【東京地裁平成28年12月6日(平成25年(ワ)第14748号(本訴),平成25年(ワ)第31727号(反訴))】

【要旨】
 「被告子会社からの仕入価格を原価として限界利益を算定することが不相当であるということはできない」した。

【キーワード】
特許法102条2項

事案の概要

 本件は,①発明の名称を「遮断弁」等とする4件の原告特許権1~4を有していた原告が,被告に対し,次の各請求をする事件(本訴請求事件)及び②発明の名称を「モータ駆動双方向弁とそのシール構造」とする被告特許権を有する被告が,原告に対し,次の請求をする事件(反訴請求事件)からなる。

本訴請求
 ア 原告が,被告に対し,被告による各被告製品の製造,販売等が原告特許権1を侵害すると主張して,特許法100条1項,2項に基づき,各被告製品の製造,販売等の差止め及び各被告製品及びその半製品等の廃棄を求める。
 イ 原告が,被告に対し,被告による各被告製品及び各被告製品と同一の構成の製品の製造,販売等が原告特許権1を侵害するとともに,原告特許権2~4を侵害していたと主張して,民法709条,法102条2項に基づく損害賠償金の一部である2億5000万円及びこれに対する不法行為後の日である平成27年9月5日(平成27年8月28日付け訴えの変更申立書の送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
 ウ ・・・略・・・

反訴請求
 被告が,原告に対し,原告による原告製品の製造,販売等が被告特許権を侵害していたと主張して,原告に対し,民法709条,法102条2項に基づく損害賠償金又は民法703条に基づく不当利得金の一部である5000万円及びこれに対する不法行為後の日である平成25年12月7日(反訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。

事案全体の結論

 ①本訴原告の被告に対する損害賠償金2億4142万7552円及びこれに対する平成27年9月5日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払請求権が存在すると認める一方,②反訴請求について,被告の原告に対する損害賠償金及び不当利得金の合計1億4458万4760円並びにこれに対する平成25年12月7日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払請求権が存在すると判断した。

争点(他の争点もあるが,本稿は下記争点に絞る)

 被告が被告子会社(100%子会社)から原材料を仕入れている場合において,特許法102条2項の「利益の額」(いわゆる限界利益)の算定の際に売上から控除すべき変動費は,当該被告子会社が被告の100%子会社であることを考慮した場合,被告が被告子会社から仕入れた「仕入価格」そのものとされるべきか,「被告子会社の具体的な製造コストに基づき算定された変動費」とされるべきであるか。

判旨抜粋(本訴事件において原告が主張した特許法102条2項の主張部分に対応する箇所のみ抜粋した。下線は筆者が付した。●は判決文自体が黒塗りになっている箇所である。)

原告の主張
 被告と同様に遮断弁を製造,販売している原告において,各被告製品等についての製造コスト等を算定したところ,被告製品1Aの限界利益率は●(省略)●%であったから,他の各被告製品等も同様であると考えられる。したがって,各被告製品等の限界利益率は●(省略)●%であり,各被告製品等に係る被告の限界利益は,合計●(省略)●円(計算式は,●(省略)●円×●(省略)●%)である。
この点,被告は,被告子会社からの各被告製品等の完成品の仕入原価の全額について,売上から控除されるべき変動経費であると主張する。しかし,被告子会社は,被告の完全子会社で,被告から具体的な指示を受けて各被告製品等を製造した上,その全数を被告に納入しているのであるから,被告の主張によると,本来,固定経費として控除がされない経費をも含めて変動経費として控除されることとなってしまい,不当である。そこで,侵害品の製造コストは,被告子会社における具体的な製造コストに基づき算定すべきである。また,被告と被告子会社との間には,原告特許権1~4に対する特許権侵害において,主観的関連共同性及び密接な客観的関連共同性が認められるから,被告子会社は,原告特許権1~4の侵害行為を少なくとも幇助したものとして,損害賠償義務を負担することとなる(民法719条2項参照)。したがって,各被告製品等の限界利益率は,連結による収支計算で考えるべきであって,各被告製品等について,上記aで算定した●(省略)●%を下回る限界利益率が認められる余地はない。

被告の主張
 上記アのとおり,各被告製品等の売上高の合計は●(省略)●円,仕入原価の合計は●(省略)●円であるから,原価率は●(省略)●%である。
 これに対し,原告は,①各被告製品等の製造原価は,完全親子会社間の問題として,被告子会社における具体的な製造コストに基づき算定するのが相当である,②被告と被告子会社とは,不真正連帯債務として損害賠償義務を負担することとなる,と主張して,被告と被告子会社との連結による収支計算に基づいて算定された限界利益について,被告が損害賠償責任を負担するなどと主張する。
 しかしながら,上記①について,単に親子会社の関係にあるという理由で連結による収支計算に基づいて利益が算定されるということになれば,親子会社の関係にない第三者や,親子会社の関係にないため連結対象ではない関連会社に下請けさせている場合に比して,親子会社の場合には,特許権者の損害の範囲が変動することとなり,侵害行為によって生じた特許権者等の損害を適正に回復するという趣旨を逸脱する結果となりかねない。したがって,被告が被告子会社に対して各被告製品等の製造を下請けさせているという事実のみから,直ちに被告が負うべき損害賠償額を被告子会社との連結による収支計算に基づき算定すべきこととはならない(なお,被告における被告子会社からの各被告製品等の仕入原価は,4半期ごとに為替レート,原材料費その他関連事情に応じて詳細に検討し,変更されているから,何ら取引上不合理な点はない。)。また,上記②について,被告子会社が,原告特許権1の効力が及ばない中国において,各被告製品等を製造等する行為は何ら違法でなく,不法行為の成立要件を具備しないから,被告と被告子会社が不真正連帯債務として損害賠償義務を負うという原告の主張は,その前提において誤っている。

