【知財高裁令和元年6月17日判決(平成30年(行コ)第10006号) 異議申し立て棄却処分取消請求控訴事件】

【判旨】
 特許法112条の2第1項所定の「正当な理由」があるときとは,原特許権者として,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて追納期間内に特許料等を納付することができなかったときをいう。

【キーワード】
特許法112条の2第1項,正当な理由,追納期間の徒過

1 事案

 控訴人(原審原告)は,本件特許権の特許権者であったが,第4年分の特許料を納付期間に納付せず,追納期間も徒過した。控訴人は,追納期間後に特許料を追納したが,特許庁長官がこれを却下した。
 本件訴訟の中心は,同却下処分の取消訴訟であり,争点は,追納期間の徒過に「正当な理由」(特許法112条の2第1項)が認められるかどうかである。

2 原審の判断

 原判決(東京地裁平成30年11月20日判決(平成29年(行ウ)第297号)は,「正当な理由」があるときを「原特許権者として,特許料等の追納期間の徒過を回避するために相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的な事情によりこれを回避することができなかったときをいう」と解した。
 原告は,「正当な理由」として追納期間中,別件訴訟の対応で心身ともに余裕がなかったこと,同期間中にうつ病等の複数の疾患を抱えており,特許料等を納付できる状態ではなかったことを主張していた。原判決は,別件訴訟の対応については,「一般的に自己を当事者とする訴訟を追行していたとしても,それ以外の事務を行うことができなくなるものではなく,特許料の納付期限等について注意を払うことは十分に可能であったといえるから,・・・追納期間の徒過を回避することができなかったと認められる客観的な事情とは評価できない」とした。また,うつ病については,「遷延性抑うつ反応」の診断を受けたことを認定しながら,「原告が精神科に通院するなどしてうつ病の治療を受けていたことを認めるに足りる証拠はない」,遷延性抑うつ反応に罹患したとされる日以降も複数の特許出願を行っていたこと,追納期間中,整形外科に通院していたこと,本件特許権が消失したことを知るとすぐに回復理由書を提出したこと等を挙げ,特許料納付の妨げになる程度のものであったとは認められず,上記「客観的な事情」とはいえないとした。

3 知財高裁の判断

 本判決は,まず,特許法112条の2第1項が,「その責めに帰することができない理由」から,平成23年法律第63号による改正により「正当の理由」に改められたことについて,特許法条約(PLT)12条,諸外国の立法例を踏まえ,「当時,我が国はPLTに未加盟であったものの,国際的調和の観点から,特許権者について,期間の徒過があった場合でも,柔軟な救済を図ることにしたものと解される」と述べつつ,「『正当な理由』の意義を解するに当たっては,①特許権者は,自己責任の下で,追納期間中に特許料等を納付することが求められること,②追納期間経過後も,消滅後の当該特許権が回復したものとみなされたか否かについて,第三者に過大な監視負担を負わせることになることを考慮する必要がある」とした。
 本判決は,その上で,「正当な理由」があるときを「原特許権者として,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて追納期間内に特許料等を納付することができなかったときという」と解した。そして,具体的事案については,控訴人の疾病を詳細に認定し,「追納期間の徒過を回避することができなかったと認められる客観的な事情は認められない」との原判決の結論を維持した。

4 検討

 従来,本条は,特許料の追納期間徒過の救済について,「その責めに帰することができない理由がある」という厳格な要件を定めていたが,平成23年,PLT 12条のうち“Due Care”基準を採用して特許法112条の2第1項が改正された。本判決は,この経緯を踏まえ,「相当な注意」を払っていたにもかかわらず特許料納付期間の徒過があった場合に柔軟な救済を図ることを掲げ,一方で,特許権者の自己責任及び第三者の監視負担に配慮し,「客観的にみて」の要件を課した。
 「客観的にみて」への具体的な事実の当てはめが厳しすぎると,改正前の「その責めに帰することができない理由がある」とあまり変わらない運用になってしまうであろう。本判決では,「客観的にみて」への当てはめを原判決に比べて丁寧に行っていることが注目される。具体的には,原判決が,主に控訴人の遷延性うつ反応について,それが「追納期間の徒過を回避することができなかったと認められる客観的な事情とは評価できない」としたのに対し,本判決は,更に控訴人の疾病の詳細を認定したほか,原判決で認定された「本件追納期間中もほぼ毎週整形外科に通院し」ていた事実から一歩進んで「歩行すること自体は可能であった」と評価した。このように特許権者が置かれた状態を丁寧に認定判断する方法は,「客観的にみて」の判断手法として参考になるものと思われる。

 なお,原判決の約半年前に出された知財高裁平成30年5月14日判決(平成29年(行コ)第10004号)(以下「平成30年知財高判」という。)は,「『正当な理由があるとき』とは,特段の事情のない限り,原特許権者(その特許料の納付管理又は納付手続を受託した者を含む。)において,一般に求められる相当な注意を尽くしてもなお避けることができないと認められる客観的な事情により,法112条1項の規定により特許料を追納することができる期間内に特許料及び割増特許料を納付することができなかった場合をいう」と解した。原判決は,平成30年知財高判とほぼ同様の表現により規範を定立したものと見ることができるが,本判決は,若干表現を変え,「原特許権者として,相当な注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて追納期間内に特許料等を納付することができなかったときという」とした。平成30年知財高判及び原判決が,「客観的な事情により」としたのに対し,本判決は,「客観的にみて」とした点において文言が異なるが,具体的な当てはめにおいては,原判決を修正していないことからすれば,実質的な修正ではないと見るべきであろう。何をもって「客観的な事情」というべきか,主観的な事情というべきかが明確でないため,本判決は,事情が何であれ客観的に認識される事情であること(「客観的にみて」)を判断基準としたのではないだろうか。

以上
(文責)弁護士 後藤直之