【大阪地裁令和1年10月24日判決(平成30年(ワ)7123号)】

事案の概要

 本件は、発明の名称を「無線通信サービス提供システム及び無線通信サービス提供方法」とする特許権を有する原告が、別紙「被告サービス目録」記載のインターネット上の広告配信サービス(以下「被告サービス」という。)を提供している被告に対し、被告が特許発明の生産又は使用行為をし、又は間接侵害行為(特許法101条1号、2号)をしたなどとして、同法100条1項に基づき、別紙「被告サービス目録」記載の広告配信サービスの提供の差止めを請求するとともに、特許権侵害の不法行為に基づき、損害の賠償及びこれに対する訴状送達日の翌日である平成30年9月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

判決抜粋(下線部筆者)

第2 事案の概要
(中略)
 1 前提事実(当事者間に争いのない事実又は後掲の各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
  (1) 当事者
  ア 原告は、インターネットを利用したショッピングモールの企画、開設等を業とする会社である。
  イ 被告は、インターネット広告システムの販売等を業とする会社である。
  (2) 原告が有する本件特許権(甲1、2)
  ア 原告は、以下の特許(以下「本件特許」という。)に係る特許権(以下「本件特許権」といい、本件特許に係る発明を請求項の番号により「本件発明1」などという。また、本件特許の出願の願書に添付された明細書及び図面を「本件明細書」という。)を有している。本件明細書の記載は本判決添付の特許公報のとおりである。
  登録番号 特許第3245836号
  発明の名称 無線通信サービス提供システム及び無線通信サービス提供方法
  出願日 平成12年9月5日
  登録日 平成13年11月2日
  特許請求の範囲 本判決添付の特許公報のとおり
  イ 原告は、本件特許権のうち請求項5ないし7、9、11ないし14、16ないし20、23、25、27ないし39、41ないし46及び48ないし50に係る部分を放棄し、それらに係る登録が抹消された。
  (3) 本件発明1、2及び26の構成要件の分説
  本件発明1、2及び26の構成要件は、次のとおり分説される(以下、次の各構成要件を「構成要件○」と表記する。)。
  ア 本件発明1
  A 無線通信装置の利用者が、無線通信ネットワークを経由して、通信事業者から無線通信サービスの提供を受けることにより、所定の利用料金を支払う無線通信サービス提供システムにおいて、
  B 前記無線通信装置の現在位置を測定する位置測定手段と、
  C 配信すべき広告情報および配信先情報を入手するとともに、前記広告情報を前記無線通信装置に送信する広告情報管理サーバとを具備し、
  D 前記広告情報管理サーバは、前記位置測定手段が測定した前記無線通信装置の現在位置と前記配信先情報に含まれる位置情報に基づいて、指定地域内の前記無線通信装置に対して前記広告情報を送信し、前記無線通信装置は、前記広告情報管理サーバが送信した前記広告情報の配信を受ける一方、
  E 前記広告情報管理サーバは、前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後、再び前記指定地域内に戻っても、同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと、を特徴とする無線通信サービス提供システム。
  イ 本件発明2
  F 請求項1に記載の無線通信サービス提供システムにおいて、
  G 前記広告情報管理サーバは、前記配信先情報に含まれる配信数に達するまで、無線通信装置に対して前記広告情報を送信すること、を特徴とする無線通信サービス提供システム。
  ウ 本件発明26
  H 無線通信装置の利用者が、無線通信ネットワークを経由して、通信事業者から無線通信サービスの提供を受けることにより、所定の利用料金を支払うとともに、
  I 前記無線通信装置の現在位置を測定する位置測定手段と、
  J 配信すべき広告情報および配信先情報を入手して、前記広告情報を前記無線通信装置に送信する広告情報管理サーバとを具備する無線通信サービス提供システムで使用される無線通信サービス提供方法において、