裁判所の判断
 イ 各被告製品等の限界利益について
 各被告製品等の仕入原価(再検査費用を含む。)が合計●(省略)●円であることについては,当事者間に争いがないから(第21回弁論準備手続調書),各被告製品等の限界利益は,●(省略)●円であると認められる(計算式は,●(省略)● ●(省略)●円)。
 これに対し,原告は,①原告において被告製品1の限界利益率を算定したところ●(省略)●%であったから,各被告製品等の限界利益率は売上高に同率を乗じて算定すべきである,②被告が各被告製品等を自らの完全子会社である被告子会社から仕入れていること,被告と被告子会社が不真正連帯債務として損害賠償義務を負担することからすると,被告と被告子会社との連結による収支計算に基づいて限界利益率を●(省略)●%と算定すべきであると主張する。
 しかしながら,上記①については,原告社員による被告製品1についての推計にすぎない上(甲42),同推計の基礎となる原価の正確性を裏付ける証拠も見当たらず,さらに,同推計が被告製品1以外の各被告製品等に妥当するという根拠も不明である。また,上記②についても,原告は,被告子会社が被告の完全子会社であると主張するのみで,各被告製品等に係る被告の被告子会社からの仕入価格が不当に高額に設定されているなどといった各被告製品等の仕入原価の適正性を疑わせる具体的な事情を何ら主張しないのであるから(さらに,連結による収支計算によった場合に限界利益率が●(省略)●%となることを認める証拠もない。),被告子会社からの仕入価格を原価として限界利益を算定することが不相当であるということはできない。したがって,原告の上記主張はいずれも採用することができない。

解説

 特許法102条2項の「利益の額」の算定においては,いわゆる「被告の限界利益がいくらになるか」が争点となるが,本事案では,この「限界利益」の算定の際に売上から控除される「変動費」として,被告が被告子会社(100%子会社)から原材料を仕入れている場合に,被告が当該被告子会社から仕入れた「仕入価格」そのままの額が控除されるか,「被告子会社の具体的な製造コストに基づき算定された変動費」が控除されるかが,争点となった。
 特許法102条2項の請求を行う原告としては,変動費として控除される額は小さいほうが良い。このため,被告が被告の100%子会社から材料を仕入れているような特殊な関係があるならば,原告としては,被告が当該被告子会社から仕入れた「仕入価格」そのまま(要するに,被告子会社の被告に対する売値)ではなく,「被告子会社の具体的な製造コストに基づき算定された変動費」が控除されるべきと考えたくなる。要すれば,原告として,被告の100%子会社が獲得した利益分まで吐き出させたいと考えるならば,後者の主張を展開することが考えられる。
 この点,本事案では,原告の立証が不足している点も指摘しているように読める箇所もあるが,裁判所は,被告製品等に係る被告の被告子会社からの仕入価格が不当に高額に設定されているなどといった各被告製品等の仕入原価の適正性を疑わせる具体的な事情がなければ,単に,被告子会社が被告の完全子会社であるとの関係のみでは,被告子会社からの仕入価格を原価として限界利益を算定することが不相当であるということはできないとした。 
 個別のケースにもよるが,一般的には,原告が「各被告製品等の仕入原価の適正性を疑わせる具体的な事情」を立証するのは難しい。また,(間接侵害に当たる事情がなければ)原材料の提供だけでは被告子会社は原告特許権の侵害に当たらない(被告子会社の受けた利益を吐き出させるために被告子会社を共同被告に取り込むことも考えられるが,原材料の提供だけでは被告子会社は原告特許権の侵害に当たらないことも多いだろう。)。したがって,被告が被告の100%子会社から原材料を仕入れている場合であっても,特許法102条2項で,被告の売上から控除される「変動費」としては,当該被告子会社の「仕入価格」がそのまま控除されるということなりやすいと言えそうである。
 ちなみに,このような状況が,特許法102条1項の「物の単位数量当たりの利益の額」の算定の中で生じたらどうなるか。いわゆる原告(特許権者)の限界利益を算定するにあたり,原告が原告の100%子会社(ただし,特許権者ではないとする)から原材料を仕入れている場合,原告の売上から,原告が当該原告子会社から仕入れた「仕入価格」そのままの額が控除されるか,「原告子会社の具体的な製造コストに基づき算定された変動費」が控除されるか。後者の計算によるならば,事実上,原告の100%子会社が得る利益額も「物の単位数量当たりの利益の額」の基礎に取り込めることになるだろう。この点,本事案と同様,「仕入原価の適正性を疑わせる具体的な事情」があれば,それは判断に影響すると考えられるが,そもそも原告子会社が特許権者ではないとすれば,原告が原告子会社の利益額を取り込んで特許法102条1項の算定を行うことに妥当性がないと考えられる(特許法102条1項は「特許権者」のための特別な算定ルールを定めたものであると考えられる。)。特許法102条1項においても,単に,原告子会社が原告の100%子会社であるとの関係のみでは,特許法102条1項の「物の単位数量当たりの利益の額」の算定としては,原告子会社からの仕入価格そのままを控除する,という計算方法になるのではないかと考える。

以上
(文責)弁護士・弁理士 髙野芳徳