【平成28年1月14日(東京地裁平成27年(ワ)第7033号)】

【キーワード】
 不正競争防止法2条1項3号,19条1項5号イ,形態模倣,保護,始期,サンプル,展示会,スティック型加湿器

第1 事案の概要

 原告らは,総合家電メーカーのプロダクトデザイナーであり,平成23年にデザインユニット「knobz design」を結成し,フリーのデザイナーとしても活動している。
 被告セラヴィは,インテリア・デザイン家電,生活雑貨等の企画,生産及び輸入卸を業とする株式会社であり,被告スタイリングライフは,雑貨店の店舗経営等を業とする株式会社である。
 本件は,別紙原告加湿器目録記載1~3の加湿器(以下,それぞれを同目録記載の番号により「原告加湿器1」などという。)の開発者である原告らが,被告らに対し,被告商品の形態は原告加湿器1及び2の形態に依拠し,これらを模倣したものであって,被告らによる被告商品の輸入及び販売は上記加湿器に係る原告らの著作権(譲渡権又は二次的著作物の譲渡権)を侵害するとともに,不正競争(不正競争防止法2条1項3号)に当たると主張して,〔1〕同法3条1項及び2項又は著作権法112条1項及び2項(選択的請求)に基づき,被告商品の輸入等の差止め及び廃棄,〔2〕民法709条,719条1項及び不正競争防止法5条3項2号又は著作権法114条3項(選択的請求)に基づき,被告らにつき損害賠償金120万円及びこれに対する不法行為の後の日(訴状送達の日の翌日)である平成27年3月24日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払,被告セラヴィにつき損害賠償金120万円及びこれに対する同日から支払済みまで同割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
 本稿では,不正競争該当性のみを取り上げる。


左から時計まわりに,原告加湿器1~3(最高裁判所HPより引用)

第2 判旨(下線は筆者による)
 「不正競争防止法2条1項3号」「が他人の「商品」の形態の模倣に係る不正競争を規定した趣旨は,市場において商品化するために資金,労力等を投下した当該他人を保護することにあると解される。そして,事業者間の公正な競争を確保するという同法の目的(1条参照)に照らせば,上記「商品」に当たるというためには,市場における流通の対象となる物(現に流通し,又は少なくとも流通の準備段階にある物)をいうと解するのが相当である。
 「原告加湿器1及び2は加湿器として開発されたものであり,使用するためには電源が必要になるところ,原告が平成23年11月及び平成24年6月に展示会に出品した際には,いずれも加湿器の本体を外部電源に銅線で接続することにより電気の供給を受ける構成となっていた。」
 「原告らは,平成24年7月,被告スタイリングライフの担当従業員から原告加湿器2の製品化について問合せを受けたのに対し,原告らと考えの合致する製造業者が見つかっておらず,製品化の具体的な日程は決まっていない旨回答した。」
 「原告らは,平成27年1月5日頃,原告らのウェブサイトで原告加湿器3の販売を開始した。原告加湿器3は,加湿器本体とUSB端子がケーブルで接続され,これにより電気の供給を受ける構成となっている。」
 「上記事実関係によれば,原告加湿器1及び2は,上記各展示会の当時の構成では一般の家庭等において容易に使用し得ないものであって,開発途中の試作品というべきものであり,被告製品の輸入及び販売が開始された平成25年秋頃の時点でも,原告らにおいて原告加湿器1及び2のような形態の加湿器を製品化して販売する具体的な予定はなかったということができる。そうすると,原告加湿器1及び2は,市場における流通の対象となる物とは認められないから,不正競争防止法2条1項3号にいう「商品」に当たらないと解すべきである。」
 「これに対し,原告らは,原告加湿器1及び2は展示会に出品された時点で形態が模倣可能な状態に置かれたから「商品」に当たる旨主張するが,以上に説示したところに照らし,これを採用することはできない。」

第3 若干のコメント
 不競法第2条1項3号における保護は,「日本国内において最初に販売された日から起算して三年」(不競法19条1項5号イ)を経過するまでとされているが,その保護の始期は条文上明らかではない。
 この点については,
①日本国内で販売開始がされていなければ保護されない 1
②必ずしも販売開始がされていなくても保護される
 という大きく2つの考え方がある。
 また,②については,どの時点から保護されるかについて更に色々な考え方がある。
a.「発売前であっても,発売に向けて客観的に十分な準備を進めていたような場合には,営業上の利益の侵害が認められるとして訴訟上の保護を与えることは当然であるし,刑事罰の対象ともなり得る」 2
b.「営業上の利益を害するとして2条1項3号の保護を与えるためには,商品化が完了していることのみならず,販売に向けた準備に着手していることまで必要」 3
c.「商品化の時点で,保護に値する労力,費用の投下は終了しているので」「デッドコピーしうる商品化がなされた時点から保護が開始される」 4
d.試作品や設計図の完成図の段階であっても,その模倣を違法と解すべき 5

 本判決は,「「商品」に当たるというためには,市場における流通の対象となる物(現に流通し,又は少なくとも流通の準備段階にある物)」ことが必要であると判示しており,②のうちでもdの「デッドコピーしうる商品化がなされた時点から保護が開始される」という説に近しい判断と考えられる。
具体的な判断においては,電源供給部が未だ一般家庭等で容易に使用し得ないものであったこと等を重視して,「商品」該当性を否定している。
 もっとも,本件のように個人のデザイナーによる商品である場合,量産体制が整っていない状態でビジネスマッチングを兼ねて展示会へ試作品を出品することも多いと思われ,試作品段階における保護の必要があると考える。近時の裁判例には「不競法2条1項3号の商品形態の保護が,実際に商品の販売が開始される前には一切及ばない趣旨とまでは解されないものとしても,そこでいう商品の形態は,前記のとおり具体的なものであることが前提であるものと解される。」 6 等と判示したものもあり,当該判示に従うと,スティック型加湿器の本体部分は完成していた本件においては,十分に「具体的なもの」であったとして,「商品」該当性を認めるという判断もあり得たように思われる。

1
山本庸幸『要説不正競争防止法〔第4版〕』(2006年)386頁
2:
産業構造審議会 知的財産政策部会「不正競争防止法の見直しの方向性について」(平成17年2月)49頁
3
金井重彦,山口三惠子,小倉秀夫編著『不正競争防止法コンメンタール〈改訂版〉』(2014)439頁[町田健一執筆]
4
田村善之『不正競争防止法概説〔第2版〕』(2003年)312頁
5
渋谷達紀「商品形態の模倣禁止」F.K.バイヤー教授古稀記念日本版論文集・知的財産と競争法の理論(1996年)383頁
6
東京地裁平成27年 9月30日・平成26年(ワ)17832号

以上
(文責)弁護士 山本 真祐子