  K 前記位置測定手段が測定した前記無線通信装置の現在位置と前記配信先情報に含まれる位置情報に基づいて、前記広告情報管理サーバが指定地域内の前記無線通信装置に対して前記広告情報を送信する送信ステップと、
  L 前記送信ステップで送信した広告情報の配信を、前記無線通信装置が受ける受信ステップと、
  M その一方、前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後、再び前記指定地域内に戻っても、前記広告情報管理サーバは同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しない非送信ステップと、を含むことを特徴とする無線通信サービス提供方法。
(中略)
 2 争点
  (1) 被告システムは本件発明1及び2の技術的範囲に属するか等(争点1)
  (2) 被告方法は本件発明26の技術的範囲に属するか等(争点2)
  (3) 被告の特許権侵害による原告の損害額(争点3)
(中略)
第4 当裁判所の判断
(中略)
 2 争点1(被告システムは本件発明1及び2の技術的範囲に属するか等)について
  (1) 事案に鑑み、まず、被告システムが構成要件Eを充足するかについて検討する。
  被告は構成要件Eの文言を踏まえ、一旦、広告情報を受信した無線通信装置が、その後、広告配信条件とされている指定地域の外に出た後に、再び当該指定地域に戻っても、再度、同じ広告情報をその無線通信装置に配信しないことを意味するものと解すべきなどと主張する。
  これに対し、原告は、構成要件Eは、無線通信装置が一旦配信エリアの外に出た後、再び配信エリア内に戻ったか否かの確認をすることを規定しておらず被告システムがこのような処理をしていないことは、構成要件Eを充足しないことの理由にはなり得ないと主張するとともに、実施例の記載内容(本件明細書の【0070】)は特許請求の範囲に当然に含まれるように解釈すべきなどと主張する。
  (2) 構成要件Eの解釈
  ア そもそも、特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないとされている(特許法70条1項)
  そこで、本件特許の特許請求の範囲の請求項1をみると、構成要件Eとして、次のように記載されている。
  「前記広告情報管理サーバは、前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後、再び前記指定地域内に戻っても、同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと、を特徴とする無線通信サービス提供システム。」
  ここでは、
  「前記広告情報管理サーバは、同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと、を特徴とする無線通信サービス提供システム。」
  と記載されるのではなく、「前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後、再び前記指定地域内に戻っても、」という文言(以下「本件指定地域に関する文言」という。)がみられる。
  このように、構成要件Eには本件指定地域に関する文言がわざわざ付加されているから、その文言には何らかの意味があるものとして理解すべきであり、構成要件Eについて本件指定地域に関する文言がない場合と同じ解釈をすることは許されず、その文言によって本件発明1の構成が特定(限定)されているものと理解するのが相当である。
  イ そこで、本件指定地域に関する文言の意義について検討すると、ここでいう「指定地域」とは、構成要件C及びDの記載を踏まえると、広告提供者から入手した配信先情報に含まれる、広告提供者が広告情報を配信する地域として指定した地域のことである。
  そして、構成要件Eは、構成要件Dにおいて、無線通信装置が少なくとも1回は広告情報の配信を受けたことを踏まえたものであるから、無線通信装置がその時点で上記指定地域内に存在していたことが前提となるが、無線通信装置は、その性質上、〈1〉その指定地域内に存在し続ける場合(〈1〉の場合)もあれば、〈2〉指定地域外に出る場合もあり、後者の場合については、指定地域外に出たままの場合(〈2〉-1の場合)もあれば、一旦指定地域外に出た後、再び指定地域内に戻る場合(〈2〉-2の場合)も想定される。
