【平成30年9月10日(知財高裁 平成29年(行ケ)第10213号)】
【本稿における要旨】
拒絶査定不服審判請求と同時にした限定的減縮を目的とする補正を,拒絶理由通知をすることなく独立特許要件違反を理由に却下した審判手続に違法があるとされた事例。
【キーワード】
特許法159条2項,特許法50条,独立特許要件
事案の概要
(特許庁等における手続の経緯)
原告は,名称を「スロットマシン」とする発明について,平成22年12月22日にした出願(特願2010-286306号)の分割出願として,平成26年11月4日,特許出願をした(特願2014-224539号)ところ,平成27年12月18日付けで拒絶理由通知を受けたため(以下「本件拒絶理由通知」という。),平成28年3月1日に特許請求の範囲及び明細書を補正する手続補正をしたが(以下「本件拒絶査定前補正」という。),同年9月13日付けで拒絶査定を受けた(以下「本件拒絶査定」という。)。
その後,原告は,平成28年12月14日,拒絶査定不服審判請求をし(不服2016-18811号。以下「本件拒絶査定不服審判請求」という。),同日,特許請求の範囲及び明細書を補正する手続補正をしたが(以下「本件補正」という。),特許庁は,平成29年10月11日,本件補正を却下した上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をした。
ところで,本件拒絶理由通知の拒絶理由は,①請求項1に係る発明が,特願2010-194145号(特開2012-050540号)の願書に最初に添付された明細書,特許請求の範囲又は図面に記載された発明と同一であり,特許法29条の2により,特許を受けることができない旨,及び,②請求項1の「有利量」に係る記載について,有利量が具体的に特定されておらず,それぞれの有利量の内容が同じ構成も含まれるが,発明の詳細な説明では,そのような構成については記載も示唆もされていない点において,同法36条6項1号の要件を満たしていない旨の二つであった。また,本件拒絶査定は,本件拒絶理由通知記載の上記拒絶理由①を拒絶理由とするものであった。
そして,原告は,本件拒絶査定に対し,本件拒絶査定不服審判請求をするとともに,本件補正を行ったことから,本件拒絶査定不服審判請求は,審査官による前置審査に付されたが,審査官は,平成29年2月3日付け前置報告書において,①本願補正発明は,新たに引用された文献である特開2008-284231号公報(刊行物1)に基づき,特許法29条1項3号及び同条2項により,独立特許要件を充足しない,②本願補正発明は,構成要件Hの「当該特定演出を実行することで有利量の付与を報知し」との記載中の「有利量」が,特定演出に係る有利量であるのか,特定演出の実行中に決定された有利量であるのかが判断できず,発明が不明確であるから,同法36条6項2号により,独立特許要件を充足しない,③したがって,本件補正は,同法17条の2第6項において準用する同法126条7項に違反するから,同法159条1項において読み替えて準用する同法53条1項により却下されるべきものであり,本願は,本件拒絶査定の理由に示したとおり拒絶されるべきものである旨を報告した。
また,審判合議体は,原告に対し,改めて拒絶理由通知をすることなく,本件補正を却下した上,本件拒絶査定不服審判請求は成り立たない旨の審決をした。このため,審決は,本願補正発明が刊行物1に基づき特許法29条1項3号及び同条2項により独立特許要件を充足しないことを,本件補正を却下する理由とした。
本件補正後の請求項1(以下「本件補正発明」という。)
A 各々が識別可能な複数種類の識別情報を変動表示可能な可変表示部を備え,
B 前記可変表示部を変動表示した後,前記可変表示部の変動表示を停止することで表示結果を導出し,該表示結果に応じて入賞が発生可能なスロットマシンにおいて,
C 有利状態に制御するための有利量を付与することを決定する有利量付与決定手段と,
D 付与された有利量を消費することによって前記有利状態に制御する有利状態制御手段と,
E 前記有利量付与決定手段により決定された有利量の付与を前記有利状態中において報知可能な特定演出を実行する特定演出実行手段と,
F 前記有利量付与決定手段により決定された有利量の付与を前記特定演出とは異なる特別演出を実行することで報知する有利量付与報知手段とを備え,
G 前記有利量付与報知手段は,前記有利量付与決定手段により有利量を付与することが前記特定演出の実行中に決定されたときには,当該特定演出の終了後に前記特別演出を実行することが可能であり,
H 有利量の付与を報知する前記特定演出の実行中に前記有利量付与決定手段により有利量を付与することが決定されたときには,当該特定演出を実行することで有利量の付与を報知し,当該特定演出の実行中に付与することが決定された有利量の付与を当該特定演出終了後に前記特別演出を実行することで報知する,スロットマシン。
争点(他の争点もあるが,本稿は下記争点に絞る)
特許法159条2項,特許法50条,独立特許要件
判旨(下線の記載は筆者が付した)
第1~第4 ・・・略・・・
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(拒絶理由通知欠缺による手続違背)について
(1) ・・・略・・・
