【東京地方裁判所令和元年5月22日(平成28年(ワ)第14753号)】
【キーワード】
構成要件充足性,容易相当性
【判旨】
被告製品は,本件発明の技術的範囲に属する。また,本件特許の出願当時の当業者が,引用例及び周知技術に基づき,本件発明と引用例の相違点に係る構成を容易に想到し得たということはできない。
はじめに
本件は,発明の名称を「ネジおよびドライバビット」とする特許第4220610号(以下「本件特許」といいます。)に係る特許権(以下「本件特許権」といいます。)を有していた原告が,被告に対し,被告は業として被告製品目録記載の各ネジ(以下,総称して「被告製品」といいます。)を製造等することにより本件特許権を侵害したと主張し,特許法100条第1項に基づく被告製品の生産等の差止め及び同条第2項に基づく被告製品の完成品,半製品及び生産用金型の廃棄を求めるとともに,民法703条に基づき実施料相当額7200万円(一部請求)等の支払を求める事案です。
本件の争点は,①本件発明の技術的範囲への被告製品の属否(構成要件1D及び2Aの充足性,構成要件1E及び2Bの充足性),②本件特許に係る無効理由の有無(進歩性の欠如,及び,補正要件違反又はサポート要件違反の有無),並びに,③不当利得返還請求権の有無及び額の成否です。以下では,これらの争点のうち,①及び②のそれぞれ一部をとりあげてご紹介します。
本件は,事例判断ではありますが,構成要件充足性や,進歩性の容易相当性に係る検討やあてはめの視点に関して参考になるものと考えられます。
本件発明及び被告製品
1.本件発明(構成要件に分説)
(1)本件発明1
【請求項1】
1A 全体に陥没穴状をなし,ドライバビットの翼部を嵌合される翼係合部を備えた回動部を有するネジにおいて,
1B 各翼係合部は,当該ネジ締め付け時に前記ドライバビットの前記翼部の回転方向前方に存在することとなる側壁面である締付側側壁面と,
1C この締付側側壁面と反対側に位置し,当該ネジ緩め時に前記ドライバビットの前記翼部の回転方向前方に存在することとなる側壁面である緩め側側壁面とを有し,
1D 前記締付側側壁面は,当該ネジの中心側から外方に向かって延びる平面状の基端側部分と,
1E この基端側部分から,前記緩め側側壁面から遠ざかる方向に斜めに屈曲された平面状の先端側部分とを有してなる
1F ネジ。
(2)本件発明2
【請求項2】
2A 各翼係合部の前記緩め側側壁面は,当該ネジの中心側から外方に向かって延びる平面状の基端側部分と,
2B この基端側部分から,前記締付側側壁面から遠ざかる方向に斜めに屈曲された平面状の先端側部分とを有してなる
2C 請求項1記載のネジ。
(3)本件発明の実施形態の一部(特許公報より引用)
本件特許に係る願書に添付された明細書及び図面を併せて,以下「本件明細書等」といいます。
本件明細書等の【図1】 | 本件明細書等の【図2】:ネジ3の平面図(ネジ3をその頭部4側から軸方向に見た図) |
本件明細書等の【図3】:【図2】のIII-III線における断面図 | 本件明細書等の【図4】:ネジ3の回動部5にドライバビット6が嵌合された状態を示す横断面図 |
本件明細書等の【図5】:左の図の要部の拡大断面図 | 本件明細書等の【図12】 |
本件明細書等の【図13】 | |
2.被告製品(裁判所ウェブサイトより引用)
被告製品図面 | 被告製品図面 |
※上記図面の青丸部分は,被告製品における,いわゆる「食い付き部分」と呼ばれる壁面を示す。「食い付き部分」とは,十字穴にドライバビットを押し込んだときに,十字穴がドライバビットに密着し,ネジが自重によってドライバビットから脱落しない状態になるようにするために設けられている内壁面をいう。 |
判旨
1.構成要件1D及び2Aの充足性
「構成要件1Dは「前記締付側側壁面は,当該ネジの中心側から外方に向かっ て延びる平面状の基端側部分と,」であり,構成要件2Aは「各翼係合部の前記緩め側側壁面は,当該ネジの中心側から外方に向かって延びる平面状の基端側部分と,」であるところ,被告は,被告製品は,同各構成要件の「当該ネジの中心側から外方に向かって延びる平面状の基端側部分」との構成を備えていないので,同各構成要件を充足しないと主張する。」