  このうち、指定地域外に出たままの場合(〈2〉-1の場合)に、無線通信装置に同じ広告情報が送信されないことは明らかであるが(これは構成要件Eによるものではなく、指定地域内の無線通信装置に広告情報を送信するという構成要件Dの構成による作用効果である。)、指定地域内に存在し続けている場合(〈1〉の場合)及び一旦指定地域外に出た後、再び指定地域内に戻った場合(〈2〉-2の場合)には、無線通信装置に同じ広告情報が送信される可能性がある
  そうすると、本件指定地域に関する文言は、無線通信装置に同じ広告情報が送信される可能性がある場合のうち、上記〈2〉-2の場合だけを記載し、上記〈1〉の場合をあえて記載していないことになる。
  ウ 以上のことを踏まえると、構成要件Eは、広告情報管理サーバが、特に、無線通信装置が一旦指定地域外に出た後、再び指定地域内に戻った場合に、同じ広告情報を無線通信装置に送信しないことを特徴とするということを記載したものと解すべきこととなる。
  もっとも、これは、広告情報管理サーバが広告情報を無線通信装置に送信するものであること(構成要件C)を踏まえ、同じ広告情報を再送信するかどうかという機能ないし作用効果に着目して記載されたものであり、その具体的構成について、当該広告情報管理サーバは、単に、同じ広告情報を無線通信装置に再送信しないようにする構成を備えているだけでは足りず、一旦指定地域外に出た後、再び指定地域内に戻ったことを把握して、当該無線通信装置に、同じ広告情報を再送信しないようにする構成を備えていなければ、構成要件Eを充足するとはいえないと解すべきである。
  エ 原告の主張について
  (ア) 原告は、本件明細書の【0070】の記載を指摘し、構成要件Eは、広告情報管理サーバが、無線通信装置への広告の配信回数が0であるか1であるかを表す送信済フラグに基づいて、無線通信装置が一旦配信エリアの外に出た後、再び配信エリア内に戻った場合には、広告情報を再送しないようにする態様を含むものと解すべきであると主張する。
  原告の主張のように、構成要件Eが、無線通信装置への広告の配信回数のみによって広告情報を再送信しないようにする態様を含むと解する立場をとると、無線通信装置が一旦配信エリアの外に出た後、再び配信エリア内に戻った場合だけでなく無線通信装置が配信エリア内に存在し続けている場合にも、同じ広告情報が再送信されなければ構成要件Eを充足することになる。
  しかしながら、「一旦前記指定地域の外に出た後、再び前記指定地域内に戻っても」という構成要件Eの用語は、一義的に明確というべきであるし、特許請求の範囲には、発明を特定するために必要な事項が記載され(特許法36条5項)、特許発明の技術的範囲が、特許請求の範囲の記載に基づいて定められることは前述のとおりであるから(同法70条1項)、前記〈2〉-1と〈2〉-2の態様を区別する構成なしに、広告情報の配信回数を制限し得ることをもって、構成要件Eを充足すると解することはできない
  (イ) 本件明細書の【0070】では、広告情報管理サーバによる広告情報(広告メッセージ)の配信方法等について記載されており、広告を配信する際、「個人情報データベースに項目として本広告メッセージに対応する広告IDを追加し、送信済フラグを立てる。これにより、同じユーザに対して同一の広告メッセージを重複して送信することがなくなる。即ち、携帯端末1Aが一旦指定地域の外に出た後、再び指定地域内に戻っても、この送信済フラグが立っていれば、同じ広告メッセージを送信しない。」と記載されている。
  この記載のうち、「即ち」よりも前の記載は、個人情報データベースに配信した広告メッセージに対応する広告IDを追加し、送信済フラグを立てると、その広告メッセージの配信を受けたユーザに対しては、同一の広告メッセージを重複して送信することがなくなるとの当然の機能ないし作用効果を記載したものと解されるが、「即ち」の後ろの記載、「携帯端末1Aが一旦指定地域の外に出た後、再び指定地域内に戻っても、この送信済フラグが立っていれば、同じ広告メッセージを送信しない。」というものであり、前記イで判示したとおり、携帯端末1Aが指定地域内に存在し続けており、同一の広告メッセージを重複して受信する可能性がある場合があえて除かれていることから、「即ち」の前の記載と同視し得るものと認めることはできず、「即ち」の前の記載と後ろの記載とは、本来、「即ち」という接続詞を用いて接続することのできる関係にはないといわざるを得ない