(2) 本件補正は,特許法17条の2第1項4号所定の審判請求時補正として同条5項2号所定の限定的減縮を目的とするもの(審判請求時補正〔限定的減縮〕)であるから,同条6項により準用される同法126条7項により,本件補正後における特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明(本願補正発明)が特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならない(独立特許要件)。また,同法159条2項により準用される同法50条本文は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由(新拒絶理由)を発見した場合は,その新拒絶理由を通知して意見書を提出する機会を与えなければならないとしているが,同法159条2項により読み替えて準用される同法50条ただし書は,同法159条1項により読み替えて準用される同法53条1項による補正却下の決定をするときは,この限りでないとしており,同法159条1項により読み替えて準用される同法53条1項は,審判請求時補正が同法17条の2第6項に違反するときは,決定をもってその補正を却下しなければならないとしている。
そして,前記(1)のとおり,審決が本件補正を却下する理由とした,①本願補正発明が刊行物1記載の発明と同一であること(同法29条1項3号),②本願補正発明が刊行物1記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたこと(同条2項)は,本件拒絶査定の理由と異なる拒絶の理由(新拒絶理由)であるとともに,独立特許要件違反の理由ともなるものである。そこで,審判合議体は,同法159条2項により準用される同法50条本文により拒絶理由通知をすべき義務は,同法159条2項により読み替えて準用される同法50条ただし書により適用がないものとして,前記第2の3(1)のとおり,審決において,本件補正が同法17条の2第6項により準用する同法126条7項に違反することを理由として,同法159条1項により読み替えて準用する同法53条1項を適用して本件補正を却下したものである。
(3) しかし,特許法50条本文は,拒絶査定をしようとするときは,出願人に対し拒絶理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならないと規定し,拒絶理由を通知した場合には,同法17条の2第1項1号又は3号により出願人には上記指定期間内に補正をする機会が与えられる。これは,出願人に対し意見書の提出及び補正による拒絶理由の解消の機会を与えて,出願人の防御の機会を保障するとともに,その意見書を基にして審査官が再審査をする機会とする趣旨であると解される。そして,同法50条本文は,同法159条2項により拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由(新拒絶理由)を発見した場合に準用されており,上記の出願人の防御の機会の保障という趣旨は,拒絶査定不服審判において新拒絶理由が発見された場合にも及ぶものである。
また,同法53条1項(同法159条1項により読み替えて準用される場合を含む。)により特許請求の範囲の記載についてした補正が却下された場合には,既に拒絶理由が通知された補正前の特許請求の範囲の記載(以下「補正前クレーム」という。)により拒絶理由の有無が判断されることになるから,拒絶査定又は拒絶査定不服審判請求不成立審決に至ることが少なくないが,審査段階において同法17条の2第1項3号所定の補正(以下「3号補正」という。)がされた場合には,従前の拒絶理由通知に示されていなかった新たな刊行物(以下「新規引用文献」という。)に基づく独立特許要件違反を理由として,その3号補正が却下され,補正前クレームに基づいて拒絶査定がされたとしても,拒絶査定不服審判請求等において補正後の特許請求の範囲の記載(以下「補正後クレーム」という。)に基づく独立特許要件違反の判断の当否や補正前クレームに基づく拒絶理由の判断の当否を争い得ることに加え,審判請求時補正により,新規引用文献に基づく拒絶理由を回避するための補正をする機会がある。これに対し,新規引用文献に基づく独立特許要件違反を理由として,審判請求時補正が却下され,補正前クレームに基づいて拒絶査定不服審判請求不成立審決がされてしまうと,審決取消訴訟において補正後クレームに基づく独立特許要件違反の判断の当否や補正前クレームに基づく拒絶理由の判断の当否を争うことはできるものの,審査段階における3号補正の場合とは異なり,新規引用文献に基づく拒絶理由を回避するための補正をする機会が残されていない点において,出願人にはより過酷であるということができる。
