【令和元年6月27日(知財高裁 平成31年(ネ)第10009号)】

【本稿における要旨】
侵害訴訟の被告が無効の抗弁を主張するとともに,当該無効の抗弁と同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由による無効審判請求をした場合において,当該無効審判請求の請求無効不成立審決が確定したときは,上記侵害訴訟において上記無効の抗弁の主張を維持することは,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないとした事例。

【キーワード】
特許法104条の3,控訴審

事案の概要

(原審)
本件は,発明の名称を「薬剤分包用ロールペーパ」とする発明についての特許(特許第4194737号。以下「本件特許」という。)の特許権を有していた被控訴人が,控訴人らによる製品(以下「被告製品」という。)の製造,販売が本件特許権の間接侵害(特許法101条1号)等に当たる旨主張して,本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償金の連帯支払を求める事案である。
原判決は,被控訴人の請求を一部認容した。原判決に対して,控訴人らのみが,敗訴部分を不服として本件控訴を提起した。

争点(他の争点もあるが,本稿は下記争点に絞る)

特許法104条の3,控訴

判旨(下線の記載は筆者が付した)

第1~第3 ・・・略・・・
第4 当裁判所の判断
1~3 ・・・略・・・
4 (1)~(4)・・・略・・・
(5)争点(4)オ(乙22を主引用例とする本件訂正発明の進歩性欠如の無効理由の有無)について
被控訴人は,①控訴人らが原審において無効の抗弁を主張した後,控訴人日進のみが本件特許を無効にすることを求める別件無効審判を請求し,本件特許の設定登録時の請求項1及び2に係る発明の無効理由として,明確性要件違反(「無効理由1」),「審判甲1」(乙22)を主引用例とする新規性欠如(「無効理由2」),「審判甲1」(乙22)を主引用例とし,「審判甲7」(乙49)に記載された事項(「甲7事項」)を副引用例とする進歩性欠如(「無効理由3」),「審判甲2」(乙23)を主引用例とし,「審判甲1」(乙22)に記載された事項(「甲1事項」)等を副引用例とする進歩性欠如(「無効理由4」),「審判甲2」(乙23)を主引用例とし,「甲7事項」等を副引用例とする進歩性欠如(「無効理由5」)を主張したが,別件審決は,控訴人日進主張の上記無効理由1ないし5はいずれも理由がないとして,請求不成立とする審決をしたところ,控訴人日進が別件審決に対する審決取消訴訟を提起しなかったため,別件審決は,原判決の言渡し前に確定した,②控訴人ら主張の乙22を主引用例とする進歩性欠如の無効理由は,別件無効審判における「無効理由3」と実質的に同一の事実及び同一の証拠に基づくものであるから,別件無効審判の請求人である控訴人日進並びに控訴人日進と密接な取引関係にある控訴人セイエー及び控訴人OHUの3者が,当審において,上記無効理由による無効の抗弁を主張することは,訴訟上の信義則に反し,許されない旨主張するので,以下において判断する。
ア 前記第2の1の前提事実と一件記録によれば,本件訴訟の経過等として,次の事実が認められる。
・・・被控訴人は,平成28年7月4日,控訴人らによる被告製品の製造,販売が被控訴人の有する本件特許権の間接侵害等に当たる旨主張して,控訴人らに対し,本件特許権侵害の不法行為に基づく損害賠償金の連帯支払を求める本件訴訟を原審に提起した。
控訴人らは,同年12月8日の原審第2回弁論準備手続期日において,準備書面(2)(無効論)に基づき,明確性要件違反,乙22を主引用例とする新規性欠如,乙23を主引用例とする新規性欠如の無効理由による無効の抗弁を主張し,平成29年3月16日の原審第4回弁論準備手続期日において,準備書面(5)(無効論)に基づき,上記無効理由に加えて,乙22を主引用例とする進歩性欠如,乙23を主引用例とする進歩性欠如,補正要件違反,サポート要件違反,明確性要件違反(「2つ折りされたシート」に係るもの)の無効理由による無効の抗弁を主張した。
その後,控訴人らは,同年6月30日の原審第6回弁論準備手続期日において,準備書面(7)(無効論)に基づき,新たに乙23(乙23’発明)を主引用例,乙22(乙22発明)を副引用例とする進歩性欠如の無効理由による無効の抗弁を主張した。
(ウ) 控訴人日進は,平成29年7月10日,本件特許の設定登録時の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効にすることを求める別件無効審判を請求した。控訴人日進が別件無効審判で主張した無効理由は,明確性要件違反(「無効理由1」),「審判甲1」(乙22)を主引用例とする新規性欠如(「無効理由2」),「審判甲1」(乙22)を主引用例とし,「審判甲7」(乙49)に記載された事項(「甲7事項」)を副引用例とする進歩性欠如(「無効理由3」),「審判甲2」(乙23)を主引用例とし,「審判甲1」(乙22)に記載された事項(「甲1事項」)等を副引用例とする進歩性欠如(「無効理由4」),「審判甲2」(乙23)を主引用例とし,「甲7事項」等を副引用例とする進歩性欠如(「無効理由5」)である。上記「無効理由3」は,乙22を主引用例とする本件訂正発明の進歩性欠如の無効理由と,上記「無効理由4」及び「無効理由5」は,乙23を主引用例とする本件訂正発明の進歩性欠如による無効理由と実質的に同一の事実及び同一の証拠に基づくものである。
被控訴人は,同年10月6日,別件無効審判において,本件訂正をした後,同月19日の原審第9回弁論準備手続期日において,第7準備書面に基づき,本件訂正と同一内容の訂正に係る訂正の再抗弁の主張をした。また,控訴人らは,上記弁論準備手続期日において,別件無効審判の審判請求書(乙46)を書証として提出した。
控訴人らは,同年12月11日の原審第10回弁論準備手続期日において,準備書面(9)に基づき,被控訴人の訂正の再抗弁に対する反論をした。
原審の受命裁判官は,平成30年1月29日の原審第11回弁論準備手続期日において,本件の侵害論の審理を終了し,損害論の審理を進めると述べた。
控訴人らは,同年3月12日の原審第12回弁論準備手続期日において,別件無効審判に係る被控訴人作成の同年2月2日付け「口頭審理陳述要領書(2)」(乙56)を書証として提出した。