  したがって、構成要件Eは、【0070】の「即ち」の後ろの記載に対応するものであるが、上記検討したところによれば、「即ち」の前の記載が、構成要件Eの意味内容である、あるいは、本件発明1の実施例であるということはできない
  また、【0070】は【0069】の後に記載されているところ、【0069】では、広告情報管理サーバが、広告配信サービス契約を結んだ全てのユーザの携帯端末の位置情報を時々刻々更新しており、常にそれら端末の現在位置を把握していることが記載されている。そして、【0070】の「即ち」の後ろでは、無線通信装置が指定地域内に存在し続けている場合が除かれていることからすると、そこでは、特に、無線通信装置が一旦指定地域外に出た後、再び指定地域内に戻った場合に、同じ広告メッセージを送信しないということを記載したものと読むのが自然である。
  以上のことを踏まえると、【0070】の記載内容によって、前記ウの解釈は左右されないというべきである。
  (ウ) 本件特許の出願経過について
  a 原告は、本件特許の補正の経緯に鑑みても、構成要件Eの文言の解釈は本件明細書の【0070】の記載内容を参酌して行うべきであると主張するのに対し、被告は、原告が本件特許の出願経過において、構成要件Eの文言を本件発明の技術的範囲を特定する重要な構成要素であると説明していたとして、原告の主張は、いわゆる包袋禁反言の法理に照らし、許されないと主張する。
  b そこで、まず、本件特許の出願経過について認定する。後掲の証拠及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
  (a) 本件特許の出願時の特許請求の範囲は、次のとおりであり(請求項1、3及び5以下は省略)、発明の名称は「無線通信装置、無線通信サービス提供システム及び無線通信サービス提供方法」とされていた(甲9)。
  【請求項2】通信事業者から無線通信サービスの提供を受けることにより、利用者が所定の利用料金を支払う無線通信サービス提供システムにおいて、前記通信事業者の無線通信ネットワークを経由して広告情報を送信する広告情報送信手段と、
  前記広告情報を受信する受信手段と、
  前記広告情報を表示する表示手段と、
  前記表示手段が前記広告情報を表示する際、前記広告情報を表示したことを示す表示済情報を前記無線通信ネットワークを経由して送信する送信手段と、
  前記表示済情報を受信する表示済情報受信手段とを具備し、
  前記利用料金は、前記表示済情報受信手段が受信した表示済情報に基づいて、割り引かれること、
  を特徴とする無線通信サービス提供システム。
  【請求項4】通信事業者から無線通信サービスの提供を受けることにより、利用者が所定の利用料金を支払う無線通信サービス提供方法において、前記通信事業者の無線通信ネットワークを経由して広告情報を送信する第1ステップと、
  前記広告情報を受信する第2ステップと、
  前記広告情報を表示する第3ステップと、
  前記第3ステップが前記広告情報を表示する際、前記広告情報を表示したことを示す表示済情報を前記無線通信ネットワークを経由して送信する第4ステップと、
  前記表示済情報を受信する第5ステップとを含み、
  前記利用料金は、前記第5ステップが受信した表示済情報に基づいて、割り引かれること、
  を特徴とする無線通信サービス提供方法。
  (b) 特許庁の審査官は、平成13年5月7日付けで、本件特許について拒絶理由通知をした。その理由は、当初の請求項2、4等に係る発明は、進歩性が欠如しているから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないというものであり、拒絶理由通知書には、特開平11-65434号公報(乙6)等の引用文献には、広告情報を無線端末で受信し、表示する技術が記載されている一方、広告情報が受信されたことを確認することによって所定の割引を実施することは、極めて普通に行われていることと認められるから、引用文献に記載されたものに基づいて当初の出願時の発明のよう構成することは、当業者が容易に想到しえたと認められる旨記載されていた(甲7)。
