意味するのではなく,当該事実を真実と認めることができる場合であることを裏付ける趣旨と理解するのが相当だと考える。
 本件は,特許権侵害訴訟において,民事訴訟法224条3項の真実擬制を認めた事例として興味深いことから紹介した。

以上
(文責)弁護士・弁理士 梶井啓順