「(1)ア 請求項1及び2の記載によれば,本件各発明に係るネジは,「ドライバビットの翼部を嵌合される翼係合部を備えた回動部を有」し,当該「各翼係合部」は,「締付側側壁面」と「緩め側側壁面」とを有し,「締付側側壁面は,…平面状の基端側部分」と「この基端側部分から,前記緩め側側壁面から遠ざかる方向に斜めに屈曲された平面状の先端側部分」とを有し,また,「緩め側側壁面は,…平面状の基端側部分」と「この基端側部分から,前記締付側側壁面から遠ざかる方向に斜めに屈曲された平面状の先端側部分」とを有するものと認められる。これによれば,本件各発明の「基端側部分」は,「翼係合部」の一部を構成するものであると認めるのが相当である。
イ ところで,本件明細書等には,従来技術として,図1の十字穴が開示されており,同図には食い付き部分(符号なし)が図示されている。図1及び段落【0003】によれば,図1の十字穴は,「翼係合部2」及びその両側に「側壁面21及び22」を有し,同各「側壁面」に隣接する食い付き部分については,「翼係合部2」及び「側壁面21及び22」の一部を構成していないと認められる。同図及び段落【0003】は,従来技術を開示したものではあるが,「翼係合部」や「側壁面」という用語は,本件明細書等を通じて同一の意義を有するものとして理解するのが相当である。
ウ また,本件明細書等には,例えば,第五実施例に関し,「図12および13は,本発明の第五実施例を示している。…回動部5は,軸方向頭部側から見てネジの軸線にその中心を一致された正三角形状をなす三角形状部18と,3つの翼係合部2とからなる。各翼係合部2の緩め側側壁面9の基端側部分9bの上端は,三角形状部18の各辺をそれぞれ一方に延長した延長線上を延びている。各翼係合部2の緩め側側壁面9の先端側部分9aは基端側部分9bに対し締付側側壁面10から遠ざかる方向に屈曲されている。」(段落【0025】)との記載がある。同記載によれば,第五実施例における「翼係合部」は直接相互に隣接するものではなく,また,「三角形状部18」の各辺のうち「翼係合部」に属する部分のみを「緩み側側壁面基端側部分9b」と定義し,「三角形状部18」の各辺のその余の部分は「緩み側側壁面基端側部分9b」を構成しないものと認められる。
「翼係合部」は直接相互に隣接していないことは,第三実施例及び第四実施例も同様であり,これらの実施例も踏まえると,本件各発明に係る「翼係合部」は直接相互に隣接していることを要しないというべきである。
エ 被告は,構成要件1D及び2Aの「ネジの中心側から外方に向かって延びる平面状の基端側部分」の意義について,ここでいう「ネジの中心側」とは「ネジの中心の近く」を意味するものであり,ネジ穴中心側の端部か図1ら,先端側部分に接続する他方の端部に至るまで,常に「平面状」の側壁面を意味すると主張する。
しかし,同各構成要件にいう「側」とは「かたわら。そば。ちかく。」などの意味を有する語であるから(甲11),同各構成要件にいう「基端側」とは,「先端側」との5 対比において「基端の近くにあること」を,「中心側」とは,ネジの「外延側」との対比において,ネジの「中心の近くにあること」を意味するにすぎず,被告が主張するように,「ネジの中心側」を「ネジの中心の近く」であると解釈することは,「側」という用語の一般的な意義と整合しないものというべきである。
オ 上記アないしエで判示したとおり,①本件各発明に係る「側壁面」にはネジの技術分野における周知技術である食い付き部分を含まないと解すべきであり,②本件各発明における「翼係合部」は必ずしも直接相互に隣接することを要さず,③構成要件1D及び2Aの「ネジの中心側」という語は,ネジの「外延側」との対比において,ネジの「中心の近くにあること」を意味するにすぎないというべきである。
そうすると,被告製品において,本件各発明の「締付側側壁面」及び「緩み側側壁面」の各「基端側部分」に相当するのは,被告製品図面のそれぞれ符号20a,21aであり,食い付き部分は含まないと認めるのが相当である。
被告製品の構成は前記第2の2(6)のとおりであるところ,上記解釈を前提とすると,被告製品は,構成要件1D及び2Aを充足するものと認められる。」
「(2) これに対し,被告は,被告製品の翼係合部の締付側側壁面の「基端側部分」は,前記「基端部内側面11」(乙1の図1参照)及び前記「中間部内側面12」(乙1の図1参照。被告製品図面の20a)から構成されるところ,「基端部内側面11」は「中間部内側面12」よりもネジの中心側に位置し,側壁面の一部分を構成するのであるから,同部分も本件各発明の「基端側部分」の一部を構成すると解すべきであると主張する。
しかし,「基端部内側面11」はネジの食い付き部分であり,この点については,当事者間に争いがない。「食い付き部分」とは,十字穴にドライバビットを押し込んだときに,十字穴がドライバビッドに密着し,ネジが自重によってドライバビットから脱落しない状態になるようにするために設けられている内壁面であり,ネジの締付及び緩めへの関与はあるとしても限定的であり,実質的に締付け作業等における回転トルクを伝達する部分ということはできない(甲6)。