  (c) 原告は、平成13年6月11日、特許庁長官に対し、本件特許の明細書を変更する手続補正書を提出した。この補正では、特許請求の範囲の請求項1、2が本件特許の設定登録時のもの(前記第2の1(3)ア及びイ参照)と同じ内容に変更され、この際に、特許請求の範囲に構成要件Eに係る構成が含まれるに至ったほか、請求項26が次のとおり変更された。また、発明の名称が本件特許の設定登録時のものに変更された(甲8)。
  【請求項26】無線通信装置の利用者が、無線通信ネットワークを経由して、通信事業者から無線通信サービスの提供を受けることにより、所定の利用料金を支払う無線通信サービス提供方法において、
  前記無線通信装置の現在位置を測定する位置測定ステップと、
  配信すべき広告情報および配信先情報を入手するとともに、前記広告情報を前記無線通信装置に送信する広告情報管理ステップとを含み、
  前記広告情報管理ステップは、前記位置測定ステップが測定した前記無線通信装置の現在位置と前記配信先情報に含まれる位置情報に基づいて、指定地域内の前記無線通信装置に対して前記広告情報を送信し、前記無線通信装置は、前記広告情報管理サーバが送信した前記広告情報の配信を受ける一方、前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後、再び前記指定地域内に戻っても、同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと、
  を特徴とする無線通信サービス提供方法。
  (d) 原告は、同日、特許庁審査官に対し、意見書を提出し、上記補正後の特許請求の範囲の請求項1について、その内容を記載した上で、「特に、『前記広告情報管理サーバは、前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後、再び前記指定地域内に戻っても、同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しないこと』に特徴付けられるものであります。」「本願発明は、かかる特徴的な構成を有機的に関連付けて具備することにより、明細書の段落0070に記載した通り、『これにより、同じユーザに対して同一の広告メッセージを重複して送信することがなくなる。即ち、携帯端末1Aが一旦指定地域の外に出た後、再び指定地域内に戻っても、この送信済フラグが立っていれば、同じ広告メッセージを送信しない。』という特有の作用・効果を奏するものであります。」などと説明した。また、原告は、拒絶理由通知における引用文献との対比の項目でも、上記構成を含む構成を「最大の特徴」とした上で、引用文献にはこの構成についての記載や示唆は一切なく、補正後の請求項に係る各発明は、引用文献に記載された発明から当業者が容易に発明することができたものではないと結論付けていた(乙1)。
  (e) その後、上記請求項26を本件特許の設定登録時のもの(前記第2の1(3)ウ参照)と同じ内容に変更する補正がされるなどした後、本件特許について特許査定がされた。
  c 前記bで認定した本件特許の出願経過に照らし検討すると、確かに、構成要件Eは本件明細書に【0070】の記載があることを踏まえて追加されたものであることがうかがわれるが、原告は、上記補正に当たって、構成要件Eの構成を「特徴的な構成」などと位置付けた上で、この構成を含む構成についての記載や示唆が引用文献には一切ないことを前提として、これを強調していた。
  他方で、乙3の1の1ないし乙4の2によれば、本件特許が出願された平成12年9月以前から、インターネットを利用した広告情報(バナー広告)の配信サービスの分野においては、ユーザ(利用者)に対して同じ広告が配信(表示)される回数をコントロール(制限)することによって、「バナーバーンアウト」(広告に反応がなくなる状態)ないし「バナー飽き(wearout)」を防止し、効果的な宣伝広告を実現することが広く行われていたと認められる。この点、原告も、乙3の1の1等で触れられているダブルクリック社のDARTや乙4の1、2の公知技術が、広告の配信回数を管理するものであることを認めている。