さらに,同法53条1項(同法159条1項により読み替えて準用される場合を含む。)において,3号補正及び審判時請求補正が独立特許要件に違反しているときはその補正を却下しなければならない旨が定められ,同法50条ただし書(同法159条2項により読み替えて準用される場合を含む。)において,同法53条1項(同法159条1項により読み替えて準用される場合を含む。)により3号補正及び審判請求時補正を却下する決定をするときは拒絶理由通知を要しない旨が定められたのは,平成5年改正によるものであるが,同改正においては,3号補正及び審判請求時補正については,既に行われた審査結果を有効に活用することができる範囲とするとの観点から,その目的を特定のものに限定することが定められ(目的要件の創設),その一つとして限定的減縮が定められた(平成5年法による改正後の特許法17条の2第3項2号。この規定が平成6年法律第116号による特許法改正によって現行特許法17条の2第5項2号の規定となったが,実質的な変更を伴うものではない。)。このような改正経緯に照らすと,平成5年改正は,審判請求時補正〔限定的減縮〕においては,審査段階における先行技術調査の結果を利用することを想定していたことが明らかであり,審判請求時補正〔限定的減縮〕を却下する際に,独立特許要件の判断において,審査段階において提示されていなかった新規引用文献を主たる引用例とするなど,審査段階において全く想定されていなかった判断をすることは,平成5年改正の本来の趣旨に沿わないものということができ,そのような場合に,同法159条2項により読み替えて準用される同法50条ただし書をそのまま適用することについては,慎重な検討を要するものということができる。・・・
以上の諸点を考慮すると,特許法159条2項により読み替えて準用される同法50条ただし書に当たる場合であっても,特許出願に対する審査・審判手続の具体的経過に照らし,出願人の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるようなときには,同法159条2項により準用される同法50条本文に基づき拒絶理由通知をしなければならず,しないことが違法になる場合もあり得るというべきである。
(4) 本件においては,前記(1)のとおり,本件拒絶査定の理由は,本件先願を理由とする拡大先願(特許法29条の2)であるのに対し,審決が本件補正を却下した理由は,刊行物1を理由とする新規性欠如(同法29条1項3号)及び進歩性欠如(同条2項)であって,適用法条も,引用文献も異なるものである。刊行物1は,本件補正を受けた前置報告書において初めて原告に示されたものであるが,刊行物1に基づく拒絶理由通知はされていないことから,原告には,刊行物1に基づく拒絶理由を回避するための補正をする機会はなかった。・・・
以上の本願に対する審査・審判手続の具体的経過に照らすと,刊行物1に基づく拒絶理由通知がされていない審決時において,原告の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるから,審判合議体は,同法159条2項により準用される同法50条本文に基づき,新拒絶理由に当たる刊行物1に基づく拒絶理由を通知すべきであったということができる。それにもかかわらず,上記拒絶理由通知をすることなく本件補正を却下した審決には,同法159条2項により準用される同法50条本文所定の手続を怠った違法があり,この違法は審決の結論に影響を及ぼすものと認められる。これに反する被告の主張を採用することはできない。
・・・以上によると,拒絶理由通知欠缺による手続違背をいう取消事由1は,理由がある。
解説
本件は,拒絶査定不服審判請求と同時にした限定的減縮を目的とする補正を,拒絶理由通知をすることなく独立特許要件違反を理由に却下した審判手続に違法があるとされた事案である。
上記「第5」「1」「(2)」の判旨の通り,補正却下(特許法159条1項により読み替えて準用される同法53条1項)の際には拒絶理由通知を出さなくてもよい(同法159条2項により読み替えて準用される同法50条ただし書)とされているので,本件審決は,まさに「条文通り」の手続を採ったものと評価できるものである。
一方,本件の特殊事情を挙げると,拒絶査定時までの拒絶の理由(29条の2)と上記補正却下時(独立特許要件判断時)の理由(29条1項3号)が異なったという点である。
この点,本件判決は,(特に)拒絶査定不服審判請求と同時にした補正に関しては,その後に(拒絶理由通知がなされない限り)出願人には補正を行う機会がないことを考慮し,拒絶査定時までの拒絶の理由と異なった理由で補正却下されることに関しては「出願人にはより過酷である」とし,「そのような場合に,同法159条2項により読み替えて準用される同法50条ただし書をそのまま適用することについては,慎重な検討を要する」とした上で,「特許出願に対する審査・審判手続の具体的経過に照らし,出願人の防御の機会が実質的に保障されていないと認められるようなときには,同法159条2項により準用される同法50条本文に基づき拒絶理由通知をしなければならず,しないことが違法になる場合もあり得る」とした。
そして,本件の場合は「刊行物1に基づく拒絶理由通知がされていない審決時において,原告の防御の機会が実質的に保障されていない」とし,「審判合議体は,同法159条2項により準用される同法50条本文に基づき,新拒絶理由に当たる刊行物1に基づく拒絶理由を通知すべきであった」として,本件審決には,拒絶理由通知欠缺による手続違背があったと結論付けた。
本件は,拒絶査定不服審判請求と同時にした補正に関して「出願人にはより過酷である」との判断をしているので,拒絶査定不服審判請求時以外の,他の審査時点での「補正却下」に本件の考え方を直ちに適用できるとは限らないが,補正却下時に新たな拒絶の理由が示されて補正却下されたケースでは,今後,特許法50条違反を理由とした不服申し立ての可能性が出てくるものと考える。
以上
(文責)弁護士・弁理士 高野芳徳