(エ) 特許庁は,平成30年6月26日,本件訂正を認めた上で,控訴人日進主張の「無効理由1」ないし「無効理由5」により本件特許を無効とすることはできないとして,別件無効審判の請求は成り立たないとの別件審決をした。その後,控訴人日進は,出訴期間内に別件審決に対する審決取消訴訟を提起しなかったため,別件審決は,確定し,同年8月28日,その旨の確定登録が経由された。
原審は,同月24日,原審第2回口頭弁論期日において,口頭弁論を終結した後,同年12月18日,被控訴人の請求を一部認容する原判決を言い渡した。原判決は,控訴人ら主張の無効の抗弁はいずれも理由がないものと判断した。
(オ) 控訴人は,平成30年12月28日,本件控訴を提起した。
その後,控訴人は,平成31年2月15日付け控訴理由書において,原判決には,乙22を主引用例とする進歩性欠如,乙23を主引用例とする進歩性欠如,明確性要件違反及びサポート要件違反の無効理由の判断に誤りがあることを主張するとともに,新たに本件出願に分割要件違反があることを前提とした乙60を主引用例とする進歩性欠如の無効理由を主張した。当審は,令和元年5月16日の本件第1回口頭弁論期日において,口頭弁論を終結した。
イ 特許法167条は,特許無効審判の審決が確定したときは,当事者及び参加人は,同一の事実及び同一の証拠に基づいてその審判を請求することができないと規定している。この規定の趣旨は,先の審判の当事者及び参加人は先の審判で主張立証を尽くすことができたにもかかわらず,審決が確定した後に同一の事実及び同一の証拠に基づいて紛争の蒸し返しができるとすることは不合理であるため,同一の当事者及び参加人による再度の無効審判請求を制限することにより,紛争の蒸し返しを防止し,紛争の一回的解決を実現させることにあるものと解される。このような紛争の蒸し返しの防止及び紛争の一回的解決の要請は,無効審判手続においてのみ妥当するものではなく,侵害訴訟の被告が同法104条の3第1項に基づく無効の抗弁を主張するのと併せて,無効の抗弁と同一の無効理由による無効審判請求をし,特許の有効性について侵害訴訟手続と無効審判手続のいわゆるダブルトラックで審理される場合においても妥当するというべきである。
そうすると,侵害訴訟の被告が無効の抗弁を主張するとともに,当該無効の抗弁と同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由による無効審判請求をした場合において,当該無効審判請求の請求無効不成立審決が確定したときは,上記侵害訴訟において上記無効の抗弁の主張を維持することは,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないと解するのが相当である。
これを本件についてみるに,前記アの認定事実によれば,①控訴人らは,本件訴訟の原審において,本件特許について,明確性要件違反,サポート要件違反,乙22を主引用例とする新規性欠如及び進歩性欠如,乙23を主引用例とする新規性欠如及び進歩性欠如等の無効理由による無効の抗弁を主張したこと,②控訴人らのうち,控訴人日進のみが本件特許を無効にすることを求める別件無効審判を請求し,本件特許の設定登録時の請求項1及び2に係る発明の無効理由として「無効理由1」ないし「無効理由5」を主張し,被控訴人は別件無効審判手続において本件訂正をしたところ,特許庁は,本件訂正を認めた上で,控訴人日進主張の「無効理由1」ないし「無効理由5」により本件特許を無効とすることはできないとして,別件無効審判の請求は成り立たないとの別件審決をしたこと,③控訴人日進が別件審決に対する審決取消訴訟を提起しなかったため,別件審決は,原判決の言渡し前に確定したことが認められる。加えて,控訴人日進が原審及び当審において主張する乙22を主引用例とする本件訂正発明の進歩性欠如の無効理由は,確定した別件審決で排斥された「無効理由3」と実質的に同一の事実及び同一の証拠に基づくものと認められるから(前記ア(ウ)),被控訴人日進が当審において乙22を主引用例とする本件訂正発明の進歩性欠如の無効理由による無効の抗弁を主張することは,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないと解すべきである。
ウ 次に,控訴人セイエー及び控訴人OHUについて検討するに,①控訴人セイエー及び控訴人OHUは,別件無効審判の請求人又は参加人のいずれでもないが,控訴人日進,控訴人OHU及び控訴人セイエーの3者間には,被告製品に関し,控訴人セイエーは控訴人OHUに対し,控訴人OHUは控訴人日進に対し被告商品をそれぞれ販売するという継続的な取引関係があり,本件特許が別件無効審判で無効とされた場合には,被控訴人の控訴人らに対する請求はいずれも理由がないことに帰するので,別件無効審判に関する利害は,控訴人ら3者間で一致していること,②控訴人セイエー及び控訴人OHUは,原審において,控訴人日進の主張する無効の抗弁と同一の無効の抗弁を主張し,また,控訴人日進とともに,別件無効審判の審判請求書(乙46)及び被控訴人作成の「口頭審理陳述要領書(2)」(乙56)を書証として提出していることからすると,控訴人セイエー及び控訴人OHUは,別件無効審判の内容及び経緯について十分に認識し,別件無効審判における被告日進の主張立証活動を事実上容認していたものと認められること,上記①及び②の事実関係の下においては,控訴人セイエー及び控訴人OHUは,別件無効審判の請求人の控訴人日進と同視し得る立場にあるものと認めるのが相当であるから,確定した別件審決で排斥された「無効理由3」と実質的に同一の事実及び同一の証拠に基づく乙22を主引用例とする本件訂正発明の進歩性欠如の無効理由による無効の抗弁の主張をすることを控訴人セイエー及び控訴人OHUに認めることは,紛争の蒸し返しができるとすることにほかならないというべきである。
  したがって,控訴人セイエー及び控訴人OHUにおいても,控訴人日進と同様に,当審において乙22を主引用例とする進歩性欠如の無効理由による無効の抗弁を主張することは,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないと解すべきである。
エ 以上によれば,被控訴人の前記主張は理由があるから,その余の点について判断するまでもなく,乙22を主引用例とする本件訂正発明の進歩性欠如をいう控訴人らの主張は理由がない。

