【知財高裁令和元年9月18日(平成31年(ネ)第10032号)】
【ポイント】
特許専用実施権許諾契約書において明示的な実施義務の規定がないが,専用実施権者が発明を実施する義務を負う旨の黙示の合意があったことを認めた裁判例
【キーワード】
特許法第77条,専用実施権,特許専用実施権許諾契約,実施義務
事案
原告(控訴人)である特許権者が被告(被控訴人)に対して,特許専用実施権を許諾したが,被告(被控訴人)が本件発明を実施し製品を販売する時期が特許専用実施権許諾契約の締結から約1年が経っていた。そこで,原告(控訴人)が被告(被控訴人)に対し,特許専用実施権許諾契約上の実施義務に違反したこと等を理由として,債務不履行に基づき,契約で定められた約定損害金1000万円の支払いを求めた。
原審(大阪地裁平成31年2月28日)は,被告(被控訴人)に特許専用実施権許諾契約上の実施義務があることを認めたが,被告(被控訴人)は実施義務を履行していたこと等を理由に,特許権者の請求を棄却した。そこで,原告(控訴人)が控訴したのが本件です。
争点の一つの前提として,特許専用実施権許諾契約書において明示的な実施義務の規定がないが,当該実施義務を負う旨の黙示の合意が認められるかが問題(本件問題)となった。
本件問題に関する判旨(裁判所の判断)(*下線及び改行は筆者)
前記(引用に係る原判決の「事実及び理由」の第2の2⑶)のとおり,控訴人は,平成26年3月28日,被控訴人との間で本件契約を締結し,(ア)控訴人は,被控訴人に対し,本件特許の専用実施権を許諾し(第1条),(イ)被控訴人は,その許諾に係る対価として,控訴人に対し,毎月末日限り,実施製品の販売数量に応じてこれに2ないし5%の割合を乗じた額のランニング実施料を支払い(第3条),(ウ)被控訴人は,控訴人に対し,毎月末日限り,販売した製品の形式,単価,販売数量,販売先,総販売額,実施料及び消費税を記載した実施報告書を送付し,当該期間に製品の販売実績がない場合にもその旨を記載した報告書を送付し(第4条),(エ)控訴人は,被控訴人が本件契約に違反したときは,何らの催告を要せず本件契約を解除することができ(第15条第1項),(オ)被控訴人の本件契約違反により被った損害の賠償に係るその損害の額は,金1000万円と予定する(第16条第2項)旨合意したことが認められる。
被控訴人は,本件契約に基づき本件特許の専用実施権を取得し,本件発明を独占的に実施し得る地位を取得する。一方,控訴人は,自ら実施することができないのみならず,被控訴人以外の者に実施の許諾をして実施料を得ることができないにもかかわらず,特許維持費用を負担する義務を負う。控訴人は,被控訴人が本件発明を実施して製品を顧客に販売することができなければ,実施料の支払を全く受けられない。このような当事者双方の法的地位に照らすと,本件契約においては,本件特許の許諾を受けた被控訴人においてこれを実施する義務を負う旨の黙示の合意があるものと認めるのが衡平にかない,また,被控訴人において本件発明を実施する義務を負うこと自体は,被控訴人も争っていない。
もっとも,このように解したとしても,実施義務の具体的内容,言い換えれば,被控訴人において何をすれば義務を履行したといえるか,あるいは,不完全な履行に対してどのような効果が付与されるかについて,一義的に定まるわけではない。
そうすると,本件契約の趣旨に加え,実施品の製造及び販売に係る被控訴人の態度を具体的な事情の下で総合的に検討することにより,本件契約違反に基づく損害の賠償請求の可否を判断するのが相当である。
検討
本件は,特許専用実施権許諾契約書において明示的な実施義務の規定がないにもかかわらず,専用実施権者が発明を実施する義務を負う旨の黙示の合意があったことを認めた事案である。なお,原審も同様の理由で,専用実施権者が発明を実施する義務を負う旨の黙示の合意があった旨を認めている。
特許法77条2項には,「専用実施権者は,設定行為で定めた範囲内において,業としてその特許発明の実施をする権利を専有する。」と規定されており,専用実施権は,専用実施権者に与えられる権利であって,専用実施権者に実施の義務を課すものではない。したがって,特許専用実施権許諾契約書において明示的な実施義務の規定がないのであれば,原則として,専用実施権者に実施義務はないということになる。
しかし,本判決は,①専用実施権者は,特許専用実施権許諾契約に基づき専用実施権(独占的に実施し得る地位)を得ること,②特許権者は専用実施権者以外の者から実施料を得ることができないこと,③特許権者は特許維持費用を負担する義務を負うこと,④特許権者,専用実施権者が本件発明を実施して製品を販売しなければ,実施料の支払を受けられないこと(本件の特許専用実施権許諾契約書において,イニシャル・ロイヤルティやミニマム・ロイヤルティは定められていなかったこと)を理由に,専用実施権者に実施義務があることを認めた。
また,本判決は,上記判旨のとおり,「本件契約の趣旨に加え,実施品の製造及び販売に係る被控訴人の態度を具体的な事情の下で総合的に検討」して,実施義務の違反の有無を判断する旨を述べている。そして,本件においては,専用実施権者が本件発明を実施し製品を販売する時期が特許専用実施権許諾契約の締結から約1年が経っていたが,諸事情を勘案して,専用実施権者が製造販売開始への努力を不当に怠ったということはいえないとして,専用実施権者には実施義務違反がないと判断した。
本件は,具体的事案に基づく判断であり,専用実施権者が実施義務を負うことについて争っていなかった事案であるため,一般化することはできない。しかし,上記の①~④を満たせば(通常①~③は満たさせるので,実質的には④を満たせば),専用実施権者に実施義務が認められる可能性があるので,この点は留意するべきである。
特許権者としては,本件のようなケースにおいて,実施義務が認められるかは定かではないので,ミニマム・ロイヤルティを定めたり,出版権設定契約(通常,出版権設定契約において,出版権者は著作物の完全原稿を受領してから一定期間内に出版を行う義務を負う)のように,義務として発明の実施を開始すべき時期を定めたりして,対応することが考えられる。
以上
(文責)弁護士 山崎臨在