  そうすると、原告が本件特許の出願経過において、単に、本件特許の出願前から広く行われ、公知技術でもあった同じ広告の配信回数を管理するという構成による機能ないし作用効果を構成要件Eに記載し、これを本件特許の「特徴的な構成」などとして強調していたとは考え難い
  むしろ、前記認定の原告による本件特許の出願経過における説明内容に加え、本件特許の出願当時、広く行われ公知とされていた技術を前提とすれば、原告は、特に、無線通信装置が一旦指定地域外に出た後、再び指定地域内に戻った場合に、同じ広告情報を無線通信装置に送信しないようにする構成を強調していたと理解するのが自然である。
  したがって、先に判示した構成要件Eの解釈は、原告による本件特許の出願経過における説明等とも整合的ということができ、これに反する原告の主張は採用できない。
  (3) 被告システムの構成と構成要件Eの充足の有無
  原告は、被告システムでは、広告主が広告データの配信期間を1日以内とし、1人のスマートフォンのユーザに対して1日に配信する回数を1回に制限する設定をすると、構成eを備えることになると主張するが(原告は、広告データの配信回数を2回以上と設定した場合に、被告システムが構成要件Eを充足する旨の主張はしない。)、この構成は、単に、同じ広告情報を無線通信装置に再送信しないようにする構成にすぎず、一旦指定地域外に出た後、再び指定地域内に戻ったことを把握して、無線通信装置に同じ広告情報を再送信しないようにする構成を備えているとはいえない。そうすると、原告主張の上記構成は、構成要件Eを充足しないこととなる。
  そして、その他に被告システムが構成要件Eを充足するとすべき事情は主張立証されていないから、被告システムは構成要件Eを充足せず、本件発明1及び同発明の従属項に係る発明である本件発明2の技術的範囲に属さないこととなる。また、これを前提とすると、原告の間接侵害の主張も理由がない。
 3 争点2(被告方法は本件発明26の技術的範囲に属するか等)について
  被告方法が本件発明26に係る構成要件Mを充足するかが当事者間で争われているところ、この構成要件の「非送信ステップ」は、「前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後、再び前記指定地域内に戻っても、前記広告情報管理サーバは同じ前記広告情報を前記無線通信装置に送信しない」というものである。この文言は、構成要件Eの文言と同様のものであるから、前記2で判示した構成要件Eの解釈がそのまま妥当すると解すべきである(なお、請求項26の構成要件Mは前記認定の平成13年6月11日の補正とは別の補正によってさらに変更されたものであるが、構成要件Eの文言と同様の文言が使用されていることからすると、構成要件Eと異なる解釈をすべき理由は見当たらない。)。
  したがって、単に、同じ広告情報を無線通信装置に再送信しないようにするものは、構成要件Mの「非送信ステップ」には当たらず、これに当たるためには、一旦指定地域外に出た後、再び指定地域内に戻ったことを把握して、当該無線通信装置に、同じ広告情報を再送信しないものである必要があると解すべきである。
  この点につき、原告は、被告方法では、広告主が配信期間を1日以内とし、1人のスマートフォンのユーザに対して1日に配信する回数を1回に制限する設定をすると、構成要件Mのステップを踏むことになると主張するが、これだけでは、単に、同じ広告情報を無線通信装置に再送信しないようにするものにすぎず、一旦指定地域外に出た後、再び指定地域内に戻ったことを把握して、当該無線通信装置に、同じ広告情報を再送信しないものではないから、構成要件Mの「非送信ステップ」を含んでいると認めることはできない
  そして、その他に被告方法が構成要件Mを充足するとすべき事情は主張立証されていないから、被告方法は構成要件Mを充足せず、本件発明26の技術的範囲に属さないこととなる。