また,本件明細書等の図1においても,翼係合部2の両側の側壁面21,22と隣接して食い付き部分が設けられているが,当該食い付き部分が側壁面21,22と一体のものとして翼係合部を構成するとはされていないことは,前記判示のとおりである。
そうすると,食い付き部分である「基端部内側面11」が「中間部内側面12」と隣接することから,直ちに「基端部内側面11」と「中間部内側面12」とが一体のものとして,本件各発明の「基端側部分」を構成するということはできない。」
被告は,上記各主張のほか,出願経過参酌の抗弁(包袋禁反言の主張),及び,作用効果の不奏功の抗弁等も主張していますが,裁判所は,いずれの主張も排斥しています。
2.進歩性の欠如
「被告は,本件各発明は,乙13考案及び乙5~8に記載された周知技術に基づき,本件特許の出願当時の当業者が容易に想到し得たものであるから,進歩性を欠き,無効とされるべきものであると主張する。」
「(1) 乙13公報に開示された考案
乙13考案(図1)には,以下のとおりの考案が開示されていると認められる。
「全体に陥没穴状をなし,ドライバーの蝶状突起が嵌合される溝を有するビスネジにおいて,ビスネジの中心部から外方に向かって延びる平面状の溝と,この溝の部分に続き,緩め側側壁面側及び前記締付側側壁面の双方に半径Rの円弧E-Fからなる溝が設けられたビスネジ」
(裁判所ウェブサイトより引用)
(2) 本件各発明と乙13考案との一致点及び相違点
本件各発明と乙13考案とを対比すると,以下の点で相違し,その余の点は一致するものと認められる。
(本件発明1と乙13考案の相違点)
「本件発明1では「締付側側壁面」の「先端側部分」の形状を「この基端側部分から,前記緩め側側壁面から遠ざかる方向に斜めに屈曲された平面状の先端側部分」としているのに対して,乙13考案では「ビスネジの中心部から外方に向かって延びる平面状の溝」に続いて設けられている溝は,緩め側の側壁面から遠ざかる方向ではあるものの,「半径Rの円弧E-F」である点」
(本件発明2と乙13考案の相違点)
「本件発明2では,「緩め側側壁面」の「先端側部分」を「基端側部分から,前記締付側側壁面から遠ざかる方向に斜めに屈曲された平面状の先端側部分」としているのに対して,乙13考案では「ビスネジの中心部から外方に向かって延びる平面状の溝」に続いて設けられている溝は,締付側の側壁面から遠ざかる方向ではあるものの,「半径Rの円弧E-F」である点」
(3) 上記各相違点の容易想到性について
ア 上記のとおり,本件各発明と乙13考案の相違点は,側壁面の「先端側部分」が本件各発明では「平面状」であるのに対し,乙13考案では先端の部分が「半径Rの円弧E-F」である点にあるところ,乙13公報(2頁)には「半径Rの円弧E-F」に関し,以下の記載がある。
「溝の形に合致する対応形状のドライバーを使用するとき…廻転を与える力は主に外周部に沿った溝に於いて最も多量の力が作用するので,外周部に沿った溝に広がりを持たして接触面を大となし,さらに廻転力を受ける垂直面を半径Rの円弧E-Fとしたので,従来公知の溝とドライバーによって生じる廻転力が溝から外側に逃げようとする欠点を防止することができる…ねじ込みの際は…4ヶ面に於いて完全に接触し,ドライバーのねじ込み力を100%受け止める…。ねじ込みに際しては,廻転力は円弧E-Fに於いて完全に受け止め5 られるので,ネジ頭溝孔に何ら変形を生じない…。」
イ 被告は,乙13考案に,乙5~8公報に開示された周知技術を適用することにより,上記相違点に係る構成とすることができると主張する。
しかし,以下のとおり,これらの文献は,いずれも屈曲された翼係合部を開示するものではなく,乙13考案に乙5~8公報に開示された周知技術を適用しても,上記相違点にかかる構成とすることはできない。
(ア) 乙5公報に記載された考案は,「ねじの螺入時において,ねじのドライバ溝からドライバの先端挿入部が離脱する事のないねじ頭とドライバの接続部分の形状に関する」ものであり(2~3頁),その実施例として第2図(下記)が図示されているが,同図からも明らかなとおり,本件各発明の「翼係合部」に相当する部分は,本件各発明のように屈曲された二つの平面(基端側部分と先端側側面)から構成されるものではない。
(裁判所ウェブサイトより引用)
(以下略)」
以上
(文責)弁護士 永島太郎