解説

本件は,控訴審における無効主張が認められなかった事案である。
上記「第4」「4」「(5)」「イ」の判旨の通り,侵害訴訟の被告が無効の抗弁を主張するとともに,当該無効の抗弁と同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由による無効審判請求をした場合において,当該無効審判請求の請求無効不成立審決が確定したときは,上記侵害訴訟において上記無効の抗弁の主張を維持することは,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されないとした。
この点,この前日に出された知財高裁第三部の判決(知財高裁令和元年6月26日(平成31年(ネ)第10001号,同年(ネ)第10021号))では,「侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い,審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた場合には,同一当事者間の侵害訴訟において同一の事実及び同一の証拠に基づく無効理由を同法104条の3第1項による特許無効の抗弁として主張することは,特段の事情がない限り,訴訟上の信義則に反するものであり,民事訴訟法2条の趣旨に照らし許されない」(下線は筆者が付した)とし,「侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い,審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた」ことを大きな理由としているようにも読めるのに対し,上記本判決では「侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い,審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた」というフレーズはない。もっとも,本件事案も「侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い,審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた」事案であったので,単に規範部分に「侵害訴訟の被告が無効審判請求を行い,審決取消訴訟を提起せずに無効不成立の審決を確定させた」のフレーズが無かっただけ,という理解もできる。
なお,本件で,上記知財高裁第三部の判決に比して特殊な点は,無効審判の請求人が「控訴人日進のみ」であったのに対し,侵害訴訟の控訴人らは「控訴人日進,控訴人セイエー及び控訴人OHUの3者」ということであった。つまり,無効審判の請求人と侵害訴訟の控訴人らが(一部は共通しても)異なる場合にどうするかということであったが,この点は,①控訴人日進,控訴人セイエー及び控訴人OHU間の継続的な取引関係を認定した上で,無効審判に関する利害が控訴人ら3者間で一致していることや,②控訴人セイエー及び控訴人OHUが無効審判の内容及び経緯について十分に認識し,無効審判における控訴人日進の主張立証活動を事実上容認していたとし,「控訴人セイエー及び控訴人OHUは,無効審判の請求人の控訴人日進と同視し得る立場にある」として,控訴人セイエー及び控訴人OHUに認めることは,紛争の蒸し返しができるとすることにほかならないとした。

以上
(文責)弁護士・弁理士 高野芳徳