 4 以上より、原告の請求は、いずれも理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。

解説

 本件は、本件発明1の構成要件Eにおける「前記無線通信装置が一旦前記指定地域の外に出た後、再び前記指定地域内に戻っても、」という文言(本件指定地域に関する文言)の解釈が争点となった事例である。
 裁判所は、特許法70条1項に基づき、構成要件Eに関し、無線通信装置が指定地域内に存在し続けている場合(〈1〉)、一旦指定地域外に出た後指定地域外に出たままの場合(〈2〉-1)、及びいったん指定地域外に出た後指定地域内に戻った場合(〈2〉-2)の3つの場合に分けて、本件指定地域に関する文言は、〈2〉-2の場合だけを記載し、〈1〉の場合をあえて記載していないと解釈した。そして、広告情報管理サーバについては、単に同じ広告情報を無線通信装置に再送信しない構成を備えているだけでは足りず、(〈1〉と〈2〉-2を区別するために)一旦指定地域外に出た後、再び指定地域内に戻ったことを把握して、当該無線通信装置に、同じ広告情報を再送信しないようにする構成を備えていなければ、構成要件Eを充足するとはいえないと解釈した。
 これに対し、原告は、明細書の段落【0070】の記載内容を参酌すると、構成要件Eは、無線通信装置への広告の配信回数のみによって広告情報を再送信しないようにする態様を含むと主張した。
 しかし、裁判所は、原告の主張の立場をとると、無線通信装置が配信エリア内に存在し続けている場合にも、同じ広告情報が再送信されなければ構成要件Eを充足することとなるとした上で、一義的に明確な「一旦前記指定地域の外に出た後、再び前記指定地域内に戻っても」という構成要件Eの用語から導かれる前記〈2〉-1と〈2〉-2の態様を区別する構成なしに、広告情報の配信回数を制限しうることをもって、構成要件Eを充足すると解することはできないとした。
 さらに、明細書の段落【0070】の記載において「即ち」の前の記載と後ろの記載とは、本来「即ち」という接続詞を用いて接続できる関係にないとし、「即ち」の後ろの記載は構成要件Eに対応するものであるが、「即ち」の前の記載が構成要件Eの意味内容とはいえないとした。
 また、本件特許の出願経過における説明内容と、出願当時の公知技術を踏まえて、原告は、特に、無線通信装置が一旦指定地域外に出た後、再び指定地域内に戻った場合に、同じ広告情報を無線通信装置に送信しないようにする構成を強調していた、と判断した。
 裁判所は、このような構成要件Eの解釈に基づいて被告システムのあてはめを行い、被告システムは、単に同じ広告情報を無線通信装置に再送信しないようにする構成にすぎず、一旦指定地域外に出た後、再び指定地域内に戻ったことを把握して、無線通信装置に同じ広告情報を再送信しないようにする構成を備えているとはいえないため、構成要件Eを充足しない、と判断した。この判断は、正当なものと考えられる。
 特許法70条1項は、特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないとし、同条2項は、明細書の記載を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとしている。
 本件においては、特許請求の範囲に記載された本件発明1の構成要件Eにおける、本件指定地域に関する文言は、判決で言及されているように一義的に明確であった。むしろ明細書の記載において、「即ち」の前後の意味が対応していないなどの、不明確な点があった。したがって、原告が主張する明細書の記載内容によって、特許請求の範囲の記載に基づく解釈は左右されないとした(明細書の記載を考慮したが採用しなかった)裁判所の解釈は正当である。また、特許発明の技術的範囲の解釈に、出願経過を用いる手法は、条文上は明示されていないが、包帯禁反言の法理から認められている。本件での解釈も、前記の特許請求の範囲の記載に基づく解釈と整合しており、正当と考えられる。
 本件においては、原告と被告の構成要件Eの解釈の違いは、特許請求の範囲の記載と明細書の記載の齟齬から主に生じたと考えられる。権利者の意図する権利範囲を確実にするために、明細書の記載にも特許請求の範囲の記載と同様の注意を払うべきであろう。

以上
(文責)弁護士 石橋 茂